子供のように・・・。memory3

年上なんて、嫌。

年下になれたらいいのに。

どんなに願っても生まれた月日の差はなくならない。

埋まらない。

いつまでたっても私がお姉さんで彼は弟。

どうしてなんだろう?

どうして私は彼よりさきに生まれてしまったのだろう。

思いはめぐりめぐっていつもここにたどりつく。

 

ナスティはベッドで目を開けた。

見なれた部屋、だが、いるはずの人物はいない。

お祖父様はどこ?

ナスティは祖父を探して部屋を出ていった。

屋敷に人気はない。

まだ早朝だから。いや、なによりもこの広い屋敷に祖父と二人きりなのだからなくて当たり前だ。

祖父を探して屋敷をさまようナスティの前に一人の青年が現われた。竹刀を持っている。

「おはよう。ナスティ。今朝も早いのだな」

青年は優しそうにナスティを見つめて言う。

この人は誰?

そう思った瞬間ナスティは問いを口にしていた。

「あなたは誰? お祖父様はどこ?」

ナスティの言葉はかろうじて彼には通じたが、他の者には通じなかっただろう。

征士はけげんな顔をする。

ナスティが発したのはフランス語だった。

 

「う〜ん」

と言って医者はうなった。

「記憶喪失は伝染病だったかね?」

医者は思わず傍らの看護婦に問うていた。

正確には「心因性年齢退行現象」であるが。

数年前の亜由美。この数日前の当麻。そして今回がナスティ。

全て亜由美の関係者である。

ただ、亜由美と当麻が完全な記憶喪失に対してナスティの場合は年齢が逆行しただけであった。ちょうど13才の頃に戻っている。きっかり13才。

心因性と判断を下したが、原因は不明だ。

「三度目でわかっていると思うが、くれぐれも刺激しないように」

釘をさして医者は言葉を締めくくった。

二度あることは三度ある、か。

ひとりごちて当麻は診察室を出た。

三人が待っている待合室へ向かう。

征士、亜由美、ナスティの三人だ。

「安静、刺激しないが相変わらずの治療法らしい・・・」

臆面もなくはっきり本人の前で言う当麻に征士が鋭い目を向ける。

「どうせ、日本語はほとんどわからんはずだ。13才の頃に戻っているらしいからな・・・」

何か原因があると思うんだが・・・と当麻は独り言を言ってすたすた歩き始めた。

不安げなナスティを亜由美が肩をぽんと叩いて笑うとナスティもほっとしたような安堵の顔を見せる。というかどこか頼りなげなあどけない表情をしている。

ナスティも亜由美にはなついているようだ。

征士はほほえましく見守りながら一行の後をついていった。

 

戻った先では大騒ぎになった。なんといってもナスティは皆の総保護者であり。大黒柱だったからだ。ナスティがいてこそ今の自分たちがあったと言ってもいい。そのナスティがあっというまに自分たちよりもか弱い、いやそれよりも弱すぎる存在になってしまったのだ。

戸惑ってしまって当然だろう。

ナスティの相手はもっぱら語学堪能な当麻と大学でフランス語を選択していた征士がすることとなった。亜由美はかたことの英語でナスティの失笑を買う役回りに回っていた。

おびえてなにがなんだか分からないといった風のナスティの様子だったが、次第に明るい笑顔を取り戻し、数日で片言の日本語で話すまでになった。

 

「でもさー」

とある時秀が何気ない言葉がナスティを揺り動かすことになった。

彼らはナスティのこれからをそっと話し合っていた。

言い出したのは秀。いつまでこんなことを続けるのかと短気に聞いてきた。

「博士が死んでるってことどう説明するんだ? このままおじいさまはいきていて・・・なんて通用しないだろうーぅ?」

それは・・・と当麻が考えがら口を開いたときがたっと大きな物音がした。彼らは知らなかったがそっとドアの向こうからナスティが様子を窺っていたのだ。衝撃的な事実を知らされてナスティの心は恐怖に覆われた。

「博士・・・おじいさま・・・・おじいさま・・・どこ?」

ナスティの声は次第に大きくなり誰も止められないほど暴れ出した。

「ナスティ!」

征士が大声を出して抱きしめる。不思議とナスティの動きがぴたりと止まる。

「大丈夫。大丈夫だから・・・・」

嗚咽を堪えて泣き出すナスティの背中を征士はなだめるようにそっとなでだす。

皆は二人を置いてそっとしておいた。

ナスティはこのショックで一時的に口を利かなくなった。

医者からはこっぴどく叱られた。

ただ時間が経てばまたもとにもどるだろうとの見解でそっとすることになった。

その間常に側にいたのは征士だった。

誰よりも何よりも大事という風にナスティを気遣って側にいた。ナスティもそんな征士の精神的な行為に心を開き始める。少しずつ心を開いていくナスティ。

皆はまた違った形の絆の深さを思い知った。

 

夜毎不安なナスティの側で征士はフランス語の絵本を読んでいた。この日もいつも通りにみ始めたところににナスティが尋ねるふりをしてその仕草をやめた。

征士はその仕草に敏感に感づいてナスティに視線で問いかける。

「どうして・・・私の・・・知らない人ばかり・・・。記憶、戻ってもみんな死んでいる・・・。いない・・・。知らない・・・」

ナスティが片言の日本語で心の内を語る。

征士は口を開く。

「そんなことはない。私たちは数年前に出会った。そこでナスティに助けられた。私達は辛く厳しい体験をしてきたがいつも優しいナスティの助すけがいてここまでこれた。ナスティは私たちを癒してくれる。そして、わたしはナスティを友人以上に好きだ。恋人として未来の妻として想っている。ナスティがこのまま13才でも記憶が無くてもどんなナスティでも好きだ」

征士の言葉にナスティの涙ぐんだ顔がぱっとあがった。

「どんなあたしでも?」

そうだ、と征士は強くうなずく。

「そう。どんなナスティも愛している。私たちは共に道を歩むのだ。ずっと永久に・・・。どんなナスティでも好きだ」

やや照れながら征士が最後の台詞をつぶやく。

涙をこぼしながらナスティは征士に抱きつく。

「征士!」

いつものナスティの声で子供でない今のナスティの声で征士を呼ぶ。

征士は突然のことに驚く。

「ナスティ・・・・元に戻ったのか?」

13才のあたしの奥底に今のあたしもいたの。ずっと出てこようとしてできなかった。怖かったから。あたしは13才であなたたちより年下になりたかったの。であったあなたたちは14才だった。それよりもどうしても年下になりたかったの」

ナスティが自嘲気味に微笑う。

「おかしいでしょう? しっかりもののあたしがそんなことを考えているなんて・・・」

また無理して微笑もうとするナスティの唇を征士の指がそっと押さえる。

「無理して微笑むことはない。辛いときは辛いとそういう表情をする物だ」

その征士らしい言葉にナスティがぷっと吹き出す。

あのね、とナスティは語り出す。

「あたしはずっとかゆ達がうらやましかった。年下のあの子達が。相手はいつだって年上で多頼りになる。あたしはいつまでたっても年上で年下にはなれない。どんなに年下になれたら・・・と願ったわ。だっていつまでたってもお姉さんの気がして甘えたいのに甘えられなくて・・・」

無口だった征士が口を開く。

「甘えて良いのだ。特にこの私には・・・。ナスティにだって疲れるときもある。そんな時はいつだって私を使えばいい・・・。年など関係ない。どんなナスティだって・・・」

そうね、とナスティが遮る。

ナスティの表情は泣き笑いになっていた。

「どんなあたし達だって今を大切に生きることが出きれば未来がきっとまっているんだわ。征士、あなたとの未来が。

「ナスティ・・・」

征士はナスティの涙を拭ってやる。ナスティが微笑む。幸せそうに。そっと唇を重ねる二人。

がたっと物音がする。驚いた征士がドアを開けると秀を筆頭に仲間が飛び込んできた。

「押すなよー」

秀がぶつぶついう。いつも火事場には一番出かけるタイプの秀であるから一番下敷きなるのも彼なのだ。

あきれかえっていると当麻が耳打ちする。

「とうとう愛していると言ったな。大学卒業までに言わない予定だったのでは?」

「そっ・・・・それは・・・・っ。人のプライバシーに踏み込むなっ」

手刀で征士が当麻に切り込む。

「おっとそうはいかない」

当麻が慣れた手つきで征士の手を受け取る。

おめでとうと唐突に伸がにやにやとして言う。よかったな、とこちらは純粋に喜んで言う遼。

迦遊羅達はさすがにいないらしい。

「お前達、毎晩見張っていたとでも言うのか? この不届き物が!!」

征士の雷が度どーんと落ちる。

が、効果はあまりない。

鋭い眼光で仲間をぎろぎろにらみつける征士。

征士、とナスティが柔らかく呼ぶ。何度聞いても自分の名が呼ばれるときほど嬉しい物はない。ナスティの声がひときわ優しく聞こえる瞬間だ。

「あたしにめんじて許して上げて」

輝かんばかりの当麻の言うところの太陽のきらめきががナスティの顔に浮かんでいて征士はぐっとつまる。

言いたいが言えない。お前ら覚えておけよと言う感じの征士の姿に皆どっと笑いが巻き上がる。

 

三度目も無事終わった。これ以上犠牲者が出ないことと祈ろう。苦笑いして当麻は笑いの残る部屋から当麻を待ちわびている彼女の元へと向かった。

 

FIN