Perfume

当麻は気付いていた。

自分が抱きしめてもいないのに己が香りを漂わせている亜由美に。

だから、そっと見張っていた。

亜由美は夜中にそっと家を抜け出すと公園に出向いた。

そこで一人の少年と会っていた。

拳につめが食い込む。

亜由美が少年に身を寄せた。

というより差し出された手に顔を寄せただけだが。

当麻は考えもせず、飛び出していた。

つかつか歩み寄ると名を呼ぶ。

自分の声が恐ろしく冷たく聞こえる。

はっとして亜由美がきづく。

それじゃ、またね。

といって亜由美は少年の頬に軽くキスをする。そのままさっさと歩き出す。

当麻が逆上する。

「おまえっ・・・」

怒りの余り、声も出ない。

「やぁね。ただの挨拶。ちょっと知り合ったお友達だって」

「友達と夜中に会うのか?」

うん、と亜由美が言葉をにごらす。

「彼、家が厳しくてなかなか外に出られないのだって。それで時々、夜中に散歩しているの。

私も時々、散歩してたのは当麻も知ってるでしょう?

そこで知り合っただけ」

嘘、だ。と思うが、根拠はない。

確かに亜由美はここ最近、夜中の散歩を楽しんでいた。

陽の光の中より安心できるから、と言って。

なぜ、と問うと闇が私に一番近いから、と答えていた。

「さっき、身を寄せていたのはなんなんだ?」

怒りを押さえながら問う。

「身を? 違うって。いい香りのする香水つけてきたから匂わない? って言われてたから手に鼻を寄せただけだけど?」

 

家に戻ると当麻は香水の瓶を持ってきた。

「お前の言っていた香水ってこれだろう?」

亜由美はくんくん、と匂っていたがうん、と短く答えた。

「たぶん、同じ香りだと思う。でも、当麻こんなのいつの間に?」

これはたまたま秀と通信販売のカタログを電話で話しながら見ていて見つけたものだった。

面白半分に買ったのだ。当麻は内心まじだったが。

「どうでもいいだろう?」

今度は当麻が言葉を濁らす。

あ、でも。

と亜由美が声を上げる。

「当麻の香りと違うけど?」

驚いて当麻が亜由美を見る。

「だって、当麻いつも違う香りしてるもん」

そうか? と当麻はすっとぼける。

「もう、遅いから、寝ろよ」

うん、わかったと言って亜由美が部屋に消えていく。

残された当麻は手にしている香水の瓶を見てため息をついた。

その香水の広告文にはこうあったのだ。

「あなたの思いのままに香りが変化し、意中の人を射とめます」

当麻はその言葉を信じていなかった。

ただ、わらをもすがる思いで買ってしまっただけ。

自分では香りが変化する気はしなかった。

いや、香水と言うのは変化するのだが、少なくとも自分の思いで変化するなど非科学的なことは信じていなかった。

それに変わるといってもベースは変わらないのだ。

それなのに、今さっき、亜由美がはっきり証明して見せたのだ。

いつも違う、と。

本当に効果があるとは思いもしなかった。

 

亜由美は少年の腕の中で眠っていたかと思うとぱっちり目を開けた。

少年が驚く。

「残念でした。私を惑わす香りを身につける人はちゃんと他にいるから。というか私の心は彼のものだからそんなものには惑わされない」

言いながら、身をひきはがす。

「どうして、そんな悲しい事するの?」

亜由美は瞳に哀しみをたたえて言う。

「どうして人を好きになる気持ちをもてあそぶの? そんなことしてもあなたの思いは伝わらない。あなたの好きな人はもういないのに」

少年がはっとして亜由美を見る。

「あなたは利用されているだけ。あいつらは好きな子に思いが伝わらなくて苦しんでいたあなたの魂を利用しただけ。

あなたはもう死んでいるのにまだそのことでここにとどまっている。

本当ならもう転生してまた好きな人とめぐり合っていたのに」

亜由美が唇をかみ締める。

私は彼を救う方法を知らない。

私に力がもう少しあれば彼を導けるのに。

私には彼を封印するか消滅させるか二つしか方法がない。

「あなたはどちらを選ぶ? このまま苦しい思いを抱いて永遠の闇に眠るか、それとも何もかも消滅させて解放されるか」

少年が目を見開く。

この少女は何もかも知っている。

「君は一体何者?」

「私はあゆ。それ以上でもそれ以下でもない。ただのあゆ」

それから、唐突にごめんね、と誤る。

「あなたを導いてあげたいけれど、私にはできないから。だからあなたが選んで」

二人の間に静寂が訪れる。

だが、少年は逃げる気はなかった。

逃げようとしてもこの少女からは逃れられない。

それだけの気が少女の体から発せられていた。

僕は・・・、と少年が言う。

「もう、苦しみたくないな」

その答えに亜由美が頷く。

その顔からはもう表情がみてとれなかった。

だが、心だけの存在の少年には亜由美の心が伝わっていた。

悲しみ。自分でどうすることもできない苛立ち。苦しみ。

亜由美が錫杖を掲げる。

「我が真名、亜遊羅において命じる。この哀しみに満ちた魂を永遠の闇から解き放て!」

錫杖が鳴り、光ると同時に少年は消滅した。

残された亜由美の頬に涙が伝った。

どうして私はこんなに無力なのだろう?

教えてジジ様・・・。

かつて自分を導くはずだった先代の長に向かって亜由美は語り掛けた。

だが、答えは返ってこなかった。

その背後に人の気配がした。

振り向かず尋ねる。

「そっちはどうでした? 錦織さん」

「ああ、簡単に捕まえられた。行方不明の少年少女達も無事保護した。しばらくは悪さもできないはずだ」

そう、よかった。

と言って亜由美は振り向いた。

あとはあの馬鹿当麻の香水を流すだけ。

 

ねぇ、と亜由美は当麻に言う。

「この間、見せてくれた香水貸して」

なんでまた、そんなものが? と思うも当麻は持ってくる。

手にするとそのまま台所へ行き、中身を空ける。

濃い香りが台所を包む。

「おいっ。それ・・・っ」

高かったんだぞ。

と言う間もなく亜由美が振りかえって言う。

「かっこいい当麻にこんなのいらない」

お前、と言おうにも声にならない。

うん、と亜由美が頷く。

「知っていた。これに本当の媚薬が入っていたの。極秘調査してたから」

媚薬。それはあの哀しい少年の思いの結晶。

「その体でなんで仕事するんだ。最低限の事しかしないはずだったんじゃないのか?」

当麻の声に怒りが混じる。

「仕事がしたかったから」

それだけを亜由美は答える。

最近、起こっていた少年少女行方不明の事件にこの香水がからんでいてさらにその購入者リストに当麻と秀の名があると聞いてどうして黙っていられよう?

「それで、当麻はこんなの使ってでも誰をひきつけておきたかったの?」

半ばからかうように問いかける。その実、心の中は複雑だった。

彼がこうまでして心を得たかった人は誰なのか?

あの媚薬は使っているものだけが使えるのではない。好きな相手が意識せず使っていても自分が好きなら同じ事態を招くのだ。

香りと発するものだろうが、香りをかぐほうだろうが大差はない。

好きな人を求める心に反応する。そういう気をひき集める道具だったのだ。

そうして気を引き寄せられたものは術者の手にかかっていく。

だから、自分が当麻に違う香りを感じていたのは自分が当麻を求めていたから。

当麻は別の人を求めていた可能性がある。

沈黙が流れる。

「お前」

唐突に答えが二人の間に落ちた。

当麻がわけのわからないものを使ってでも自分の元に引き寄せていたかったのは亜由美。

いつ、消えてしまうからわからないから当麻は不安だった。

側にいるといいながらすぐに姿をけしてしまう亜由美。

できることなら縛ってうごけないようにしたいぐらいだった。

「馬鹿」

亜由美の口から小さな声が漏れる。

「そんなもの使わなくっても・・・」

ずっといてあげるのに。そうじゃない。自分がいたいのだ。彼の側に。

だけど、いてはならない。

ずっとそばにいてあげるといえば当麻は心の安寧を見出せる。

だが、嘘はつけない。

いくら自分が望んでも無理なものは無理。

だけど、嘘と真実、半分ずつなら言っても構わないだろう。

「安心して」

そう言って当麻の胸に頭を軽く預ける。

「仕事はしばらくお休みするから。当麻の言うとおりに勉強して高校受験する」

ずっとそばにいるとは言えないが、今はそばにいる。

なによりも今は自分が当麻の側にいたい。

気持ちを押し隠したまま体を預ける。

そっか。

当麻はそう呟いて亜由美の背中に手を回した。

そうだ、と亜由美は当麻に言う。

「秀の分は当麻が責任持って対処してよね」

なんで、俺が、と言う当麻に亜由美が答える。

「私がしたらめちゃくちゃに怒られるから。そんなの嫌だもん。それに連帯責任」

わかった、と言って当麻がしぶしぶ納得する。

確かにこんな物騒なもの手元においておくのはよくないだろうから。

それから、と亜由美は言った。

「わけのわからないものに手を出すぐらいなら私に話してよね」

わかった、と言って今度は微笑った。