赤ちゃん狂想曲後編

亜由美につわりらしきものを見たとき、当麻は亜由美を連れて病院にすっとんだ。

よもや、本当にできてしまうとは夢にも思わなかった。

予定日を聞いて思わず自分の身を恨めしく思ったものだ。

予定日は8月10日前後。

逆計算するとできたのは10月10日前後。

その内、10月10日は奇しくも喧嘩に終止符を打った日であり、久しぶりに亜由美に触れた当麻が思わずがんばってしまった日である。

弓の腕が百発百中でそっちの方も百発百中とは思いもしなかった。

しかも一発必中である。

じ、次回は慎重に行動しよう・・・、と当麻は固く誓ったのであった。

結婚だけでも早いと思うのにさらには子供までできてしまった。

当麻に後悔の嵐が怒涛のように押し寄せた。

だが、そんな中でも当麻が喜んでいいことがいくつかあった。

妊娠して母親の自覚ができたのだろうか。亜由美がしっかりしてきたのだ。

以前のような危ういしっかりさではなく、年相応のしっかりした芯が出来上がってきたのだ。

以前のようにひどく幼い様子で甘えることはもうない。気を許している証拠に甘えることはあるが、それは当麻も同じだ。

今まで転ばぬようあの手この手を尽くして守って来た亜由美が一人でしっかり立っているのは当麻もうれしかった。

今まで守ってきたものが独り立ちして、やや、寂しい気はしたが。

その代わり、当麻に守るべきものが新しく加わった。

そして今まではどちらかが一方を守ることになっていたが、今や二人一緒に守るものができたのだ。

二人の絆は一層深まった。

亜由美は以前にもまして勉学に励むようになった。子供ができたことで生活に張りが出たようだった。

英語ができないことで感情を爆発させることもない。

もちろん猫のホームズを育てることもその一端を担っていたが。

二人は育児法を共に学び、教育方針を飽きることなく語り合った。

ごく普通の子に育てる。これが二人の決めた第一方針だった。

サムライ・トルーパーや亜遊羅などと言った特殊な力も運命も要らない。

元気に素直に育ってくれればいいと二人はひたすら願った。

もちろん、胎教は欠かさない。

義務と言うよりはむしろ二人の息抜きだった。

二人して頭を引っ付き合わせて考えるのはまたとない娯楽だった。

亜由美の妊娠が二人の生活を順風満帆なものにしていたのは明らかだった。

こういうのを結果オーライというのだろう。

さすがに当麻も神の導きかと思った。

だが、こういう危ない橋を渡るのはこれきりにしたかった。

心臓に悪い。

当麻はしみじみそう思ったのであった。

 

予定日きっかりに二人の愛娘は産まれた。

産まれたばかりの我が子の一人を抱き、もう一人を大仕事を負えた亜由美の胸に置く。

「がんばったな」

出産に立ち会った当麻はなんとも言えない不思議な気持ちで亜由美を誉めた。

安堵した亜由美は涙をこぼすと安心してそのまま眠りに落ちた。

眠りから覚めた亜由美を待っていたのは当麻の優しい瞳だった。

「赤ちゃんは?」

穏やかな気持ちで亜由美は問うた。

「新生児室。心配しなくてもちゃんと会えるから」

優しく髪をなでる当麻に向かって亜由美はもう一人欲しいと言って当麻をぎょっとさせた。

「お前。あれほど金輪際嫌だとかわめいてたじゃないか」

出産の折、ぎゃーぎゃー当麻の腕を掴んで言っていたのを思い出して言う。

「そうなんだけど。産んだらもう一人欲しくなった。今度は男の子がいい」

いたずらっぽく瞳をきらめかせて言う。

「それはもうちょっと後にしてくれ。心臓に悪いから」

知識にはあったが出産があれほど壮絶なものだとは当麻は知らなかった。

正直、出産はもういいと思ったぐらいである。二人いればもう十分だ。

その当の本人はけろりとしている。

母は強し。

頭の下がる思いである。

そして不思議と自分の母親に思いをはせた。

母もあれぐらい大変な思いをしてこの世に自分を生み落としたのだ。

それだけで感謝せねばと当麻は思った。

それからやや恥ずかしげに当麻は亜由美に礼を言った。

「ありがとう」

その言葉に亜由美は幸せそうに瞳を細めた。

 

三日もせぬうちに二人は双子を連れて家に戻った。

日本では一週間ほど入院するが、欧米では長く入院はしない。病気でないからだ。

誰もいないはずの家で亜由美は思いもしない出迎えを受けた。

当麻の母である。

「当麻くーん。あゆちゃーん。おかえりー」

底抜けの明るさで彼女が出迎える。

「まー。この子達が私の孫ねー。かわいいー。あゆちゃん似でよかったわー」

その台詞に当麻が悪かったね、とぼやいた。

しかし、世界中を飛びまわっている当麻の母がどうしてここにいるのか、と亜由美は問うた。

「普通は出産の後、実家に戻るだろう? だが、時間的に日本に戻るわけにも行かない。

かといってあゆのお母さんに来てもらうわけには行かないからな。お袋に頼んだ。

お袋なら英語もできるし。少なくとも12年間俺を育てた母親だ。役に立つこともあるだろう」

ひどい言われようである。

「それで名前は決まったの?」

問う当麻の母に二人は答えた。

 

綺羅と千夏。

元気な長女にその魂のきらきらさを失わないで生きて欲しいという意味をこめて綺羅。

大人しい次女に千の夏も万の夏も元気に生きて欲しいと言う意味をこめて千夏。

それが二人のつけた名前だった。

産まれたばかりの子に元気も大人しいもないと思うが、亜由美はその持ってうまれた不思議な力をあいも変わらず発揮し、双子の違いを見ぬいたのだった。

 

8月15日。

当麻は電話に出た。

Hello.This is hashiba・・・・」

習慣的に英語で応対した当麻の耳に懐かしい日本語が聞こえた。

「迦遊羅か。どうした?」

娘が生まれたことはすでに言ってある。なんの用だろうと思いながら問う。

「ケンブリッジに来ているのですが、どう行けばいいのかわからなくて。迎えに来てくださいますか?」

そう言う迦遊羅に戸惑いながらああ、と答え、電話を切る。

出かける用意をして亜由美に言う。

「あゆ。かゆが来ているらしい。迎えに行って来る」

「今日は遼の誕生日じゃ・・・?」

亜由美もいぶかしげに言う。

「とにかく行って来る」

そういって出かけた当麻は信じられんといった顔でぞろぞろ客をつれて戻ってきた。

一行を目にして亜由美はぎょっとした。

亜由美の両親、妹の迦遊羅を筆頭に、遼、秀、征士、伸、ナスティ、純、おまけに当麻の父親もいる。

突然の思いがけない訪問客に亜由美は頭を抱えた。

「えっ・・・えっ。カップが足りないーーーーっ」

一人や二人の客をもてなすぐらいの用意はしてあるが、こんな大人数をもてなす用意はまったくない。

すかさず、当麻が買い物袋を渡す。

「だと思って、菓子とジュースと紙コップ買ってきた」

折角、産まれた孫、姪、親友の子供を見に来たのにひどい対応である。

亜由美がわたわたと用意して居間兼客間兼オーディオ部屋である一室へ行くともうそこは大人数でいっぱいだった。

皆、それぞれに揺りかごに眠る赤子を見ている。

大人数の目にさらされていても双子はなでられようがつつかれようが眠ってまったく動じない。

「綺羅と千夏だ」

当麻が簡単に説明する。

ひゃー、と秀が率直に感心して言う。

「ほんっとにそっくしだなー」

「どっちがどっちってわかるの?」

伸が問う。

「オレンジのリボンを結んでいるのが綺羅。ピンクのリボンを結んでいるのが千夏。簡単だろう?」

「リボン、結び間違ったらどうするんだ?」

遼の素朴な質問に当麻は思わずうなった。真理だ。

折角、菓子やジュースがあるのに皆、興味を持たず、眠る双子から離れない。

「なんか取られちまったな」

遠巻きに皆を見ていた当麻が苦笑いして言う。

うん、といって亜由美も頷く。

「でも、どうして皆がここに来たのかな?」

素朴な疑問が涌き出る。

それはね、と二人の会話を聞いたナスティが解説する。

「あなた達、今年の夏は出産で帰国できないといっていたでしょう? 代わりに私達が来ることにしたの。

皆、当麻とあゆの赤ちゃんが見たかったから」

言ってくれればよかったのに、と言う当麻に征士答える。

「驚かそうと思ってな」

「驚いたもなにも・・・」

なぁ?、と二人が顔を見合わせる。

「姉様、抱いていいかしら?」

迦遊羅の言葉に亜由美は頷くと抱き方を手ほどきしながら綺羅を渡す。

産まれたばかりの子はぐにゃっとして抱きにくい。

迦遊羅がぎこちなく抱く。

その様子に皆、うらやましそうな目で見る。このまま放っておくと争奪戦になる。

亜由美は困ったように当麻を見る。

当麻はしかたないぁ、といった風にすると千夏を亜由美の両親に渡す。

「ほぅら。千夏のおじぃちゃまとおばぁちゃまだ」

亜由美の両親が初孫をいとおしそうに抱く。

「いいなー。私もー」

当麻の母がうらやましげに言う。

「お袋は毎日抱いてるだろうが」

苦笑しながら迦遊羅から綺羅を受け取って渡す。

「と、なると親父もか?」

面白そうに当麻が聞く。

およそ立派な親とは言いきれない、親父が孫を抱くなんて考えれなかった。

うむ、と当麻の父が頷き、当麻は千夏を渡す。

双方の親と妹が抱いたのを見て取ると次は迦遊羅と一緒になるであろう遼に綺羅を渡す。

これですくなくとも親戚関係はクリアした。

あとは勝手にしてくれと言って引き下がる。

「当麻」

不安そうに亜由美が言う。

「しかたないだろう。これで順列をつけたら後で何を言われるか分からないからな」

「次はぼくー」

普段、割にクールな伸が甘い声で立候補する。

伸は秀にメイリンが産まれてからと言うもの子供にメロメロらしいのだ。

赤子を抱く伸に経験者の秀がアドバイスする。

二人の親友達の洗礼を双子は次々と受けていく。

それでも双子はすやすや眠っている。

「大物かもしれない」

二人は同時に呟いた。

 

あゆと当麻の娘、綺羅と千夏の物語は始まったばかりだ。

これから恐ろしくハードな生活が待ちうけていると当麻は間違いなくわかっていた。

あのあゆが三人に増えたのだ。

だが、今まで以上に面白いかもしれない。

当麻は傍らの新米ママの肩を引き寄せて言った。

「あれはお前に似てきっとぶっとんだ娘達になるぞ。覚悟しておけ」

「当麻、もね」

亜由美が面白そうに答えた。

 

FIN