さまよう心

愛ある限り~あゆと当麻~

 

さまよう心

 

2004/10/11校正

 

「いいですね。お二人とも記憶を封じます」

迦遊羅がおもむろに言った。

人が人の心の中をのぞくことは許されない。

だからのぞいてしまったならその記憶は封じなくてはならない。

そう迦遊羅が告げたとき、二人は納得して記憶を封じることに同意した。

亜由美も当麻も静かに頷く。

「覚えていなくてもきっとあゆはいつか俺に気持ちを告げてくれるだろうから。俺は信じている」

当麻がその瞳に亜由美を映しながら言う。

「つらいかもしれない。悲しいかもしれない。やっぱり死にたくなるかもしれない。

でも、それは私に与えられた試練。きっと、乗り越えて見せる」

亜由美もその瞳に当麻を映しながら言う。

ひとつだけ、と亜由美が言った。

「生きるという約束だけは覚えさせていて欲しいの」

迦遊羅は頷く。

その許可を得て亜由美は当麻に言う。

「この約束を思い出すキーを当麻が考えて」

キス一つ、と微笑みながら当麻が答える。

「キスをキーにしよう」

亜由美は頷く。二人は手のひらを合わせ指を絡ませる。

「それでは、よろしいですね」

迦遊羅は錫杖を掲げる。

二人の記憶が封じられた。

 

 

「征士の奴、遅いな」

当麻は言って腕時計を見る。

相変わらず、部活に夢中になっているのだろう。

Hey.Boy・・・」

その声に当麻は振りむいた。

不自然な形で男達に囲まれている。

当麻が何気ない様子で言う。

「あいにく。野郎とデートする気はないんでね」

言うや否や延髄回し蹴りをみまう。

男が倒れる。

それを合図に一斉に男達が襲いかかる。

「か弱い男の子にそれはないだろう」

いいながら相手の拳をかわして身をかがめる。

懐に入って拳を見舞う。

「当麻!」

何人か相手した所で征士が駆けつけて来る。

征士は持っている竹刀を振りかざす。

二人は背中合わせに男たちと対峙する。

「一体、何事だ?」

「おにーさんに迫られた」

ひょうひょうと当麻が言ってのける。

「さすがはblue boy・・・一筋縄では行かないな」

一人の男がつかつかと歩み寄り、その言葉に当麻はうめいた。

身元がばれた。

こうなったらこれ以上ばれないようにムショ送りにするかない。

だが、意を決した当麻は突然その動きを止めた。

二人は銃を突き付けられていた。ご丁寧にサイレンサーである。

OK

そう言って両手を上げる。

「征士、悪いが俺とデートしてくれ」

わかった、そう言って征士も両手を上げた。

 

さて、と当麻は言ってアンダーギア姿に変わると身を縛っていた縄をぶっちぎる。

「どうするのだ?」

同様に縛めを解いて征士が問う。

「もちろん、逃げる」

サムライ・トルーパーの自分達に普通の人間は追いつけない。

「と、言いたいところだが、お迎えが早速来たようだ」

その言葉に征士は驚く。

「迎え? そう言えば何やら騒がしい」

征士が言うか言わないうちにドアが蹴破られた。

「相変わらずすばやい対応、どうも」

当麻は軽く会釈する。

「いや、こちらこそ手を煩わせた。申し訳ない」

黒ずくめの男が言う。スーツも黒、サングラスも黒。どこかのやくざにも見える。が、れっきとした内閣調査室の錦織だ。

「こっちだ」

逃走経路を錦織が案内する。

「やはり、あいつも?」

走りながら言葉少な当麻が男に問う。

「ああ、止めたのだが聞かなくて。君達が誘拐されて逆上している」

まったく、と当麻が呟く。

「じっとすると言うことを知らんのか、あいつは。錦織さん、征士を頼みます」

そう言って別行動をしようとする当麻に錦織は短銃を投げた。

「行くならこれを使ってくれ」

「どうも」

短く礼を言うと当麻は別の通路に姿を消した。

 

征士と錦織が外へ出るか出ないうちに監禁されていた家から火の手が上がった。

「当麻!」

慌てて征士が身を翻そうとするのを男が制する。

「大丈夫だ。彼女の癇癪玉が爆発したのだろう。行こう」

錦織が促す。

「彼女?」

征士が不審そうに聞く。

「ああ。black princesの癇癪玉だ」

そう答えると男錦織は征士をつれて逃げた。

 

しばらく征士と錦織は当麻を待っていた。

当麻が亜由美をその手に抱きあげてやってくる。

「派手にやったな」

その姿を認めて男はニヤリと笑う。

「冗談じゃないですよ。事件のたびに狙われるのは割にあいません」

むっとして当麻が答える。

「あゆ? どういうことだ。当麻」

亜由美の姿を認め征士が説明を求める。

「悪いな。征士。巻き込むつもりはなかったんだが。こいつがちょっとばかし有名になってしまってな」

そう言うと亜由美に謝るように促す。

「ごめんなさい」

亜由美がひどく打ちひしがれた様子で謝る。

「どうしてあゆが謝るのだ? 謝るのなら狙われた当麻ではないのか?」

混乱気味に征士が問う。

「いや、俺のせいではない」

当麻が断言する。

「帰ったら説教だ。いいな」

当麻が強く亜由美に言う。

亜由美は小さく頷いた。

 

当麻は亜由美をベットに放りこむといらいらと部屋を歩き回る。

「お前は。じっとするということができないのか? お前が派手なパフォーマンスをするだけでこっちは命までねらわれるんだぞ。

お前と違って俺達は民間人なんだ。俺だけが狙われるなら問題ない。だが、今度は征士まで巻き込まれたんだぞ。征士やナスティにどう説明するんだ? 次に迦遊羅が狙われたらどうする?」

きつい口調で当麻が言う。亜由美は何も言えない。

当麻の言うとおりだからだ。

自分はあえて危ないこの道を選んだ。亜遊羅として生きるならそれが好都合だからだ。

内調の非公式メンバーとして暗躍する悪党と戦うのも時の長として世の影を討伐するのも表裏一体。

もちろん、亜遊羅としてそれが必要悪と判断すれば手出しはしない。

だが、当麻達を巻き込むつもりは毛頭ない。

「これに懲りたら少しは自重しろ」

そう言ってから当麻はベッドの脇に腰掛けると亜由美をふわっと抱いた。口調が和らぐ。

「俺はな。お前に何かあったらと思うと気が気でない。これ以上無理しないでくれ。今回の事でもまた体を弱らせているじゃないか。俺はお前を失いたくない」

それでも亜由美の口から言葉は生まれなかった。

 

当麻は亜由美の部屋から出るとため息をつく。

それから階下に降りる。

居間でナスティ達と歓談していた迦遊羅に告げる。

「悪いな。もう部屋に戻ってくれてもいい」

「姉様の様子は?」

迦遊羅が気遣わしげに問う。

「いつものパターンだ。まったく口もきかん」

当麻が肩をすくめる。

それから征士とナスティを見る。

「今度のことは俺に免じて許してくれないだろうか? 今後このような事は俺が起こさせないから」

「私は別に気に留めていないが、一体なんなのだ? 錦織さんはあゆのことをblack princesと言っていた」

「悪いが、それは聞かなかった事にしてくれ。これ以上皆を巻き込むつもりは俺にもないから」

「巻き込まれるも何も、私達は仲間ではないか」

そう言う征士に当麻が答える。

「いや、これはサムライ・トルーパーは一才関係ないし、俺達の友情に照らしても関係ない。

これは俺とあゆの問題なんだ」

当麻はきっぱりと言い放った。

 

black princes

日本の闇の組織をいくつも壊滅に導いたjapanese girl

銃と細身の剣を自在に操り、不思議な力を持っている少女。その破壊力は悪魔的であるとさえ言われる。

が、そのすさまじい力に反して少女は優雅に長い黒髪をなびかせ、その動きはまるでprincesのようだといわれる。

その少女を守る少年。彼は時として青い鎧を身にまとい弓を自在に操ると言う。

彼はblue boyと言われた。

black princesblue boy

いつしか彼女達はその頭文字を取ってB.Bといわれた。

B.B

いまや、数え切れない闇の組織の中でこの名前を知らないものは誰一人としていなかった。

 

征士とナスティ、迦遊羅は一緒に考え込んでいた。目の前には同じものが三つ。当麻が三人に手渡した発信機、盗聴機、無線がワンセットになったものである。

当麻の発明品である。コンパクトな割に高性能だ。

だが、そんなものが必要になる事態が起こっているとはにわかに信じがたい。

当麻と亜由美は今、この家にはいない。

ある時、突然、ナスティの別荘に行くと言ったのだ。

「ほとぼりが冷めるまで謹慎させておく」

それだけ言って当麻は亜由美を引きずっていったのだった。

 

red killer

その言葉を当麻は苦々しく噛み潰した。

数ある闇の組織の中でも名だけが知られている暗殺集団。確実に狙った獲物は逃がさないという。そのターゲットが今や自分達だ。

「組織の中でも最大と言われる"黒い狼"が動いた。red killerに暗殺を依頼したらしい」

そう錦織が言ったのだ。

「まったく、こいつは自分の命を粗末にすることしか知らないのか?」

傍らで静かに寝息を立てて眠る亜由美の顔を苦々しく見る。

ここはナスティの別荘だ。皆を巻き込まないように二人でここに移った。

亜遊羅として覚醒したこの少女はその魂が永遠に生き続けるように術がかけられてある。

そしていわゆる悪というものから世の中を守る使命を持っている。彼女の一族が扱ってきたのは唖呪羅と言われる悪だが、総じて時の流れを見守る事になっている。

歴史と言う時が間違いなく動くように見守り、邪魔者が入ったときは手入れをしなくてはならない。

とてつもない運命を背負わされたこの少女は覚醒してからどことなく生きることを放棄しているようだった。

死んでも魂は生き続ける。死んだら皆と関わることがなくなって皆を巻き込まなくてすむ。

一石二鳥だ、とこの少女は言った。

亜由美がいない人生などいらない、と当麻は散々言っているが、効果はない。

死んだら、いずれ忘れるから心配ないというのが彼女の見解だ。自分などたいした価値はない。

そう思っているらしい。

忘れられるわけないだろう?

当麻は声なき声で語り掛ける。

俺はお前が好きなんだぞ。愛してさえいるのに。側にいると約束しただろう?

お前が死んだら俺も死ぬ。

そう脅してなんとか生き永らえさせているのが現実だ。

そう、と当麻は呟いた。

「お前が死んだら俺も生きては行けない」

 

 

 当麻の必死の対策にもかかわらず亜由美は囚われてしまった。当麻の目の前で連れ去られる。痛めつけられた当麻の姿が目に焼きついていた。それから目隠しをされて誘拐された。

来たのはどうやら海外の様だ。古い城を改造したところに亜由美はいた。交わされる会話からドイツの様だとわかった。

 ある部屋で男が詰め寄った。こいつがなにかたくらんでの誘拐劇らしい。亜由美はぎっとにらんだ。

「君も頑固だね。大事な恋人がどうなってもいいのかい?」

暗殺を頼まれたはずだがどうやら“黒い狼”は考えを変えたらしい。

「その力を私達に貸してくれさえすればいいのだよ。君のそのすばらしい力があれば私達は世界を征服できる」

「そんな馬鹿げたことに私が力を貸すとでも?」

人を小ばかにした様子で亜由美が言う。

いきなり男が力任せに亜由美の頬をたたく。いすに縛り付けられていたためふっとぶことはなかったがそうとうの力でたたかれ、亜由美の顔ははれあがった。それでも亜由美はぎっとにらみつけたままだった。

「いいのかい? 君の恋人を本当に殺してしまうよ? red killerは必ず君の恋人を殺すよ」

穏やかな、だが陰惨な響きを持って男がつげる。

「当麻は死なない。私が守ってみせる」

亜由美は断言した。

そうかい?、と男は面白そうに言う。

グラスのワインを口に含むと無理やり亜由美の口に含ませる。むせ返る花の香りが亜由美の意識を狂わせていく。

black princes。これが私の家に伝わる悪魔のワインだ。恋人を殺すのは誰でもない。本当は君なんだよ」

男が楽しそうに呟いた。

 

「あゆ!」

当麻は部屋に駆け込んだ。男がゆっくり笑う。

「ようこそ。blue boy。待っていたよ。これから面白いショーがある。楽しんでいってくれると幸いだ」

「あゆはどこだ?!」

当麻が叫ぶ。

「おいで。私のblack princes

男が手招きすると黒いドレスを身にまとった亜由美が現われる。

男は亜由美をかき抱くと当麻の目の前で唇を奪う。

当麻が歯をぎりぎりいわす。

「さぁ。あの少年を殺して、今度は私に仕えるんだ」

亜由美はふらふらと前に出ると剣を構えた。

「あゆ! 俺が分からないのか? 当麻だ。お前の許婚だ。忘れたのか?」

当麻が剣をかわしながら叫ぶ。

亜由美を相手に戦うわけには行かない。しかも意識がない。

俺はこいつを守るためにいるんであってこいつを傷つけるためにいるんじゃない。

ましてや殺すわけには行かない。

当麻はふっと動きを止めた。

「俺を殺すか? お前に殺されるなら本望だ」

当麻は告げた。いつかの日、告げた言葉だ。

「おやおや。自分から死んでしまうのかい? 君が死ねば彼女は私のものだよ」

男が面白そうに言う。当麻は耳を貸さない。

「俺はお前を愛している。お前に殺されるのなら文句もない」

亜由美の剣を持つ手が震えた。やはり、術に抗おうとしている。

そう。あゆはどんなときでも俺を殺さない。だから逆に殺せと言えば動揺する。それは亜由美を現実へ引き戻すきっかけにもなる。

「あゆ」

と当麻が名を呼ぶ。誰よりも深い思いを込めて。

「愛している。どうしようもないほど」

戻ってきてくれ。

言葉にならない思いを伝える。

その言葉に亜由美が反応した。

曇っていた瞳に光が宿って当麻を見つめる。

「と・・・うま?」

自分が何をしようかと気付いてあわてて剣を離そうとする。

が、思うように体が動かない。

男が小さく呪文を唱える。

亜由美の体がびくん、と動く。

瞳がまた光を失う。

剣が当麻の喉元につきつけられたかと思うと亜由美は自らの腹に剣をつきたてた。

「あゆ!」

当麻が驚き、とっさに剣を抜く。噴出した血がドレスをぬらす。

「大丈夫。ちょっとした傷だから・・・」

抱く当麻の腕の中で切れ切れに亜由美が言う。当麻を押しやって離れると、振りかえって亜由美は男に言う。

「あいにくさま。あなたの手に踊るような私じゃないわ。当麻は私が守ってみせる」

剣を拾った亜由美はそう言うとすばやい動きで男の動きを止めて剣をつきたてた。

だが、男はなおも面白そうに笑っている。

「この現代は便利でね。こういうものがあるんだよ」

男はゆっくり片手をあげると亜由美のこめかみに銃をあてた。

「銃をおろせ!」

当麻が弓を引き絞りながら言う。

「君と私とどちらが早いかね? 私が死ぬのが先か、彼女が死ぬのが先か」

だが、男が言い終わらないうちに当麻は矢を放っていた。

放つと同時に弓を投げ捨て亜由美を男の手から奪っていた。

矢が貫通する反動で男の手が引きがねを引く。だが、銃は空を撃っていた。

そのまま銃が男の手から落ちる。

抱きとめる亜由美から離れると今度は矢を持って男ににじり寄る。

男がじりじりと後退する。

壁に行き当たる。

当麻は矢を振りかざした。

「殺しちゃだめっ!」

亜由美の叫びと同時に矢が振り落とされる。

矢は男の顔を霞めて壁に刺さった。

「君達はお人よしだ。ばかばかしくて話にならない」

男はそう言うと舌を噛み千切っていた。

男が事切れる。どうして“黒の狼”動いたのかはわからないまま結末を迎えた。亜由美の力を利用したい、あるいは消し去って動き回りたかった。そういうところだろう。当麻の中で思考が走りぬける。

男が事切れたと合図に亜由美が崩折れる。

当麻がそれを抱きとめる。

ぬるりとした感触が手に伝わる。

当麻は抱き上げると部屋を飛び出ていた。

 

亜由美はなんとか命をとりとめた。

だが、意識が戻らない。

折角、命を取り留めたのに死に急ぐかのように衰弱していく。

当麻はベッドに横たわる亜由美の側から離れなかった。

「頼む。死なないでくれ。お前が死んでしまったら俺はどうしたらいいんだ?」

当麻は亜由美に語り掛ける。

だが、返事はない。

意を決した当麻は迦遊羅に連絡をとっていた。

何が何でも死なせはしない。

俺の命に代えても。

当麻は決意した。

当麻の頼みに迦遊羅は首を振った。

「当麻の命を引き換えに姉様を助けるなどできるはずありません。それは自然の摂理に逆らいます」

「自然の摂理だろうがなんだろうが構わない。俺はあいつが助かりさえしたらそれでいい」

そう言う当麻にナスティが言う。

「でも。自分の代わりに当麻が死んだなんて知ったら、それこそあゆが悲しむと思うわ。

そして彼女はきっと後を追ってしまう。いえ、むしろ同じ事をするでしょうね」

自分の命を引き換えにしてもそれは亜由美のためにはならないと当麻もわかっていた。

お互いがお互いの命で救いあう。

不毛な堂堂巡り。

だが、他にどうすればいい?

亜由美のいない人生など意味はない。

死んだも同じだ。

「他に・・・。他に方法はないのか?」

当麻が呟く。

「もう、無理なのか? あいつはもう目を覚まさないのか? どうして俺だけが生き残らなくてはならない?」

苦しげに呟く当麻の肩に征士が手を置く。

どれぐらいそうして黙っていただろうか。

当麻は別の決意を固めて顔を上げた。

その悲壮感にあふれた顔に皆、言葉を失った。

「当麻。だめです。後を追うなど考えては」

誰よりも先に決意を察した迦遊羅が止める。

「いや。もう決めた。俺の命は俺のものだ。あいつの命に代えることができなければ、あいつが命を落としたなら、俺も後を追う」

「当麻!」

その言葉に征士とナスティが声あげる。

「悪い。もう二人きりにしてくれ」

当麻の耳に皆の声はもう聞こえなかった。

ベッドで眠る亜由美の髪をやさしくなで続ける。

なぁ、と当麻が言う。

「あの世でなら俺達きっと幸せになれるよな。会えるかどうかわからないが。お前と一緒に行けるなら問題ないさ」

亜由美は当麻の思いを知ってか知らずか眠り続けた。

 

緊急事態についに皆が集まった。ドイツだろうが北極だろうが集まらないわけには行かなかった。時間は少ない。対策を立てるには皆の頭が必要だった。

そんな中、当麻は亜由美の眠る病室にこもったきりでなおかつ誰一人としていれようとしなかった。

「なぁにかんがてるんだ? あの智将さんはよー」

どうすることもできない腹立ちから秀が壁を蹴る。

「秀」

と伸がたしなめる。

「だってよ。助けられなかったら後を追うだと? 人の命をなんだと思っているんだ? 当麻が死んだらおれはあゆを一生許さない!」

秀が言葉を吐く。

「僕だって同じ気持ちだよ。こんな不条理なことがあっていいの?」

伸も言う。

「あゆも死なないで当麻も死なない方法はないだろうか?」

遼が考えこんで言う。

ふむ、と征士も考え込む。

ねぇ、とナスティが言う。

「あゆは生きる意欲を失っているのよね? だとしたらその気持ちを引き戻すことはできないかしら?」

それを聞いた迦遊羅が突然立ちあがった。

「かゆ?」

遼が問う。

「方法がひとつだけあります。姉様の心の中に入れればいいのです。これも自然の摂理を曲げることになりますが、やらないよりはましです」

迦遊羅が答える。どうしてそんな簡単なことに気がつかなかったのかしら、と迦遊羅が呟く。

「しかし、どうすればいいのだ?」

征士が問う。

「私が姉様の意識とこちらをつなげます。当麻にあとはお願いしましょう。きっと姉様の心の中に入れるのは当麻だけですから」

 

迦遊羅の提案を聞いた当麻は一も二もなく承諾した。皆の見守る中で迦遊羅は錫杖を手にして術をかける。ゆらり、と幻影が現われ、部屋に悲しみが満ち溢れる。

「これがあゆの悲しみ・・・」

あまりにも絶望した悲しみに伸が思わず呟く。

幻影に向かう当麻に向かって迦遊羅が告げる。

「気を確かに持ってください。姉様の気持ちに飲み込まれないように。二度とこちらに戻って来れません」

大丈夫だ、と当麻が不敵に笑う。何が何でも連れ帰ると。

そして一転して優しげな声に変えて幻影に語り掛ける。

「あゆ。俺だ。いれてくれるよな?」

そう言って幻影に手をかけると当麻はすっと姿を消した。

 

気がついたら当麻は亜由美の心の中をさまよっていた。

亜由美のさまざまな思いが当麻の意識に流れ込む。

だが、暖かなものはほとんど流れてこない。

激しい絶望、悲しみ、恐怖、怒り。そして唯一、当麻が暖かさを感じたのは自分への思いだった。

切なくあふれる狂おしいまでの愛に当麻は驚き、そして受け止めた。

 

当麻を愛している。それは永遠に変わらない。

けれど自分は戦わなくてはならない。当麻を巻き込みたくない。

でも、好き。そばにいたい。当麻の腕に抱かれていたい。

当麻の気持ちに応えたい。でも応えてはいけない。

こんなつらい思い、もういや。

だれか助けて!!

 

「お前、こんなに・・・」

思わず、絶句する。

これほどの思いを告げずにただ押し隠していたとは。

彼女の心を文字にすればたった数行。

だが、その想いは誰よりも何よりも当麻自身の思いよりも深く強いものだった。

亜由美が非情なまでに亜遊羅であろうとした心、その裏は世界を救う役目を守るのではなく、皆を、何よりも自分を守ろうとした心であることを知って当麻が愕然とした。

深く強い想いはそれに比例してかなわぬ想いへの深い絶望と悲しみであった。

亜由美の心はまさに血の涙を流していた。

どれほどつらかったろう?

その小さな体でどれほど苦しんでいたのか。

自分の存在が亜由美をこれほど悲しませ、苦しめたのかを知って当麻の心は苦しく切なかった。

今すぐ、当麻は亜由美を抱きしめてやりたかった。

抱きしめて慰めてやりたかった。

亜由美の心は戦い続けて疲れきっていた。もう休ませてやりたい、そう当麻は思った。

当麻は語り掛けた。

「あゆ。どこにいる?」

当麻の声が亜由美の心の中に響いた。

あゆ、あゆ・・・。

聞こえてくる愛しい声に亜由美の意識体が目覚める。眠っていたいと思うと同時にひきつけられてしまう。

当麻・・・?

あゆ、どこだ?

当麻が私を探している。

亜由美の意識体が当麻の元へ飛んだ。

亜由美の心の中をさまよいながら亜由美を探す当麻の前に亜由美の意識体が現われた。

ああ、あゆと当麻が近づく。

亜由美が思わず、あとずさる。

「どうしてここに?」

問う亜由美に当麻が答える。

「かゆがつなげてくれた」

あゆ、と当麻が両手を差し伸べる。

「お前をこの手に抱かせてくれないか? ずっとお前に会いたかった」

思いのたけをこめて当麻が言う。

亜由美が逡巡する。

「俺はお前をこちらに引き戻すためにここへ来た。

だが、お前の気持ちを知った以上無理はさせたくない。

お前がこの世から姿を消したいならもう止めない。こんなつらい思い、誰だってしたくない。俺だったらもうとっくにギブアップしている。つらかったな。もうつらい思いはしなくていい」

優しく語り掛ける当麻の言葉に亜由美の頬に涙が伝う。

だが、当麻に近づくこともしない。そのまましゃがみこんで嗚咽をこらえる。

その姿に当麻も涙ぐむ。一番つらいときほど亜由美はこらえようとする。決して甘えない。

近づいてひざまづくと腕を回す。その腕に感触は伝わらない。

亜由美の意識体は実体ではないからだ。

「つらかったな。もう、いいんだ。もうがまんしなくていい」

それでもいつも腕に抱いているかのように当麻は抱く。

なぁ、と当麻が言う。

「お前がそんなに俺のこと考えてくれるなら俺は俺なりに一生懸命生きようと思う。

お前もお前なりに生きたらいい。たとえ、魂だけになったとしても。体が滅んでしまおうと」

だだ、そうだな。

と当麻が残念そうに呟く。

「せっかくお前の気持ちに気付いてやれたのにもう一緒にはいられないんだな。

もう一度だけお前と一緒と生きたかった」

当麻の頬に悲しみの涙が伝う。

当麻の深い悲しみが亜由美の意識に流れてくる。

「ごめん。当麻。ごめん」

亜由美がしゃっくりあげる。何度も何度も謝る。

「謝るな。謝るなよ。俺はもうお前を悲しませたくない。お前の深い悲しみに比べたら俺の悲しみなど足元に及ばない。俺の悲しみはお前の思いに気付いてやれなかった俺の罰だ。甘んじて受ける」

亜由美はただ泣き続ける。当麻はただ黙って見守る。

もう二度と抱きしめてやれないから、今だけでも抱きしめてやりたかった。

戻ればもう、あの愛らしい笑みを見ることも抱き寄せてやることもできない。

言葉を交わすこともなく、笑い声を聞くこともできない。

最後の逢瀬。

だが、これでいい。

亜由美にもうこれ以上つらい思いはさせたくない。

 

どれぐらいそうしていただろうか。

当麻、と亜由美がふいに名を呼ぶ。

なんだ?、と当麻が答える。

「私、もう一度、がんばる。生きてみる。当麻、手伝ってくれる?」

「あゆ?!」

当麻が驚く。

「もうがまんしなくていいんだぞ? そんなにつらい思いをしてまでこちらに残ることはない」

「つらいのは当麻も同じでしょう? 私がいなくなったらどんなに当麻が悲しむか今の私にはわかるもの。私のことすぐに忘れるって言ったの、ひどい言葉だったね。ごめんね。もう、当麻置いていけない。だから、もう一度がんばる。亜由美でもない、亜遊羅でもない、あゆとして生きる道を探してみる。だから手伝って」

ああ、と当麻は頷く。当麻の瞳から涙がこぼれる。だが、それは悲しみではない喜びの涙だった。

亜由美がいとおしそうに当麻の頬に触れ、涙をすくおうとする。が、なにもできない。

「当麻、行って。あんまり長くいてはいけないから」

亜由美が立ちあがって促す。

「出口はあっちだから」

出口を指し示す。

ああ、と当麻が頷く。

「お前も必ず戻ってこい。待っているからな」

うん、と亜由美が頷く。

当麻は示された出口に向かって歩いていった。

光に包まれたかと思うと当麻は病室にいた。

よかった、と迦遊羅が言う。

「心配しましたよ。あまり長くいるので飲み込まれてしまったかと思いました」

悪いな、そう言って笑う。

秀が当麻に飛びつく。

「お前っ。心配させんなよっ」

皆、思い思いに当麻に絡む。

悪かった、と当麻が何度も謝る。

がやがやと急に騒がしくなった病室の中で亜由美が目を覚ます。

視線を動かして亜由美が当麻を捕らえる。涙がこぼれる。

「ただいま」

亜由美が言う。

「お帰り」

当麻が答えた。

 

閉じられた二人のまぶたがゆっくりと開けられる。

まるで突然夢から覚めたかのように。まぶたをぱちぱちさせている。

突然、当麻は亜由美をみるとびしぃぃと指差した。

「いいか。今回でblack princessの名は返上しろ」

別に好きで名乗っているわけではないという亜由美に当麻は言う。

「好きだろうとなかろうとblack princesは返上しろ。もう俺は亜遊羅としてお前が生きる事に否定はしない。こうなったらとことん付き合ってやるっ。だが、金輪際、必要最低限の事以外に関わるな。お前が無理を重ねるなら内調のメンバーからもはずしてもらう」

きっぱりと当麻が言う。

ええー、と亜由美がぶつぶつ言う。

記憶を封じる前の大人びた雰囲気はなく、いつもの子供じみた痴話げんかが始まる。

その様子をおかしげに迦遊羅が見つめて、皆の代表で一人見守っていた遼に耳打をする。

「この二人、すごいのかすごくないのか、わかりませんね」

「だけど想いあう気持ちはきっと誰にも負けない」

穏やかな表情で答える遼に迦遊羅はうれしそうに微笑む。

「な、なんだよ? 当麻」

突然、遼はにやにやして自分と迦遊羅を見ている当麻に気付く。

亜由美も面白そうに見つめる。

「ここは俺達しかいないから。キスの一つでもしてやれ」

「ご苦労様ってね」

「おっ・・・おい」

二人の言葉に遼が慌て、迦遊羅も顔を赤らめる。

「それではお手本を見せてあげよう」

当麻は言うといきなり亜由美に軽くキスする。

まんざらでもなさそうに亜由美もキスを受ける。

「簡単だろう?」

当麻が笑った。

 

「私、もう一度、がんばる。生きてみる。当麻、手伝ってくれる?」

ふいに思い出す自分の言葉。

亜由美は躊躇なく言葉にした。

当麻が頷く。

「一緒に生きよう」

うん、と亜由美は力強く頷いた。

 

FIN

あとがき

ただ征士デートしてくれという言葉を書きたいために秀に恨みを買ったあゆちゃんでした。ごめんね。
ここで一転機。で雷鳴で一転機を迎えます。
それまで少々お待ちください。