真夏のファントム4

愛ある限り~あゆと当麻~

 

真夏のファントム4

 

 

来た。

亜由美は顔を上げると立ちあがった。毛糸が手から離れる。

急激に温度が下がった。腕に鳥肌がたつ。

思っていたよりも早めに相手は出てきた。

「五月ちゃん、部屋に戻って。それからいいと言うまで外にでないこと」

そう言うと今度は征士の名を呼ぶ。

うむ、と言って征士は立ちあがって抜き身の刀を構えた。すでに右目で見えるよう髪をしばってある。

五月は理解した。あれが来るのだと。

もう、逃げるのは嫌。

五月は思った。兄やあゆのように強くなりたい。

「私、ここにいる。ちゃんと見る」

五月が答える。

わかった、と言って亜由美は小さく笑うと五月を当麻に預ける。

「そこで見ていてね。伸はナスティをお願い」

有無を言わさぬ声に当麻と伸が従う。

唐突に電気が消える。

ぞわり、と背中にふるえが上がってくる。

漆黒の闇。一寸先も見えない。まるで異空間に閉じこめられたかのようだ。

暗闇の中、何かがうごめく気配がする。

小さな気配はぶんっと急に大きくなった。

ゆらり、と壁から出てきた大きな黒い犬の目が怪しく光る。目だけが突出して光る。

その目が征士をギロっと見た。

五月は叫んでいた。

「兄様! 右手!」

征士はその声に体を動かすと迫ってくる物に向かって刀を振り落とした。

ザンッ。

刀がそれを真っ二つにしたかと思うと、それは霧散して征士の周りを取り囲んだ。

「なに?」

刀がからん、と床に落ちる。

征士の体に力が入らない。何か粘着質の物で縛られているかのようだ。

「砕っ」

亜由美の鋭い声が響く。

征士にまとわりついていたものが亜由美の気を察して離れ、再び犬の形をとってひゅっと消えた。

「逃がすか・・・っ」

征士が落ちた刀を手にして部屋の外へ追う。

「神将! 追ってとどめを!」

亜由美は逃げた方角を刀印で指し示す。

何かが亜由美の背後から現れ、黒い犬を追う。

「当麻! 征士を追って。これ以上深追いするのは危険だから」

「わかった」

当麻が短く答えると五月を伸に預け、征士の後を追う。

部屋に電気が戻る。

そこはいつもの和室だった。異様な気配は現れた時と同じく突然消えた。部屋の温度が低いのがその名残を示していた。

「今のは・・・?」

ナスティが呆然と呟く。

「あれが五月ちゃんの見た黒い犬。結局、実体化したのね」

淡々と答える。それから五月の頭をなでる。

「よくがんばったね」

五月は腰を抜かして床に座り込む。

当麻が征士を連れて戻る。

「なぜ、止める?」

「今の征士ではとても追いきれないから。うちのに後を追わせたから大丈夫」

「うちの?」

伸が尋ねる。

「あ、戻ったみたい」

亜由美の背後に気配が戻る。

「あゆ!」

五月が声をあげ、征士が刀を振り落とそうとする。

「たんま! これは私の、だから」

亜由美が鋭く制する。

征士がすんでの所で手を止める。

「見鬼がいるとやっかいね」

一人ごちる。

見える者、見えない者の双方のそれぞれの疑問の視線を受け、亜由美は額に手を当てた。

ともかく用事を一つ一つ片付けよう。

「神将。これへ。姿を見せよ」

目の前の床を指し示す。

亜由美の目の前に、寺の仏像がまとうような武具をまとった人外のものがひざまづく。

皆が息を飲むのを尻目に言葉をつむぐ。

「その様子。仕損じたか」

呪物の在り処はわかっております

「して、どこに?」

一里ほど先の丑寅の方角の小山の頂上に

「やはり、厭魅であったか」

確信する。

とりあえず、皆を見まわして紹介する。

「うちの、式神。見えるとおりのものなんだけど? 

普通は目にできないのだけど、見えるようにしてみました」

言葉がうまくみつからず、苦笑いする。

あゆ、と当麻が低い声で名を呼ぶ。

思わず、上目遣いに見る。

「怒らないでよ。しかたなかったんだから。

人の足では到底追いつけないし、しとめれらたら呪詛返しになるし。って結局逃げられたけれど。でも。場所はわかったし。このまま捨て置いてまた向こうが来るのを待ってたら埒あかないし。本なんか調べていたらもっと時間かかるでしょ? 私だって最低限のことしかしてないもんっ。十五日には帰らないと行けないし」

てんでばらばらの言葉を語る。

「どうして言わなかった?」

当麻が聞く。

「だって。別に言う必要ないでしょう? こんな力が使えます。あんな力が使えますって。

言ったら結局怒るじゃないのぉ」

すねたように口を開く。それからひざまずいている神将に向かって言う。

「ご苦労であった。退ってよい」

神将が姿を消す。口調の差に亜由美は内心苦笑いする。ここまで人格が変わると思うと自分でも怖い。自分が一体誰なのか、という思いが頭をかすめるがあわててふりはらう。

私はあゆ。それ以上でもそれ以下でもない。それでいいのだ。

えーっと、と言葉を出す。

「さっき聞いた通り、北東の小山に犬の首が埋まってるから、前に言ったとおり日が昇ってから掘り出したら大丈夫だと思う。

ま、そういうことで私はこれで」

「待て。ちゃんとわかるように説明してもらおう」

そそくさと出て行こうとする亜由美の腕を当麻が掴んだ。

「な・・・何を説明したらいいのかなぁ?」

「全部、だ」

顔がひきつった。

 

とりあえず、全部説明し終わって亜由美は大きく息を吐いた。

な、長かった。

見鬼の意味に始まり、式神の説明、神将のこと、厭魅という呪法のこと、その解決方法にいたるまでつらつら説明した。犬神ということはすでに判明しているもののその呪法までナスティ達はくわしくない。

理解してもらうように言葉を選ぶのはなんと難しいことか。

半ば感覚でこういうことに対処できるようになった自分にとっては説明ほど難しいものはない。

式と厭魅の説明ほどややこしい説明はなかった。

式神とは大抵紙切れを変化させて使役するものである。

亜由美の神将は使役する形をとっているが正真正銘の人外の者で、紙を変化させたものではない。

どういう経緯でそれを得るにいたったかとなると説明もめんどくさい。

拾ったわけでもないが、自分から契約したわけではない。

元々、一族のものが結んだ契約を復活させただけなのだ。

まぁ。忘れられていた荷物を預かったというのが事情に案外近いかもしれない。

厭魅の説明はもっと厄介だ。

厭魅は元々人を呪う呪詛を意味する。一番、ポピュラーなのが丑の刻参りだ。

そのほかにもいろいろ方法がある。

征士の家を狙った呪法は正確に言うと犬神である。厭魅とは意味が異なるかもしれないが、亜由美には正確なことはわからない。

犬神を簡単に言うと犬が憎悪するように仕向け、その憎悪を使って人を呪うものである。

「それで、掘り出せば万事解決するのだな?」

征士が念を押す。

うん、と亜由美が頷く。それで呪は敗れ、向けられた憎悪は相手に帰る。

「では。早速明朝実行しよう」

征士が言った。

「征士一人で行くのかい?」

伸が尋ねる。

征士がうむ、と頷く。

「一人で大丈夫?」

ナスティも心配そうだ。

その様子に亜由美は言っていた。

「ナスティも一緒にいってあげたらいい」

その言葉に誰もがはじかれたように亜由美を見る。

「だって。この内で今度の事に対応できるのは私と征士と五月ちゃんだけ。

五月ちゃんを連れて行くわけにもいかないし、私はもちろん当麻が許してくれないから行けない。だとしたら、残るは見えない当麻と伸とナスティ。

皆、こう言ってはいけないと思うけれど、役には立たない。だとしたらこの三人のうちで征士に付き添っていいと思われるのはナスティだけだと思う。やっぱり好きな人の事が心配な気持ちわかるし、手伝えることがあれば手伝いと思うし、それに好きな人がそばにいたら心強いから」

だが、と征士が迷う。

「好きな人と一生懸命がんばるのもいいことだと思う」

「あたしも征士が許してくれたらいっしょに行きたい」

ナスティが駄目押しする。

いつも自分は何かの足手まといだと思っていた。同じ女性でも亜由美は亜遊羅として活躍しているし、迦遊羅にもその力がある。力も何もない自分に出来ることは征士に手を貸すことだけ。

せめてあゆの言ったとおりに好きな人の側にいて心を支えたい。

「だが、危険なことにナスティを巻き込むわけには・・・」

名を呼ばれ躊躇していた征士は亜由美の方を向く。

「塩釜のお塩余っているよね? 持ってきて。それと紙とペン貸して」

言われるまま征士は塩の残りと紙とペンを持ってくる。

まず、塩をナスティに渡す。

「何かあったらこの塩を振りまいたらいい。助けになるから」

それからちょっと待っててというと紙とペンを取る。

しばし、記憶をたどっていた様子だったが、思い出したように頷くと紙にペンを走らせる。

皆に何事かと覗かれるのを隠しながら書く。

そこに書かれたのは和歌の一首。

共に行くことができないので心をいっしょに添わせる、といった内容だ。

力をこめるのではなく、心を添わせる。

それなら問題はない。

偶然、その和歌を読んでいつか使ってみようと考えていた。

本のまじないの様あったが、ないよりはましだろうと考えた。

だが、内容を知られるのは恥ずかしい。

皆を避けているのは自分なのだから、想っている事を知られるのは都合が悪い。

書き終わると紙を折り、決して開けないように言ってナスティに渡す。

開けたら効力がなくなるからと言って。

本当はそんな事もないのだろうけれど、と一人心の中で言う。

「これは?」

とナスティが問う。

「ほんのお守り代わり」

短く答える。

「ありがとう」

とナスティがうれしそうに微笑む。

お礼を言われるほどじゃない、と言って今度は本当に部屋を後にした。

部屋に帰ってため息をつく。

こうやって人の世話を焼くことは嫌いではない。

が、そこで示される好意は苦手だった。

今、喜ばれてもいつか自分は皆を裏切る。

亜遊羅はすべての悪を退治するというわけには行かないのだ。

いざというときは悪であっても見過ごして歴史を動かさなくてはならない。

その結果、間違いなく彼らと意見をたがえることが分かっていた。

きっと刃を向けることにもなろう。それがどれほどつらいことであっても。

すでに自分は幾度となく彼らに刃を向けている。

もう、嫌だよ・・・。

また一筋、悲しみの涙が頬を伝った。

 

当麻はただじっと亜由美の去っていた方を見ていた。

先ほどまで亜由美はひょうきんとも言える態度で皆と接していた。

だが、その胸の奥底にたとえ様もない悲しみが渦巻いていたのが突然、感じられた。

ナスティにお守りと称する紙を渡して礼を言われたときにふっと瞳によぎったもの。

あれは苦しみと悲しみだった。

出て行く後姿に声のかけようもなかった。

まるで一人にして欲しいと言っていた様だったからだ。

俺ではお前の役には立たないのか?

当麻の胸にも悲しみが去来していた。

 

「ナスティ、大丈夫か?」

征士はナスティに問う。

ナスティは大丈夫、と元気に返事する。

二人は今、言われた小山に登っていた。

征士は片手に退魔の太刀を持っていた。そして空いた片手をのばすとナスティが登るのを手伝ってやる。ナスティの柔らかい細い指を手に感じて征士は少し不安になる。ナスティは姉たちと違ってか弱い女性だと思っていたからだ。だが、そのナスティの瞳の色はあくまでも力強い。不安に思う必要などないのだ、と征士はまた思う。

ナスティと純の純粋な気持ちがかつて命の勾玉を出現させたと聞いている。

彼女の力がきっと私には必要なのだ。

本の三十分ほど登ったであろうか。

頂上にたどり着く。

「ここのどこかしら?」

ナスティが周りを見渡す。

征士にはわかった。

嫌な気配が漂ってくる。

「あそこだ」

と征士は指差した。

そこは何か祠のような空間があった。

「ナスティ、道具を。ナスティはここで待っていて欲しい」

いざというときには助けを借りることになろうが、それでも好きな女性を危険にあわせる男がいるだろうか?

そう言う征士にナスティが首を振る。

「心配してくれるのはうれしいけれど、あゆが言った通りなの。好きな人の役に立ちたいし、

一緒にがんばいたいわ」

ナスティは必死に訴える。

征士の役に立ちたい。側にいて力づけてあげたい。足手まといなんて言われたくない。

ここでただまんぜんと征士が戦うのを見ているだけなのは嫌だった。

「お願い」

ナスティが願う。

その言葉にしばし逡巡していたようだったが、征士は頷くとナスティの手を力強く握った。

「何かあったら、すぐに逃げるのだぞ」

「ありがとう。征士」

そう言ってナスティは征士の頬にキスをした。

征士の顔がほんのり赤くなる。

「行こう」

短く言って二人は祠に入っていった。

 

その頃、五月と亜由美、そして当麻と伸は同じ部屋にいた。

当麻は亜由美から離れようとしないし、亜由美は五月と離れようとしない。

残った伸も別行動する気はなかった。

自分抜きで事が運ばれているのはやや気に食わなかったが。

突然、天井がパシッ、と鳴った。

五月がびくりとする。

亜由美が大丈夫、と言ってなだめるが、その音は次第に激しく、強くなっていく。

亜由美にはわかっていた抵抗しているのだ。相手が。

きっと掘り出しにかかられてこちらにも手を出してきているのだと。

あまりの激しさに怯えて五月がしがみつく。

正直、心霊現象と言うものは亜由美も苦手だ。

自分が相手するのは亡者や鎧武者や鬼、妖怪のようなもの。

普段はいわゆる純粋な幽霊といったものとは無縁だったからだ。

たとえあったとしても関わり方は直接的だからこのような間接的に行動に出られるとひどく怖い。

怯えそうになる自分の心を叱咤する。

自分がしっかりしなくてどうするのだ。

ここには対応できる人間は自分しかいない。

だが、だんだん、恐怖がせりあがってくる。

亜由美は思わず、五月の背中に回した手をぎゅっと握り、目を閉じた。

その亜由美の肩に手がまわされ、五月ごと抱き寄せられた。

はっとして目を開ける。

当麻だった。

大丈夫だ、俺が着いている、と優しい声でささやく。

ありがとう、そう言って亜由美は涙ぐむ。

自分がこういったものが苦手なのを当麻はしっかり覚えていたのだ。

そこへ、かすかな声が亜由美の耳に届いた。

・・・ら・・・ゆら様。あゆら様

「誰?」

自然と声が出ていた。メガネをはずし、目を凝らす。ぼんやりとしたものが形を取る。

応じることで姿がさらに見えやすくなるのだ。

私はこの伊達家の先祖霊のひとつ。ずっとこの家を守護してきました・・・。この家が今、危機にあることは知っています。でも、あれに圧迫されてなかなか手助けすることができませんでした。あなたがいろいろなさってくれたことでようやく、私も力を発揮することができます。ひとつお願いがあります

「どんなお願い?」

私は一人ではこの屋敷を出れませんが、伊達家の人間についてならでれます。五月に征士の元へ向かわせてください

「そんな事・・・」

腕の中で五月は震えている。諸悪の権現のところなどどうやって行かせられるだろうか?

刻は一刻を争います。お願いします。五月に導きを与えてください

その言葉に亜由美はとっさに判断を下していた。

五月の名を呼ぶ。

「あの人が見える?」

顔を無理やりあげさせて、五月に問う。

五月ははかなげにたたずんでいる女性を見た。

怖い気はしない。不思議と暖かい。

うん、と頷く。

「彼女は五月ちゃんのご先祖様。あなたについてなら外へ出られるのですって。今、きっと征士達は苦労している。彼女はその征士を助けたいって。五月ちゃんにできるかな?

もちろん、私も着いて行くから」

五月はその言葉に驚いていた。

怖がってばかりいた自分に何かができる。

五月は一も二もなく頷いていた。

「それじゃぁ。心を開いて。そう。心を穏やかにして。彼女を受け入れて」

五月の背中がふい暖まった。

彼女がついたのだ。

亜由美はそれを確認すると五月と一緒に立ちあがった。

「私、五月ちゃんと行って来る。当麻と伸はここで待ってて」

そういう亜由美に当麻が苦笑いをする。

さっきまで怯えていたのにもう大丈夫そうなふりをしている。

本当はまだ怖いのに。

だが、一度戦いに赴くと決めた亜由美ほど強いものはいない。

その意思力には敬服する。

「お前が行くと言うのに俺達がここでぼんやりしているわけには行かないだろう? それに時間を急ぐなら、俺達がいる方がいい」

わけのわからない理由を聞かされて怪訝に思ったが、それは外で判明した。

当麻が伸に車のキーを渡したのだ。相変わらず根回しの言い当麻はいざというときのための足として伊達家の車のキーを借りていたのだ。ナスティと伸は免許を持っている。伸が運転すればいち早く現場にたどり着ける。

「ありがと」

亜由美はいつものようにちゃんと考えてくれている当麻に抱きつきたい気持ちを抑えて礼を言う。その瞳は純粋に喜んでいて当麻は喜んだ。が、にやけそうになる顔をひきしめると一行を促す。

「時間がないんだろ?」

一行は車に乗り込んで征士達の元へと急いだ。

 

征士達は苦戦していた。

祠に入り、気を発する場所に征士が近づこうとしたとき、何かの力で阻まれた。

その上、見えない黒いものが二人を襲う。

ナスティに下がっているように言うと、征士は太刀を振るった。

だが、いくら振るっても沸いて出てくる。

小一時間もしただろうか。

突然、征士の耳に五月の声が飛びこんできた。

「兄様!」

五月が祠に飛びこんでくる。

「五月、近づくな」

そう言う征士に五月がしがみついた。

「兄様を助けに来たの。どうしたらいいかわからないけれど。彼女が助けてくれるって」

「彼女、とは?」

五月とナスティを後ろ手にかばって征士が問う。

その途端、祠がぱぁぁっっと明るくなった。

襲いくるものの勢いが下がった。

「ナスティ! 塩を」

亜由美の鋭い声が響く。

言われてとっさにナスティが塩を巻く。

襲い来るもの力がさらに弱まった。

征士がそれを見逃さず、叩ききる。

ひとつ、ひとつ切る。

今度は沸いて出てこない。

今のうちに征士

誰の声だかわからない声が聞こえ、征士はすかさず、土を掘り起こす。

ナスティと五月がそれを手伝う。

いくらか掘ると黒い塊が見えた。

征士はナスティと五月を下がらせようとしたが、ナスティは下がらなかった。征士がナスティを見ると彼女の瞳に力強い光が宿っていた。ああ、この女性だから私は彼女を好きになったのだ、とのんきにも征士は思ってしまう。怖いはずの作業もナスティと一緒なら何でも出来る気がした。

征士といっしょに掘り起こす。

犬の首、だった。

掘り起こすと同時に気が失せた。

呪が晴れたのである。

祠の中に満ちていた光がいつのまにか消えうせていた。

「一体、何が起こったのだ?」

ナスティと征士は顔を見合す。大丈夫か?とナスティに尋ねるはずだったがあまり急なことにおどろいてその言葉しかでなかった。ナスティも同じようだった。

「兄様には見えるでしょう?」

五月が得意げに言う。言われて五月のほうを見ると征士にとって見なれた姿を見る。

「お久しぶりです」

征士が挨拶をするのを聞いて五月が驚く。

「兄様、知って・・・?」

ああ、と征士が答える。

「家を守ってくれている人だ」

間に合ってよかった。五月とあゆら様にお礼を

ええ、と征士が微笑む。

ナスティ、伸、当麻がぽかんとしてみている。

彼女達には見えないのだ。

ナスティの名を呼ぶ。

「今、そこに私の家の守護をする者がいるのだ。彼女が助けてくれたらしい」

そうなの、と言ってナスティは見えない人に向かって礼を言う。

「それと、五月とあゆにも礼を言わねばならないな」

征士は五月の頭をくしゃっとなでる。

「助かった。礼を言う」

「やぁねぇ。大したことしてないって。礼は五月ちゃんと彼女にして」

亜由美は手をひらひらさせておどけて言う。

いえ、あゆら様がいてくれて助かりました

彼女も礼を言う。

亜由美は居心地悪そうに身じろぐ。

そんな亜由美を彼女は見ていたかというとナスティの方に飛び、ナスティをふわりと抱く。

ナスティは伊達家のものとして認識されたのだ。

ナスティの回りで空気が動く。

あなたが征士の奥方ね。子孫のことよろしく

その言葉に征士が顔を赤くする。

ナスティがきょとんとする。

五月が説明する前に征士は五月の口を押さえ、こう言った。

「彼女がよろしく、と言っていたのだ」

ナスティはそう、と言って微笑んだ。こちらこそ、よろしく、と言う。

その様子を征士が嬉しそうな笑みを浮かべて見守る。

五月も心なしか嬉しそうだ。征士とナスティが一緒になるつもりなのを聞いたからだ。

優しいナスティがいずれ姉になると思うと五月は嬉しかった。

欲を言えば、ひとなつっこい亜由美も家族になって欲しかったが、あいにく兄は一人と来ている。母がもう一人男児を生む予定はない。少なくとも征士の妹として亜由美とはつながっていられる。これからもきっと何かと力になってもらえるだろう。先輩としてまた姉のような存在として五月は亜由美を慕っていた。

ナスティ、征士、五月、そして伊達家の守護霊がひとつのファミリーのような空間を形成している。きっと彼らには幸せな未来が待っている。

ナスティ、と征士が名を恥ずかしそうに呼ぶ。

「言い遅れたが、ナスティにも礼を言わなければなるまい。ありがとう。ナスティがいてくれたおかげで心強かった」

征士が微笑みナスティも幸せそうに微笑む。

好きな人の役に立てた。その想いがナスティを幸せな気持ちにさせていた。

 

その様子を見ていた亜由美は満足そうに微笑むとくるりときびすを返して山を下る。当麻が慌てて後を追う。

「おい」

不安になった当麻が強く腕を掴む。まさかとは思ったが、消えてしまうのではないかと言う不安に駆られたのだ。

「なぁに?」

ひょうきんな瞳の光を宿して亜由美が問う。

「いや、何でもない」

そう言って肩に手を回すといっしょに山を下る。まるで離さないといった風の当麻の様子に亜由美がこっそり苦笑いする。離れる計画ははたしてうまく行くだろうか?

「ナスティと征士、うまく結婚できたらいいね」

ああ、と当麻が頷く。

私と当麻が結婚できない代わりに征士達には幸せになって欲しい。

そう思うも口には出さなかった。

亜由美の胸に切なさが去来する。それを押し隠すように亜由美は明るく声をあげた。

「ねぇ。この間のソフトクリーム屋さんで、ソフトおごって」

「お前、また俺にたかるのか?」

「いいじゃない。リッチな当麻なんだから。今度はストロベリーがいいな」

「俺の財布を考えろよ」

「いいじゃん。ソフト。ソフト」

わざとはしゃぎながら亜由美は山を駆け下りる。

当麻は苦笑いしてそれを追いかけた。

 

「ところで、ナスティに渡した紙に何が書いてあったの?」

帰りの新幹線の中で伸が思い出したかのように問う。

征士とナスティの絆はより深まったようだった。時折優しい視線をそっと交わしている。

「そういえば、見ていなかったわね」

ナスティも同意してごそごそポケットをあさって紙を取り出す。

「だ、だめー。効力が失せるっ」

あせった亜由美がそれを奪おうとする。

「もう、用はすんだんだからいいんじゃないのか?」

そう言って当麻が亜由美の動きを止める。

「やー。当麻。離して」

もう少しで手にうば返せるところだったのに当麻に止められ、さらに紙切れは征士の元へ行く。

「おもへども 身をしわけねば めに見えぬ 心を君に たぐへてぞやる 伊香淳行・・・?」

「古今和歌集か?」

当麻が出典を明らかにしてしまう。

ばれた亜由美の顔は真っ赤になっている。

「ナスティ。どういう意味だかわかる?」

伸が問う。

ええ、とナスティがうれしそうに答える。

「あなたのことを深く思うけれど、私の身は二つに分けることができないので、目には見えない心だけを、連れ添わせていっしょに行かせることであるよ。という意味なの。私のことを心から心配してくれたのね。ありがとう」

まともにばれてしまってばつが悪くなった亜由美は照れ隠しにふん、とそっぽを向く。

「へぇ。心をねぇー。いいなぁ。僕もそのお守り欲しい」

伸がいう。

「何? それなら俺が先だ」

当麻が優先権を明らかにして言う。

「当麻と伸が持っていて私にくれないと言うことはないだろうな」

征士も言う。

「必要性がないから作りませんっ」

きっぱり断られて男三人が抗議の声をあげる。

「作らないと言ったら作りませんっ」

ぷぅっと頬を膨らませた亜由美の頬を当麻がつつく。

「この間、ソフトおごってやったよなぁ。二つも。しかもナスティに心を添わせて、この俺にないのはどういうことかなぁ?」

亜由美の顔がひきつる。

「何よっ。脅迫する気?」

当麻と伸、征士が亜由美をじぃぃぃっと見る。

「わかった。わかりました。つくればいいんでしょう? 作ればっ。効果のほどは知りませんからねっ」

根負けした亜由美が半ば叫ぶように答えると、三人はにやっと笑いあった。中身はとっくに知れていたのだ。

ナスティから聞き出した三人が計ったのだとすぐにわかった。

 

うっ。はめられたっ。

思うも後の祭であった。

 

新幹線はちゃくちゃくと東京に向かっていた。

 

FIN