いっしょにおねむ 道しるべの星2

ふいにナスティの家の庭に空間が開いた。

そこから亜由美がすたすたと歩いてくる。

その後ろを情けなそうな顔をして当麻がついてくる。

その後ろから征士、伸、迦遊羅が歩いてくる。

最後に出てきた迦遊羅が空間を閉じる。

それを見届けた亜由美は不機嫌疎な顔をしたまま庭から家の中にはいる。

「ただいま」

慌てて向かいに出たナスティに帰還のあいさつをするとすたすたと部屋に向かう。

あゆ、とナスティに名を呼ばれて亜由美は振り向いた。

「流石に疲れたから少し眠るね。ご飯はあとで食べるから」

ナスティに微笑みかけて亜由美は言うとまたくるりをきびすを返して自分の部屋に戻る。

その後ろに当麻が鴨の子のようにくっついて歩く。

が、自分の部屋のドアを開けると後ろに着いてきた当麻を睨みつけてバタン、と派手な音を立てて閉める。

がっくりと当麻が肩を落とす。

そしてすごすごとまた階下に戻ってナスティ達の元に戻る。

あまりにもうちひしがれた様子にナスティは唖然とする。

「一体どうしたというの? あゆと喧嘩でもしたの?」

問いかけるナスティに当麻はくらーい表情で見て小さく笑う。

「自業自得だと」

言ってまたくらーい世界に浸る。

つまりね、と伸が解説をする。

「当麻があゆを押し倒してあゆが怒り狂ったわけ」

寝ぼけていたんだ、寝ぼけて・・・、と伸の解説に当麻がぶつぶつ付け加える。

それを聞いてナスティの眉が上がる。

「女の子になんてことをするの? 怒られて当然よ。少し反省するのね」

ナスティにも叱られて当麻の心は一層深く沈む。

「どうせ、俺なんか・・・」

いじいじといじける。

「いじけるのは自分の部屋でしてくれ。暗くて適わない」

征士が冷たい事を言って当麻はぎっと睨みつけた。

「お前に言われなくても部屋に戻るっ」

言ってすたすたと歩いて部屋に戻る。

なんなんだ、と征士は当麻の出ていった後を見つめる。

「最近、やけに私への当りが強い気がするのだが、気のせいだろうか?」

そうなの?、とナスティが首をかしげる。

迦遊羅も伸も顔を見合わせて考え込む。

原因は・・・、と伸が呟いて征士を除く三人が顔を見合す。

「当麻の機嫌が悪くなる原因はあゆしかいないよね?」

「そうね」

「ですわね」

伸が言ってナスティも迦遊羅も頷く。

「私はあゆに何もしていないが?」

言われた征士もきょとんとする。

まぁ、と伸が言う。

「当分、いちゃつくカップルがひとつ消えるわけで僕としてはうれしい限りだよ」

「伸、それは私達に対するあてつけですか?」

迦遊羅が苦笑いして言う。

「どう言う風にとるかは皆次第だよ。ま、他人の不幸は蜜の味ってね」

「伸。お前、結構、性格悪いのだな」

知らなかったの、と伸が答えて征士は苦笑いするしかなかった。

 

亜由美達が帰ってきたのはもうずいぶん日が昇ってからだった。

それから亜由美は眠り続けた。

部屋に戻った当麻がお腹をすかせて階下に降りてきたときも亜由美は姿をあらわさなかった。

呼びに行こうかとしたが迦遊羅にはばまれてできなかった。

しばらくして降りてきた迦遊羅はただ眠っているとだけ伝えた。

不機嫌そうな亜由美の顔に疲労困憊した表情が浮かんでいたことを当麻は見逃していなかった。

だがら、心配なのに亜由美に近づくことを皆がよってたかって許さない。

いらいらと当麻は亜由美が起きるまでをすごすこととなった。

一晩、迦遊羅と亜由美の部屋のドアの外で当麻は過ごした。

迦遊羅がドアを開けてあっけにとられた。

廊下の壁に身を預けながら当麻が眠っていた。

迦遊羅が困った様に一緒に起きた亜由美を見る。

亜由美は肩をすくめて自分のベッドに戻ると上掛をはいで当麻の体にそっとかけてやる。

ふっと当麻が目を覚ます。目の前に亜由美の姿を認めて当麻がじっと凝視する。

亜由美はあっかんべーと舌を出してすたすたと廊下を歩き出した。

その後姿に当麻は苦笑いするしかなかった。

少なくとも疲労はましになったようでほっと胸をなでおろした。

体にかけてあるベッドの上掛から亜由美の香りがただよっている気がして当麻はしばしその上掛につつ

まれて我慢した。

うとうとしかけてはっと目を覚ます。

慌ててベッドの上掛をとって立ちあがる。

返そうにも部屋に入ってはまた逆鱗に触れるかもしれない。

当麻は丁寧に折りたたむと部屋の前に置いた。

それから亜由美がいるはずのダイニングルームへ向かう。

亜由美は楽しそうに話しながらトーストにかじりついていた。

当麻の姿を認めるとふん、とそっぽを向く。

当麻はただ苦笑いをして席について食事をはじめる。

いつもの様に朝が始まる。

が、ろくに眠っていない当麻はまたここでもうとうととしてしまう。

はっと我に返ると皆の視線が集まる。

亜由美の気遣わしげな視線を感じて当麻は明るい声を出した。

「悪い。今日、学校休むわ。どうも寝たりんようでな。心配しなくてもいい。心配するならあいつの方を

見てやってくれ。

いつまたぶっ倒れるか分からんからな」

当麻は言って急いで食事を済ませるとそそくさと部屋に舞い戻った。

ベッドに倒れこむ。

ふいに、わき腹に手をやる。

刺されたというのに自分はぴんぴんしている。

あまりあの時の事は覚えていないが亜由美が沙羅耶に手を貸して欲しいと頼んでいたのは覚えている。

あの時、亜由美が何かを自分に施したのは明らかだ。

敵に力を奪われて大変な体で何かをしたのだ。

何もないわけがない。

考えると当麻はがばりと起きあがった。

猛ダッシュでまたダイニングルームへ戻る。

まだそこには征士達がいる。

当麻は迦遊羅の腕を掴むと廊下に引っ張り出す。

「あいつを休ませてくれ。別に俺がいたいわけじゃない。あいつの体を休めてやらないとまた倒れる。

刺された俺にあいつが何を施したかかゆはわかっているのだろう? それがどれほど大変なことかもお

前なら絶対にわかっているはずだ。

俺なら部屋から一歩も出ないから。あいつに近づかないから、なんとかしてやってくれ」

必死に頼み込む当麻にはじめは疑心暗鬼の目を向けていた迦遊羅も真剣な顔で頷く。

それを見て当麻はよかった、とため息をこぼすと迦遊羅の腕を離して部屋に戻る。

その途中で亜由美のものすごい視線にぶつかってしまった。

なんともいえない顔で当麻は横を通りすぎる。

たぶん、誤解されたと当麻は思った。

人に聞かれない様にやや迦遊羅に近づいていたから。

いつもなら自分がなんとかしてやるのだが、今の状態では火に油を注ぐようなものだ。

回りの人間が気を使ってくれなくては安心して眠るところではない。

だが、自分が体を壊せば亜由美の心に負担をかけるばかりでもある。

自分がしっかりとしていればこうもならないものを。

上手く立ちまわれない自分がひどく腹立たしい。

ともかくは自分も体を休めて亜由美を安心させることだ。

出来ることからはじめる。それしかないのだ。

当麻は自分に言い聞かせて無理やり眠りに引きこんだ。

いくらか眠ってふいに当麻は目を覚ました。

夢の中では亜由美のオンパレードだった。

普段ならまだしも今の自分には精神的によくない。

当麻は深いため息をつく。

時計を見て考える。

今はちょうど真昼。

もし、亜由美が休んでいるならちょうど昼食を食べている時間だ。

きっとお気に入りのテレビ番組を見ながら食べているはずだ。

そっと当麻は階段を降りてテレビのある洋間に向かう。

途中、ダイニングテーブルの上の弁当が自分の分いがないことを確認する。

洋間に近づいて亜由美の楽しそうな笑い声を聞いて動きを止めた。

ほっとすると同時に切なくなる。

自分はどれほど亜由美を守りきれるのか最近自分の力に不安があった。

自分はもう鎧をまとっていない。鎧の力が自分にまだ残っているのは気付いていたがそれで亜由美を守る

ことは出来ない。

戦う力が欲しいとは思わなかったが、守る力が欲しいと切実に当麻は願っていた。

しばし、亜由美の笑い声に耳を澄ます。

楽しげな笑いが聞こえるたびに守ってやりたいという思いがあふれる。

壁に背を預けて考え込む。

ずるずるとまた床に座りこんでしまう。

人の動く気配に当麻ははっと我に返った。

視線を動かすと横に亜由美が立ち尽くしていた。食べていた弁当箱をダイニングルームに戻そうとしてい

たのだろう。

手に弁当箱を持っている。

亜由美が口を開きかけたのを手で制する。

「悪い。邪魔する気はなかった。ちょっと考え事をしていただけだ。俺も弁当を食うか」

言って当麻はダイニングルームに向かう。

弁当を温めることもなく冷たいままで口に運ぶ。

あまり食べたくはなかったが、食べないとまた皆に心配をかける。

特に今の亜由美に心配をかけさせたくはない。

無理やり弁当の中身を喉に流し込む。

当麻、と消え入るような声で名を呼ばれる。

ばっと当麻は振り向く。

傷、と亜由美は言う。

当麻は微笑んで答えてやる。

「どうもない。お前が助けてくれたおかげでこの通りぴんぴんしている。ありがとな。お前のほうこそ大

丈夫か?」

亜由美はこくんと小さく頷く。

「だったらいい。ただ、自分の体は大事にしろよ。ちゃんと休めよ」

当麻の言葉に亜由美は泣きそうな顔をする。

当麻は飛んでいって抱きしめてやりたいのをぐっとこらえる。

「悪いが、俺の前で今泣かれると困るんだ。抱きしめてやれないから。だから、他の人間の前で泣いてく

れ」

冷たい言葉だと自分でも思った。だが、そうでもなければ自分はきっと抱きしめてしまうだろうからそう

言うしかなかった。

ひどく亜由美と自分の間に溝が入った気がした。それはどんどん深くなる気がして当麻は怖くなる。

当麻はそんな気持を振り切る様に亜由美に背を向けると弁当をかっ込む。

ばたばたと食べ終えて流し台に弁当箱を放りこんで当麻は足早に自分の部屋に駆け込んだ。

ベッドに顔をうずめながら当麻は呟く。

「人の心配する前に自分の心配しろよ」

 

亜由美は立ち尽くしていた。

冗談のような気持で近づくなと言ったがこれほどまでに当麻が気を使っているのを見ると正直心が痛い。

何よりも自分を案じてくれる気持が切ない。

仲直り、しよう。

亜由美は心に決めた。

部屋の前に来て躊躇する。

部屋の中は静かだ。

眠っているのだろうか?

惑っているとドアが開く。

お前、と当麻が驚いたような声を出す。人の気配に思わずドアを開けたが本当に亜由美がいるとは思わな

かった。

「なんだ? どっかしんどのか?」

相変わらず気遣う当麻の言葉に亜由美は涙がこみあげてくるがあえてこらえる。

ごめん、とだけ小さく言って身を翻す。

たんま、と当麻は言って亜由美の腕を掴んだ。

くるり、と体の向きを変えさせられる。

「なんでお前が謝るんだ? 謝るのは俺のほうだろうが?」

ひどく不機嫌な声で言われて亜由美の表情は暗くなる。

ああ、もう、と当麻は声を上げると亜由美を抱きしめた。

「そういう顔をするなよ。がまんできなくてとうとう抱きしめてしまったろう?

悪いのは俺だろうが。押し倒した俺が悪いの。お前は何も悪くない。いいな? わかったか?」

ほんの少し離して当麻が言い聞かす。

仲直り、と亜由美は言う。

「仲直りも何も別に喧嘩してるわけじゃないだろう? お前だってあれは罰ゲームのつもりで言ったん

だろうが。

自分で撃沈してどうする? ジョークはあくまでもジョークで着き通せよ」

ふぇ、と亜由美は声を上げる。

「ああ、思い存分泣け。今は俺しかいないから。なんでも言え。文句だろうがなんだって聞いてやるから」

当麻が優しく亜由美を抱きしめる。

亜由美は何故こんなに泣きたいのかもわからずにただ涙を流した。

二人は廊下の床に座りこんで抱き合っていた。

亜由美は当麻の胸に頭を預けてほけていた。

なんで、と言う。

「なんで泣きたくなったのかな? 自分でもわかんない」

疲れているんだろ、と当麻が指摘する。

「疲れていて感情が不安定なんだ。お前、今回も思いっきり突っ走ったからな。

体が休ませてくれって言ってるんだ。しばらく学校休んで休んでろ」

いや、と亜由美は小さく言って抵抗する。

「当麻が連れ去られて怖かった。もう当麻が側にいないのはいや。怖いのはいや」

小さく呟く亜由美を当麻はやさしくあやす。

「お前がそばにいろと言うなら学校だってなんだって休んで側にいてやるから。

せめてその手首の傷が治るまでは休んでてくれ。自分の力で直せないほど力がないんだろう?」

相変わらず目ざとい当麻の観察力に亜由美は脱帽する。

「細かいこと気にしないでよ。言われてることは否定しないけど。でも、間違っても自殺未遂したとかじ

ゃないからね」

わかってる、と当麻は答える。

「何をしたかはわからんが、俺が刺されたときに作った傷だろう? あの後に出来ていたからな。

ともかくしばらく休め。でないと俺の心臓がもたん」

ん、と亜由美は納得して当麻に体の体重を預ける。

当麻の温かい腕の中にいると安心して亜由美はとろん、とまぶたを降ろしては開けるという動作を繰り返

す。

急に体重を預けられて亜由美が眠いのに気付いた当麻が慌てて起こす。

「ここで寝るな。風邪ひくだろうがっ。部屋で寝ろ」

やだ、と亜由美は当麻にしがみつく。

「当麻と一緒に寝るの」

小さな子供のような声で当麻に甘える亜由美に当麻は苦笑いをする。

「俺に押し倒されてもいいって言うのか?」

「だって、ここには伸も征士もかゆもナスティもいないもん。とーまといっしょにおねむするのー」

「誰かが帰っていてこの場面を見たらまた俺が怒られるんだぞ?」

「いいの・・・。今度は・・・私がくっついたって・・・言うから」

「ちょっと待ってろ」

亜由美の意識が半分飛んでいることに気付いた当麻は慌てて亜由美を廊下の壁にもたれかけさせると自

分の部屋に行って毛布を持ってくる。

それを肩にひっかけながら亜由美を抱き上げてリビングルームへ急ぐ。

リビングルームの窓からは暖かい晩夏の日差しが入っていて暑いぐらいだ。エアコンのリモコンを口にく

わえる。

すくなくとも部屋に呼びこんでいるわけではないから少しはお目こぼししてもらえるだろう。

当麻はそう考えてほとんど夢うつつをさまよっている亜由美を横たえると頭の下にクッションを引いて

やってまくらにしてやる。

それから毛布をかけて今度はエアコンの調節をする。

「とうまー」

と名を呼ばれ当麻は苦笑いを浮かべて亜由美を見る。

「いっしょにおねむなのー」

とろんとした瞳で亜由美が当麻を呼ぶ。

「一緒に叱られたって知らないからな」

当麻はそういって一緒に毛布にもぐりこむ。

亜由美は当麻に身をすりよせると深い眠りに落ちていった。

当麻はそれを見届けてからまぶたを閉じる。

ゆっくりと安堵の気持が体中にひたひたと押し寄せる。

自分が安堵できるのは亜由美の側なのだと再確認しながら当麻も夢の中に落ちていった。

 

「当麻ー。あゆー」

名を呼ばれて当麻は眠そうにまぶたを開けた。

伸の顔が逆さまに眼に入る。

「お帰り」

当麻は言って体を起こす。

体を丸めて亜由美は傍らでまだ眠っている。

「寝るのはいいんだけどね。エアコンつけて毛布に包まって眠るなんてことしないでくれるかい?

電気代がかさむんだよ」

伸がため息をついて言う。

悪い、と当麻は素直に謝る。

「こいつが急に一緒に寝ると言い出して眠っちまったもんだから毛布もってここに来るしかなかったん

だ。

夏用のタオルケットを探す時間がなかった」

言って当麻は苦笑いする。

とうまー、と亜由美が寝言を言う。

はいはい、わかったと当麻は答えて横になると亜由美の肩を抱いてやる。安心したかのように亜由美はま

た深い眠りに落ちていく。

「もうしばらく寝かせてやってくれ」

当麻が頼み込むと伸は頷く。

「いいよ。あゆも当麻も疲れてるだろうしね。征士達が帰ってくる頃にまた起こしに来るよ」

サンキュ、と当麻が礼を言う。

あーあ、と伸が残念そうに言う。

何なんだ?、と当麻が目で問い返す。

「もう少し、喧嘩してると思ったんだけどなー。1000円負けた」

おい、と当麻が声を出す。

「それは何か? 俺達がいつ仲直りするか賭けていたのか?」

うん、と伸は頷く。

「僕は三日、征士は一日」

「って今日は二日目でドローだろう?」

「間とって二日にナスティとかゆが賭けたんだ」

なんでナスティまでが・・・。

当麻は呟く。

「暇つぶしだろう?」

「暇つぶしに変な賭けをしないでくれ」

当麻が苦笑いする。

「大体、ナスティだって怒っていたんじゃないのか? 俺が近づくの散々妨害していたくせに」

「それはそれこれはこれ。僕だっていちゃつくカップルが減るのは歓迎だけどね。

どうも、しっくりこないんだよ」

伸が困った様にため息をつく。

「何がしっくり来ないんだ?」

「当麻とあゆが一日一回はくっついていないと変な感じがするんだよね。もう我が家の名物風景だから」

「頼むから観光案内とかしないでくれよ」

「あちらに見えますのが当麻とあゆのいちゃつき風景です、ってかい? なかなかおもしろね」

伸が面白がって言う。

「それだけはやめてくれ。あゆに殺される」

嫌そうに当麻が頼む。

オーケー、と伸は答えて立ちあがった。

「しばらくゆっくりしてたらいいよ」

伸の寛大な許可の元、当麻はまた亜由美と二人きりの時間を過ごした。

 

「あゆー。起きろっ。めしだぞっ」

当麻にゆさゆさと揺さぶられて亜由美はぼけーっと起きあがった。

眠そうに目を薄く開いて当麻の姿を確認する。

「ふにゅー。とうまー」

亜由美は寝ぼけたままで当麻に抱きつく。

寝ぼけて抱きつく癖は自分だけでないことに当麻はいささか安堵しながら亜由美を引き剥がす。

そしてチユっと唇を重ねる。

亜由美の目がぱちりと開く。

「ちょっ・・・す」

すけべっ、と亜由美が手を振り上げるまでに当麻は亜由美の頭をこつんと小突くいてばーか、と言う。

「誰もいない。人前でしたらぶちぎれるだろうが」

そっか、と亜由美は納得して手がはたり、と落ちる。

「夕飯食ったら、風呂入って寝ろよ」

当麻が立ちあがって亜由美も慌てて立ちあがる。

ダイニングルームへ急ぎながら亜由美は問う。

「今日のお風呂男の子から先じゃなかったの?」

「病人、最優先」

短く当麻が答える。

「病人じゃないってば」

「だったら怪我人」

こんな浅い傷をつかまえて怪我人もないだろうに、とひとりごちるている間にダイニングルームへつく。

二人一緒の所を見た迦遊羅とナスティがにんまりする。

征士は面白くなさそうな顔をし、伸もあまり嬉しそうではない。

「何?」

と亜由美が尋ねる。

「いいえ、こちらのことですわ」

迦遊羅が答える。

「ってひときわ男の子達が不機嫌なような気がするんだけど?」

不審そうにさぐりを入れる亜由美を当麻が椅子に座らせる。

「気にするな。たいしたことではない」

征士が答える。

「そうそう。あゆは気にしないでいいんだよ」

にこやかに伸が付け加える。

亜由美は首をかしげながら手を合わせる。

いただきます、と皆で言って夕食を食べ始める。

一番早くに食べ終わるのは征士。食べ終わると夕刊を広げて読み始める。

ナスティ、迦遊羅、亜由美はほぼ同時期に食べ終わる。

伸は給仕役のためにやや遅くなる。

残る当麻はお代わり際限なくしているために一番遅い。

「お前、食ったら風呂入れよ。でもって、髪の毛洗ったらちゃんと乾かせ」

もごもご当麻が言うのを聞いて亜由美は声を上げる。

「めんどくさいー。夏なんだからいいでしょー」

だめ、と当麻が却下する。

「長時間ぬらしていたらいたむ。おまけに湯冷めする。風邪ひきたくなかったらちゃんと乾かす」

はーい、と亜由美は生返事をする。

「俺はリビングにいるから出たら直行しろ。チェックするから」

「当麻、お母さんより口うるさいー」

亜由美がぶつぶつ文句を言う。

「そんなに言うなら当麻が乾かしてよー」

わかった、と当麻が了承して亜由美は驚く。

「お前が乾かすより俺が乾かしたほうが効率いいから」

当麻が平然と答える。

「姉様の負け、ですわね」

迦遊羅がくすくす笑って言う。

「〜〜〜〜〜〜っ。お風呂入ってくるっ」

「長湯するなよ。あとがつかえるから」

すかさず、当麻が突っ込み。亜由美はあっかんべーと振りかえって舌を出す。

その様子に伸達が笑う。

ふんとそっぽを向いて亜由美はダイニングルームを出ると部屋に戻る。用意をしてきてバスルームへと向

かう。

 

風呂を出て亜由美は髪の毛をごしごしタオルで拭いてドライヤーを探す。

乾かし欲しいとは言ったものの皆の前で乾かされるのは結構恥ずかしい。

が、ドライヤーが見あたらない。

はっと気付く。

「まったく。人を信用してないんだから」

怒りをあらわにして亜由美は呟くとリビングに向かう。

「ちょっと。当麻っ。ドライヤー貸してよ」

言うなり、当麻は前に座れと合図する。

「自分で乾かすから」

んにゃ、と当麻が却下する。

「しばらくは俺が管理する。でないと体力のないお前、すぐに寝こむことになるぞ」

その分析はあながち当っているのでしかたなく亜由美は当麻の前に座る。

ほら、と当麻が言う。

「毛先、まだこんなに濡れてるぞ。これでドライヤー当てたら逆にいたむだろう」

当麻が亜由美が頭に載せているバスタオルを使って丁寧に水分を取る。

「当麻ってなんでわざわざ髪の毛の事まで気にするわけ?」

「お前が気にしないから代わりに気にしてやっているだけ。普通、女の子なら異常なほど努力しているは

ずだぞ?

めんどくさいなら短くするんだな」

当麻が言いながらせっせと手を動かす。

「短くしたらいざというとき邪魔になるから」

亜由美は短く答える。

当麻はそうか、と納得してドライヤーを当てにかかる。

正直こうやって構われるのは今は気分がいい。

今まで出来るだけ人に迷惑をかけないようにと心を砕いていただけにこうやって甘えられる人間がいる

のは気分がいい。

亜由美は三角座りをして顔をひざにうずめる。

顔が緩んでしまうので隠したのだ。

ただ、ドライヤーの音だけが部屋に響く。

「こんなに気分がいいならずっと乾かしてもらおうかな」

亜由美が呟く。

「何か言ったか?」

ドライヤーの音にかき消されて何を言ったのか伝わっていない様だった。

亜由美は首を振る。

当麻はそれ以上聞かずにただ乾かすことに専念する。

長い時間をかけてようやくドライヤーの音が止まる。

その後ご丁寧にもブラシをかけてくれる。

ようやく最後の一梳きを終えて当麻は亜由美の髪に見とれた。

流れるような黒髪はつややかに輝いている。天使のわっかまでちゃんとある。

「俺って天才かも」

自分の腕に惚れ惚れとする。

「俺、美容師になろうかな」

当麻が一人ごちると亜由美がばっと振り向く。

「だめっ。当麻はノーベル科学者になるのっ」

なんだそれ?と当麻が尋ねる。

「昔、お願いしたでしょ? 当麻にノーベル賞とってって。当麻、ちゃんととってくれるって言ったもん」

「昔ってどれぐらいだ?」

わかんない、と亜由美は答える。

「ずいぶん昔のような気がするけど・・・。だめ?」

上目遣いに亜由美が当麻を見つめる。

当麻が苦笑いする。

「ノベール賞とってーったらとってー」

亜由美がねだる。

「俺がとってもお前には何もないんだぞ?」

当麻が答えると亜由美は言う。

「当麻が世界的に有名な科学者になるのが私の夢なのっ。当麻はアインシュタインもびっくりするような

科学者にのなるのよっ」

亜由美はきらきら瞳を輝かせて当麻の輝かしい未来に思いをはせる。

「それで私はノーベル賞科学者の令夫人なのよっ。当麻は絶対にすばらしい人になるんだからっ」

嬉々として語る亜由美を見て当麻は頷く。こんな顔を見られるなら努力しても構わないだろう。

「わかった。お前がそんなに言うならとってやるよ」

その答えに亜由美はわーいと喜んで当麻に抱きつく。・

「当麻、絶対に絶対にとってねっ。応援するからっっ」

ん、と当麻は答えて亜由美の背中に腕を回す。

喜んでいる亜由美を見るのは気分がいい。

しばし当麻は腕の中の感触を味わう。

それからしばらくして当麻は亜由美を引き剥がす。

「そろそろ寝ろよ」

その当麻の言葉に亜由美が嫌そうな顔をする。

「もう少し、当麻のお側にいたい」

「明日も学校休んでやるから、我慢しろ」

亜由美がねだる様に当麻を見つめる。

「わがままも言ってもいいやつとだめなのがあるの。俺がお前が寝こむ原因を好んで作るわけがないだろ

う?」

亜由美はしぶしぶ頷く。

それから恥ずかしそうにきょろきょろ回りを見渡して誰もいないことを確認すると当麻の顔を見つめる。

「おやすみのキスして」

恥ずかしそうに消え入るような声で亜由美は願う。

その姿がかわいらしくて当麻は微笑むと額にちゅっとキスする。

「そっちでなくてこっち」

真っ赤な顔をして亜由美が自分の唇を指差して言う。

ん、と当麻は返事をすると亜由美の口にチユっとキスをする。

唇を離すと同時に亜由美は立ちあがってばたばたと部屋を出て行く。

出て行く寸前に亜由美は振りかえっておやすみっ、と顔を真っ赤にして叫ぶと出て行く。

「あいつ、ほっとーにかわいいやつ」

呟いて当麻は声を立てて笑った。