約束の季節

ピチチチ・・・。

小鳥の声が聞こえる。

私はまぶしくてうっすら目を開けた。

ふにゅ? ここどこ?

眠たい目をこすってぱっちり目を開ける。

視線を動かして目に入ったのは人間の体。

当麻が昨日着ていた服。

ばっと反射的に体を起こす。

「おはよう」

幸せそうに微笑を浮かべた当麻が私を見上げていた。

昨夜の事が一気に思い出される。

迫られてディープキスまでしたんだった・・・。

わーん、と心の中で泣いて両手で顔を覆う。

恥ずかしくって顔見れない。

「おはようって言ってるんだけど?」

当麻の声が聞こえて手がはずされる。

「お・・・おはよう・・・」

穴に入りたい気持で答える。

当麻が吹き出す。

「そんなに恥ずかしがること無いだろう? まったく子供だな」

笑いながら当麻が言って私はむっとする。

「だから、子供扱いしないでよ」

手首を掴まれたまま、当麻の胸を叩く。

「おはようのキスしてくれたら訂正してやる」

そう言って当麻が手首を引き寄せる。

当麻の瞳が私を捉えて私はそのまますいよせられる。

「訂正する気ないでしょ?」

引き寄せられながら私は言う。

「当り」

そう言って当麻は私の唇にチユッとキスする。

なんだか幸せな気分になって笑みがこぼれてしまう。

「とうま。大好きー」

えへへ、とだらしなく笑ってしまう。いきなり甘えるモードに切り替わってしまう。

「すきすき。大好きだよー」

今まで言えなかった言葉を大量生産する。

当麻は幸せそうにその言葉の連発を受け取る。

何度か連発して幸せに舞い上がってしまった私は当麻の唇にチユッとキスをする。

それからはもう言葉にならなくてお互いにキスをし合ってしまう。

頭の中はもう当麻だけになってしまう。

この世に二人だけって言う気分になる。

ここぞとばかりに当麻に思いっきり甘える。

手を伸ばして当麻に触れる。

体をぺたぺた叩いたり、顔の線をなぞったりほっぺたをぷにぷにつついたりする。

「いたずらっ子」

当麻が言って手を止める。

そのまま唇に持っていって甲にキスをする。

「いたずらっ子でもなんでもいいのー。

とうまといっしょー」

ごろごろ、と猫のように甘える。

「ずーっといっしょなんだもんねー」

そうだな、と当麻が感慨深げに言って左手の薬指をきゅっとつまむ。

「ずっと一緒だ」

二人で見詰め合ってしまう。

長いような短いような時間が立って、当麻のお腹がぐぅっと鳴った。

私はくすり、と笑ってしまう。

「当麻って本当に食欲魔人だよねー。空の食欲魔人とは羽柴当麻ことなり」

言いながら私は体を起こす。

当麻が残念そうな顔をする。

「朝ご飯、食べないとね」

当麻のお鼻をきゅっとつまむ。

「卵焼きでいい?」

当麻がはぁ?、と聞き返す。

だから、と強調して言う。

「卵焼き作ってあげるって言ってるの。お味噌汁はインスタントがあるし、ご飯は昨日当麻が炊いてくれたでしょ?

くちゃくちゃ焼きだけど、いいでしょ?」

なんだそれ?、と当麻が奇妙な顔をする。

「卵焼きは卵焼きなの。食べないなら別にいいけど?」

私はベッドからするりと降りるとドアに向かう。

その後ろを当麻が慌てて追いかけようとしてベッドから転げ落ちる。

「当麻のおドジー」

からかってそのまま部屋を出た。

 

後から当麻がばたばたと追いかけて隣に並ぶ。

台所につくと私は卵を取りだす。

「何個食べるの?」

2個、とすかさず答えが返ってくる。

私は自分の分も合わせて三つ卵をとりだす。

それからボウルに卵を落とし入れながらまた聞く。

「味付けは? 塩? しょうゆ?」

「って、普通塩だろう?」

なんでそんな事を聞くんだ、とでも言わんばかりに問い返されて私は説明する。

「実家では塩味としょうゆ味があるの。ちなみに中にチーズを入れるバージョンもあるんだよ。

でも、私には出来ないけどね・・・」

かつて何度か挑戦して失敗したことを思い出す。

どうしてもチーズが巻けないのだ。

説明しながらフライパンを熱しておく。

じゃぁ、と当麻が考えながら言う。

「珍しいしょうゆ味にしとく」

オーケー、と私は言っておしょうゆを入れてボウルの中をかき混ぜる。

準備が整って私は早速卵焼きに取りかかる。

といっても、ものの一分もしないうちに出来あがる。

次に自分の分に取りかかる。

さっきと同じ動きをなぞりながら当麻にお願いする。

「ひまだったら、お味噌汁でも作っててよ」

「ほい、きた」

当麻が快く引き受けてお味噌汁を作る。

あっという間にえらく簡単な朝食が出来あがる。

卵焼きの皿を持ってダイニングテーブルの上にのせる。

なーる、と当麻が納得する。

「まさにくちゃくちゃ焼きだな」

卵はまさにくちゃくちゃに焼かれている。そういう形容しか当てはまらないのだ。

下手するとスクランブルエッグになるところだけど、そこまではかき混ぜないで焼くのだ。

「これが母の味なんだよね」

塩かしょうゆしか入っていない乱雑な卵焼きで母の味といわれるお母さんがかわいそうな気もするけれど。

「いただきます」

と二人で言って食べ始める。

「おいしい?」

不安になって尋ねる。

ああ、と当麻が顔をほころばせて答える。

「あゆの初めての手料理だからなー」

「初めてって単なる卵焼きじゃないの」

言いながらも私も超うれしくなる。

「卵焼きでも何でもあゆが作ってくれたら美味いの」

「まずい料理は嫌だって昨日言ってたくせに」

私はそう言いながら当麻が作ったインスタント味噌汁をすする。

「当麻のお味噌汁おいしー」

今度は当麻が切り返す。

「単なるインスタントだろうが」

「インスタントでもなんでもおいしいのー。昨日のおにぎりもおいしかったよ」

にぱ、と私が笑ってつられた当麻もにぱ、と笑う。

「なんか新婚さんみたいだね」

照れながら私は言う。

「やっと巡ってきた春だからな」

言われてちょっと申し訳無い気持になる。

「本当に、今までごめんね。つらかったよね」

「朝っぱらからシリアスになるなよ。折角、二人で新婚さんごっこしてるんだからさー」

当麻が私の気持を吹き飛ばすかのように明るく言って私はまたにへら、と笑ってしまう。

当麻にちょっとでも甘やかされると参ってしまう。

今の私は全身幸せさんだから。

「好きな人にご飯作ってあげるのってこんなにうれしい事だって思わなかった。

あ、ご飯お代わりする?」

聞くとすかさず当麻がお茶碗を差し出して私は受け取る。

嬉々として台所に戻ってご飯をよそっては戻る。

楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

今度は二人して洗い物をする。当麻が洗って私が拭く。

「二人でっていうのは気持がいいな」

お皿を洗いながら当麻が言う。

うんっ、と私も大きく頷く。

「こうやってなんでも二人で出来たらいいよな」

「うん」

私はまた頷く。

今までは気持も一方通行で側にいてもこんなに一緒にいるんだっていう気持にはなれなかった。

とても新鮮な気持になる。

それなのにすぐに洗い物は終ってしまう。

何だか手持ち無沙汰になってちょっと困っていると当麻が左手をとって薬指をきゅっとつまむ。

「何、してんの?」

いや、と当麻が考え込みながら否定する。

気になりながらとりあえず、またマグカップにでも紅茶を入れ始める。

つられて当麻もコーヒーを入れる。

二人して朝食後のティブレイクに突入する。

なぁ、と当麻が言って私はマグカップを両手で持ったまま当麻を見る。

「これからはなんでも二人一緒がいいな。楽しいこと、うれしいこと、つらいこと、悲しいこと、

なんでも話そう。もう隠し事はしないでいたい。それでわからなくなったら一緒に考えるっていうのはどうだ?」

おどけて言ってるけれど、その声には真剣な響きがあった。

うん、と私も明るく、それでいて真剣に答える。

「もう隠し事はしない。何でも当麻に話す。それで困ったら一緒に考えてね」

もう当麻に嘘はつきたくないと思った。

隠し事たくさんしていっぱい傷つけてきちゃったから。

「約束だぞ」

「約束する」

私は当麻と指切りをする。

幸せな気持がまたこみ上げてくる。

そのまま幸せに流されそうになった頭に問いが浮かぶ。

あのね、と当麻を見る。

「さっそく相談事だけど、いい?」

もちろんだ、と当麻が答える。

「何かあった時は当麻に言うけれど、一人で行かせてくれる?」

だめだ、と即座に却下される。

「でも巻きこんじゃうのやだもん」

「巻きこんでるんじゃない。俺が首を突っ込んでるの。そう考えなさい」

学校の先生みたいに当麻が言う。

でもでも、と私は言う。

「皆はそんな風に考えてくれないよ? 当麻が怪我とかしたらやっぱりまた私が面倒に巻き込んだ、って嫌われちゃう。

それにきっと大事な当麻を傷つけられて不快に思うよ」

言ってちょっと暗くなる。

今までにも何度と無く当麻を巻きこんでは皆に嫌われてきたと思う。

特に秀は私を激しく嫌っている。

「それでも俺が自分から首を突っ込んだと言い張る。お前を一人になどさせない。

不安なら皆に話してみればいい。俺も自分の立場をはっきりさせるから」

「話、聞いてくれるかな?」

不安な心で問う。

逃げるようにして小田原から帰って来た。

そんな私を皆は受け入れてくれるだろうか?

「話してみないとわからない。お前が自分の気持ちを素直に話せば話だけでも聞いてくれるはずだ。

皆、心根はまっすぐな人間だからな」

当麻が誇らしげに仲間のことを語る。

「当麻は仲間に恵まれていいね」

うらやましげに言うと当麻が変な顔で見る。

「俺は・・・って、お前の仲間でもあるはずだが?」

私は少しうつむいて首を振る。

「私の仲間はいないの。きっと永久に」

彼らは迦雄須一族の者達。私の一族とは何の関係も無い。

当麻はあくまでも天空の当麻だから。彼の過去世や魂がどうなっているかも関係無い。

天空の当麻でなければ、ただの羽柴当麻だから。

「だったら、ここに一号誕生」

すかさず当麻が言って私ははじけたようにして当麻の顔を見る。

「俺が恋人兼、婚約者兼、仲間になってやる。

そんでもって、俺がパイプラインになってやるから、そんなに寂しそうな顔をするな。

今の気持を話せば、絶対に皆こぞって仲間になりたいと言うはずだ」

そんなにいい人間じゃないよ。私は。

切なさがこみあげてくる。

「だと・・・いいね」

私は急に立ちあがると唐突に当麻に言う。

「鬼ごっこしよう。当麻が鬼。いい? 隠れるから目をつぶって十数えててね」

言って私はダイニングを出ていく。

当麻が皆を誇らしげに言うみたいに私のことを話すのを見るのはちょっとつらかった。

やっぱり、今までのことは水に流せない。

それだけの事を自分はしてきた、と思う。

一番傷つけてしまったのは当麻だけど、他の皆に対してもきっとひどい仕打ちをたくさんしてきたと思う。

それを忘れることは出来ない。

隠れる場所を探しているとすぐに当麻が後を追ってきた。

「十数えてって言ったでしょ?」

言いながら伸びてくる当麻の手をするりとかわす。

「お前ー。さっき、なんでも話すって約束しただろうが」

私の心の中をしっかり察知して当麻が言う。

「今までに形成された性格なんだから、もうちょっと大目に見てよ。性格改善に努めるから」

言いながらひらりひらりと逃れる。

屋敷中を駆け巡る。

果たして皆にどう話してどう尋ねたらいいのかと考えながら遊ぶ。

 

戯れにはじめた鬼ごっこは一回りしてまたダイニングルームに戻っていた。

テーブルを挟んで向こうとこちら。

「このっ・・・」

突然声がしたかと思うと当麻がテーブルを飛び越えた。

「捕まえた!」

一言いって背後から抱きしめられる。

「テーブル飛び越すなんて反則だよー」

言って、手を振り解こうとして当麻の手が少し震えているのに気付く。

かすかに伝わってくる恐れ。いつも私が離れようとしていたからしかたないよね。

怖いよね。昨日の今日で安心しきれないよね。

安心させるように手を重ねる。

それから優しく手を振り解いて当麻のほうに向き直る。

「安心して。もうどこにも行かないから」

言いながら当麻の顔を引き寄せる。

もう、この人に完全につかまってしまった。もう逃れられない。

ほんの少し、頼りなげない瞳。でも、いつもはとびきり優しくて自信たっぷりな瞳。

瞳を覗きこむ。

そして昨夜、当麻がしてくれたように熱いキスをプレゼントする。約束のキス。

唇を離してもう一度約束する。

「もうどこにも行かないから。ずっといっしょだよ」

「約束だからな」

「うん」

おでことおでこをひっつけながら約束する。

当麻が再び、唇を奪う。

何度も何度も約束のキスを交わす。

絶対に約束を破れないように・・・。

「・・・当麻ー。もう息が続かないよー」

当麻の胸にこてんと頭を預ける。

「ん。俺も立ってるのしんどい」

そう言って当麻は椅子をひくと私を抱えたまま座る。

私をひざの上に乗せながら当麻が左手の指をつまむ。

「・・・ねぇ、さっきから事あることにそうしてるけど、なんの意味があるの?」

当麻はその問いに答えず、落ち着いたら出かけるからとだけ言う。

私はわけもわからぬまま頷いた。

 

「ここ?」

つれてこられたのはカジュアルなジュエリーショップ。

「一万円までだからな。現在、俺の財布はかなりひもじいから」

へっ?

「好きな指輪買ってやる。仮契約だから」

ええっー?!

それって???

「ほら、さっさと選べ。サイズは分かってるか?」

ぶんぶんと首を振る。

「俺、その辺にいるから計ってもらって選べ」

当麻が私を店員さんに押し付ける。

混乱した頭のままサイズを測ってもらう。

それから指輪を選ぶ。

ふっと誕生石リングコーナーに目が行く。

いいなぁ、ひとつこういうの欲しいかも。でも、高いし・・・。

ま、見るだけならいいかな。

つっと近寄って物色する。

私の誕生日はブルートパーズか。

ふぅん、なんてひとりごちる。

で、やっぱり値段を確認してあきらめる。

やっぱり高い・・・。

「これがいいのか?」

いじっているとその辺にいたはずの当麻が指輪をつまむ。

「ちゃんと指に入るだろうな」

そう言って指にはめる。

「とうまー。それ高いよ?」

言われて当麻が値段を見る。

「予算内だからいい。これでいいんだな」

こくこくと頷く。

指輪を抜き取るとレジに持っていく。

あっという間に支払いを終えて当麻が小さな袋を手渡してくれる。

なんだかえらくあっさり決まってしまった。

半ば、呆然として帰路につく。

 

「お前、いいかげん指輪はめろよ。なくすぞ」

「えーっ。だってうれしいんだもん」

えへへへ、とでれでれ笑いながら指輪の石を太陽にかざす。

帰ってきて指輪見たらひどくうれしくなってそれからずっと指輪をいじくりまわしている。

安かろうがなんだろうが正真正銘の婚約指輪だもんねー。

きらきら青い光が太陽を反射する。

「当麻のお空の色だー」

と、しつこくいじっていたら落としてしまった。

「やーん。指輪ちゃん、どこー?」

あたふたと探す。

「ちゃんと所定の位置にはめとけ」

指輪を拾った当麻が私の左手をとる。

それから薬指にはめてくれる。

「なんか二人だけの結婚式みたい」

なんてことを照れながらもらす。

それを聞いた当麻はやや考えると私の左手に手を重ねる。

「俺、羽柴当麻は病めるときも健やかなる時も死が二人を分かつまで河瀬亜由美を生涯の妻とすることをここに誓います。

・・・お前、続き言えよ」

突然の事にびっくりして言葉を失っていると当麻が促す。

つっかえながら同じ言葉を名前を入れ替えて言葉にする。

なんだか恥ずかしくて上げられない顔を当麻が上げさせる。

それから当麻の顔が近づいて熱い熱いキスを交わす。

「これで仮契約完了」

と当麻が言う。

「二十歳の誕生日には本契約として本物の指輪やるから今のところはこれで我慢してくれ」

「なんかそれってビジネスライク・・・」

それを聞いた当麻が知らないのか?と言う。

へっ?

「死が二人を別つまでという台詞があるだろう? あれは死んだら契約はお終い、二人はフリーという意味なんだぞ」

そうなのかぁあ。なんだかロマンティックじゃないなぁ。

「もっとも死んでも俺は契約解除する気はないが」

と当麻が付け加える。

「私だって死んでも離れないよー」

そう言ってぴたっと当麻にひっつく。

「お前、この暑苦しい夏にくっついて暑くないか?」

当麻があきれた声を出す。

「暑くないもん。この部屋クーラー効いてるから。クーラー病対策にもなるよー」

そっか、そう言いながら当麻がきゅっと私を抱きしめる。

「じゃぁ、クーラーがんがんにしておけば俺から離れないな」

「そんなことしたら電気代がかさむよ? ナスティに怒られるー」

「お前が払えばいいだろう?」

「やだよー。そんなの。当麻が払ってよぅ」

やだね、と当麻が却下する。

払ってーとだだをこねる。意味のない会話が始まる。でも、もう不毛な会話じゃない。

二人にとってこれも大事な会話。

もう、当麻から離れないよって言う約束の会話。

ずっとこれから続く会話の始まり。

「大好きだよ。当麻」

「俺も」

二人の未来がようやく動き出した気がした。