嵐のdestiny3

本編 愛ある限り〜あゆと当麻〜

 

 嵐のdestiny 凍てついた記憶

 

 

自分と当麻達は違う、と亜由美は思っていた。彼らは選ばれし戦士。そして自分はそこへ紛れ込んでしまったごく普通の人間、だとずっと思っていた。それがまったく見当違いだとは思いもしなかった。

 

夏に記憶を失って当麻とナスティの保護の元に東京に身を寄せる事になった亜由美はすんなりとなじんでいった。週一回、紹介された医者へ通う。けれども一向に記憶は戻らなかった。退行催眠すら効かなかった。あの時、一体何があったのかと亜由美は当麻に尋ねた。当麻は口を濁していたが、亜由美の必死の懇願に負けてついに重い口を開いた。

他人に決して言わないことという約束をさせられて当麻はその時の状況を話した。

郷里の河川公園で妖邪という鎧武者に襲われたこと。そして原因不明の発光現象があったことを知った。そして亜由美が記憶を失って当麻にだけなついたことを知らされた。

亜由美は妖邪と聞いて何故か記憶もないのに知っている気がした。目の前にいまにもまがまがしく光る瞳を見たような気がして何度も夜中に飛び起きた。その度にそれおののいて夜毎泣くことが多くなっていた。毎朝、目を真っ赤にして起きてくる亜由美を見て当麻は心配して何かと面倒を見たが、その間にも他の妖邪との戦いが挟まり、亜由美の精神状態が悪化していくのをただほうって置くしかなかった。

 

亜由美はつとめて明るく振る舞っていたが、自分の身に起きたことを考えるときだけは違っていた。忘れてはならないことを思い出さなければならない気がしてならなかったのだ。

必死に記憶をたどり寄せる。喉元までせりあがった言葉が出てこないように記憶もまた思い出せそうで思い出せなかった。もう少しで思い出せるのに、と時折亜由美は感情を爆発させることもあった。けれども一向に記憶は戻らなかった。あるいは戻って欲しくなかったのかも知れないと後の亜由美は思ったものだった。

つねに憂鬱そうな亜由美を心配してあれやこれやとかまっていた当麻はようやく笑顔が戻ったのそ見て安心してそれぞれの修行の場に向かった。彼らにかつての師迦雄須が夢枕に現れ修行を求めたのだ。遼は富士山へ。秀は大雪山へ。征士は秋芳洞へ。伸は鳴門の海へ。当麻は天橋立へ。それぞれ旅立っていた。

彼らは暇を持て余す時間などなかったのだ。

次々と戦いが舞い込み、彼らは疲れながらも戦うしかなかった。

亜由美はナスティ、純と共に待つことになった。指折り数えて彼らの帰還を待つ。

当麻が側にいないだけでひどくさみしい気がした。今まで当たり前だった光景が消え、純、ナスティとのさみしい食卓に亜由美の心は沈んでいた。早く帰ってきて欲しい。ただそれだけを願っていた。彼らが特別であろうと、当麻は自分にとってとても大切な人間だったから無事に帰ってきて欲しかった。あのぶっきらぼうな優しい当麻に早く会いたかった。

この間に亜由美は自分が当麻を好きであることを自覚した。そして婚約者だという身分に喜びを感じることすら在った。戻ってきたらどうやって気持ちを伝えよう? 憂鬱な日々の中にも亜由美の心は踊った。

ある時、二人が突然、帰ってきた。

だが、その表情は厳しい物だった。彼ら、当麻と遼の他のメンバーは妖邪に連れ去られたというのだ。彼らの手元に遺された彼らの武器、二条槍、光輪剣という証拠。

ナスティを交えて分析を彼らは始め、三人は取り戻す手段を語り明かしていた。

遼と当麻の言い争う声が聞こえてくることも度々だった。

亜由美はこれから起きることに身震いした。予感めいたものが起きていたのかも知れない。

これから起きる恐ろしい自分の身に降りかかってくることをすでに予見していたのかも知れない。当然の事ながら、当麻と遼は彼らを助けに妖邪界に突入しなくてはならない。亜由美は当麻が死んでしまうような気がしてとても怖くなった。

行かないで、と言いたかったが声にはならなかった。彼らには彼らだけの何かがあって自分はそこに入ってはいけないのだ、と思い知っていた。

ただ普通の人間として彼の親戚として無事を祈るしかなかった。

 

ある時、湖畔に当麻達が言っていた女妖邪が現れた。戦いに赴く当麻と遼。亜由美は柳生邸から遠目に見守るしかなかった。彼らにとって自分は足手まといなのだ。わかっていた。悲しい思いがするほどわかっていた。

彼らの負担になることだけはなりたくなかった。じっとただ柳生邸の窓から見守る。

だが、女妖邪は手強かった。星麗剣を操り、嵐星斬を容赦なく遼達にあびせかけた。遠目にもまばゆいばかりの発光現象と共に彼らの苦痛の声が聞こえる気がしてならなかった。

当麻が死んでしまう!

急に直感めいたものを感じた、亜由美はリビングのドアを開け放つと自分が素足なのも気づかずに走り出していた。必死に湖畔に駆け寄る。

当麻が危ない。死なないで!

このままでは遼も当麻も負けてしまう。

その突然ひらめいた空恐ろしい考えに亜由美は恐れおののいた。女妖邪の事などもう目に入っていなかった。

ただ助けたかった。それだけだった。

ちょうどその時何度目かの嵐星斬が彼らを見舞った。

倒れ伏す、当麻と遼。

湖畔に近づいて女妖邪を目にした亜由美はふっと不可思議な感覚に陥った。

華奢な体に長い黒髪を高く結わえ、日本人形のように美しい女妖邪。

あの女妖邪は見たことがある。あったことがある気がしてならなかった。

懐かしい風が亜由美の心に吹いた。

邪悪な物ではない、と悟った。

だが、現実に当麻達が倒れている。

どうして助けたらいいのかわからず、唐突に亜由美は立ちつくし、亜由美は唇をかみしめ拳を握りしめた。爪が拳に食い込む。

ただ立ちつくして彼らの死んでいく様を見ていくしかないのか。

連れ去られるのを見ていくしかないのか。

亜由美は悔しかった。

彼らのように特別な力があったら良かったのに!

だが、現実には自分はただのか弱い人間だった。

それを思い知らされ亜由美の心は悲しみと恐怖でいっぱいになった。

女妖邪が飛翔する。細身の剣をたくみにあやつり、最後の技が振り落とされようとしたとき亜由美は声ある限り、叫んだ。

「やめてー!!」

刹那、また亜由美の頭の中が真っ白になりスパークした。

次の瞬間、亜由美の前髪の隙間から文字が浮かび上がった。

髪が長く伸びて風に舞う。目の前に現れた額に文字が浮かび当たった。

「想」という文字。必死に立ち上がった遼達もただ見守るしかなかった。普通の女の子に何が起こったのか、理解できなかった。次の瞬間想の文字が激しく光った。彼女の体を十二単が包んだかと思うと急に鎧を身に纏っていた。螺鈿細工のような微妙な光を放つ白い鎧だった。軽い、素材で出来た鎧。女の身でも纏うことが可能な可愛らしいともいうべき鎧。

「サムライトルーパーはもう一人いるのですね」

女妖邪の涼やかな少女の声が湖畔に響いた。

彼女の視線が呆然としている亜由美にそそがれた。

今、彼女の頭の中には猛烈な勢いで過去の歴史が一族の歴史が流れ込んで混乱をきたしていた。

一族が生まれたときのことから一族が滅亡するまでの歴史。その間に繰り返された数々のまがまがしい者との対決。流血。残酷な歴史。見まいと瞼を閉じても記憶が刷り込まれていく。いや。元々あった記憶が戻ってきているのだ。記憶が継承されていく。

女妖邪が亜由美に刀を向けた瞬間、錫杖が打ち込まれた。

錫杖が聖なる光を解き放つ。

まばゆい輝きが女妖邪と当麻達の間に割り込んでくる。

女妖邪は舌打ちすると退いていった。

 

亜由美は呆然と湖畔に膝まずいていた。

力無く湖畔の岸辺に座り込んでいた。

鎧は洗われたと同時にまた唐突に消えていた。

素足の亜由美がそこにいるだけだった。

ただ、額から現れた文字だけが神々しく光っていた。長く伸びた髪がその名残を確実に残していた。彼女も戦士だった。その事実は当麻達を戸惑わせた。思いも寄らぬ覚醒におもいもよらぬ心の持ち主。どうあつかってもよいのかもわからない。

「あたし・・・? わたし・・・?」

戦闘のなごりを遺して近づく当麻達に連れられて亜由美は呆然と言葉を繰り返しながら連れて帰られた。

 

いきなりの変異に亜由美は戸惑った。自分は亜遊羅という人間であること。

迦雄須という彼らの師と同じ同根の一族の者で最後の長の一人であることなど少しづつ頭が整理されるにつれ情報が亜遊羅の自我に占領されていった。

私は・・・亜遊羅? 亜由美?

混乱する頭で亜由美は必死に考えた。

私は誰?

その間も当麻達は秀達を救出する手だてを考えていた。亜由美の信じられないトルーパーとしての覚醒もさることながら今は連れさられた仲間のことが一番だった。

そのころ、ちょうど宿敵朱天が現れたのもこのころだった。彼は迦雄須のみちびにより人の心を取り戻していた。そして迦雄須の継承者とならんと修行していたのだ。あの時、間一髪のところで錫杖を打ち込んだのは朱天だったのだ。

当麻達は戸惑ったが、ナスティと純は素直に彼を受け入れた。次第に当麻達も朱天を仲間と見なすようになった。

欠けた仲間の代わりに心強い仲間が出来た。

亜由美はそのなりゆきをただ放心状態で見守るだけだった。

何が起こっているのか、私は誰なのか、何をすべきなのか。

いっぺんにわかったかとおもうといっぺんにわからなくなる。

混乱した頭と心を抱えて亜由美の笑顔が消えていく。

つとめて当麻達の前では明るく振る舞うも自分が彼らとは違う意味を知ってもう心から笑うことなど出来なかった。

自分が最後の時にかけられた術を知って亜由美の心は恐れおののき、孤独感に震え、人知れず涙を流した。今、彼らに心配をかけるわけには行かない。私は・・・そう。彼らと次元を事にして存在する邪悪な者と対峙するものなのだ。

亜由美の心はもう別の者に支配されていた。その様子に誰もまだ気づく物はいなかった。

信じられない覚醒。亜由美にとってもまた彼女の先代の長になる彼にとっても予想外だった。

彼はまだ亜由美の前に姿を現すことはなかった。出来なかったのだ。阿羅醐の復活を操作していたのは他でもない自分たちの宿敵唖呪羅だったのだ。その邪悪なエネルギーを押さえるために先代の長は一人天上の世界で戦っていた。

亜由美は一人でこの試練を乗り越えていくこととなっていった。

頭の中に言葉がこだまする。定められた運命が亜由美を支配していく。

 

私は亜遊羅。唖呪羅を封じるためだけに生まれてきた者。最後の長、そして永遠の長。

決して死すことの叶わぬ身。亜須羅一族の最後の長、永遠の時の番人。

 

その事実は悲しみと共に亜由美の心に次第に刻まれて凍り付いた心に染みついていった。

 

ずっと広い屋敷の中で記憶をよみがえらせていた。

亜由美の記憶と亜遊羅の記憶。

果たして自分は一体どちらだろうと惑う。

亜由美なのに亜遊羅の役目が自分の肩にのしかかる。

自分は亜遊羅だと思わずにいられなかった。

長い時間を一人で待つ。

機械的に日常生活を送りながら。

やがて、晴れた空が皆の戦いが終わったことを知らせる。

亜遊羅として最初にすることが決まった。

皆の元へ向かう。

 

見なれない鎧をまとった長い髪の少女がサムライ・トルーパー達の前に降り立つ。半分のものにしか彼女のことは分からない。

遼、当麻、純、ナスティ。

当麻がその姿に絶句する。やせ細ってより一層華奢な感じになってしまった自分の許婚をまじまじと見つめる。

だが、その視線をにこやかに受けるとそのまま三魔将と迦遊羅のほうを向く。

「私の名は亜遊羅。あなたがたの階層のもう一つ上に存在している唖呪羅と対峙する者。

もしよろしければ、今一つの間この現世にとどまって御話を聞いていただけますか?」

その小さな体に似合わない涼やかで穏やかな女性の声で亜由美は言う。

「あなたは誰?」

迦遊羅が問う。

「覚えていないかしら? 亜遊羅という名を。あなたと幼き日、里で遊んだ私を?」

亜由美がじっと迦遊羅を見つめる。遠い記憶がよみがえる。

迦遊羅の目が見開く。

「あ・・・姉様?」

その言葉に誰もが言葉を失った。

 

なぜ、四百年のときを超えて生きているのか?という迦遊羅の問いを押しとどめてナスティの屋敷に皆が戻る。

皆が戦いの疲れを癒している間に亜由美は迦遊羅と語り合った。

今まで一人きりだった部屋に迦遊羅と共に過ごす。いずれ自分の代わりに幸せな人生を送るはずの少女と過去を懐かしむ。

「あなたはいつも私の後をついて回ってとてもかわいらしかった。今もそう。とてもかわいらしい女の子ね」

そう言って亜由美は微笑む。

「覚えていて? あなたが魚を釣るといって小川へ行って慌てて私も後を着いていったら勢い余って・・・」

「姉様が小川に飛び込んでしまいましたわね」

二人でくすくす笑いあう。

「ほんとうに迦遊羅はいろんな事に興味を持っていたからそのとばっちりをたくさん受けて・・・もう大変だった。

今もじゃじゃ馬なの?」

面白そうに瞳をきらめかせて問う。

さぁ?と迦遊羅が小首をかしげる。

「目覚めたばかりですし」

この言葉を言うときばかりは迦遊羅も悲しげな瞳をする。

「でも、もう終わったこと。これからは楽しいことが待ってるから」

にっこり微笑んで慰める。

どういうこと?との問いに亜由美はようやく答える。

「あなたは四百年間ずっと苦しめられてきた。いいかげん、解放されてもいいと思うの。

あなた一人ぐらいなら私でもどうにかできる。だから、この現世で幸せになって欲しいと思って」

「そのようなこと・・・。私はいずれ妖邪界にもどらねばならぬ身」

「一人ぐらい欠けても大丈夫。それに現世ですることもあるかもしれないでしょう? 迦遊羅さえよければ三魔将の方々に御話したいの」

でも・・・、と迦遊羅は迷う。

「私はこれから与えられた運命を歩かなければならない。

だから、代わりに、姉妹のように育ったあなたに自由に生きて欲しいの。

こんな小さな願い聞いてもらえないかしら?」

哀しげにはかなげに願う亜由美の顔を見ると迦遊羅は断れなかった。

おずおずと頷く。

ありがとう、と言って亜由美は涙を目ににじませた。

ひとつだけ教えてくれませんか?と迦遊羅は言う。

亜由美は問いを聞かずに頷く。

「話すよりもあなたに直接記憶を見せてあげる」

亜由美は迦遊羅の手を取る。

迦遊羅の脳裏に映像が流れる。

懐かしい里の風景。

楽しげに遊ぶ自分と亜遊羅。

突然、その幸せな風景が一転する。

迦遊羅は妖邪兵に連れて行かれ、亜遊羅は切られる。

その時の衝撃が迦遊羅に直接伝わる。

迦遊羅の口から小さな悲鳴がもれる。

亜遊羅の祖父が舞い戻って亜遊羅を助けようとするが、その祖父も切られてしまう。

虫の息の亜遊羅に祖父が術をかける。

迦雄須一族の長たる迦遊羅にその術がなんであるかは一目瞭然だった。

「姉様! 今のはっ」

迦遊羅の声が震える。

亜由美は閉じていた瞳をゆっくりと開ける。

「あ、ごめんなさい。そこまで見せる予定はなかったのだけど」

そう言ってぺろりと舌を出す。

「そんな悠長なことを言っている場合ですか? 今のは・・・今のは」

震える迦遊羅の体を抱きしめる。

「黙っていてもしかたないわね。そう。ジジ様は、といってもあなたが思っているような祖父ではなくて長は・・・」

亜由美はそっと秘密を打ち明けた。

「・・・だから、四百年も時を越えてあなたに会えた。

あなたに会えただけでもこの今に生まれたかいがあったというもの。

ジジ様と二人だけの生活にあなたという妹ができたんですもの。あの頃は何も知らなくてよかった」

うれしそうに亜由美は語り、迦遊羅はぽろぽろ涙を流す。

「泣かないで。私は別にこの事をいやがっているわけでもなんでもないから。自分の運命だと思ってちゃんとうけとめているから。だから泣かないで」

亜由美は自分の代わりに涙する妹分の背中を優しく撫で続ける。

「この事はまだ誰にも言わないでね」

その頼みに迦遊羅は顔を上げる。

「もう少し、やわらかな方法で伝えたいから。今の迦遊羅の様に悲しませたくないから」

そう言ってはかなげに亜由美は微笑んだ。迦遊羅はただ涙をこぼしながら黙って頷いた。

 

夜中、こっそり亜由美は部屋を抜け出す。

まだ寒い年明けの湖畔にたたずむ。

そして人知れず涙を流す。

「どうして・・・私が亜遊羅なの・・・? 教えてジジ様」

だが、答えはない。

涙が乾くとまた屋敷に戻る。

だが、それでも部屋に戻らず、洋間で月を眺める。

じっと眺めて自分の人生を振り返る。

もっといい子でいてあげればよかった。

もっと家族を大事にすれば良かった。

もう家族には会えない。

自分はもう亜由美ではないから。

亜遊羅となってしまった。

後悔だけが胸に押し寄せる。

幾夜かそう過ごしたある夜、当麻はぼんやりと洋間で月を眺める亜由美を見つけた。

月明かりだけの部屋に今にも空気に溶けてしまいそうな感じの亜由美。

声をかけるにもかけたらすっと消えてしまいそうで声もかけられない。

あれほど無邪気に笑っていた亜由美はいつのまにかもろいガラス細工のような少女に変わってしまっていた。

ほんの少し、自分がそばにいなかっただけで。まったく別人の様に変わってしまっていた。

輝くような笑顔はもう浮かばない。ただ、いつもはかなげな微笑を浮かべる亜由美。

時折、切なそうに自分を見る亜由美の視線にも気付いていたがどう話せばいいのかもわからず、

戻ってきてからほとんど言葉も交わしていない。

今は壊さない様にただ、そっと近づいて眺めることしか出来ない。

だが、その人の気配に亜由美が気付く。

「眠れないの?」

今まで見たどんな亜由美とも違うはかなげな表情で亜由美は言う。

その表情に当麻の胸が締め付けられる。亜由美はこんな表情をする少女ではなかった。

少し、と当麻は言葉少なく答える。

「お話、聞いてくれる?」

亜由美が小首をかしげて頼む。

ああ、と当麻は答えて側に座る。

「どこから話したらいいかな・・・」

そう言いながらとつとつと亜遊羅の事を語り始める。

「亜遊羅のお母さんもお父さんの事もあまり覚えていない。覚えているのは大好きな姉様の事と、御祭りと姉様の綺麗な踊り。姉様の舞は本当に綺麗で私はいつもまねをしていたけど、似ても似つかわなかった。運動神経その頃もなかったんだね・・・」

そう言ってしばし舞の音楽を楽しげにとんとんと指で奏でる。

「・・・それから姉様のまわりにいた四人の男の人。一人はそう、当麻にとってもよく似た優しい御兄さんだった。私はその御兄さんがとっても好きでいつも遊んでもらっていた・・・」

懐かしそうに亜由美は当麻を見る。だが、その視線は遠い記憶を見ていた。

「それから記憶は飛んでしまってもう迦遊羅と同じ里にいた。一族のものがどうなったかは知らなかったけど、今ならわかる。たぶん、滅ぼされてしまった。皆、死んでしまった・・・」

亜由美はそう言って目を伏せる。

「迦遊羅の里でジジ様と二人で生活していてすぐに迦遊羅と仲良くなった。うちの一族と迦遊羅の一族は同根だから、御世話になったの。そこでいっぱい遊んでいたずらもした。

私達は本当にそっくりで同じ格好したら皆間違えたぐらい。迦遊羅を連れ去った妖邪兵がよく間違えなかったと思うぐらいね。あの子は本当にかわいくて私のあとをついて回って姉様、姉様って慕ってくれた。私には姉様はいたけれど、妹はいなかったからとってもうれしかった。今も本当に妹の様に思ってる」

亜由美は迦遊羅が眠っている部屋にいとおしそうな視線を向ける。

「でも、そんな楽しい日々はあっというまだった。迦遊羅が妖邪兵に連れて行かれた日、私も切り殺された」

その言葉に黙って聞いていた当麻が驚く。

「里は私の里の様に火が放たれて全滅した。私が事切れる前にジジ様は術をかけた。ジジ様も切られていたから。必死だったのね・・・」

そこで亜由美はいいよどむ。言ってしまって大丈夫だろうかと。

だが、一人でこの事を抱えているのは嫌だった。

誰かにもう一度聞いて欲しかった。それに皆にいずれ言うことになるから言ってしまっても構わない。

「私で血筋が絶えてしまうの。だから、ジジ様は魂だけでも残る様に術をかけた。

時がくれば転生して覚醒する様に。それから覚醒した魂が他の者にならないように未来永劫転生することのないように、と」

当麻が絶句する。

「それは・・・。お前は・・・」

「分かりやすく言うと、もう転生は適わないって事かな? 今度死んだら魂だけになって御仕事をせっせとするの」

ちゃめっけたっぷりに言う。

が、その表情は一瞬で崩れる。

当麻の手に思わず重ねようとした亜由美の手が宙で止まる。ぎゅっと拳を握り締める。

「死んだらもうずっと一人なの・・・。皆が死んでいくのをただじっとみまもるしかできない。私、一人ぼっちになっちゃった・・・」

うつむいた顔からしずくが零れ、当麻の手の上に落ちる。

「怖いよ。当麻。一人だなんて嫌だよ・・・。この地球が滅んでも魂だけになって生き続けなきゃいけないなんて・・・嫌だよ。怖いよ・・・っ」

嗚咽が零れる。とてつもない亜由美の絶望と恐怖が当麻にも伝わる。来る孤独に打ち震える心が伝わる。

「なんで・・・っ。お前がそんな事しなきゃなんないんだっ」

湧き上がった怒りに当麻が声を荒げる。なんでこいつがそんな荷物をせおわなきゃいけない?

こいつはいつも楽しそうに笑って俺達に元気をくれるただの女の子のはずなのに。

普通の女の子なんだ。亜遊羅なんて人間じゃない。俺のたった一人のあゆなのに。当麻は亜由美をこんな風にしてさらに追い討ちをかけるような仕打ちをしたジジ様という人物が憎いと思った。

静かに泣く亜由美に当麻は手を伸ばして抱き寄せる。

およそ負の感情と縁がなかった亜由美が嫌というほどそれにさいなまれている。甘えて助けてと言って泣けばいいのにただこらえようとする。ひたすら自分の課せられた運命を受けようとする。

亜由美は当麻の胸に顔をうずめて必死に嗚咽をこらえる。必死に涙を止めて当麻の問いに答える。

「私が亜遊羅だから。・・・最後の長だから・・・。これが私の生まれてきた理由なの」

そんな理由でお前は生まれてきたんじゃない、そう言いたいのに問い返されたら答られないのがわかって当麻は言葉を飲む。

ごめんね、と言って亜由美は身を引こうとする。

「泣くつもりなかったんだけどなぁ・・・。うまく皆に話せるように当麻で予行練習したつもりだったのに。失敗しちゃった・・・」

次も失敗するかな、と一人呟く。

身をひこうとする亜由美をひきとめ守ろうとするかのごとく当麻が強く抱きしめる。

「そんな事、俺がさせない。一人になどさせないっ」

こいつは俺が絶対に守って見せる。

ありがとう、と亜由美が呟く。

「当麻に言ったらすっとした。でも、やっぱり皆にうまく伝えること出来ない気がするから、当麻から上手く皆に伝えてくれる?」

腕の中で亜由美が言う。

わかった、と当麻が答える。こいつの涙を止めるためならなんだってしてやる。

「やっぱり、当麻って頼りになるな。ありがとう」

何度も何度も礼を呟く。

その度に腕の中の亜由美が消えていってしまいそうで当麻は一層強く抱きしめる。

生きている証を確かめる様に。

「迦遊羅、私の双子の妹として現世にとどまってもらうことにしたの。仲良くしてね」

ああ、と当麻がただ答える。

腕の中の亜由美が体の力を抜いて当麻に体を預ける。

とくん、とくんと二人の生きている証が重なる。

「一人で抱えるのって大変だよね。智将としての当麻もいっぱいいっぱい、一人で抱えてきたんだね。

当麻はすごいね。尊敬しちゃう。私は抱えきれずにしゃべっちゃった。だめだね・・・」

「だめじゃない。そんな重過ぎる事実一人で抱えるほうが間違っている。俺がずっとついててやるから洗いざらい全部ぶちまけてしまえ。お前が黙っていて欲しいことは黙っててやるから・・・」

当麻、と言って亜由美が黙り込む。亜由美の小さな体が小刻みに震える。こらえた涙がまた頬をぬらす。

「時々、こうして亜遊羅の昔話聞いてくれる?」

小さくしゃっくりあげながら亜由美が言う。

「いくらでも聞いてやる。好きなだけ話して好きなだけ泣けばいい。俺はずっとお前の側にいるから」

かなわない約束を当麻が呟く。

かなわないと知りつつ亜由美が答える。

「うん。ずっと、ずっと側にいてね」

亜由美がおずおずと当麻の背中に手をまわす。

凍てつく部屋の中で少年と少女はずっと抱き合っていた。

二人を引き裂く運命に抗う様に。

 

 

あとがき。

 

急にシリアスになるこのシリーズ。たいていは作者が切ない話を書いたら次は甘いのが読みたいというただの煩悩でこれが繰り返しになるのです。考えてみれば悲恋はないなぁ。ナスティと朱天と征士の三角関係なんかも気になりますが、このシリーズではPDF上にしかできないのでお目見えしません(^^ゞ。

とりあえず、八月の更新はこの二作品です。九月をお待ちになってね。

 

 第二版 羽柴蓮香2004/08/22

本編 愛ある限り〜あゆと当麻〜

 

 嵐のdestiny 凍てついた記憶

 

 

自分と当麻達は違う、と亜由美は思っていた。彼らは選ばれし戦士。そして自分はそこへ紛れ込んでしまったごく普通の人間、だとずっと思っていた。それがまったく見当違いだとは思いもしなかった。

 

夏に記憶を失って当麻とナスティの保護の元に東京に身を寄せる事になった亜由美はすんなりとなじんでいった。週一回、紹介された医者へ通う。けれども一向に記憶は戻らなかった。退行催眠すら効かなかった。あの時、一体何があったのかと亜由美は当麻に尋ねた。当麻は口を濁していたが、亜由美の必死の懇願に負けてついに重い口を開いた。

他人に決して言わないことという約束をさせられて当麻はその時の状況を話した。

郷里の河川公園で妖邪という鎧武者に襲われたこと。そして原因不明の発光現象があったことを知った。そして亜由美が記憶を失って当麻にだけなついたことを知らされた。

亜由美は妖邪と聞いて何故か記憶もないのに知っている気がした。目の前にいまにもまがまがしく光る瞳を見たような気がして何度も夜中に飛び起きた。その度にそれおののいて夜毎泣くことが多くなっていた。毎朝、目を真っ赤にして起きてくる亜由美を見て当麻は心配して何かと面倒を見たが、その間にも他の妖邪との戦いが挟まり、亜由美の精神状態が悪化していくのをただほうって置くしかなかった。

 

亜由美はつとめて明るく振る舞っていたが、自分の身に起きたことを考えるときだけは違っていた。忘れてはならないことを思い出さなければならない気がしてならなかったのだ。

必死に記憶をたどり寄せる。喉元までせりあがった言葉が出てこないように記憶もまた思い出せそうで思い出せなかった。もう少しで思い出せるのに、と時折亜由美は感情を爆発させることもあった。けれども一向に記憶は戻らなかった。あるいは戻って欲しくなかったのかも知れないと後の亜由美は思ったものだった。

つねに憂鬱そうな亜由美を心配してあれやこれやとかまっていた当麻はようやく笑顔が戻ったのそ見て安心してそれぞれの修行の場に向かった。彼らにかつての師迦雄須が夢枕に現れ修行を求めたのだ。遼は富士山へ。秀は大雪山へ。征士は秋芳洞へ。伸は鳴門の海へ。当麻は天橋立へ。それぞれ旅立っていた。

彼らは暇を持て余す時間などなかったのだ。

次々と戦いが舞い込み、彼らは疲れながらも戦うしかなかった。

亜由美はナスティ、純と共に待つことになった。指折り数えて彼らの帰還を待つ。

当麻が側にいないだけでひどくさみしい気がした。今まで当たり前だった光景が消え、純、ナスティとのさみしい食卓に亜由美の心は沈んでいた。早く帰ってきて欲しい。ただそれだけを願っていた。彼らが特別であろうと、当麻は自分にとってとても大切な人間だったから無事に帰ってきて欲しかった。あのぶっきらぼうな優しい当麻に早く会いたかった。

この間に亜由美は自分が当麻を好きであることを自覚した。そして婚約者だという身分に喜びを感じることすら在った。戻ってきたらどうやって気持ちを伝えよう? 憂鬱な日々の中にも亜由美の心は踊った。

ある時、二人が突然、帰ってきた。

だが、その表情は厳しい物だった。彼ら、当麻と遼の他のメンバーは妖邪に連れ去られたというのだ。彼らの手元に遺された彼らの武器、二条槍、光輪剣という証拠。

ナスティを交えて分析を彼らは始め、三人は取り戻す手段を語り明かしていた。

遼と当麻の言い争う声が聞こえてくることも度々だった。

亜由美はこれから起きることに身震いした。予感めいたものが起きていたのかも知れない。

これから起きる恐ろしい自分の身に降りかかってくることをすでに予見していたのかも知れない。当然の事ながら、当麻と遼は彼らを助けに妖邪界に突入しなくてはならない。亜由美は当麻が死んでしまうような気がしてとても怖くなった。

行かないで、と言いたかったが声にはならなかった。彼らには彼らだけの何かがあって自分はそこに入ってはいけないのだ、と思い知っていた。

ただ普通の人間として彼の親戚として無事を祈るしかなかった。

 

ある時、湖畔に当麻達が言っていた女妖邪が現れた。戦いに赴く当麻と遼。亜由美は柳生邸から遠目に見守るしかなかった。彼らにとって自分は足手まといなのだ。わかっていた。悲しい思いがするほどわかっていた。

彼らの負担になることだけはなりたくなかった。じっとただ柳生邸の窓から見守る。

だが、女妖邪は手強かった。星麗剣を操り、嵐星斬を容赦なく遼達にあびせかけた。遠目にもまばゆいばかりの発光現象と共に彼らの苦痛の声が聞こえる気がしてならなかった。

当麻が死んでしまう!

急に直感めいたものを感じた、亜由美はリビングのドアを開け放つと自分が素足なのも気づかずに走り出していた。必死に湖畔に駆け寄る。

当麻が危ない。死なないで!

このままでは遼も当麻も負けてしまう。

その突然ひらめいた空恐ろしい考えに亜由美は恐れおののいた。女妖邪の事などもう目に入っていなかった。

ただ助けたかった。それだけだった。

ちょうどその時何度目かの嵐星斬が彼らを見舞った。

倒れ伏す、当麻と遼。

湖畔に近づいて女妖邪を目にした亜由美はふっと不可思議な感覚に陥った。

華奢な体に長い黒髪を高く結わえ、日本人形のように美しい女妖邪。

あの女妖邪は見たことがある。あったことがある気がしてならなかった。

懐かしい風が亜由美の心に吹いた。

邪悪な物ではない、と悟った。

だが、現実に当麻達が倒れている。

どうして助けたらいいのかわからず、唐突に亜由美は立ちつくし、亜由美は唇をかみしめ拳を握りしめた。爪が拳に食い込む。

ただ立ちつくして彼らの死んでいく様を見ていくしかないのか。

連れ去られるのを見ていくしかないのか。

亜由美は悔しかった。

彼らのように特別な力があったら良かったのに!

だが、現実には自分はただのか弱い人間だった。

それを思い知らされ亜由美の心は悲しみと恐怖でいっぱいになった。

女妖邪が飛翔する。細身の剣をたくみにあやつり、最後の技が振り落とされようとしたとき亜由美は声ある限り、叫んだ。

「やめてー!!」

刹那、また亜由美の頭の中が真っ白になりスパークした。

次の瞬間、亜由美の前髪の隙間から文字が浮かび上がった。

髪が長く伸びて風に舞う。目の前に現れた額に文字が浮かび当たった。

「想」という文字。必死に立ち上がった遼達もただ見守るしかなかった。普通の女の子に何が起こったのか、理解できなかった。次の瞬間想の文字が激しく光った。彼女の体を十二単が包んだかと思うと急に鎧を身に纏っていた。螺鈿細工のような微妙な光を放つ白い鎧だった。軽い、素材で出来た鎧。女の身でも纏うことが可能な可愛らしいともいうべき鎧。

「サムライトルーパーはもう一人いるのですね」

女妖邪の涼やかな少女の声が湖畔に響いた。

彼女の視線が呆然としている亜由美にそそがれた。

今、彼女の頭の中には猛烈な勢いで過去の歴史が一族の歴史が流れ込んで混乱をきたしていた。

一族が生まれたときのことから一族が滅亡するまでの歴史。その間に繰り返された数々のまがまがしい者との対決。流血。残酷な歴史。見まいと瞼を閉じても記憶が刷り込まれていく。いや。元々あった記憶が戻ってきているのだ。記憶が継承されていく。

女妖邪が亜由美に刀を向けた瞬間、錫杖が打ち込まれた。

錫杖が聖なる光を解き放つ。

まばゆい輝きが女妖邪と当麻達の間に割り込んでくる。

女妖邪は舌打ちすると退いていった。

 

亜由美は呆然と湖畔に膝まずいていた。

力無く湖畔の岸辺に座り込んでいた。

鎧は洗われたと同時にまた唐突に消えていた。

素足の亜由美がそこにいるだけだった。

ただ、額から現れた文字だけが神々しく光っていた。長く伸びた髪がその名残を確実に残していた。彼女も戦士だった。その事実は当麻達を戸惑わせた。思いも寄らぬ覚醒におもいもよらぬ心の持ち主。どうあつかってもよいのかもわからない。

「あたし・・・? わたし・・・?」

戦闘のなごりを遺して近づく当麻達に連れられて亜由美は呆然と言葉を繰り返しながら連れて帰られた。

 

いきなりの変異に亜由美は戸惑った。自分は亜遊羅という人間であること。

迦雄須という彼らの師と同じ同根の一族の者で最後の長の一人であることなど少しづつ頭が整理されるにつれ情報が亜遊羅の自我に占領されていった。

私は・・・亜遊羅? 亜由美?

混乱する頭で亜由美は必死に考えた。

私は誰?

その間も当麻達は秀達を救出する手だてを考えていた。亜由美の信じられないトルーパーとしての覚醒もさることながら今は連れさられた仲間のことが一番だった。

そのころ、ちょうど宿敵朱天が現れたのもこのころだった。彼は迦雄須のみちびにより人の心を取り戻していた。そして迦雄須の継承者とならんと修行していたのだ。あの時、間一髪のところで錫杖を打ち込んだのは朱天だったのだ。

当麻達は戸惑ったが、ナスティと純は素直に彼を受け入れた。次第に当麻達も朱天を仲間と見なすようになった。

欠けた仲間の代わりに心強い仲間が出来た。

亜由美はそのなりゆきをただ放心状態で見守るだけだった。

何が起こっているのか、私は誰なのか、何をすべきなのか。

いっぺんにわかったかとおもうといっぺんにわからなくなる。

混乱した頭と心を抱えて亜由美の笑顔が消えていく。

つとめて当麻達の前では明るく振る舞うも自分が彼らとは違う意味を知ってもう心から笑うことなど出来なかった。

自分が最後の時にかけられた術を知って亜由美の心は恐れおののき、孤独感に震え、人知れず涙を流した。今、彼らに心配をかけるわけには行かない。私は・・・そう。彼らと次元を事にして存在する邪悪な者と対峙するものなのだ。

亜由美の心はもう別の者に支配されていた。その様子に誰もまだ気づく物はいなかった。

信じられない覚醒。亜由美にとってもまた彼女の先代の長になる彼にとっても予想外だった。

彼はまだ亜由美の前に姿を現すことはなかった。出来なかったのだ。阿羅醐の復活を操作していたのは他でもない自分たちの宿敵唖呪羅だったのだ。その邪悪なエネルギーを押さえるために先代の長は一人天上の世界で戦っていた。

亜由美は一人でこの試練を乗り越えていくこととなっていった。

頭の中に言葉がこだまする。定められた運命が亜由美を支配していく。

 

私は亜遊羅。唖呪羅を封じるためだけに生まれてきた者。最後の長、そして永遠の長。

決して死すことの叶わぬ身。亜須羅一族の最後の長、永遠の時の番人。

 

その事実は悲しみと共に亜由美の心に次第に刻まれて凍り付いた心に染みついていった。

 

ずっと広い屋敷の中で記憶をよみがえらせていた。

亜由美の記憶と亜遊羅の記憶。

果たして自分は一体どちらだろうと惑う。

亜由美なのに亜遊羅の役目が自分の肩にのしかかる。

自分は亜遊羅だと思わずにいられなかった。

長い時間を一人で待つ。

機械的に日常生活を送りながら。

やがて、晴れた空が皆の戦いが終わったことを知らせる。

亜遊羅として最初にすることが決まった。

皆の元へ向かう。

 

見なれない鎧をまとった長い髪の少女がサムライ・トルーパー達の前に降り立つ。半分のものにしか彼女のことは分からない。

遼、当麻、純、ナスティ。

当麻がその姿に絶句する。やせ細ってより一層華奢な感じになってしまった自分の許婚をまじまじと見つめる。

だが、その視線をにこやかに受けるとそのまま三魔将と迦遊羅のほうを向く。

「私の名は亜遊羅。あなたがたの階層のもう一つ上に存在している唖呪羅と対峙する者。

もしよろしければ、今一つの間この現世にとどまって御話を聞いていただけますか?」

その小さな体に似合わない涼やかで穏やかな女性の声で亜由美は言う。

「あなたは誰?」

迦遊羅が問う。

「覚えていないかしら? 亜遊羅という名を。あなたと幼き日、里で遊んだ私を?」

亜由美がじっと迦遊羅を見つめる。遠い記憶がよみがえる。

迦遊羅の目が見開く。

「あ・・・姉様?」

その言葉に誰もが言葉を失った。

 

なぜ、四百年のときを超えて生きているのか?という迦遊羅の問いを押しとどめてナスティの屋敷に皆が戻る。

皆が戦いの疲れを癒している間に亜由美は迦遊羅と語り合った。

今まで一人きりだった部屋に迦遊羅と共に過ごす。いずれ自分の代わりに幸せな人生を送るはずの少女と過去を懐かしむ。

「あなたはいつも私の後をついて回ってとてもかわいらしかった。今もそう。とてもかわいらしい女の子ね」

そう言って亜由美は微笑む。

「覚えていて? あなたが魚を釣るといって小川へ行って慌てて私も後を着いていったら勢い余って・・・」

「姉様が小川に飛び込んでしまいましたわね」

二人でくすくす笑いあう。

「ほんとうに迦遊羅はいろんな事に興味を持っていたからそのとばっちりをたくさん受けて・・・もう大変だった。

今もじゃじゃ馬なの?」

面白そうに瞳をきらめかせて問う。

さぁ?と迦遊羅が小首をかしげる。

「目覚めたばかりですし」

この言葉を言うときばかりは迦遊羅も悲しげな瞳をする。

「でも、もう終わったこと。これからは楽しいことが待ってるから」

にっこり微笑んで慰める。

どういうこと?との問いに亜由美はようやく答える。

「あなたは四百年間ずっと苦しめられてきた。いいかげん、解放されてもいいと思うの。

あなた一人ぐらいなら私でもどうにかできる。だから、この現世で幸せになって欲しいと思って」

「そのようなこと・・・。私はいずれ妖邪界にもどらねばならぬ身」

「一人ぐらい欠けても大丈夫。それに現世ですることもあるかもしれないでしょう? 迦遊羅さえよければ三魔将の方々に御話したいの」

でも・・・、と迦遊羅は迷う。

「私はこれから与えられた運命を歩かなければならない。

だから、代わりに、姉妹のように育ったあなたに自由に生きて欲しいの。

こんな小さな願い聞いてもらえないかしら?」

哀しげにはかなげに願う亜由美の顔を見ると迦遊羅は断れなかった。

おずおずと頷く。

ありがとう、と言って亜由美は涙を目ににじませた。

ひとつだけ教えてくれませんか?と迦遊羅は言う。

亜由美は問いを聞かずに頷く。

「話すよりもあなたに直接記憶を見せてあげる」

亜由美は迦遊羅の手を取る。

迦遊羅の脳裏に映像が流れる。

懐かしい里の風景。

楽しげに遊ぶ自分と亜遊羅。

突然、その幸せな風景が一転する。

迦遊羅は妖邪兵に連れて行かれ、亜遊羅は切られる。

その時の衝撃が迦遊羅に直接伝わる。

迦遊羅の口から小さな悲鳴がもれる。

亜遊羅の祖父が舞い戻って亜遊羅を助けようとするが、その祖父も切られてしまう。

虫の息の亜遊羅に祖父が術をかける。

迦雄須一族の長たる迦遊羅にその術がなんであるかは一目瞭然だった。

「姉様! 今のはっ」

迦遊羅の声が震える。

亜由美は閉じていた瞳をゆっくりと開ける。

「あ、ごめんなさい。そこまで見せる予定はなかったのだけど」

そう言ってぺろりと舌を出す。

「そんな悠長なことを言っている場合ですか? 今のは・・・今のは」

震える迦遊羅の体を抱きしめる。

「黙っていてもしかたないわね。そう。ジジ様は、といってもあなたが思っているような祖父ではなくて長は・・・」

亜由美はそっと秘密を打ち明けた。

「・・・だから、四百年も時を越えてあなたに会えた。

あなたに会えただけでもこの今に生まれたかいがあったというもの。

ジジ様と二人だけの生活にあなたという妹ができたんですもの。あの頃は何も知らなくてよかった」

うれしそうに亜由美は語り、迦遊羅はぽろぽろ涙を流す。

「泣かないで。私は別にこの事をいやがっているわけでもなんでもないから。自分の運命だと思ってちゃんとうけとめているから。だから泣かないで」

亜由美は自分の代わりに涙する妹分の背中を優しく撫で続ける。

「この事はまだ誰にも言わないでね」

その頼みに迦遊羅は顔を上げる。

「もう少し、やわらかな方法で伝えたいから。今の迦遊羅の様に悲しませたくないから」

そう言ってはかなげに亜由美は微笑んだ。迦遊羅はただ涙をこぼしながら黙って頷いた。

 

夜中、こっそり亜由美は部屋を抜け出す。

まだ寒い年明けの湖畔にたたずむ。

そして人知れず涙を流す。

「どうして・・・私が亜遊羅なの・・・? 教えてジジ様」

だが、答えはない。

涙が乾くとまた屋敷に戻る。

だが、それでも部屋に戻らず、洋間で月を眺める。

じっと眺めて自分の人生を振り返る。

もっといい子でいてあげればよかった。

もっと家族を大事にすれば良かった。

もう家族には会えない。

自分はもう亜由美ではないから。

亜遊羅となってしまった。

後悔だけが胸に押し寄せる。

幾夜かそう過ごしたある夜、当麻はぼんやりと洋間で月を眺める亜由美を見つけた。

月明かりだけの部屋に今にも空気に溶けてしまいそうな感じの亜由美。

声をかけるにもかけたらすっと消えてしまいそうで声もかけられない。

あれほど無邪気に笑っていた亜由美はいつのまにかもろいガラス細工のような少女に変わってしまっていた。

ほんの少し、自分がそばにいなかっただけで。まったく別人の様に変わってしまっていた。

輝くような笑顔はもう浮かばない。ただ、いつもはかなげな微笑を浮かべる亜由美。

時折、切なそうに自分を見る亜由美の視線にも気付いていたがどう話せばいいのかもわからず、

戻ってきてからほとんど言葉も交わしていない。

今は壊さない様にただ、そっと近づいて眺めることしか出来ない。

だが、その人の気配に亜由美が気付く。

「眠れないの?」

今まで見たどんな亜由美とも違うはかなげな表情で亜由美は言う。

その表情に当麻の胸が締め付けられる。亜由美はこんな表情をする少女ではなかった。

少し、と当麻は言葉少なく答える。

「お話、聞いてくれる?」

亜由美が小首をかしげて頼む。

ああ、と当麻は答えて側に座る。

「どこから話したらいいかな・・・」

そう言いながらとつとつと亜遊羅の事を語り始める。

「亜遊羅のお母さんもお父さんの事もあまり覚えていない。覚えているのは大好きな姉様の事と、御祭りと姉様の綺麗な踊り。姉様の舞は本当に綺麗で私はいつもまねをしていたけど、似ても似つかわなかった。運動神経その頃もなかったんだね・・・」

そう言ってしばし舞の音楽を楽しげにとんとんと指で奏でる。

「・・・それから姉様のまわりにいた四人の男の人。一人はそう、当麻にとってもよく似た優しい御兄さんだった。私はその御兄さんがとっても好きでいつも遊んでもらっていた・・・」

懐かしそうに亜由美は当麻を見る。だが、その視線は遠い記憶を見ていた。

「それから記憶は飛んでしまってもう迦遊羅と同じ里にいた。一族のものがどうなったかは知らなかったけど、今ならわかる。たぶん、滅ぼされてしまった。皆、死んでしまった・・・」

亜由美はそう言って目を伏せる。

「迦遊羅の里でジジ様と二人で生活していてすぐに迦遊羅と仲良くなった。うちの一族と迦遊羅の一族は同根だから、御世話になったの。そこでいっぱい遊んでいたずらもした。

私達は本当にそっくりで同じ格好したら皆間違えたぐらい。迦遊羅を連れ去った妖邪兵がよく間違えなかったと思うぐらいね。あの子は本当にかわいくて私のあとをついて回って姉様、姉様って慕ってくれた。私には姉様はいたけれど、妹はいなかったからとってもうれしかった。今も本当に妹の様に思ってる」

亜由美は迦遊羅が眠っている部屋にいとおしそうな視線を向ける。

「でも、そんな楽しい日々はあっというまだった。迦遊羅が妖邪兵に連れて行かれた日、私も切り殺された」

その言葉に黙って聞いていた当麻が驚く。

「里は私の里の様に火が放たれて全滅した。私が事切れる前にジジ様は術をかけた。ジジ様も切られていたから。必死だったのね・・・」

そこで亜由美はいいよどむ。言ってしまって大丈夫だろうかと。

だが、一人でこの事を抱えているのは嫌だった。

誰かにもう一度聞いて欲しかった。それに皆にいずれ言うことになるから言ってしまっても構わない。

「私で血筋が絶えてしまうの。だから、ジジ様は魂だけでも残る様に術をかけた。

時がくれば転生して覚醒する様に。それから覚醒した魂が他の者にならないように未来永劫転生することのないように、と」

当麻が絶句する。

「それは・・・。お前は・・・」

「分かりやすく言うと、もう転生は適わないって事かな? 今度死んだら魂だけになって御仕事をせっせとするの」

ちゃめっけたっぷりに言う。

が、その表情は一瞬で崩れる。

当麻の手に思わず重ねようとした亜由美の手が宙で止まる。ぎゅっと拳を握り締める。

「死んだらもうずっと一人なの・・・。皆が死んでいくのをただじっとみまもるしかできない。私、一人ぼっちになっちゃった・・・」

うつむいた顔からしずくが零れ、当麻の手の上に落ちる。

「怖いよ。当麻。一人だなんて嫌だよ・・・。この地球が滅んでも魂だけになって生き続けなきゃいけないなんて・・・嫌だよ。怖いよ・・・っ」

嗚咽が零れる。とてつもない亜由美の絶望と恐怖が当麻にも伝わる。来る孤独に打ち震える心が伝わる。

「なんで・・・っ。お前がそんな事しなきゃなんないんだっ」

湧き上がった怒りに当麻が声を荒げる。なんでこいつがそんな荷物をせおわなきゃいけない?

こいつはいつも楽しそうに笑って俺達に元気をくれるただの女の子のはずなのに。

普通の女の子なんだ。亜遊羅なんて人間じゃない。俺のたった一人のあゆなのに。当麻は亜由美をこんな風にしてさらに追い討ちをかけるような仕打ちをしたジジ様という人物が憎いと思った。

静かに泣く亜由美に当麻は手を伸ばして抱き寄せる。

およそ負の感情と縁がなかった亜由美が嫌というほどそれにさいなまれている。甘えて助けてと言って泣けばいいのにただこらえようとする。ひたすら自分の課せられた運命を受けようとする。

亜由美は当麻の胸に顔をうずめて必死に嗚咽をこらえる。必死に涙を止めて当麻の問いに答える。

「私が亜遊羅だから。・・・最後の長だから・・・。これが私の生まれてきた理由なの」

そんな理由でお前は生まれてきたんじゃない、そう言いたいのに問い返されたら答られないのがわかって当麻は言葉を飲む。

ごめんね、と言って亜由美は身を引こうとする。

「泣くつもりなかったんだけどなぁ・・・。うまく皆に話せるように当麻で予行練習したつもりだったのに。失敗しちゃった・・・」

次も失敗するかな、と一人呟く。

身をひこうとする亜由美をひきとめ守ろうとするかのごとく当麻が強く抱きしめる。

「そんな事、俺がさせない。一人になどさせないっ」

こいつは俺が絶対に守って見せる。

ありがとう、と亜由美が呟く。

「当麻に言ったらすっとした。でも、やっぱり皆にうまく伝えること出来ない気がするから、当麻から上手く皆に伝えてくれる?」

腕の中で亜由美が言う。

わかった、と当麻が答える。こいつの涙を止めるためならなんだってしてやる。

「やっぱり、当麻って頼りになるな。ありがとう」

何度も何度も礼を呟く。

その度に腕の中の亜由美が消えていってしまいそうで当麻は一層強く抱きしめる。

生きている証を確かめる様に。

「迦遊羅、私の双子の妹として現世にとどまってもらうことにしたの。仲良くしてね」

ああ、と当麻がただ答える。

腕の中の亜由美が体の力を抜いて当麻に体を預ける。

とくん、とくんと二人の生きている証が重なる。

「一人で抱えるのって大変だよね。智将としての当麻もいっぱいいっぱい、一人で抱えてきたんだね。

当麻はすごいね。尊敬しちゃう。私は抱えきれずにしゃべっちゃった。だめだね・・・」

「だめじゃない。そんな重過ぎる事実一人で抱えるほうが間違っている。俺がずっとついててやるから洗いざらい全部ぶちまけてしまえ。お前が黙っていて欲しいことは黙っててやるから・・・」

当麻、と言って亜由美が黙り込む。亜由美の小さな体が小刻みに震える。こらえた涙がまた頬をぬらす。

「時々、こうして亜遊羅の昔話聞いてくれる?」

小さくしゃっくりあげながら亜由美が言う。

「いくらでも聞いてやる。好きなだけ話して好きなだけ泣けばいい。俺はずっとお前の側にいるから」

かなわない約束を当麻が呟く。

かなわないと知りつつ亜由美が答える。

「うん。ずっと、ずっと側にいてね」

亜由美がおずおずと当麻の背中に手をまわす。

凍てつく部屋の中で少年と少女はずっと抱き合っていた。

二人を引き裂く運命に抗う様に。

 

 

あとがき。

 

急にシリアスになるこのシリーズ。たいていは作者が切ない話を書いたら次は甘いのが読みたいというただの煩悩でこれが繰り返しになるのです。考えてみれば悲恋はないなぁ。ナスティと朱天と征士の三角関係なんかも気になりますが、他カップリングで扱うので待ってくださいね。