想いー二人

愛ある限り~あゆと当麻~

 

想い―二人

 

2004/09/18校正

 

あたり一帯に広がっていた亡者を一掃すると亜由美は肩で息をしていた。

手探り状態でここまでようやくたどり着いたが、目的地には程遠い。

それなのに亡者達がわらわら出てくる。

こう言う時、当麻に仲間達がいることがうらやましくなる。

だが、これは自分一人でやり遂げねばならない。

ならば見事に役目を果たして見せようと亜由美、いや、今は時の長、亜遊羅は思った。

ここでは亜由美であることを捨てねばならない。

ふいに当麻の気配を感じて眉をひそめた。

それは次第に強くなる。それも当麻だけではない。皆の気配を感じる。

やはり、気づかれてしまった。

当麻に気づかれたときにいっそ、記憶を消してしまおうかと思った。

だが、そうすると皆の記憶も消さなくてはならない。それに時間を取れる余裕はなかった。

ふいに地からつきあげる激しい衝動に亜遊羅は体制を立て直すのに必死になった。

目の前を光の道が突き抜ける。

まばゆい光が消えるとそこには当麻達が立っていた。

「あゆ」

当麻が近づこうとする。

「来ないでください!」

鋭い声で制すると錫杖を地につきたてた。

どぉんという衝撃が二つの地を別つ。

「何だ? 何が起こったんだ?」

秀が叫ぶ。

「驚く必要はありません。金剛」

もう彼らを名で呼ぶことはない。切ない思いが亜遊羅の中にこみあげるが隠すように告げる。

「今、結界によってこの地を二つに分けました。こちらに来ることはできません」

「なんだって?」

秀が走り出すが目に見えない障壁によって阻まれた。

「なんだよ。行けないじゃねーか」

障壁にがんがんと蹴るがぶつかってその先へは行けない。

「どけ! 秀! 結界などこの俺が射抜いて見せる」

「無駄です。天空。この亜遊羅の力を破ることはかないません。あきらめて早々に立ち去りなさい」

冷たく亜遊羅が言い放つ。

「あゆ」

その口調に当麻が戸惑って名を呼んだ。

ほんの数時間しか経っていないというのにその呼び名のどれほど懐かしいことか。

心の中を震わせながらそれを隠すように息を吸って吐き出す。

「私はあゆでも亜由美でもありません。時の長、亜遊羅です」

それから亜遊羅は美しくそれでいて凄絶な微笑を浮かべた。くったくのないあの笑顔ではなかった。

「あなた方にはわからぬのですか? あなた方は私にとって足手まといなのです」

その台詞に皆、驚きを隠せないようだった。

「せっかく助けに来てやったにっ」

単純な秀が最初に怒りをあらわにする。

そう。それでいい。皆を怒らせ、そのまま帰せばいい。そのほうが彼らにとって幸せなのだ。想いを断ち切るように口を開いた。かすかに体は震えていた。もう彼らとは同じ空の下にいることは出来ない

それでも言いたくない言葉を吐いた。

「邪魔です」

はっきりと告げる。

そのにべもなく冷たい口調に誰もが怒り始めた。

だが、この場にいるのは本来場違いなのだ。間違いは正さないといけない。

彼らは阿羅醐と対峙するものであってそれ以上の対峙は自分の領分なのだ。それが役目というもの。

突然、漂ってくる妄執の気配に亜遊羅ははっと振りかえった。

しまった。ぐずぐずしている内に次の相手が来てしまった。

しかも今度は大軍だ。総大将もいるらしい。

せまってくる大群が脳裏に鮮明に写り出す。

相手も本気になってきたということか。

来る敵に向かって亜遊羅は皆に背を向け、身構える。

それを誰もが拒絶と受け取った。

「行こうぜ。助けに来て損したぜ」

秀がきびすを返す。

当麻が何も言わず、矢を番える。そして真空破を射る。

何度も、何度も射る。まるでありったけの力を使っているようだ。

結界は一度に破壊することはできないが、一点に集中させて攻撃すればそこは耐性が脆くなる。

それを祈って当麻は真空破を射続けた。

亜遊羅である亜由美は先を見据えた。

来た。

錫杖がぽう、と消え、まとっている鎧の背から剣をふた振り持った。

女の身でも扱いやすい軽い細身の剣だ。

亜遊羅が継承したこの鎧は身にまとう者に応じて変化するようだった。

剣を構え、飛び上がる。

「青雷舞!」

二つの剣をくるくる回すと、するどい青い無数の光線が亡者達の上に降り注ぐ。

その様子を見とめた当麻の矢を射る手が動揺でわずかにゆれた。敵の中に身を当時が亜由美のすがたが見えなくなる。

焦って矢のねらいがずれる。

「くそっ」

結界はまだ壊れない。じりじりとあせりながら矢を番える。

その間にも亜遊羅は敵陣の中で必死に戦っていた。覚えのない剣術も鎧が教えてくれるように導かれ亡者を倒して井気宇。

なんとしても当麻達のほうに行かせてはならない。

結界があろうとも万が一のことがある。

ここで死守しなくては。

必死の想いで剣を躍らせる。

「当麻、手伝います」

瞬時に当麻の次に気づいた迦遊羅が錫杖を手にする。

ふたつのエネルギーが一点に集中する。

「僕も手伝うよ」

間髪入れずに伸もくわった。

剣技は使えないがエネルギーを一点に集中させられる者が加勢する。

もう少しだ。もう少し。

当麻の額を脂汗が流れた。

このままでは埒があかない。

亜遊羅はあせった。

こうなっては大技を使うしかない。

使ったことなどなかった。知識にあるだけでどうなるかわからない。

だが、最終手段はこれしかない。今は急いでこれをかたづけなくてはならない。

間合いをとって後方へ飛び退る。

その間に手は剣と錫杖を持ち替えていた。

「我は亜遊羅。時の長にして時の番人なり。その真名を持って命ずる。邪なる者よ。とく、退ね!」

言霊に乗せて亜遊羅の一族が守ってきたその力を波動にかえて放つ。

波動が亡者すべてに届き、一掃される。

突然に大きなエネルギーを放出することに体はまだ慣れておらず、そのままがくりとひざをつく。

目の前の視野が狭まりまるで意識を失っていくように感じた。

だめ。弱さを見せては。

少なくとも当麻達の前では強くあらねば。

再び立ちあがろうとするが、体が重く、言うことを聞かない。

体がバランスを崩してかしぐ。

その体をようやく結界を突破した当麻が駆けつけ支える。

「離して」

亜遊羅は弱々しく抗う。

「一人では立てないくせに。無理をするな」

亜遊羅が見せた力は当麻を驚かせていた。あれほど強大な力を持っているとは。

だが、強大な力を使えば使うほどどこかしら体にがたが来る。

力を知っているものは決して無理な使い方をしない。

「離して」

もう一度、今度は弱々しながら強く言って剣を当麻の喉元へつきたてた。

「おい!」

誰かが近づこうとした。

つい、と剣をうごかす。浅い傷を作って当麻の喉元に血が一筋流れる。

誰もが動きを止めた。

「私は本気よ。ここから立ち去りなさい。そしてあなたも手を離して」

冷たい光を宿して亜遊羅は言う。天空、とは言わなかった。追い詰められている。当麻はそう感じた。

「俺を殺すか?」

当麻が澄んだ瞳で亜遊羅の瞳を見つめる。

「お前に殺されるなら本望だ」

静かに当麻が告げる。

動揺した亜遊羅の瞳が揺らいだ。剣を持つ手が震える。

その一瞬を逃すことなく当麻は片手をはずすと亜遊羅のみぞおちにこぶしを入れた。

剣が亜遊羅の手から滑り落ち、がく、と意識を失う。

「悪い」

当麻は気を失った亜遊羅、彼にとってはあゆに一言短くわびると彼女を抱き上げた。

「どうするんだ?」

遼が問う。

「こいつの体が弱っている。いきなりあんな力を使ったせいだろう。だが、このままこいつを連れ戻すわけには行かないのでね。この先に身を隠すところがあればいいが」

振りかえって当麻が言う。

「皆は帰ってくれてもいい。こいつに腹を立てているだろうから。だたこいつもやりたくてやったわけじゃない。それだけわかっていてほしい」

当麻は抱き上げている亜遊羅の顔を見つめると顔を上げて皆を見渡した。

「わかっている。ただ、いきなり言われたのでいらだっただけだ」

征士が答える。

「あゆ、がどういう人間かは当麻ほどではないが私だって知っている。私もお前に付き合おう」

「ありがとう。征士」

「秀はどうなの?」

伸が問いかける。他のメンバーは当麻についていく顔に書いてある。一人複雑な顔をしてたのは秀だけだったのだ。あのわがままな亜由美の行動に今だ怒りを感じていた。そして自分達に何も言わずに消えていったことも。

「あ〜ぁぁっっ。わかってるよ。つきあえばいーんだろっ。当麻をこんなところに残しておけねぇしよ」

「だそうだよ。皆、付き合うって」

秀以外はすでに覚悟の表情をしていたのを知っている伸がまとめて答える。

「すまないな」

当麻の言葉に遼が気にするなよ、と声をかける。

「急ごう。できるだけ距離を稼いで置きたい。いくらなんでも俺だってこんなだたっぴろい野原で襲われるのは好きじゃない。

まったくこいつは兵法って言うものをしらないらしいな」

軽いため息をつく。

無事に帰れたら兵法を教えておこうと当麻は思った。

 

いくらか進んで当麻達は林を見つけた。このようなところでも自然と言うものがあるらしい。幻の様な世界なのに実世界と変わらないのが不思議だった。これはすべてあゆのいう敵の力で出来ているのだろうか? 敵の力で創造されているのならどこに自分たちがいることもわかるはず。空恐ろしい考えが頭を横切った。当麻は不審に思ったがあえてその問いを頭の中から追い払った。ばれたときはばれたときだ。すでに心は決まっていた。絶対に亜由美を連れ帰すと。

この林ならまず一気に大軍が押し寄せてくるとは思われなかった。

火をかけられたらひとたまりもないが。

ひとまず、腕の中にいる彼女を休ませたい。自分達も無理を重ねるわけにはいかない。

遼はまだ回復していない。ほかのものもそうだ。

付き合わせたのはよかったのかどうか当麻には判断できない。

敵がいつ来るかわからないので二人ずつ交代で見張りを立て、あとはそれぞれ休んだ。

当麻だけは見張りに立つとき以外、あゆのそばに座り、見守りつづけた。

迦遊羅と伸が当麻の傷を気遣って癒そうと申し出たが礼を言って体力を温存しておくように頼んだ。

幸い、本気で差し向けた軍があっさり破られたせいか敵は現れなかった。何か別の策を練っているらしい。

あゆは今までの疲れが一気に出たのか、こんこんと眠りつづけた。

一人で抱え込みやがって。この馬鹿が。

眠っているあゆに向かって呟く。

 

彼らは夜営地を転々としながら進んだ。敵の襲来がないのが不気味であった。

ある夜営地で征士は見張りを交代する時、当麻に言った。

「ずっと休んでいないのではないか? すこし休んだほうが良い。見張りなら私一人で十分だ」

「気持ちだけ受け取っておく。正直、眠ってしまったら、またこっそり逃げだしてしまう気がしてな」

当麻は肩をすくめた。

「皆のうち誰か一人が見ていればいいだろう? 何もお前だけが背負い込むことはない」

「それはそうなんだが」

困ったように当麻が言う。

その後、征士が見ておくからと言うので一旦は横になった当麻だったが気になって眠る所ではなかった。

ちょっとした物音に飛び起きる。

何度かそれを繰り返して休むことをあきらめた。

ともかく、いっしょに行動することを納得させるまでは安心できない。

移動時もずっと抱いていたし、夜営地でも当麻は片時もあゆのそばから離れなかった。

どれだけそうしていただろう?

遠くに都らしきものが近づいてきたあるとき、夜営地で当麻の見つめる中、あゆはゆっくりとまぶたを開けた。

はっとして飛び起きる。

急にくらくらしてあゆは額を押さえた。

「急に起きあがるからだ」

当麻が額をなでてやる。

その手をぱっとあゆは払いのけた。

口を開く寸前、当麻が手でふさいだ。

「大声を出すな。皆、休んでいる」

あゆが頷いたので当麻は手を離した。

「どうして!」

小声で、だが激しさをこめてあゆは言った。

「お前は体を弱めていた、かといって素直に帰るわけでもない。少なくとも俺はお前を守ると約束した。

皆もお前を心配している。戦いたければ、俺達と行動を共にすることを納得するんだな」

険しい光が瞳に浮かぶ。

「手を出すのであれば俺に出せ。皆には出すな」

当麻が厳しい声で先に制する。

あゆがぐっと言葉を詰まらせる。

「何か口にするものをもらってこよう。いいか。絶対に逃げるなよ。逃げたら何をしても絶対につかまえるからな」

脅しではなく、本気だと悟ったあゆはしかたなく頷いた。

 現在の移動手段は馬だった。野生の馬がいるのを確認してとらえたのだ。その馬一匹に当麻があゆを乗せては知らせていた。

「私も今は戦士なのよ」

あゆが当麻の腕の中で何度も抗議する。

あんまりうるさいから途中でもう一匹つかまえてあたえた。

鎧がすべてをなさしめているのか。あゆは初めての乗馬にも簡単になりこなした。そして早足で都に向かった。

何度か逃げようかとあゆは思った。だが、いつも当麻が後ろからぴったりとマークしている。

いつ逃げ出されてもいいかのように。

行動を共にしている間、あゆは寡黙になった。誰とも会話を交わそうともしない。

天空、とも当麻、とも呼ばなかった。誰一人どの名でも呼ぼうとしなかった。

いつもの名を呼ぶには自分は亜遊羅でありすぎたし、かといって天空などと言えば彼らが悲しむのが目に見えていたからだ。

皆が以前と変わらぬ様子で接してくれるのが痛かった。

自分はそんな皆を傷つけようとしたのだ。

だが、もしそれで皆が助かるのであれば進んでそうしようと考えていた。

ただ、当麻に釘を打たれていたために行動しようがなかった。

あゆは自分を責めていた。

どうして、もっと巧妙に隠すことができなかったのか。

それよりもいろいろ当麻に話しておいた事が悪かった。

どんな虚勢を張ろうとも恐ろしいほど気持ちが読み取られてしまう。

あの時は語ることによって自分を癒していた。だが、そんなことをせずに胸に秘めておけば良かったと後悔する。

ついに大きな門を前にしたときにあゆ達は大軍に遭遇した。

馬から飛び降りる。

あゆは一歩先にでると錫杖を構えた。

その先から錫杖を当麻が取り上げる。

「その手はよほどのとき以外使うな。あれはお前にダメージが大きすぎる。

今は決戦に備えて体力を温存しておけ」

そしてあゆを背中にかばうと矢を番えた。

気がつけば皆の背で守られていた。

「どうして・・・っ。これは私の戦いなのよっ」

悲壮な声が彼らの間に響き渡る。

「守りたいから守るだけだ。ほかに理由などない」

当麻が答えた。

やっとのことで軍を打ち負かし、都に入る。

都はどこも敵だらけだった。わらわらと鎧武者が現れ出でる。

「妖邪界と似たつくりのようだ」

螺呪羅が言った。

「ならあそこまで大した距離ではないな」

当麻が城を指し示す。

「このまま一気に突破する」

もう長い時間をかけて近づくつもりはなかった。

皆の疲労は明らかだった。

短期決戦を望む。

当麻の判断に皆従った。

だが、戦いは壮絶だった。今まで相手にしてきたものよりも格段に強い。

必死で戦っていた皆が次々に犠牲になっていく。

ひとり、ひとり、また倒れていく。

なぜ?

私は皆を守りたかっただけなのになぜ、皆が私を守るの?

あゆの頬を涙が伝った。最後に残ったのはあゆと当麻だけだった。他のものは先へ行ってくれと倒れながらも言ってくれた。その言葉に亜由美は涙を瞳ににじませるがそんな顔を皆には見せたくはなかった。必死でにじんでくる涙を抑えた。

天守閣は大きかった。威圧するように聳え立つ。その天守閣の一番上に唖呪羅はいたようだ。もう二人を止める敵はいなかった。錫杖が光を放ちすぐに天守閣の中に入っていた。まるで呼ばれているかのようだった。そこで唖呪羅が待ち受けていた。

後ろでかばいながらあゆ、と当麻が力強く名を呼んだ。

「亜遊羅でもいい、亜由美でもいい。どちらにせよ、最初の二文字は同じだ。だから俺はそう呼ぶ。いいか。必ず勝て。そして生きて戻るんだ。必ず」

あゆは泣きながらうん、と答えた。

 

唖呪羅は手ごわかった。

一撃で当麻が倒される。もともと白兵戦にはむいていない弓手なのだから今まで残っていたのが不思議なぐらいである。

「当麻!!」

そのまま当麻が城の外へ投げ出される。

「許さない!」

怒りに身を焦がしながらあゆは目を閉じる。体の奥底から膨大な力が呼び覚まされる。

鎧も何もかも、すべての力を錫杖にこめる。

駆け寄り錫杖で唖呪羅を一刀両断する。

唖呪羅がたちまち消えうせる。だが、唖呪羅は不気味な笑いを残して消えていた。

唖呪羅の力で作られていたものが消えうせる。

そこは野原だった何もない草原へ変化していた。だが、それで終わりではなかった。

唖呪羅は生きていた。怒りで唖呪羅を打ち負かすことはできなかったのだ。どこにいるかははっきりわかる。継承された力には唖呪羅が今だ倒されていないことが感じて取れた。耳にあの不気味な笑いが聞こえてきた。

あゆに与えられたこころは「想」。

生きとし生けるもの、死せるものを愛する心こそが真の救いとなること知ってあゆは愕然とした。

覚醒時、額に文字が浮かび上がったのは知っている。想という文字。

それがどんなものかあゆには理解できない。ただ理念だけをあゆは理解していた。

唖呪羅はこのままではすぐに復活してしまう。

それを防ぐには唖呪羅ごとこの地を封印せねばならない。

その方法をただひとつ、あゆは知っていた。

自らの、一族の血で完成させるその封印。魂だけが転生した自分に一族の血は流れていない。

が、魂と継承された力はある。それと自分の血でなんとかなるに違いないと考えた。

この地の中心にあゆは赴いた。錫杖があゆを導く。

そこは一面花が咲き乱れていた。

あゆは美しいこの花の中で大切な人々を傷つけた罪深い自分の命を終わらせることができるのにほんの少し救いを見出していた。

「約束、守れなかったな」

ぽつんと花の中に言葉が落ちる。

あゆは複雑多岐にわたる術を幾とおりも完成させていき、最後の仕上げとなった。

錫杖を手にしまぶたを閉じる。

「ごめん。当麻」

当麻の顔が浮かんで消える。最後だと言うのに浮かんだ当麻の顔は怒っていた。

錫杖を持ち、いざ身を貫かんとしたそのとき、錫杖が奪われた。

からん、と錫杖が遠くに投げ出され落ちた。

まぶたを開け、慌てて念じて手に戻そうとしたそのとき、突然あゆは抱きしめられた。

強く強く抱きしめられる。骨が折れるかと思うほどに抱きしめられ、息が詰まる。

「だめだ!」

当麻だった。この地が野原になったときまだ余力が残っていた当麻は天空の矢であゆを探し出していた。

恐ろしく、嫌な予感がしていた。

あゆの最初の言葉を当麻は確かに聞いたのだった。

遠く離れている場所であゆの声が聞こえるはずがない。だが、何かの力が当麻にあゆの危機を知らせた。

その言葉を聞いて当麻は身を凍りつかせた。

何をしているのかわからないが、何かが約束をたがわせたのだ。

生きて戻れという約束を。

当麻は必死に空を翔けた。

幸い、あゆは術に没頭していて長い時間が過ぎているのに気がつかなかった。

すんでのところで当麻は間に合ったのだ。

「死ぬことは俺が許さん」

あゆは震える声で嘆願する。

「お願い。当麻。やらせて。そうしないと、再び、それもすぐに唖呪羅が復活してしまう。

もう皆を危ない目に合わせるわけには行かないの」

「復活したならもう一度やり直せば良い。今度は間違えぬよう最初から俺も付き合う」

「当麻達を当麻をもう危ない目には会わせられない。当麻にはもう幸せな人生が待っているのよ?!」

「お前のいない人生のどこが幸せなんだ!」

苦しげに当麻が叫んだ。

それを聞いてあゆが押し黙る。

当麻のそんな苦しい声をあゆははじめて聞いた。

悲しみに胸がちぎれる。

「ならば俺を殺せ」

長い静寂をやぶって静かに当麻は言った。

「俺を殺してから術を完成させろ」

「そんなこと、できるわけがないっ!」

あゆは泣き叫んだ。

「お願い。当麻を守らせて!!」

あゆの心の底の叫びが野原に響いた。

「お前ができないなら。自分でやる」

あゆから腕を解いて離すと天空の矢を自らの喉にねらいを定めた。

まぶたを閉じ、ゆっくりねらいをそらさず自分の喉に近づける。

「だめぇ!!」

あゆは飛びつくと当麻の手から矢を奪い取っていた。

当麻がまぶたを開け、あゆを見つめた。

「もう一度やり直そう。頼むからうんと言ってくれ。俺を置いていくな」

あゆに言葉は生まれなかった。どう答えたら良いのかもわからなかった。

「愛して・・・いるんだ。どうしようもないほど」

搾り出すように当麻が言う。大事なあゆを失うかもしれないというこの時、当麻は悟った。

俺はこいつを愛している。年齢が若いかどうかなど関係ない。俺はこいつを愛している。ただ好きなんて淡い想いではない。あゆが死んでしまうと考えただけで恐れおののいてしまう。

「あゆ」

深く思いのたけを込めて当麻が名を呼ぶ。

あゆの瞳から涙があふれた。

真の人の想いはこれほどまでに深く強く純粋なものなのか。

想とはそういうことなのか。

あゆのこころから想のこころが呼び覚まされる。

額に文字が浮かび上がる。想の文字が額に、あゆのこころに当麻への愛がはっきりと浮かび上がる。

愛している。

切ないほどの甘い想いが二人の間に流れる。

通じ合う二人の心。

シャンシャンシャン、と錫杖が鳴って突然二人の間に現れた。

強い光を放つ。

まばゆい光に包まれて何も見えなくなった。

光に包まれたあゆに声が語る。

「最後の時の長よ。いとしい子孫よ。私たちにも罪を償わせてほしい。非情の術をかけたことを。

あの地は私達が今しばらく抑えよう。そして再び愛するものと共に訪れるが良い。そなたの真の目覚めを待っている」

意識が遠のく。

遠いところで誰かが名を呼ぶ。

懐かしい声があゆを呼ぶ。

何度も何度もあゆの名を呼ぶ。

次第にそれは鮮明になり、意識が戻っていく。

あゆはまぶしげにまぶたを開けた。

当麻が覗き込んでいる。

よかった、とささやく。

「もう、目を覚まさないかと思った。ほんとうによかった」

あゆが腕を伸ばして当麻の首に絡ませる。

「もう一度・・・愛しているって言って」

抱き寄せながら深く思いのこもった声でささやく。

「何度でも言う。お前を愛してる」

 

二人はまた光に包まれた。