ソウルラヴァー 道しるべの星

"憎き者よ。そなたの何をまず奪おうか。目か耳か口か。一つ一つ奪うて闇の苦しみを味わうがいい"

亜由美はきっと睨みつけた。

「あなたの思うとおりにはならない。この私にはむかえるものなどいない」

"どうかの? そなたの心の中にいるものならばはむかえまい"

ゆらり、と当麻の姿が浮かび上がる。

"ほう。これがそなたの心を占める者か・・・。さしずめ恋人と言うところか。まずかこやつを手にかけようかの"

やめて、と亜由美は叫んでいた。

「彼に手を出さないで。出すなら私にしなさいっ」

"よう言うた。だが、その口うるさい声をもらうか"

影が近づいたかと思うと亜由美の喉を掴む。

亜由美は必死で抗おうとするが体が動かない。

"無駄じゃ。この白影の夢の中じゃ。誰も俺様の夢の中で自由にはなれぬ"

亜由美はその名を聞いて愕然とした。

「白影・・・。あなたなの?」

しぼるようにして声を出す。喉に力がこめられる。

"我らが恨み、とくと思い知るがよい"

手がすっと離れ、亜由美は咳き込んだ。

声を出そうとして亜由美はまた愕然とした。

声が出ない。

術にかかってしまった。

これでは言霊を使って自分で術を解くことも出来ない。

それに力まで奪われてしまったようだ。

この夢幻を作り出したのは白影。そして術をかけたのは冬玄、だ。

懐かしい名を頭で思い出す。

残る緋影はどこにいるのか?

亜由美はすばやく周りを見渡す。

が、もう夢幻の中には誰もいなかった。

はっとして目がさめる。

嫌な夢。

亜由美は思い出すのも嫌な夢に身震いする。

ふいに口を開いて声を出そうとする。

どんなに出そうとしても出ない。

夢、ではなかったのか・・・。

亜由美はベッドから飛び起きると部屋を飛び出た。

当麻と征士が眠っている部屋へ直行する。

バタン、と派手な音を立てて開け放つ。

その物音に征士が起きる。

「あゆ? どうしたというのだ。このような早朝に・・・?」

信じがたい顔で征士は亜由美の顔を凝視した。

まだ、朝の五時にもなっていない。

亜由美は当麻の高校のかばんからノートと筆記用具を取り出して書きなぐると征士につきつける。

"当麻をたたき起こして"

「一体、何があったというのだ?」

征士が首を傾げると亜由美はノートをさらにつきつけて強調する。

わかった、と征士はしかたなく承諾すると当麻を起こしにかかる。

が、なかなか起きない。

困ったように亜由美を見るが亜由美は首を振る。

征士は奥の手段に出た。

「あゆ」

と当麻の耳元で言う。

「あゆがお前を呼んでいるぞ。起きねばどうなるか知らない」

だが、その声にもまだ当麻は起きない。わずかばかりの反応が見られただけだ。

征士は亜由美の名を連呼した。

恐ろしいぐらい連呼するとようやく当麻がまぶたを開ける。

「あゆ?」

がばり、と当麻はおきあがって征士に抱きつく。

「あゆー。愛してるよー」

「馬鹿者っ。あゆはそっちだ。私を襲うなっ」

征士は大声で怒鳴るとべりっと当麻をはがす。

「そっち? おー。あゆー」

寝ぼけたままの当麻は亜由美の制止を振り切ってすばやく抱きつく。

「あゆぅ」

当麻が力強く抱きしめ亜由美は窒息死しそうになる。

じたばた手を動かして意志をあらわすが寝ぼけている当麻にはわからない。

亜由美は馬鹿力を発揮して無理やり離れると当麻の頬を思いっきり叩く。

「ってーなー。いきなりなんだよー」

ようやく目がさめた当麻に亜由美は先ほど書きつけておいたノートを見せる。

"声が出なくなった"

「なにぃ?!」

当麻はノートを引っ手繰るとその文字をまじまじと読む。

それからものすごい勢いで亜由美の肩を揺さぶる。

「声が出なくなったってどういうことなんだっ?! いや、それよりも病院だっ」

当麻がベッドからおきあがって亜由美の手を引こうとする。

亜由美はそれをさえぎって首を振る。

どういうことだ?、と聞く当麻にただ無駄だと言うことを示すために強く首を振る。

当麻はため息をつく。

「わかったから。ちゃんと説明してくれ」

亜由美はこくりと頷いた。

 

またもお騒がせな亜由美の状態にナスティ家全員が起き出して集まった。

亜由美は事情をノートに書き出す。

「夢の中で声を奪われた、だと?」

当麻が確認する様に問う。

亜由美はこくりと頷く。

「だから、病院は無駄なのだな」

征士が納得し、亜由美がまた頷く。

「一体、何をしたんだ?」

当麻の詰問に亜由美は不満そうな顔をして首を振る。

「何もなかったらどうしてこういう事態に陥るんだ? 現象には原因と結果があるんだ」

当麻が言う。

「誰に、というのは覚えていないの?」

伸が問う。亜由美は首を振る。今、誰が何をしたとまで言っても解決策は見つからない。

当麻に隠し事をしないと約束したが、それとこれは別問題だ。下手をすると当麻が危なくなる。

それからまたノートに書きつける。

「学校の事なら大丈夫ですわ。ちゃんと風邪を引いたとでも連絡しますから」

迦遊羅が答える。

亜由美は微笑んで頷く。

それからまたノートに書く。

「寝るって、今から?」

ナスティが驚く。

亜由美はまた書いて説明する。

相手は闇の中でしか動けないから昼間に寝ておけば大丈夫だから、と。

たぶん、白影達は昼間は動けないはず。亜由美は確信していた。何故なら彼らは闇に身を縛られてしまったもの達だから。

「相手は吸血鬼か?」

当麻があきれたような声を出す。

その言葉が面白くて亜由美は思わず笑ってしまう。

「笑い事じゃないんだぞ。まったく、大人しくなったと思っていたのに相変わらずやっかいごとを引きつけやがって」

当麻が苦々しく言う。

亜由美は当麻を物言いたげに見る。

「謝らんでいい。いつもの事だ。なれている。寝るのは勝手だがなんか食ってからにしろよ」

当麻が言って亜由美は笑って頷いた。

 

夜中、亜由美はナスティの家を抜け出した。

夜はいつ襲ってくるかびくびくした。

離れていたいのに当麻達はぴったりと亜由美にくっついていた。その当麻自身が危ないというのに離れたくてもかるがもの子のようにくっつかれては閉口してしまう。

夜中になってようやく皆が寝静まるって亜由美は考えていた通りに行動を移した。

できるだけ人気のないところへ足を進める。

ふいに霧が濃くなる。

亜由美の目は険しくなった。

きっと霧の向こうを睨みつける。

「わざわざ、出てくるとは飛んで火に入る夏の虫、か」

ゆらり、と男が出てくる。

白髪の背の高い若者。

だが、向こう側がすけている。

「かような闇の力が増すところにでてくるとは愚か者だな」

もう一人の男が出てくる。

彼もまた向こう側がすけている。

彼は短い闇色の髪をしている。

「今宵はそなたの何を奪おうかの?」

短い髪の男、冬玄が言う。

亜由美はただきっと睨みつける。視線で殺せるなら殺せてしまえるような視線で。

「その生意気な目をいただこうかの」

白髪の男、白影が言う。

ふいに男たちに向かって石が投げられる。

亜由美が驚いて石が飛んできたほうを振りかえる。

と人影が亜由美の前に立ちふさがった。

亜由美は目を見張る。

「馬鹿あゆ。隠しとおせると思っていたのか? 約束破り、あとで清算してもらうからな」

当麻が亜由美をかばいながら言う。

「ほんとうに相変わらず、つっぱしる癖が直らないね」

伸が言う。

「まったくだ。逃げない、という言葉を聞いたのだがな」

征士が言う。

「たかが、人間風情に何ができよう?」

冬玄がせせら笑いながら言う。

「できるかできないかはやってみないとわからん」

当麻がきっぱりと言い放つ。

ゆらり、とまた人影が現われた。

赤い髪の男、緋影。

亜由美はその視線を受けて背筋が凍るような思いがした。

恐ろしいまでの憎しみ。

自分がいる、ということだけで憎まれている。

自分の何もかもをゆるさない憎しみ。

亜由美はがたがたと震える。

「長ともあろう者が影に隠れて震えているとはな。笑止。お前のようなものがどうして、あの方以上なのだ?」

「あの方?」

当麻が不意に言葉を発した。

緋影がその声を聞いてはっとする。

「お前・・・。天青なのか?」

驚愕の表情はすぐに憤怒の表情に変わる。

「その魂の色はそうなのか? 相変わらず、その子供にへばりついてあの方を苦しめるのかっ?!」

緋影の冷徹な顔に怒りが現われる。

その名を聞いて亜由美は動いた。

前に飛び出ると錫杖を構える。

どぉん、と激しい光が男たちを襲う。

男たちはそれをやすやすとかわす。

なるほど、と冬玄は言葉を漏らす。

「天青がお前の弱点か。それならば、こやつの命を奪うのが一番の薬じゃな」

冬玄が手を上げる。それを緋影が制する。

「緋影、なぜじゃ。亜遊羅に我らが同じ苦しみを味あわせるが我らの悲願ではないか」

「もっとも効果的な方法がある」

緋影が言う。

「あの方に天青を連れていけば一石二鳥と言うもの。白影」

緋影は白影を呼ぶ。

霧がまた一層濃くなる。

亜由美は目を凝らして男たちの姿を探す。

「何するんだ?」

当麻の声が聞こえる。

亜由美ははっと振り向くと当麻の姿を探す。

当麻は空のかなたに消え行こうとしていた。

亜由美が飛翔し、手を伸ばす。

当麻も手を伸ばす。もう少しでと言うところで当麻の体は消えた。

 

「一体、俺をどうするつもりだ?」

当麻は歩かされながら文句を言う。

「あの方への土産じゃ」

冬玄が答える。

「あの方、あの方って一体誰なんだ? あゆの命を狙う奴は俺がゆるさん」

「覚えておらぬのか? あの方を忘れるとは不届き千万」

緋影が苦々しく言って当麻は不思議に思う。声に嫉妬が混じっていた。

「お前、あの方というのが好きなんじゃないのか?」

黙れ、と緋影は言って当麻の頬をしたたかに打つ。当麻の体が吹っ飛ぶ。

ってぇな、と当麻は立ちあがる。

「幽霊の癖して殴るなよ」

当麻が苦笑いをする。

「俺様たちは幽霊などではない。しかと体を持っておる」

白影が言う。

「って、さっきまですけてたじゃないか」

「余計なことを詮索するな。お前は我々の手足となればいいのだ」

やだね、と当麻は拒否する。

「お前らの考えていることなど明白だ。どうせ俺の意識を奪ってあいつと対決させるつもりだろう? 無駄だ。俺は意識がなくともあいつを殺すことはない。あいつも同じだ。俺達は絶対に殺し合わない」

確信に満ちた声で当麻が言う。

「ならば、とくと見せてもらおうぞ」

冬玄はせせら笑う。

ふいに当麻の目の前が真っ暗になる。

あゆ・・・。

消え行く意識の中で当麻は亜由美の名を呼んだ。

 

亜由美は闇の中に身を投じた。

後に征士、伸、迦遊羅が続く。

当麻が連れ去られた後、亜由美は一旦家に戻って征士達に簡単に説明をした。

時の長とその守護者四神の事を。

亜遊羅のいた時代の最後の四神は青龍の天青、朱雀の緋影、白虎の白影、玄武の冬玄。

彼らは時の長と共に戦うものとして次代と目される長の亜遊羅の姉に仕えていた。

その天青が転生した人間が当麻であるとだけ。

それ以上は口の聞けない亜由美に説明するのは難しかった。

そこにあった悲恋の話を説明できなかった。

自分が産まれたが故に起こった悲劇。

思い起こすだけで亜由美の心は悲しみにくれた。

その心を強く押し隠して亜由美は当麻奪還を目指した。

今の自分では当麻を見つけて逃すことができても自分の命は落としかねない。

約束をこれ以上破るつもりはなかった。

だからあえて征士達に助力を求めた。

やはり気が引けたがそうするしかなかった。

征士達には自分の力で生じさせた光輪剣と二条槍を渡してあった。

彼らがどれほど戦うことに抵抗を感じていても自らの命を守るためには必要だと亜由美は言い聞かせたのだ。

迦遊羅の力で当麻がいる闇への道を開いてもらった。

そこへ四人は身を投じたのだった。

真っ暗な闇。明かり一つない闇の中に亜由美はいた。

上下左右も感覚が失われてわからないほど真っ暗な闇。

亜由美は深呼吸をした。

濃い闇の中にいるのでまるで息が出来ないかのように息を押し殺してしまっていたからだ。

そして亜由美は目を閉じたかと思うと目を凝らした。

鮮やかな真っ青な天空の、宇宙の蒼色を探す。

見つけた。

亜由美は声にならない声で呟く。

後ろにいるはずの征士に声をかける。

自らの力で生じさせた擬似声で。

「征士。今、映像を送るからそれが見えるところを切り裂いてくれる?」

「声がでるようになったのか?」

征士が驚きの声を上げる。

いいえ、と亜由美は答える。

「これはここにいるから出来ること。この闇は一族の牢獄なの。罪人の住処。

だから、一族の力を利用して話しているだけ。いずれそれも不可能になる。てっとりはやく片付けないと行けない」

亜由美の言葉に征士は了承する。亜由美は映像を送る。

征士の光輪剣がきらりと光を放つ。

ザンっ。

刀が闇を切り裂いた。

すかさず亜由美はそこへ身を躍らせる。

あとに三人が続く。

伸があたりを見まわした。

そこは夜の村の広場。

時代がかった雰囲気が当りに漂う。

「惑わされないで。これは彼らが張った幻影。里の風景。実質はただの闇」

亜由美が忠告する。

「よう、来たな。出来そこないの長が」

侮蔑するよう口調で白影が姿をあらわした。

「あなたに用はない」

亜由美は言い放つ。

それから空を仰いで声を発する。

「いるのでしょう? 緋影。姉様。亜遊羅に用があるのはあなたたちのはず。当麻を早く返して頂戴」

ゆらり、と風景がゆがむ。

伸も征士も構える。

亜由美はそれを手で制する。

そこに現われたのは緋影。

「わざわざ来るとは愚か者の証拠だな」

緋影があざ笑う。

「用があると誘ってきたのはそちらでしょう? だから来てあげたのよ。それより姉様を出して頂戴。

大方、あなたがそそのかしたのではなくて?」

「姉、などと言える分際か」

緋影が吐き捨てる様に言う。

「お前が産まれてこなければすべてうまくいっていたのだ。おまえさえいなければ・・・」

憎しみに緋影は歯をぎりぎり言わす。

そうね、と亜由美は哀しみの声をこぼす。

「私の存在が多くの人の人生を狂わせてしまった・・・」

亜由美はうつむく。

が、すぐに顔を上げて言い放つ。

「それでも私が生きていることに意味を持つ人がいる。その人のために私は生きてるの。

誰にも邪魔はさせない。あの人を守るためなら鬼にも蛇にもなってみせる」

強い決意の光をこめて亜由美は言う。

「当麻を返して。彼は天青ではない。羽柴当麻という一人の男の子。彼にはもう関係ない事。

これはあなたたちと私との間で話し合うべき話でしょう?」

「話し合う? おろかなこと。我らはお前の苦しみさえ見られたら手段など選ばぬわ」

ゆらり、とまた幻影が揺らいで冬玄が現われる。

「何をすればいいというの? あいにく私の命は私のものじゃないからあげられないのよ」

「当麻という人間のものだと言うならそのような者はとうにおらぬぞ?」

冬玄が面白そうに言う。

「当麻に何をした?」

征士が刀を構えながら問う。

「答え様によっては力づくで当麻を返してもらうよ」

伸も槍を手にしながら言う。仲間を奪われて心も怒っているのだ。

一触即発状態に亜由美は眉をひそめる。

できることなら彼らに武器を振るわせたくはない。特に伸には。亜由美は伸が戦うことをどれほそ苦しんでいるのか知っていた。武器をふるうのは最小限でありたい。こうなったら呼び出すしかない。

「姉様? そこにいるのでしょう? 当麻を出して。どんなことをしても当麻の心はあゆのもの。

姉様のものにはならないわ」

挑発する様に亜由美は言う。

「当麻はあゆだけを愛しているし、あゆも当麻だけを愛しているのよ。誰もそこには割り込めない」

黙らしや、と激しい声が聞こえ雷が落ちる。

「さぁ。姿をあらわして頂戴。それとも当麻の口から誰を愛しているか聞きたい? 聞いてあげてもいいのよ」

さらに亜由美は挑発する。

ばしっ、とまた雷が落ち、ゆらり、と長い黒髪の女性が現われた。

「当麻などという人間などおらぬ。ここにいるのは背の君、天青じゃ。のう? 天青や」

沙羅耶が手招きする。

ゆらり、と当麻が姿をあらわす。

「妾のためにあのものを殺してたもれ」

沙羅耶が優雅な手つきで亜由美を指差し当麻に願う。

「我が君の御望みのままに」

当麻の手に弓が現われ矢を番える。

当麻、と亜由美は声を発する。

「こんなこと前にもあったよね? 当麻は私に殺されるなら本望だと言ってくれた。

私もそう言ってあげたいところだけどそれだと当麻が悲しむのわかっているから言わない。だからこれだけ言ってあげる」

当麻の矢を番える手が震えていた。

「当麻、愛してるよ。あゆは当麻だけを愛している。当麻」

優しい声で亜由美は当麻に語り掛ける。

その言葉に当麻が反応する。ぴくり、と当麻が身じろぎする。

「早く殺してたもれ!」

沙羅耶がかなきり声を上げる。

ひゅん、と矢が飛ぶ。

が、亜由美の頬を掠めただけだった。

当麻がまた矢を番える。

「あゆ!」

征士と伸が前に出る。

「わからんのか? 私達だ」

征士が語り掛ける。が、当麻は反応しない。次の矢が射られる。

かん、と征士の剣が矢をはねのける。

それを亜由美はおしのけてさらに当麻に近づく。

「危ない!」

伸が止める声も聞かず、亜由美は近づく。

ばしり、と雷が落ちる。

「それ以上近づくなや。背の君に触れるなや」

沙羅耶の声が響く。

亜由美は足を止め手を差し伸べた。

当麻、と再び名を呼ぶ。

「帰ろう。家へ。当麻と私と征士と伸とかゆとナスティの暮らす家に戻ろう。

ナスティが待っているよ。当麻、私をお嫁さんにしてくれるんでしょう?

帰らないと結婚できないよ? 当麻、一緒に帰ろう」

亜由美は静かな声で呼びかける。

当麻が苦しげに顔をゆがめる。

反対に手は矢を番える。ぎりぎりと弓を引き絞る。

「当麻が好きなのは誰? あゆでしょう? 当麻の心の中にいるのはあゆだけだよ。何があっても私と当麻の気持ちは変わらない。そうでしょう? あゆは当麻だけど愛しているよ」

亜由美は言葉を続ける。

「あ・・・ゆ?」

当麻の口から名がこぼれた。

「そう。あゆ。当麻の親戚で許婚で当麻を大好きな女の子だよ。当麻もその子が大好きなの。思い出して。当麻は誰が好き?」

優しい声で亜由美は尋ねる。

俺は、と当麻の口から絞るような声が聞こえる。

「俺は?」

亜由美が促す。

「俺は・・・あ・・」

ゆと言いきらないうちに沙羅耶が走り出していた。

手に短刀を持っている。

亜由美は思わず目を閉じた。

が、何も起こらなかった。

目を開ける。

亜由美の目に当麻の背中が目に入った。

思わず口を押さえる。

「とう・・・ま」

名を呼ぶ。当麻ががくりをひざをつく。

はじかれたように亜由美は当麻を抱きかかえた。

差した沙羅耶は呆然と立ち尽くしている。

殺すなよ、と当麻の口から言葉がこぼれた。

「妹を・・・殺すなよ。好き・・・なくせに・・・。好き・・・だから・・・憎いんだろう?」

切れ切れに当麻が言う。沙羅耶の耳には入っていない。

「何故、そなたは妾を裏切る・・・? それほどそのものが大事か? 

長年つかえていた妾よりも亜遊羅が大事か? そなたは妾を裏切るのか?」

目を覚ましなさい、と亜由美は声を上げる。

「今の当麻の言葉を聞かなかったの? 当麻はあなたのために身を投げ出したの。あなたに私を殺させない様に。あの日と同じように姉に妹を殺させないために。姉様に手を汚させないた

めに当麻は、天青は命をかけたのよ。いいかげん、目を覚まして!!」

亜由美の鋭い声に沙羅耶がうつろな瞳を亜由美と当麻に向ける。

「同じ事をまた繰り返すの? 何度もこうやって当麻に、天青にあなたの罪を償わせるつもりなの?」

亜由美は悲しそうに姉を見る。沙羅耶の目に赤く血に染まった当麻が目に入ってくる。

当麻はもうまぶたを閉じてぴくりとも動かない。沙羅耶が当麻の元にひざまづく。

「ああ、天青。ゆるしてたもれ。妾はそなたを殺すつもりはなかった。そなたが亜遊羅を見る目が憎くてしかたなかったのじゃ。

そなたが亜遊羅以外のものに目をかけたのなら許せた。じゃが、妹だけに許せなかったのじゃ。

そうじゃ、そなたの言うとおりじゃ。妾は亜遊羅を好いておった。大事な妹じゃった。

だから、憎くて仕方なかったのじゃ。ゆるしてたもれ・・・」

沙羅耶の目から涙が流れる。

姉様、と亜由美はやさしい声で呼ぶ。

「まだ、当麻は生きている。手を貸して。私の力はもうほとんどない。だから傷をふさぐのに手を貸して。私は欠けた生体気を補うから。今ならまだ間に合う。同じ過ちを起こさなくてもすむの。お願い。当麻を助けて」

亜由美が必死に願う。

沙羅耶は亜由美の顔をしばし見つめたあと、頷いて当麻の傷に手をかざして呪文を唱える。

暖かい光が当麻の傷口に注がれる。

亜由美はそれを満足げに見ると手首に刀を浅く切りつける。

血が薄くにじむ。そんな事は気にせずに亜由美は手を当麻の上にかざした。

黄金の糸が滴って当麻の体にしみこんでいく。

亜由美の額に脂汗がにじむ頃、当麻はまぶたを開けた。亜由美はかざした手首をかるく手で押さえて流れとめる。

そして両手で当麻に手を回して優しく抱きしめた。

沙羅耶と当麻が名を呼ぶ。

「すまぬことをした。私の魂はこのものと対になっている。それは変えられない。この子が産まれて私はこの子を愛した。だが、忠誠はそなただけのものだ。私が仕えるべき長はそなただけだ。それだけでは満足できぬか?」

当麻の声だが、あきらかに違う人格の声だった。

沙羅耶は天青と名を呼んで絶句する。

天青はじっと沙羅耶を見つめる。

「憎むな。そなたの美しい顔が憎しみにゆがむのを見るのはつらい。

そなたは亜遊羅をそれは大事にしておった。妹を慈しむそなたはそれは美しい姿だった。その姿を今一度、私は見たいと思う」

静かに天青が語る。

「それからひとつ、そなたは知るべきことがある。緋影の想いだ。

あれはそなたを愛しておる。ひとつの愛に目を奪われるでなく別の愛にも目を向けよ。

誰よりもそなたを愛しておる。ちとゆがんでおるがそれもまた愛すると言うこと。何ゆえ、あの日、緋影がそなたに短刀を渡したか考えてみるがいい。そなたが亜遊羅を殺したいと願う気持を叶えさそうとしたがゆえなのだ」

亜由美は静かに頷いて天青の言葉に同意する。

もう声はでない。力を使い果たしたために。

迦遊羅が近づいてひざまづくと沙羅耶の手を取って両手で包み込む。

「私も同じような体験をしました。この当麻に恋をし、失恋しました。でも、緋影さんが沙羅耶さんを想っていたように私にも想ってくれた人がいました。私はその人と今は幸せに暮らしています。

愛する人に愛されないことほどつらいことはありません。けれど、そのつらさを知っているからこそ、別の愛を受け入れられるのではないでしょうか? 緋影さんの想い受け入れて見ませんか?」

沙羅耶の涙がぽとり、と迦遊羅の手のひらに落ちる。

「わしは認めぬぞ。我らが苦しみ、味あわせずにいられるか。地獄の炎に焼き尽されるがいい」

冬玄が呪文を発すると炎の玉を当麻達にめがけて繰り出す。

亜由美はぎゅっと当麻に回した手に力をこめる。逃げる時間はない。

迦遊羅が錫杖を構える。が、それよりも早くその前に緋影が立ちはだかった。

そのまま炎の玉を身に受ける。

緋影は手を振って炎の玉を返す。

「朱雀の私に操れぬ炎はない」

ぎゃぁ、と冬玄が悲鳴を上げた。

亜由美は当麻の元を飛び出すと冬玄の元へ駆け寄る。

よって必死に手をかざす。

燃え盛る冬玄の火を消そうとする。

「お前の施しなどうけぬわっ。この身が滅ぼうとも私はお前を長だとは認めぬっ」

亜由美は首を振る。涙が飛び散る。自分の力で何も出来ないと悟った亜由美は自分の手で炎を消そうと火の中に手を突っ込む。

亜由美は悲しかった。仲間内で憎しみあい、苦しめあい、傷つけあうのは見たくなかった。

何よりも自分の存在がそれをなさしめていることに胸が張り裂けそうだった。

涙をぼろぼろこぼしながら亜由美はついに冬玄の体を抱きしめた。

こんしんの力をふりしぼって冬玄の体に巻きつく業火を自分の身に乗り移ろうとさせる。

だが、炎は意志を持っているかの如く冬玄の身をつつむ。

炎に焼かれながら冬玄は馬鹿な、と言って絶句した。

このなんの力もない人間が憎んで殺そうとした人間を命をかけて守ろうとする姿に驚いた。

冬玄は必死に亜由美を引き剥がそうと動く。が、亜由美は頑として動かない。

ふいに炎が消えた。天青が消したのだ。

亜由美はずるずると座りこむ。

「あのまま炎に包まれていてはお前は死ぬところだったのだぞ?」

その言葉に亜由美は激しく首を振る。

私は死なない、と強く言っている様だった。

一体どこからそのような確信が出るのか冬玄には不思議だった。

「それがその子が長に選ばれた印だ」

天青が近づいて亜由美は安心したかのような視線を向けて微笑む。

天青が亜由美の腕を掴んで支える。

「力の有無で長は選ばれたのではない。純な無垢なる心を持っている亜遊羅だから選ばれたのだ。愚かであることこそがその条件なのだ。気のふれたような所行にも心があることは私もお前も知っていると思うが? その心に抱いた闇を手放せ」

天青が冬玄を見つめて言う。

「お前に何がわかる?! お前は巫女姫にも亜遊羅にも愛され、その二人をかばって死んだ。死んだお前には咎がなかったが、何もしていな私は警護を怠ったというだけでこのざまだ。

永遠の闇に閉ざされて生きる事がどれほどの事かわかるか? 愛するものにも見放された俺の心は闇に支配された。どれほど、一族を恨んだか。一族が滅んでせいせいしたぐらいだ。

それなのに亜遊羅が転生した。それをこの闇の中で知ったとき憎しみがよみがえった。

だから私はこの闇の力を使ってあらゆる闇の力を溜め込んだ。巫女姫や緋影をあおったのは私だよ。いつか同じ苦しみを味あわすために私はやつらを利用した。お前に俺の苦しみなどわかるまいっ?!」

激しく冬玄は言う。

ああ、と天青は答える。

「わからぬよ。だが、闇に染まったお前を見て悲しむ人間がいないと思ったら大間違いだ。現にこの亜遊羅は涙を流していたではないか。ほとんど面識もないお前のために身を呈した。

愛されていないなどと思うのは早計過ぎぬか? この咎が終ればまた現世に産まれることも叶おうものよ」

「いつ咎が許されると?」

吐き捨てる様に冬玄が言う。

亜由美はその冬玄に手をかけてじっと見つめる。

はん、と冬玄は鼻で笑った。

「真の覚醒もしていないお前にこの私の闇に成すすべもあるまいに。この俺でさえ、扱うのがやっとなのだ。それでなくともお前の力はもうないと言うのに」

亜由美は激しく首を振る。その両目からは涙が流れる。

自分は彼らを救うすべを知らない。けれど、なんとかして彼らを救いたい。

許す、などとえらそうなことは言えない。ただ、彼らを巡り巡る生の円環に戻してやりたかった。亜由美の中に思いがあふれる。

"手放して"

亜由美は口を動かす。

何度もそれだけを言う。

"闇を手放して"

そうすればまだ何かできるかもしれない。

必死に訴えかける亜由美の姿に冬玄はあきらめたようなため息をもらした。亜由美のあまりにもばかばかしい所行に毒気を抜かれてしまった。

「お前など憎んでも面白くない。いいさ。この闇を好きにするがいい」

冬玄の体から闇が抜け出す。

闇がうごめく。

亜由美は冬玄から離れると今度は寄り添っている沙羅耶と緋影の元に向かって同じ事を繰り返す。

二人は頷くと闇を手放す。

そしてまた白影の元に向かって同じ事を要求する。

「兄じゃ」

と白影が緋影を見つめる。兄の緋影が頷いたのを見て白影も闇を手放す。

四人の抱えた闇が融合しする。

よどんだ禍禍しい気配に亜由美の顔におびえた表情が浮かぶ。

あまりにも強い自分への憎しみが亜由美の心に突き刺さる。

天青が亜由美を後ろから抱きしめて支える。

「亜遊羅・・・、いや、あゆだったな。そなたの名は。恐れるな、とは言わぬ。恐れを受け入れるのだ。自らの醜い心から生じたものすべてを受け入れるのだ」

天青の言葉に亜由美は躊躇する。

昔、自分は魔を受け入れた。また同じ事にならないのか?

亜由美はその可能性に怯える。

大丈夫だ、と天青が答える。

「あゆは当麻が守る。そう約束しておるのだろう? 当麻を信じるのだ。当麻はここにおる。今は眠っているだけだ。大丈夫だ」

優しく天青いが言い聞かせる。

亜由美は小さく頷いて自分の恐れを受け入れる。怖いというのを受けれいてしまうと不思議と心がないでくる。

それからどうすればいいのかと天青を振り仰ぐ。

「あの闇の心を受け入れるのだ。自分の心を受けれたのと同じようにあの心も受け入れてやるのだ。拒否するのではなく、憎しみを肯定するのだ。そこから先は思うがままに動くがいい。

ここにそなたの当麻がいることを忘れるな」

天青が力強く言い、亜由美もうなずく。

亜由美は闇の固まりに手を伸ばして目を閉じる。

必死に闇の心を感じようとする。

すぐにも心に闇が進入してきた。

亜由美の心が闇に染まる。

闇に飲まれそうになった亜由美を強く抱きしめる感触で亜由美は自分を取り戻した。

亜由美は必死に闇の心に語り掛ける。

どうして憎いの? だれが憎いの? どうしてそんなに苦しいの? 聞かせて。

ただ憎い、という思いだけでもいい。私にすべてを教えて。

亜由美は闇の固まりにあるすべての思いを一つ一つ聞いていく。

自分には開放するなどということはまだできない。できるとすればただ気持を聞いて頷くことだけ。

それでいいと天青が言うのなら喜んで聞こう。

こんな罪深い自分にもできることがあるのなら出来ることからしよう。

亜由美は一つ一つ憎しみの闇を解体していく。

長い時間をかけてようやくすべての闇を解体し終わる。

だが、亜由美の差し出された手のひらの上にはどうしても解けない憎しみが残る。

自分のふがいなさに亜由美は涙を流す。

「よくやった」

天青の声が振ってくる。

「ここまですれば後は自分で浄化の道をたどるであろう。後は静かに浄化の道をたどる場所に導いてやればよい」

亜由美は涙でぬれた顔を天青に向けて首を振る。

自分にはそれがどこなのかわからない。どう導いてやればいいのかわからない。

「妾が道を教えよう。妾ならばそれがどこにあるか知っておる。あいにく、二度も妹と天青を手にかけようとした妾は入るわけにはいかぬが、道を指し示すことは出来る」

亜由美は驚いて沙羅耶を見た。

そうすればまた闇の中に取り残されてしまう。

早く、この牢獄から救い出すことを考えていたのにそれではまた同じ事を繰り返してしまう。沙羅耶は微笑む。

「もう同じ過ちは繰り返さぬ。何、そなたが早く道を覚えてくれればそれでよい。そして次は妾を解放してくれればよい。罪は償わぬとな。これが罪滅ぼしじゃと思うてくれ」

それにじゃ、と沙羅耶は微笑んだ。

「折角緋影の想いを知ったのじゃ。もう少し、その気持を味わっていたいのじゃ」

照れたような表情を見て亜由美はなんとも言えない顔をした。

沙羅耶が近づいて亜由美の頬に残った涙の跡をぬぐう。

「そなたはそうして涙を流し続けておるのじゃな。だが、その涙を大事にするのじゃ。

その素直な心が妾達を救ったのじゃ。そなたを憎んだのは愛するがゆえ。

それはわかってたもれ」

亜由美は泣きながら頷く。

自分の想いを告げたいのに言えない。

亜由美は必死に口を動かす。

愛している、大好き、と何度も告げる。

亜遊羅がどれほどこの姉を慕っていたかを一生懸命伝える。

沙羅耶はうれしそうに笑って頷く。

「いつか舞を共に踊ろうぞ」

沙羅耶の言葉に亜由美は大きく頷く。

「天青、亜遊羅を頼むぞ。この子を見守っていてたもれ」

沙羅耶は亜由美を抱きしめている天青に願う。

天青は頷く。

沙羅耶は満足そうに二人を眺めると二人から離れる。

沙羅耶の体が宙に浮いたかと思うとぽうぅっと光に包まれる。

やがて体の線が消えて光の玉になる。

それを見ていた緋影の体が宙に浮き、次に白影の体が宙に浮く。

「巫女姫の側を離れるわけには行かぬのでな」

そう言った緋影の顔は幸せそうだった。

亜由美は納得した様に頷く。

「二人の邪魔をするつもりはないが、兄じゃを見捨てるわけにはいかぬ」

ぶっきらぼうに白影が言う。

それを見ていた冬玄も体を宙に浮かせた。

「しばし、このままでお前の長ぶりを見ていてやろう」

機嫌悪そうに言う冬玄の言葉を亜由美は意外な思いで見つめる。

「あれもそなたを案じておるのだ。いさかか天邪鬼でな」

天青がフォローして、冬玄の顔がしかめっ面になる。

「残った四神は一人じゃ。任を怠るでないぞ」

冬玄がいまいましげに言って天青は笑って頷いた。

「一人で三人分の働きを目にかけよう」

四人の男たちが視線を交わす。

頷くと三人の体も光に解けて玉となる。

四つの玉がひゅんと動いて一つの道を示した。

「わかるな? あの道しるべにそうて送ってやるがよい」

天青が亜由美に言い、亜由美は光の玉が導く道に闇の塊を送ってやる。闇の塊が徐々に遠ざかっていく。光の玉が消えていく。

亜由美は体を乗り出した。

案ずるでない、と天青が言う。

「目にみえなくなっただけだ。そなたが目を閉じればいつでも見えるはずだ。見えるであろう?」

亜由美は目を閉じて見えないものを見る。

確かに優しい光の玉が四つ道を作っている。

亜由美は目を開いて天青を降り仰いで頷く。

天青はくるりと亜由美の向きをかえて腰に手を回して支える。

そして優しげに目を細める。

「おおきゅうなったな。亜遊羅。そなたの成長した姿を目に出来て私はうれしい」

愛情が深くにじんだ瞳に亜由美は戸惑う。

自分は亜遊羅であって亜遊羅ではない。

自分が好きなのは当麻ただ一人。

目の前にいるのはかつて慕った人。案ずるな、とまた天青は言う。

「すぐにそなたの愛しい者は目覚めよう。私は再び当麻の中に眠る。当麻はよい男だ。

自分で言うのもおかしいが、何よりもそなたを亜遊羅だけでもなく亜由美だけでもなくあゆとしてそなたを愛している。私には持てぬ強さだ。二人でこれからの未来を乗り越えなさい。私はいつでも見守っているから」

天青は優しく言ってじっと亜由美を見つめる。まなざしが熱いものに変わっていって亜由美の心臓が早鐘を打つ。

天青の片手があがって亜由美の頬に触れる。

だが、すぐに手を下ろして天青はまた優しいまなざしに変えた。

「そなたに接吻をしたいところだが、それでは当麻に叱られてしまう。あゆは当麻のもの、だからな」

面白そうに天青は言う。

亜由美はなんだか切なくなって背伸びすると天青の唇に唇を重ねさせる。

唇を離して亜由美は口を開く。

すっと声が出る。

「亜遊羅はずっと天青が好きだった。それは変わらないから。あゆは当麻が好きだけど、亜遊羅が好きな人は天青なの」

切ない思いで亜由美は亜遊羅の想いを告げる。

私は、と亜由美は続ける。

「きっと当麻も天青も好き。私は亜遊羅であり、亜由美であり、あゆだから。あなたの魂だけを愛している。どんな姿をしていてもあなたが好き。私とあなた。いつの時代もお互いの魂で愛し合っていれば問題ないよね?」

天青の顔に驚きが浮かび、そして幸せそうな微笑を浮かべて頷く。

「私とあなた、か。私達が私達である限りこの想いは途切れぬのだな。だが、今言ったことを当麻に言わぬほうがいいぞ。当麻は存外に焼餅だからな。私を好きだと言えばきっと怒り狂うぞ」

面白そうに言われて亜由美は笑って頷いた。

「忠告、ありがたくいただいておく。当麻は所有欲がとても強いから。それに今の時代は当麻だけを愛しているから」

「そのほうがよい。今の時代が愛しているのは当麻だけだ。当麻だけを愛していればそれで私も満足だ。それではそろそろ戻る時が来たようだ。

もう会うことはあるまい。そなたには当麻がいるからな。それに大切な仲間もいる。もう四神は必要ない」

うん、と亜由美は頷くが、うつむいた拍子にほんの少し寂しそうな表情が横切る。

ようやく見つけた本当の仲間。けれど、他の三人は夜の星となってしまった。

残る一人は違う鎧の持ち主。折角目覚めた意識ももう消えてしまう。

天青は亜由美の顔を上げさせる。

「私、は眠りにつくが、青龍としての任は当麻にまかせる。必要なときに記憶が一部戻るように細工を施しておこう。それで寂しくはないな?」

天青の言葉に驚きながら亜由美は頷く。

「それでは今度会うときは当麻の一部として青龍として会おうぞ」

天青は微笑んでまぶたを閉じた。

亜由美を支えていた天青の手がだらりとさがり、亜由美にもたれかかってくる。

亜由美はひざをつきながら必死に天青の体を支える。

征士達が慌てて近寄ってくる。

ふいに天青がまぶたを開けたかと思うと亜由美に抱き着いてきた。

「あゆぅー」

声はまぎれもなく当麻のものだった。

「ちょっ、ちょっとぉっ、当麻っ」

焦りながら亜由美は当麻の名を呼ぶ。

「あゆぅ。愛してるよーん」

当麻が言って亜由美を抱きしめてくる。

抱きしめたまま当麻は亜由美にのしかかってくる。

「ちょっ・・・。当麻っ。こんなところで襲わないでって」

焦って亜由美はじたばたするが当麻は一向に離さない。

「すけべっ。変態っ。痴漢っ。馬鹿っ。あほっ」

亜由美は次々に悪態をつくが当麻は一向に聞きていない。

いっそう体重を預けられて亜由美は当麻に押し倒される状態になる。

が、その当麻は亜由美の肩に頭を預けたまま動かない。

「当麻?」

不思議に思って当麻の名を呼ぶ。

当麻の閉じられたまぶたを見て亜由美は脱力した。

当麻は眠っていた。すやすやと寝息を立てている。

亜由美はなんだか情けない気持になる。

この男を愛する自分は果たして正しいのだろうか、と。

「当麻っ。重たいっ。どいてよぉーっ」

言っても当麻は目を覚まさない。

そんな亜由美を面白そうに征士、伸が覗きこんでいた。

「相変わらず、いやらしい奴だな。さっきの天青の方がよほど出来た人間だと思うが」

面白そうに征士が言う。

「征士っ。伸っ。当麻をどけてっ。押しつぶされちゃうっ」

「折角のお楽しみのところを邪魔するのもねー」

伸が意地悪げに答える。

「お楽しみじゃないっ。爆睡してるのっ。お願いだからこの重苦しい物体をどけてっ」

情けない声で亜由美は懇願する。

わかったよ、と伸が面白そうに言って当麻を引き剥がしにかかる。

「あゆぅ」

とむにゃむにゃと当麻は言って亜由美を離さない。

「このどすけべっ。場所を考えなさい、場所をっ」

叫んで亜由美は当麻の思いっきり頬をひっぱたく。

「いてー」

流石に頬をさすって当麻が目を開ける。

自分の体の下に亜由美がいることに気付いた当麻はぎょっとして慌てて飛び退る。

亜由美はやっとのことで体を起こしながら当麻を睨みつける。

「ふ、不可抗力だっ。寝ぼけている俺に理性を求めないでくれっ。無罪だっ」

亜由美は当麻の弁解を聞き流すとふん、とそっぽを向く。

「あ、あゆー」

当麻が情けない声で名を呼ぶ。

亜由美はふん、とそっぽを向いたまま答えない。

「あゆっ。悪かったっ。今後一切押し倒さないから許してくれっ」

当麻が必死に頭を下げる。

それじゃ、と亜由美は口を開いた。

「しばらく一メートル圏内に近づかないでよね。それからしばらく当麻とは話さないから」

下された罰に当麻が愕然とした後、がっくりとうなだれる。

「自業自得だ。あきらめるのだな」

征士ががっくりとうなだれる当麻の肩に手を置く。

「婚約破棄されないだけましなんじゃない?」

意地悪げに伸が後追いをかける。

「お前らっ。見ていたなら止めろよっ。寝ぼけた俺が手におえないのは知ってるだろうがっ」

当麻が二人に怒鳴る。

「八つ当りはよくありませんわよ。素直に非を改めるべきですわ。しょっちゅう姉様に抱きついているのですから、たまに離れていても問題はありませんでしょう?」

「あるっ。明らかに問題があるんだっ。あゆなしでは俺は生きてないんだっ」

亜由美は立ちあがると叫んでいる当麻をちろんと一瞥する。

「私はサプリメントじゃないっての。馬鹿当麻は放っておいて帰るよ。かゆ、道を開いて」

亜由美が言って迦遊羅が頷く。

迦遊羅が錫杖を手にして道を開く。

亜由美はさっさと歩き出す。その後ろを当麻がこけつまろびつ追いかけていく。

近づくときっと亜由美に睨まれてすごすごと後退する。

当麻は一メートルぎりぎりのところで亜由美の背後にへばりつく。

その後ろを笑いながら征士達は歩いていく。