シェスタ

当麻は居心地のいい芝生の上で寝転んでいた。

もうすぐ亜由美が試験を終えてやってくるだろう。

それまで少し眠るか。

そう思いながら当麻はまぶたを閉じた。

 

ようやく学期末試験の全工程を終えた亜由美が当麻を探してきょろきょろする。

休憩時間にたまたま携帯を見たら、キャンパスに来ていると言う。

図書館前の芝生で待つ、とメッセージは切れていた。

メッセージを見忘れてたらどうしたんだろう、と思わずにはおれない。

探してすぐに見つけた。

姿を見るとなんだかうれしくなる。

急ぎ足で近づく。

当麻はすやすや眠っていた。

「こら。こんなところで寝たら、風邪ひくよ?」

言うも当麻は目を覚まさない。

しかたないなぁ、と冷房対策で羽織っていた薄い上着をかけてやる。

夏と言えどもなにもかけずに眠るのはあまりよくない。

そして、隣に座り込むと当麻の寝顔を見つめた。

その寝顔は実に安心しきっていてまるで幼い子供のようだ。

普段の大人っぽい雰囲気は払拭されている。

いや、十月で22なのだから、十分大人だろう。

が、ジジくさいとは言いたくない。

亜由美はこんな当麻の寝顔が好きだ。

とてもいとおしくなる。

起きているときは決してこんな顔はしない。

少なくとも自分の前では。

亜由美が時折、当麻の家を急襲するのもこの顔見たさだったりする。

当麻は弱みを見せることが苦手だ。

いつも自信ありげな顔をしている。

一度、ほんとうに弱ったことがある。

その時だけ、当麻は自分を頼った。

だが、それ以来、頼ってくれることはない。

好きな人の役に立ちたいのに。

いっそ、自分がナスティのように彼よりも年上だったら、と思う事がある。

そうすれば、もっと当麻は自分を頼ってくれるだろう。

当麻は私自身があまりにも子供できっと甘えることすらできないのだ。

いつも子供だと言ってからかうから。

亜由美は軽いため息をこぼした。

 

当麻は目を開けた。

亜由美が優しい瞳で見下ろしている。ひどくいとおしいものを見るようなまなざしで。

だが、どことなく寂しげな瞳で。

当麻が亜由美の目の前で目を覚ますときいつもこの瞳で迎えられる。

「おそよう」

亜由美が微笑う。おそようとは遅いとおはようをかけた言葉である。その言葉で当麻はかなり眠ってたのを知った。

「どれぐらい眠っていたんだ?」

「かれこれ、三時間ほど」

その答えを聞いてぎょっとする。

「お前、起こせよ。折角のデート日よりなんだから」

「こんな田舎でデートもないでしょうに」

亜由美がおかしげに笑う。

この大学では二年まで京都の郊外に通う。

郊外とは言えば聞こえがいいが、実際はど田舎である。

まともな店がない。しかも小高い山のてっぺんだからほとんど隔離状態である。

当麻はそれを知っていてここを受験させたのではないだろうかと思うときもある。

最近、ましになってきたとうわさを聞くが、どこが? と入学した者は皆、言うのであった。

「それがいいんだろう? 殺伐した都会よりのんびりカントリーライフを楽しめる貴重な場所だぞ」

「当麻って田舎が好きなんだぁ」

からかうように亜由美が言う。

「田舎って言うなよ。ここだって市になったんだろう?」

まぁね、と亜由美が答える。

「それに、ここの芝生は気持ちがいい」

さも気持ちよさそうに言って当麻はごろんと仰向けから亜由美の方へ横向きに向きを変えた。

「芝生なくなったら、本当になんにもない」

このキャンパスはこの牧歌的な雰囲気が売り物だからだ。

亜由美がくすくす笑う。

お前、さ、と突然当麻が言う。

何?、と亜由美が尋ねる。

「三時間もずっとそうしていたのか?」

うん、と亜由美が頷く。

「当麻の寝顔があんまりかわいいから、起こせなかった」

うれしそうに言う亜由美に当麻が嫌そうな顔をする。

「いっぱしの男捕まえてかわいいもなにもないだろう?」

「かわいいものはかわいいの。ずっと寝ててもいいよー。当麻の寝顔、めっちゃかわいいからー。おにぎりして転がしたかわいさだもん」

「俺は眠り姫か」

うん、とさもうれしそうに答える。

「それであゆ王子様はちゃんと起こしてくれるのか?」

にやり、と当麻が笑う。

えっ、とその言外の言葉に亜由美がうろたえる。

「ちょっと、ここで? みんながいるのに。学部の人にみられたらどうするのよっ」

小声でかつ叫ぶようにして亜由美が言う。

遼たちの前ならいざ知らず、学部ではお堅いまじめな学生で通っているのだ。

結婚することは学生主任やゼミの教授、あと式を取り仕切ってくれる牧師の講師しか知らない。

結構、キャンパスで会っているが、広いキャンパスであったから学部の学生に当麻の存在は知られてはいない。

「別に。構わないさ。来年には結婚するんだから。それにここにいるのは俺達と同じカップルばっかだと思うが?」

ひょうひょうと言ってのける。

そして当麻が亜由美の首に手をかけ引き寄せる。

抗うのを半ば強引にキスする。

と言っても軽いキスだ。

まさか、公共の場で熱烈なキスをするほど当麻とて色ボケしていない。

だが、唇を離して当麻は亜由美を放さない。

そのまま、真剣な顔して問う。

「それで、俺がかわいいと思ってその後、何考えた?」

いきなり、核心を突かれ、亜由美がうろたえる。

なんで、と言ってがばりと体を起こす。

「俺の目が節穴だと思うか? お前の眼をみればまた一人で考え込んでいることなど一目瞭然だ。

お前の瞳は本人以上に素直だからな」

ひどいっ、と言って亜由美が頬を膨らます。

「話をそらすな。何、考えていた?」

静かだが、有無を言わせない口調で問う。

言いにくそうに亜由美が言葉を継ぐ。

「だから、当麻の寝顔って、すっごくかわいくて、守りたくなるの。でも、当麻ってちっとも私に頼ってくれない。

私だって好きな人の役に立ちたいのに。ちょっとぐらい、甘えてくれてもいいと思う」

すねた口調で言う。

それで?、と当麻が促す。

「まだ言うの?」

「全部言わなきゃ、だめ。言わないと襲うぞ」

その言葉が脅しでないことは明らかだった。

しかたなく、気持ちを吐露する。

「私がナスティみたいに年上だったら、それともかゆみたいにしっかりしてれば、

当麻も甘えられるのに・・・って。私、子供だから、当麻の役に立てない・・・」

悔しそうに、そしてさびしげに亜由美が言う。

「お前ねぇー。悩むの趣味だろ? そんな事で悩むな。昔、言っただろう?

俺はナスティでもなく、迦遊羅でもなくお前を選んだと。お前でなきゃだめなんだって。

そりゃぁ。お前にはいずれ大人になって欲しいと思うよ。だが、急ぐことはない。

お前は亜由美という子供から亜遊羅という急に大人にならざるを得なかった。

その分、亜由美の心の成長が止まっていたんだ。今はゆっくり間を埋めていけばいい」

正直、早く無邪気から卒業して欲しいが、無理はさせたくない。

なんといっても亜由美は恋人であると同時に娘のようであったから。

でも、やだ、と亜由美は首を振る。

「当麻はずっと甘えることができなかった。当麻のお父さんやお母さん、遼たち皆の前でも甘えていない。

だから、せめて私の前だけでも甘えて欲しい。折角、奥さんにもなるのに、当麻が一生懸命いろいろがんばっているのをただ眺めているのは嫌。

今日だって、本当は疲れていたんでしょう? 研究、佳境に入っているって言ってたし」

まったく、と当麻が呟く。

「人の気持ちをやたら推察するのはやめたんじゃないのか? 眠っていたのはただ気持ちが安らいでいたから。

疲れているわけじゃない。本当にここでお前を待っていたら心が安心したんだ。

お前のこと、考えていたら急に安心して眠くなった。それって甘えていることにならないか?」

当麻が問う。

「そうかもしれないけど・・・」

亜由美が不服そうに呟く。

ああ、わかった、当麻が声をあげた。

「存分に甘えてやるからそんな顔するな」

どうやって?、と問う亜由美に当麻がひざ、と言った。

亜由美は今、ひざを立てて座っている。彼女の名誉のために言っておくと、ジーパンなのでもちろん中は見えない。

「正座でもなんでもいいからひざをそこに投げ出してくれ」

言われるままに正座する。

そこへ当麻がこてん、と頭をのせる。

「と、当麻?!」

亜由美がうろたえる。

「甘えてやっているんだから、文句言うな」

甘えているとえらそうな態度で言われてもなかなか納得できない。

「膝枕ってかなりオーソドックスな甘え方だと思うが?」

当麻がにやり、として笑う。

「なんだか、すっごく不遜な態度で甘えられているような気がするんだけど?」

「気にするな。俺の性格だ」

当麻が言い放つ。

「これで耳かきでもあれば、完璧なシチュエーションだと思うが、どう思う?」

当麻に問われて亜由美がうろたえる。

「シチュエーションで甘えられても心が甘えてくれなきゃ・・・」

「心は昔からお前に甘えているさ」

はぁ?、と亜由美が驚く。

「俺がまともに気を許したのはお前だけなんだって」

気恥ずかしい気持ちをぶっきらぼうな声で隠して当麻が言う。

「だって・・・。遼達は?」

いや、気を許しているのと甘えるのは違っただろうか?

亜由美が混乱する。

「もちろん、今は気を許しているさ。だが、お前には泣いているのをまともに見られているし、

参っているところも見られた。俺の全部を知っているのはお前だけなんだ。だから、安心しろ」

「だって、甘えているような顔、一つもしないじゃない」

「それは俺の持って生まれた性格のせい。お前と一緒で誤解されやすい。

だが、お前にまで誤解されるとかなり困るな・・・」

最後の言葉は自分に言い聞かせるように言う。

「もう少し、性格改善に努めるから待ってくれ」

その言葉に亜由美が声を荒げる。

「そんなの、本当の当麻じゃない。今の当麻でなきゃやだ」

それから沈んだ声で呟く。

「私って本当に頭悪い」

当麻の顔にぽつんと小さなしずくが落ちる。

「おい。泣くなって。折角、お前の望んだとおりにしてるのに。泣く奴があるか」

体を起こすと亜由美を抱きしめる。

「俺はお前の涙に一番弱いんだ。泣きたいときは泣けばいいが、しょうもないことで落ちこんで泣くな。

頭の良し悪しなどお前の優しい心に比べたら足元にも及ばない。そういうところが俺は好きなんだから」

でも、と亜由美がしゃっくり上げる。

「私って当麻の事全然理解できていない。当麻は私のこといっぱい理解してくれているのに」

「俺だって全部は理解できてはいない。お前は俺にとって最大の謎だよ。一挙一投足、予測がつかない。

だから、目を離せない。そこがスリルなんだな。お前も真剣に考え込まないで俺と一緒に謎解きをすればいい」

唐突に亜由美が涙を止め、くすりと笑う。

「当麻って本当に屁理屈をこねさせたら一番。なんだかわからないけれど悲しくなくなった。

当麻と一緒に謎解きできたらいいな。ずっと一生」

そう言って当麻の胸に顔をうずめる。

できるさ、と当麻が答える。

「俺達はこの世で生を終えてもきっとまた出会えるんだから」

その言葉にきょとんと顔を上げる。

「なんでわかるの?」

「経験から」

「変な経験」

と言葉とは裏腹にうれしげな声で亜由美が言う。

それが叶ったらどんなにいいだろうか。ずっと転生を繰り返し、当麻と何度も出会う。

できそうにない事でも当麻に言われれば可能な気がする。実際自分は時が来れば転生は決まっているが、果たして当麻を見つけれるかはわからない。それでもきっと出会える気がした。

「それから、お前。俺より俺の事知っているはずだ。俺が記憶を失ったとき、きっぱりと俺が優しいと言った。

他の誰も言わなかったぞ。俺が優しいなど。

他の連中はいけすかないやつだの、とっつきにくいだの、冷たいだの、散々言ってくれたからな。

俺はただの頭脳馬鹿だと思ってさすがに嘆いたんだ。

だから、正直お前の言葉はうれしかった。少なくともお前の目にはまともに映っているんだな、と。だから自信持て」

うん、と亜由美が頷き、でもと言う。

「やっぱり、当麻に慰められちゃった。情けないなぁ・・・」

いいの、と当麻が言う。

「そのまんまのお前が一番好きなんだから。

子供だろうが大人だろうがあゆがあゆであればそれでいいんだ。

いい加減、その悩みやすい性格どうにかしろ。遼より性質が悪い」

「当麻、そのままでいいと言って、性格変えろって矛盾してる気が・・・」

「そのままのあゆが成長したら問題ないわけ。Do you understand ?

最後の言葉に亜由美が言葉を詰まらせる。

「たまには英語ぬきにしてよー」

「これぐらいの英語でうろたえるな。それともドイツ語で聞いてやろうか?」

当麻が面白そうに言う。

いやー、と亜由美が声を上げる。

「ようやく今日ドイツ語の試験終わったばかりなのに、それを持ち出さないでぇー」

「お前、ほんっとうに語学力ないな」

あきれたように当麻が呟く。

「悪かったわね」

「今日のテストの調子はいかが?(ドイツ語)」

「だからぁ。日本語にしてぇ」

当麻の口をむにゅっと広げる。負けじと当麻も亜由美の口をむにゅと広げる。

唐突に二人とも手を離し、ふいに笑い声が上がった。

 

二人の会話は延々と続く。そんな二人の頭上を夏の暑い風が通りすぎていった。