笛の音~ソウルラヴァー~

亜由美はただそうしてたたずんでいた。ひとつの墓石の前にトルコききょうを一輪置く。目を引くわけではないが、きれいな紫色。

亜由美はただただ立ち尽くす。言うべき言葉もないかのように・・・。

ふっと人の気配を感じて亜由美は振り返った。

「やっぱり、来ていたのか・・・」

当麻は亜由美をすっと見つめた後墓石に手を合わせた。

「当麻も覚えていたんだね・・・」

亜由美がぽつりと言葉をかける。

ああ、と当麻は答える。

「もう、一年たつのか・・・・」

遠い目をして当麻は空を振り仰いだ。

 

「とろとろすんなよ。不登校児め」

当麻が亜由美を急がす。

朝食を終えて亜由美はテレビのニュースをぼんやりと眺めていた。

学校行きたくないな・・・・。

そんなことを考えながら画面を見ていた亜由美の動きが止まった。

映し出された画面には被害者の老女と盗難にあった笛の写真。

老女は惨殺されていたという。

笛は平安時代のもので重要文化財として近々博物館に収められるところだった。

「あゆっ」

何事かを考え込む亜由美の前でテレビの電源が消された。

「いいかげん、学校行くぞ」

あ、うん、ときのない返事をして亜由美は立ち上がる。

だが、頭の中は老女と笛のことでいっぱいだった。

 

すず。涼風

夢の中で懐かしい声がする。

亜由美は笑顔で振り向く。

ほら、新しい笛だ。そなたの笛の音をきかせておくれ

男はそういって亜由美に笛を手渡す。

まぁ、こんなにすばらしい笛だなんて・・・

亜由美、いや涼風はうれしそうに手にとって転がすとふいに吹き始めた。

さわやかな風と笛の音が調和する。

男が安らいだ顔でそれを見守る。

遠い遠い昔の風景。

かつて幸せだったある日の風景。

 

殿、危ない!!

涼風はさっと男の前に立った。

ぐさりと涼風の胸に矢が突き刺さる。

ゆっくりと涼風の体がずり落ちる。

うけとめる男。

男は涼風の名を連呼する。

殿、ご無事でようございました・・・

それだけを言って涼風は眠るように息を引き取った。

それも遠い遠い悲しい出来事の風景。

 

眠っていた亜由美ははっととびあがった。陰鬱な気分が晴れない。

あの老女殺人と笛の盗難事件を見てから胸騒ぎがとまらない。

笛の元の持ち主はまぎれもなくかつての自分、涼風。涼風の愛用の笛。

ただの笛なら良い。だが、あれは魔笛にもなる笛。涼風が吹くことで魔を調伏したり逆に魔を扱ったりできるほどの名笛だったのだ。

自分ははるか平安の昔に愛する夫を守って死んだ。その後の笛の行方はあのときまでわからなかった。

あのテレビニュースを見るまでは。

思い出したいような思い出したくない記憶。

前世の記憶。

亜遊羅の記憶のほかに亜由美の中には他の前世の記憶も混じっていた。

涼風はそのひとつに過ぎない。

当麻との長い絆の深さを知る亜由美の歴史といってもいい。

あの男は当麻の魂を持った男。

その名を平知盛という。

平家の血をくんだ武人で涼風は親の敵として知盛の前に現れた。だが、本当の敵は知盛の従者であった。

涼風の親を裏切り殺したその男は在る拍子に事が露見し、その男は智盛の手によって一刀両断されたのだった。

それで不幸は終わったかに思えた。

だが、平家の没落とともに知盛とその妻になった涼風は追われるようしにして日本列島を南下していた。

そのある道中に夜盗とも見間違える源氏の兵士に涼風は知盛をかばって倒れた。

以後、自分の魂は戦国の世から生まれ変わるまであの世と呼ばれるところで眠っていた。

だからそれ以後のことは知らなかった。

何がおきたのか、何が起こっているのか。

ただ不安な気持ちが亜由美に覆いかぶさっていた。

 

ぼんやりと校門にたたずんでいると亜由美のそばに少年がそばにやってきた。

「こんにちは」

穏やかな顔をしたもうすぐ青年とも見まがうほどのその少年はひとなつっこく笑みをかけてきた。

ぼんやりと亜由美はあいまいな笑顔を返す。

人と触れ合うのは苦手だ。詮索好きな人間に会いたくない。

亜由美はどうやって関心をそらそうかと考え込む。

ふいに手に紫の花が押し付けられた。

「出会いの記念に・・・」

少年はそれだけ言うと去っていった。

少年は毎日現れた。

放課後、亜由美が下校するときに必ず現れ、紫の花を手渡す。

日に日にその数はましていき、亜由美と迦遊羅の部屋は紫の花で埋まりそうだった。

むすっと当麻はそれを見ては不機嫌そうに亜由美に愚痴をこぼすが当の亜由美は、上の空だった。

どこかであった気がする。

どこで・・・?

亜由美の脳裏に紫の花とあの知盛の姿が重なった。

彼は紫のリンドウを愛していた。

よく涼風はその髪にリンドウを飾ってもらっていた。

だが、当の本人は目の前で不機嫌そうにしている当麻なのだ。間違えるはずもない。彼の魂は当麻と同じものだ。

なぜ? 知っているの?

亜由美の声にならない問いは闇へと消えていった。

 

「あなたは誰?」

亜由美はきっと見据えると少年に尋ねた。

紫の花をもらって数日。亜由美は躊躇していた。今目の前で起こっていることが何か理解できなかったのだ。

自分は知盛とでもいいたいのか? 当麻がいるのに。

「怒らないで」

少年はまた花を手に押し付けながら言う。

「でも、やっと聞いてくれたね。今日の夜、会ってくれたら教えてあげるよ。もうそれで付きまとわないから」

少年はすらすらと答えるといとも簡単に雑踏の中に消えて行った。

夜、いつものように散歩だと称して亜由美は外へ出た。

待ち合わせの場所はわかっているような気がした。

彼の心から何か糸のようなものがでているかのようにひきつけられるのだ。

愛するものを目の前にしながらなぜか気にかかる。

亜由美は簡単に彼と出会った。

「あなたは誰? 私に何のようなの?」

「覚えていない? 僕だよ? 知盛だよ」

少年は簡単にその言葉をすらりとこぼした。亜由美が身を固くする。

「僕たちはようやくこの現世で出会えたんだ。もう離さないよ」

「うそ・・・」

知盛は当麻のはずなのに・・・。

どうしてこの人が知っているの・・・?

亜由美は慎重に身構えた。この少年は何を言っているのか見極めなくてはならなかった。

自分は確かに涼風だ。記憶もある。でもこの少年は?

知盛などという人物の名は歴史の闇にうずもれて誰も知らないはずなのに・・・。

「私、あなたを知りません。だから、帰ります」

くるりと亜由美は背中を向けた。

だが、それがあだとなった。少年は布にしみこませた薬を亜由美の口に押し当てた。

「もう離さないといっただろう?」

少年はくず折れる亜由美をいとおしそうに抱きしめた。

 

「彼女が散歩に出かけると言って出たのは何時ごろですか?」

亜由美の失踪から数時間後、柳生邸では警察の調べが始まっていた。

そこへ黒尽くめの男が入ってきた。

彼は何かを警察に見せるとナスティに視線を移した。

「内閣調査室特別課の錦織です」

男はサングラス越しに不機嫌そう当麻を一瞥した。

「彼が最後の目撃者ですね?」

錦織は当麻に簡単な尋問を始める。

あいつだ、と当麻は悔しそうにつぶやく。

「あいつ?」

ああ、といささか乱暴に当麻が答える。

「あゆに亜由美に毎日紫の花を送っていたやつがいるんだ。俺はそいつを見ていないが、あゆは何かおかしかった。

絶対にやつの仕業だ。こんなことになる前に聞いておけば・・・」

「その少年とはこの彼ですか?」

錦織は背広の内ポケットから写真を取り出した。

まだあどけない子供の写真と成長した少年の写真だった。

ええ、と亜由美と行動をともにして少年を見ていた迦遊羅が答える。

錦織が確認するかのように写真を見てはまた内ポケットにしまった。

「実はこちらのお嬢さんはもしかするとある事件に巻き込まれているかもしれません・・・」

錦織の重い言葉にみな、押し黙るしかなかった。

 

亜由美は白い真っ白な部屋に軟禁されていた。

逃げようと思えば逃げられる。

だが、なぜかできなかった。

常に監視をおかれているが特に拷問にさらされるわけでも虐待されるわけでもない。

本当の知盛としての当麻は現に生きている。

ならばこの少年は何者なのか。

本当に知盛なのか? 語っているだけに過ぎないのか。

だが、彼の話す話は信憑性を帯びていた。

それは涼風だった亜由美にしかわからない事実ではあったが。

亜由美は自分が涼風だとは頑として認めなかった。

認めることで何か起こる予感がしていた。

認めてはならない。

うそで突き通すしかない。

亜由美はかたくなな態度で少年に接していた。

少年は毎日亜由美の下へやってくると思い出話をしていく。

次第に亜由美はその御伽噺に引き込まれるようになっていった。

少年は優しかった。それは本当に知盛が生きているようで亜由美は切なかった。

彼は死んで当麻として生まれ変わっているのにこの少年は自分が間違いなく知盛だと信じている。

不思議でしょうがなかった。

御伽噺に見えるような話は次第に具体化し、亜由美と知盛しかしらないようなことにまで発展していた。彼を知盛と認めざるを得なくなっていた。

ある日、亜由美は確かめるように彼に尋ねた。

「その涼風という姫君はどんな人だったの?」

彼の思い描く自分のことを聴いてみたかった。

「やさしくて美しくて強い人だった。最後は僕をかばって矢に倒れたんだ。ごぶじでようございました・・・。そういって」

少年は寂しそうに語る。

「でもきっと涼風という人はそれで満足したと思う。だって好きな人を守れたのでしょう? 私だってきっとそうするわ。

当麻が危なかったら命だって差し出すわ」

亜由美の口から当麻の名がこぼれて少年は眉間をしかめた。

亜由美の心を占めているその当麻が憎かった。

自分の愛する妻であった亜由美を独り占めにしている男。

だが、不思議と懐かしさも感じていた。

会ってもいないのにこの三人には何かある、そんな気がしてならなかった。

「涼風はえらかったのね。私にはぜんぜん似てない。とろいし、不登校だし、かわいくないもの」

亜由美は肩をすっとすくめる。

「今でも君はかわいいよ。僕もここに君を閉じ込めていたいんじゃないんだ。父が君にしかできないことをしてほしいと願って僕は君を連れてきたんだ。でも僕はなんだかすすめたくないよ。父は君に何かよからぬことを考えているような気がするんだ」

少年は不安そうにそういってまた部屋を出て行った。

 

殺された老女。盗まれた笛。なぞの少年と研究所。その父。何をたくらんでいるのか・・・。

世の悪を成敗する人間としては見過ごすことはできなかった。

亜由美は普通の中学生として振舞いながらただただ機会を待っていた。

少年といつしか亜由美は心が通じ合うようになっていた。

なんだか一緒にいるだけでひだまりの元にいる気がしていた。

どうしてもこの少年を憎めなかった。

自分をさらってきた少年だが、その性格は穏やかで悪事を働くような性格ではない。

何か手伝わされているに過ぎないのだ。

少年が父と呼ぶ人間、彼こそがすべての発端なのだ。

「あなたのお父様は何をしている人なの?」

亜由美は少年に尋ねた。

「父は研究者だよ。長年僕を育てながら歴史を研究してきたんだ。その成果がみのりつつあるといっていた。だけど、悪い予感がする。父に君を会わすのは嫌なんだ。ずっと先延ばしにしていたけれどでも父がもう限界だといっている。あってくれるかい?」

亜由美はこくんと、うなずいた。

その時になって亜由美は固く身構えた。悪の元凶との対面なのだ。自分が涼風だと悟られてはまずい。また他の力を悟られるのもまずい。

あくまでも普通の中学生を演じるのだ。

通された部屋には机がひとつ。その上には盗まれた涼風の笛が置かれてあった。赤い血を思わせるようなビロードの布の上に安置されてそこにあった。

そこに人間はいなかった。

部屋に声がこだまする。亜由美は部屋の一方から聞こえてくる声に気づいた。

「さぁ、私のためにその笛をふいてくれないか? 涼風姫。君がその笛を吹けばふたたびこの世は君の思い通りになる。そして私の思い通りにもね・・・」

不気味な笑いが部屋にこだまする。

亜由美はきっと部屋を仰いだ。

「私は何もできない。笛なんか知らない。家へ帰して!!」

語気を荒げて講義する。

「おや。知盛に対する猫なで声とはまた違う魅力的な声だね。せいぜい。その部屋でわめくがいい。最後に勝つのは私なのだ」

ふははと不気味な声を残して男は去った。

 

亜由美はその部屋に拘束されてしまった。男との我慢比べなのだ。男は一日に数回声を出して亜由美に要求する。亜由美はただ家へ帰して欲しいとだけ言う。

自分が消えて何日も経っている。警察が動いているだろうと亜由美は読んでいた。もうすぐみつかるはずだ。

腹の探り合いのような時間がただただ過ぎていった。

その間時折少年が尋ねてきては亜由美に優しくしていた。

ごめん、とも謝っていた。

亜由美はいいの、と彼を励ました。

彼のせいではない。元凶はあの男。

あの男の野心がこの建物全体に悪意として覆いかぶさっていた。

「いいかげん、私にも限界があることを知ってもらいたいものだ」

男が急に入ってきた。

少年が亜由美をかばう。

「父さん。彼女はすずじゃないよ。知らないって言っている。彼女じゃないんだ。すずは別のところにいる。だから彼女を帰してあげてください」

「馬鹿め」

男ははき捨てるように言う。

「わからないのかこのぼんくらめ。この女の魂はまったく変わっていない。一千年前と同じ魂の色をしている。お前も言っていただろうが。すずをみつけたと。私はあの笛の奏者がいればだれでもいい。この女にいいかげん、言うことを聞かせるんだ」

いやだ、と少年ははっきり答えた。

「もう父さんのばかげた話に付き合っていられない。僕は確かに知盛の生まれ変わりだよ。記憶もある。だけど、彼女は違う。僕が見間違えたんだ。いいかげん目を覚ましてよ。おばあさんを殺しただけでは気がすまないの?」

「あなたが殺したの?」

亜由美は声を荒げた。

男は鼻であしらう。

「あんなへぼ老人あっというまに死におったわ。笛を後生大事に持っておってもなんの効果もない。生きているだけで無価値だ。そこの馬鹿息子と一緒だ。父さんなんてへどがでる。こいつは私が子供のころに誘拐した。利用価値があったのでね。それだけだ」

少年の顔色が変わった。

「父さん・・・。僕の父さんじゃないの?」

「いいことをおしえてやろう。あのへぼ老人の孫がお前だ。お前は祖母を殺すのに加担したんだ。いい話だろう?」

亜由美の中でふつふつと怒りが燃え上がった。

「ひどい。彼を侮辱するのは私が許さない!」

ほう、と男が一瞥する。

「その笛を吹いて私の野望をとげてくれるのかい?」

いいえ、と亜由美はきっぱりと言い放った。

「あなたみたいな人は地獄に落ちればいい」

亜由美の体の中から力が呼び覚まされる。

じっと悟られぬように隠していた力がオーラとなって現れる。

「君は?」

少年が呆然とつぶやく。

「私はあゆ。こういう人間を相手に生きている人間よ。」

亜由美は手短く説明すると少年の手を取った。

「逃げるわよ」

亜由美はふっと姿を消したかと思うと男をとおりこして部屋を駆け出した。

出口に向かって飛び出て行く。そのスピードは普通の人間には追いつけない。

少年と亜由美はまるで空を飛んでいるかのように研究所の中を逃げる。

だが、まるで迷路のような構造の研究所の出口がわからない。

テレポートするのはできるがどこへ出るのかわからない。

とうとう袋小路に入ってしまった。

少年ですらこの研究所の構造は理解できていなかったらしい。

「追いかけっこもいいかげん終わりにするんだな」

かちり、と音がした。

劇鉄をおろす音。

亜由美は動きを止めた。

一人なら切り抜けられる。だが、今は一人ではない。

「逃げ道わかる?」

亜由美はこっそり少年に尋ねる。

「ごめん。わからない。この研究所は父さん・・・いやあいつの傑作なんだ。誰も出られない。僕が君を守る」

少年がずいっと前にでる。

「ふん。いまさらナイト気取りでばかばかしい。生身のお前に何ができる」

「それでも彼女守る」

緊迫した空気が張り詰める。

騒がしい物音が急激に聞こえてきた。

ちぃ、と男は声を上げた。

「気がつきおったか。いずればれるとわかっていたがな。その前にお前たちを始末しよう。その女が涼風じゃないなら無価値だ」

爆発音が何度か響く。

そのたびに壁が震える。男の狙いも定まらない。

「どいて。あなたが死んでしまう。私なら大丈夫だから」

亜由美が前へ出ようとするが少年は頑として動かない。

「今度は僕が君を守るんだ。たとえ、涼風じゃないくても。君と過ごした時間を守るためなら・・・」

「あゆ!」

当麻の声が聞こえてきた。

「当麻!!! ここよ!!」

壁を突き抜けて当麻が現れた。青い天空の鎧を身にまとって。

「どけ! あゆから離れろ」

当麻が弓を引き絞る。

「違うの。当麻。彼は違うの!!!」

「邪魔な小僧が入ったわ!!」

銃声が数発響いた。

当麻へのけん制、亜由美と少年へ向けられた銃弾もあった。

「危ない!!」

少年が亜由美をかばって床下にころがった。少年は腕を押さえている。血がにじんでいた。

「腕をやられた。君だけでも彼と逃げて」

床に転がって。少年は亜由美に指示する。

「だめ。こんなところで死んでどうするの。おばあさまだって喜ばないわ。さぁ、行くわよ」

亜由美は少年を抱きかかえてテレポートしようと身構えた。

「死ね!!」

すでに狂っている男の最後の銃弾が放たれた。

「涼風!!」

少年が亜由美を抱きかかえた。

ずん、という嫌な響きが亜由美の体にひびいてきた。

「知盛様?」

「よかった。今度は君を助けることができた。無事でよかった・・・」

亜由美は放心状態の心をかかえて少年の体を抱きかかえた。

援護に来た錦織のおかげで男は逃走して消えていた。笛と共に。

残されたのは亜由美と少年と当麻と錦織。

くず折れる少年の体。

「うそ・・・でしょう? 知盛様? お願い。死なないで。目を開けて・・・」

震える声で亜由美が懇願する。

「すず? あゆ?」

少年の震える手が亜由美のほほに触れる。

「すずよ。ずっと黙っていたけれど本当はすずよ。あなたの涼風よ。私が正真正銘の涼風姫よ。だからお願い。死なないで。私をおいていかないで」

「大丈夫だよ。君にはもう一人の僕がいる・・・・。彼が本当の知盛だよ。僕は記憶だけ持っているんだ。彼は体と魂を全部受け継いだようだ。だからなかないですず・・・。いや、あゆ。

僕は満足だよ。君に会えた。僕の・・・・」

本当の名前は智也というんだ。

少年はそれだけを亜由美の耳元にささやいて事切れた。

「お願い。目を開けて。すずをおいていかないで。すずを一人にしないで。知盛さまーーーーー!!!!」

何度呼び起こしても肩をゆすってももう少年は起き上がらなかった。

亜由美の嘆きの絶叫が部屋にこだました。

「いやーーーーーーーーーー!!! 知盛さまぁぁぁぁ!!!!」

彼はもう目覚めなかった。

 

亜由美は知盛、いや智也の胸にすがって泣きじゃくった。涼風との再会はあっというまに終わってしまった。力を目覚めさせた自分にはわかる。彼もまた知盛の魂を受け継いだ少年だった。記憶だけが剥離してこの少年に受け継がれていたのだ。愛する者が死んでしまう悲しみを亜由美は今、再び体験していた。遠い記憶の中でしかなかった感情があふれ出す。すずとしての悲しみ、愛情。愛していた夫の死をどうして悲しまずにいられようか。身の引き裂かれる思いに亜由美は号泣していた。

当麻がそっと亜由美の肩を抱く。亜由美は当麻の胸に抱きつくとひたすら泣き続けた。

錦織が少年の体をだきあげた。がくんと首がのけぞっていた。もうその体はうごかないのだ。

許さない、と亜由美は呟く。泣き声の中にまぎれこんで誰にも聞こえない声だったが亜由美は何度も呟いた。

「許さない・・・。あの男は転生しても悪事を働くのね・・・」

亜遊羅としての力を目覚めさせた自分には分かる。あの男の正体はかつての父や母を殺した知盛の従者だったのだ。悪に染まった魂を見まごうことはない。

何度生き返ってもあの男は悪に荷担していたのだ。

当麻が亜由美を抱きかかえた。

研究所のあちこちで火の手があがっていた。

相当荒っぽい手を使って侵入したらしい。

当麻と錦織はそれぞれ人間をだきあげてその場から動いた。

その間も亜由美は泣いていた。

もうかなわない恋。二度と見られぬ少年の笑顔。優しい人なつっこい笑顔だけがぐるぐると脳裏に駆けめぐる。

「ごめんね。知盛様・・・」

亜由美は謝ることしかできなかった。

 

男の行方と笛の行方は依然として消えていた。

当麻に抱かれて柳生邸へ戻ってもそれは変わらなかった。

亜由美は気丈にも錦織に頼み込んだ。

自分を事件解決に使って欲しいと。

自分がさっさと逃げれば彼は生きていたかも知れない。

その後悔が亜由美をつき動かした。

断固として反対する当麻達を押し切り、亜由美は捜査に加わることとなった。

しかたなく当麻も一緒に加わる。臨時の内調のメンバーとして動く取り計らいを受けた。

亜由美は当麻が荷担することに反対したが、今度は亜由美が押し切られた。
あの少年からまかされたのだ、と当麻は言った。亜由美を守るとあの少年に誓ったのだと。

本の数秒の再会で自分たちが何ものか分からないのにたしかに当麻は自分と同じ魂のかけらを持っていた少年として智也を認めていた。自分たちにも分からぬ前世の因縁が引き合わせたのだと思うしかなかった。

そしてそれもひとえに自分たちの鎧の力を目にした錦織が取りなしてくれたおかげだった。

それから亜由美はさらに錦織に頼み込んだ。

自分に銃の使い方を教えて欲しいと。

先日のような時には剣で戦っても意味はない。先に銃を制した方が勝ちなのだ。

粘り強く頼み込む亜由美にとうとう錦織も折れた。

中学生に銃を教える羽目になった彼も災難だったが亜由美はあっという間にその使い方をマスターした。これも魂のなせる技なのか、悲しいぐらいに凶器が操れるようになっていた。

捜査は難航していた。一向に男の行方は分からなかった。亜由美の力を持ってしてでもその魂の居所はわからなかった。ひたすら我慢の時が続いた。気が狂ってしまうかのような憎悪に亜由美は身を焦がしながらひたすらまった。

 

そこへ情報が入った。男が笛の奏者に接触を始めているという情報が入った。

そこから男の足取りを追う。追いつめるようにして緻密に捜査を進めていく。

男の居所が錦織の耳に入ったとき、すでに亜由美はその男の所へ動いていた。

単身男の元へ乗り込む。今度はあんな過ちを犯さない。

大事な人は私が守る。

彼の笛は私にしか吹けない。

いずれ彼は私に再び接触をしてくる。そんな悠長なことをして待っているつもりはなかった。

男はいともたやすく亜由美に追いつめられた。それでも狂気のまなざしで亜由美の体をなめまわすように眺める。

蛇のようなという形容があたるかのような男の仕草に亜由美は身震いした。

「その笛を返してさっさとお縄についたらどう?」

亜由美は憎悪にあふれたまなざしを男に向ける。

男はかつての従者そして両親を殺し、知盛にさえ反逆し、さらに転生してまで殺人を犯した。

「憲光・・・。いい加減に黄泉に帰ったら? あなたはこの世界にいる必要はない!」

「やはりすずなのか。あの女か。しょうもない笛しか吹く能のない女か」

男はにやりと笑う。

「さぁ、私のために笛を吹け。魔物を呼び起こし、この世を私のものにするのだ」

男が笛を亜由美に放り投げた。

手の中に笛が転がり込む。

愛しいあの人にもらった笛でそんなことはしない。

堅く心の中で誓った亜由美は笛を手にした。

そして吹く。魔の旋律を。

だが、それは魔物を呼び起こすためではない。男を狂わすためだけの旋律。

男は笛の音に狂わされていく。

狂った目で亜由美をまだ眺めている。

「そうだ・・・。私のために笛を吹き、そのためだけにお前は生きるのだ」

ふいに笛の音がやんだ。からん、と笛が床にころがる。

「智也君のかたき、うたせてもらうわ」

亜由美は銃を打った。初めて人に向けて撃った。銃声が一発とどろく。

銃は一発で男の心臓を捉えていた。

だが、その魂が抜け出ようとしていたのを亜由美は見逃さなかった。

すぐさま手に錫杖を持つ。

「あなたにあの世はいらない。永遠に続く闇の中に堕ちるがいい!!!」

亜由美は渾身の力を込めて男の魂をこなごなにうち砕いた。

断末魔の叫びがこだまする。

憎しみだけが亜由美を動かしていた。

悪をただすために自分は動かなかった。

使命とは違う目的で男を殺した。

自分の手は血に汚れてしまった。

だが、もう後悔はしない。

智也の死を無駄にはしない。

私はこの道で生きていく。

悪を働く人間達を断罪していくのだ。

亜由美はくるりと背を向けるとそこを立ち去った。

 

ある日、錦織が柳生邸にやって来た。

あの男が死んだ直後に錦織達が駆けつけてきたが、すでに亜由美の姿はなく笛と男の死体がただ転がっていた。

亜由美はリビングに呼ばれた。当麻もナスティ達もいる。

その前で錦織は笛を差し出した。

「あなたの笛だ。お返しに来た」

亜由美はいいえ、と首を振る。

「この笛は涼風姫のもの。私はあゆ。彼女ではありません。しかるべきところに納めて下さい」

その答えて錦織は満足したようだった。ただ、・・・と亜由美が続ける。

「一曲だけ彼のために吹かせて」

錦織が黙って笛を手渡す。亜由美は手に取ると笛に息を送り込んだ。

澄んだ音色が屋敷に響く。

だが、もの悲しい音色はただ智也という少年のためだけに捧げられた曲だった。

優しいそれでいて強かった彼のためだけに吹く笛の音。

もの悲しい笛の音はしばらく柳生邸の中に響いていた。

 

さぁっと風が亜由美の髪をなでた。長い髪が風に揺れる。

まるでそこに智也がいるかのように。

亜由美の瞳から涙がぽろりと一粒こぼれた。

この少年の事は闇に葬られていくのだろう。

知盛の名が闇にうずもれていったかのように。

だが、自分は忘れることはないだろう。

自分の道を教えてくれた彼に。

私はこの闇の世界で生きていく。

闇を切り裂き、手を闇に染めていく。

それでいいのだ。

私は闇に生きる人間。

亜由美は涙を手でぬぐいとるとそこを後にした。

当麻がやるせない思いで見送る。

亜由美は手を汚してしまった。自分の元にいたくないと言った。

それをなんとかなだめている最中でもあった。

手を汚したのはひとえに彼のため。

もう一人の自分のため。

愛する人のため。

その手も心も綺麗すぎるのだ。

だからひとつのシミすら大きく見えるのだ。

亜由美がしたことは悪になるのかもしれない。

だが、その男はそれに値した。

地獄に堕ちるに値した。

それだけで当麻は亜由美を許したかった。

当の本人が許さなくてもそれだけで亜由美を許して抱きしめてやりたかった。

去りゆく亜由美の背中から当麻が抱きしめる。

「俺も、お前と一緒だから。もう悲しむなよ」

亜由美は当麻の手に自分の手を重ねた。

「ごめんね。当麻を巻き込むつもりはないの。私はもう決めたの。大事な人たちを二度と失わすことのないように・・・と」

だから、ごめん。

そういって当麻の腕の中から離れると亜由美はそのまま背を向けて立ち去った。

 

闇の中で真珠の魂が泣いている。そんな気が当麻はしていた。




あとがき

すみません~~~。カルラ舞うらぶなので錦織さん出しました。マイちゃんたちも後日でます。
新が読みたい。
旧しか知らないので。二次の二次ですがオマージュにはちがいありません。ラブがすごすぎてこんなシリーズ作りました。
一種のヒーリングでもありました。大人になるための通過儀礼の例です。お許しを~。