キスの仕方

「上か下かどっちだ?」

当麻がにやにやして言う。

「う、上」

「おめでとう。大当たりだ」

ジョーカーを手渡されて亜由美ががっくり、肩を落とす。

当麻は亜由美の手にある二枚のカードを手に取ると再び、カードを集め、一抜けしていた迦遊羅に渡す。

「今度は何をしますの?」

迦遊羅が楽しそうに言う。

「七並べなんかどうだ?」

当麻が答える。その答えに亜由美が抗議の声をあげる。

「トランプのほかにすることないのぉ?」

ない、ときっぱり当麻が答える。

参加するのかしないのかと聞かれてしぶしぶ亜由美が参加の意思を表す。

配られるカードを手にしながら亜由美がぶつぶつ言う。

「当麻。ゲーム機四人対応にしようよー」

「増設するのが面倒くさい。だいたい、お前の持ちこむゲーム、全部一人仕様じゃないか」

「じゃぁ。マイフェア・レディ見ようよー」

「それも却下。四時間も五時間も同じ映画を見るのはお前ぐらいだろうが」

その会話に思わず、遼が笑う。

何よ? と亜由美に見られて遼は笑いをかみ殺す。

「い、いや。当麻達の会話って本当に飽きないなぁとおもって」

「遼の言うとおりですわ」

「かゆまでー」

ぷぅ、と亜由美が頬を膨らます。

「膨れるな」

そう言って当麻が亜由美の頬にチユッとキスする。

今日何度目か見る光景に遼はどきりとする。

キスかぁ・・・。

難しい。

遼は心中で考え込んだ。

 

話はもう四日ほどさかのぼる。

きっかけは当麻の家に泊まっていた遼の質問からだった。

亜由美と迦遊羅の誕生日に遼は京都に来ていたのである。

「なぁ。当麻」

あん?、と当麻が顔を上げる。

「キスってどうするんだ?」

え?、と当麻が一瞬驚くが、平然と言ってのけた。

「そりゃぁ。したいようにしたらいいんじゃないのか?」

その答えに今度は遼がしどろもどろになる。

し、したいようにって・・・。

その様子を見て当麻が遼の両肩をがしっと掴んだ。

「お前の考えていることは分かるが、いきなり飛ぶな。女性と言うものはなべてキスが好きらしいが、いきなりディープはやめておけ。かゆ、が卒倒する」

「考えてることがわかるって・・・」

遼があせる。

「いやぁ。お前が男と言うことが判明して俺はうれしいぞ」

「当麻がうれしがってどうするんだよ」

まぁ、と当麻がこほんと軽く咳払いをする。それからニヤっと笑う。

「なんなら、俺がご教授してやろうか?」

当麻の顔が近づき、えっ、と遼がたじろぐ。その様子にさらに当麻がくつくつ笑う。

「やめた。お前のファーストキス奪ったらさすがに俺も殺されるから」

からかうなよ、と遼が胸をなでおろす。それから素朴な疑問を投げかける。

「当麻とあゆのファーストキスはいつだったんだ?」

その質問に当麻はしばらく記憶をたどり寄せていたがあきらめてわからん、と短く答えた。

「それってかなりあゆがかわいそうだと思うけど?」

遼の言葉にしょうがないだろう、と当麻が答える。

「あいつと婚約してもう8年にもなるんだ。まぁ、あれがファーストと言えないこともないが」

あれ? と遼が聞く。

「ああ、俺が五才の時にここにキスされた」

といって頬を指し示す。

「五才ー?! 当麻があゆと出会ったのって当麻が中二の時なんだろう?」

「それはそうなんだが、ファーストインプレッションは俺が5才の時なんだ」

「それじゃぁ。それからずっとあゆが好きだったのか?」

「今から思うとそうかもしれんな。自覚はなかったが」

しみじみと当麻が答える。

当麻ってとんでもない奴だと思っていたけれど・・・。

遼の心中を察して当麻が苦笑いする。

「俺もませたガキだったと思う。だが、惚れちまったもんはしょうがないだろう?」

それから気を取りなおして当麻が言う。

「もうしばらくこっちにいろ。俺がなんとかしてやるから」

別にいい、と言う遼に当麻が言う。

「せっかくかゆも二十歳になったんだから、祝いにキスの一つでもプレゼントしてやれ」

言われて遼が頷いた。

それから二日、やたら恋愛映画やドラマのビデオを見させられ、果ては少女漫画まで与えられた。当麻いわく、まずはそれで勉強しろと。あらかた見終わって混乱気味の遼に当麻が言った。

「あとは俺とあゆが見せてやるから、それでかゆにアタックしろ」

ええー、と声をあげる遼に当麻が言う。

「安心しろ。いたって健全なキスだから」

キスに健全もなにもないだろうと思ったのだが、今日に至ってそれを見るとそうらしかった。

 

当麻のキス講座が始まって三日目、遼が質問してから四日目に亜由美が迦遊羅をともなって家にやってきた。

「当麻。あがるよー」

その声に遼がどきりとする。亜由美が迦遊羅を連れて部屋に入る。

「お。今日も髪降ろしてるのか?」

うれしそうに当麻が言って立ちあがる。そして髪を一ふさ手にとって口付すると今度は亜由美の額にキスをする。

「髪下ろしているの好きだって言っていたから」

答える亜由美の頬にまたキス。当麻がキスの雨を降らせる。そのキスにくすぐったいと言って亜由美がくすくす笑う。

ねぇ、と亜由美が当麻に言う。

「肝心なところのキスがまだだけど?」

そうか?、と当麻はすっとぼける。それからここか? と何度も聞きながらキスの大洪水を起こす。そのたびに亜由美が違うと言ってくすくす笑う。

「そうか。ここか」

と言って最後に当麻は亜由美の唇にチユッとキスをした。

「ピンポーン」

亜由美がうれしそうに声をあげて背伸びすると今度は当麻の口にキスをする。ここまであけっぴろげにされるとさすがの遼も感覚が麻痺してしまう。

いつの間にか隣に座っていた迦遊羅はまったく意に介していなかった。どうやらこれは日常茶飯事らしい。後で当麻に聞くとそうではない、と答えたが果たして真実かどうかわからない。

 

「当麻ー。また止めてるー」

亜由美が抗議の声をあげて遼がはっと我に返った。七並べをしているが、亜由美のカードが出ないらしい。

「俺じゃない」

そう言って当麻はやたらかわいらしいウサギの絵が入ったカップを口に持っていく。亜由美と色違いのおそろいだ。一方、自分と迦遊羅に渡されたカップは至ってシンプルだ。推測するにこちらが当麻の趣味であちらが亜由美の趣味なのだろう。それでもあのすました当麻がかわいらしいカップを手にしているのが面白い。遼がこっそり笑う。それをすかさず、亜由美が見咎める。

「いや、当麻がそんなカップ持っているの、なんだか面白くて」

「今、姉様はウサギグッズにこっているんです」

迦遊羅が説明する。

「ここに腐るほどあるからおすそ分けしてやる。というか引き取ってくれ」

当麻が困ったように言う。が、案外その瞳は優しい。その言葉に迦遊羅がくすくす笑う。

「姉様、見境もなくカップ類を買ってくるものだからとうとう家で禁止令が出てしまって、今はここに持ちこんでいるんですって」

そういえば、と遼は思い出す。当麻は一人暮らしなのに食器棚にカップ類が多かった。しかもどれもかわいらしい。

「いいじゃないー。食器類集めるの好きなんだもん」

普段、姿格好は迦遊羅のほうがかわいらしいが、ふたを開けると亜由美の方が少女趣味だ。普段、虚勢を張っている分、そのギャップには驚かさせられる。迦遊羅と付き合わなかったら亜由美の性格を知る機会はなかっただろう。

はいはい、と当麻がひょうきんに答える。

「ウサギやら猫グッズを持ちこむのはいいが、キャラものを持ちこむなよ」

なんでー、とまた亜由美が抗議する。

「俺が妬けるから」

その見えない会話に遼がぽかんとしていると迦遊羅が解説する。

「姉様、恋愛シュミレーションゲームのキャラにもはまっているんです」

「聞いてくれよ。遼。こいつの惚れっぽさと言ったら類をみないんだ。俺はもう気が気でならん」

言っている割には深刻そうに見えない。

「いいじゃない。当麻以外は全部、架空の人なんだから」

「それでもやだね」

当麻がそっぽを向く。

「けち」

「けちとはなんだ。けちとは」

「けちはけちだもん。別にクラヴィス様やジュリアス様やルヴァ様やカイン様やロテール様ぐらいいいじゃないー」

「俺は、クラヴィスだろうがジュリアスだろうが嫌なもんは嫌だ」

「呼び捨てにしないでよー。クラヴィス様と言って」

「お前は俺のもんだ」

そう言って当麻が亜由美を熱い視線で見る。その熱さに遼が息を呑む。迦遊羅は気付いていないらしい。が、そのまなざしは一瞬で消え、またひょうきんな顔に戻る。カードを出す。

「ほれ、出してやったからとっととクリアしろ」

「当麻の意地悪ー」

そう言ってようやく亜由美はカードを出した。結局びり、は亜由美だった。もうトランプなんてしないーとわめく亜由美を見て当麻がため息をつく。

「わかった。わかったから。本を返却するのに着いてきてくれ」

その言葉に遼と迦遊羅がぽかんとする。

「悪いが、大学に本を返してくる。二人で留守番を頼む」

そう言ってコートを羽織ると亜由美を伴って出て行く。その後姿に迦遊羅が首をかしげる。

「どうして、姉様がいっしょに行くのかしら? それに今日の当麻は少し変」

遼と二人きりだと迦遊羅はやたら丁寧な口調がやや変化する。

変? と遼が聞く。

「ええ。いつも私がいるときは姉様と一緒にいられるように気を使ってくれるんです。それが今日はまったく姉様しか目に入らないし、それでは何のために姉様がここにつれてきたのかも分かりません」

その答えを遼は知っている。

いちゃついてみせたのはキスの仕方を実際に見せるため。

しかも、ご丁寧に二人きりにまでしてくれた。

要するにこれで迦遊羅にキスしろということなのだ。

遼は傍らの迦遊羅を見て固まる。

自然に唇に目が行く。

見せてくれたのはいいが、果たして自分にそんなことができるのだろうか・・・。

 

じっと見つめる遼にきづいた迦遊羅が小首をかしげる。

「どうしましたか? 遼」

「あ、いや。別に。こ、コーヒー入れなおそうか?」

思わずうろたえる。

ええ、そうしてくれます? と迦遊羅が答える。

「ここはどうなっているか私は知らないので」

カップを受け取る遼が迦遊羅を見る。

「当麻は姉様以外の女の子は入れないんです。合いかぎを持っているのは姉様だけなんじゃないかしら?」

そうなんだ、と言って遼は台所へ向かう。何度か当麻の家に泊まっている遼はある程度何があるか分かっている。手際良くコーヒーを入れる。そうしてコーヒーを持っていく。迦遊羅は優しげに微笑んで礼を言う。遼はその笑みに思わずひかれる。ナスティの聖母のような慈愛に満ちた笑みでもなく、亜由美のような無邪気なあるいははかなげな笑顔でもない。日本人形のような美しい顔が微笑でふわっとやわらぐ瞬間が遼は好きだった。見とれていて迦遊羅にどうしました?、と尋ねられて遼がまた我に返る。

「し、神経衰弱でもしようか」

とっさに遼は言い、カードをシャッフルし出す。それから黙々とカードを並べる。

「手伝います」

そういって迦遊羅が遼の手に触れ、遼は思わずカードをばらばら落としていた。迦遊羅があらあら、と言ってカードをひらう。

遼の心臓がばくばく言う。

落ち着け、遼。

どことなく、当麻の叱咤する声が聞こえてきた。

落ち着くんだ、と心に決めても落ち着かない。

なにも知らない迦遊羅が落ちたカードを並べる。

「どちらから、めくりますの?」

その声にまた夢想から帰ってきた遼が答える。

「かゆからで」

「あら、こういうのは先行は不利なのでは?」

いたずらっぽい瞳をして迦遊羅が言う。

「あ、そうか。ごめん。俺からめくるよ」

そう言ってカードをめくり始める。

ゲームをはじめたはいいが、一向に神経を集中できない。どこにどんなカードがあるかなどまったく頭に入らない。迦遊羅は次々にカードを当てていく。が、遼はまったく、だ。ゲームも中盤に差し掛かった頃、迦遊羅が不思議そうに遼を見た。

「どうしたのですか? 全然、当てられないのですが・・・。もしかして、面白くないですか?」

ほんの少し迦遊羅がさびしそうに見え、遼はあわてて否定していた。

「そうじゃないんだ。そうじゃ・・・」

だが、次の言葉が出てこない。

「それでは?」

と不思議そうにやや不安そうに迦遊羅が問う。

「そのっ。キ、キスしていいかなっ?」

 

言った!

 

と思ったが同時に恥ずかしくなる。

迦遊羅はぽかんと見ていたが、首筋まで真っ赤になる遼を見て微笑む。

「ええ、いいですわ。でも、キスってどうするのかしら?」

迦遊羅も同じ疑問を抱いているらしい。

それに後押しされて遼が言う。

「たぶん。かゆは目をつぶっていたらいい、と思う」

「わかりました」

そう言って迦遊羅がまぶたを閉じた。

時が止まったかのようだった。

体が思い通りに動かない。

が、ここまで来て待たすのも嫌だし、しないのはもっと嫌だ。

そう考えた遼は力を振り絞って体を動かす。

遼は頭を下げるとゆっくり顔を迦遊羅に近づけていく。

たが、目の前に迦遊羅の顔が来たときにはたと止まる。

このままでは鼻と鼻がぶつかる。

当麻はどうしていったっけ?

必死に記憶をたどり寄せる。

当麻も亜由美もどことなく顔の向きが違った。

そう思って遼は顔をやや傾けるとそのまま迦遊羅の唇に唇を触れさせた。

柔らかい唇の感触に遼はどきりとする。

そのままどうしていいかわからない。

だが、急に体の奥から熱いものがこみ上げてきて慌てて遼は身を引き戻した。

ゆるゆる迦遊羅のまぶたが開く。

迦遊羅の顔が幸せそうに輝く。

「なんだか。姉様と当麻の気持ちがわかったような気がします」

そう言って微笑む迦遊羅に遼が驚く。

「キスってとっても幸せな気持ちになれるから」

そのうれしそうな顔に遼は思わず迦遊羅を抱き寄せていた。

当麻が亜由美を抱くようにふわりと抱きしめる。

「俺もすっごく、幸せな気持ちだよ」

それから二人はもう一度キスを交わした。

 

「うまくいったか?」

亜由美と迦遊羅が帰った後、当麻が尋ねる。

ああ、とやや顔を赤くして遼が答えた。

「そっか、よかったな」

と言ってうれしそうに笑う。

「なんで当麻がうれしがるんだ?」

「そりゃぁ。未来の妹と弟の未来が関わっているんだ。上手くいってうれしくないはずがなかろう?」

その答えにぎょっとする。

「俺達、まだ当麻達みたいに結婚するわけじゃぁ・・・」

ほぉぅ、と当麻が目を細める。

「俺とあゆの大切な妹を泣かせるつもりか?」

「そんな、わけじゃないけど・・・」

「なら、いい。かゆを泣かすなよ」

にこやかに言っているがその割に剣呑な雰囲気だ。

遼がこくこくと頷く。当麻がにかっと笑う。

「こーんな、かわいい弟を持てて俺はうれしーぞ。おにーさまとよんで」

ハートマークでも飛びそうな声に遼がずっこける。

「おにーさまって。あゆとかゆは双子だろう? 兄も弟もないと思うけど?」

「それでもあゆは長女、かゆは次女なの。だから俺は遼のお兄さんになる」

その事実に遼が不安を覚える。

「あゆが姉になるのはいいけど、当麻は、ちょっと・・・」

「そんなこというなよぉ。一人っ子同士仲良くしようー」

あまりにも軽い当麻に遼はめまいを覚える。

「当麻、人格変わった?」

「うーん。わからん。あいつの馬鹿っぷりがうつってしまったかもしれん」

きっと今ごろ亜由美がくしゃみをしているだろうと遼は思った。

それからふと気付いた事を尋ねる。

「本、返しに行ったはずなのになんで同じ本を持って帰ってきたんだ」

その問いに当麻がうろたえる。

「当麻?」

問いかけるひまもなく当麻が遼の両肩をがしっと掴んだ。

「俺がそのうちいろいろ教えてやるから、がんばれよ」

はぁ? とその言葉に遼がいぶかしむ。

ちょうどその時、当麻は心の中で叫んでいた。

抱いてて、返せなかったとは言えねーだろうがっ。

あゆといい、かゆといい、果ては遼と言い、頼むから純情一本、無邪気から卒業してくれーっ!。

当麻の願いが果たしてかなったかどうかはまた別の話である。

 

 

FIN

 

新しいあとがき

 

これも脱線編(笑)。

このころはまじめ一本でデートもなにもなかったので一応デートぐらいさせてあげようということで書いた話です。

馬鹿っぷる最大か?

当麻君一人で悶絶(笑)。

切れ者は大変だよね。

最近このシリーズに目を通してないな。

また見てみよう。