愛ある限り

 

「おかぁちゃま。これなぁに」

千夏は両親の寝室で見つけた指輪を持ってきた。

「ちーちゃん。またおとうちゃまとおかぁちゃまのお部屋に入ったのね」

ちーちゃんとは千夏の愛称である。綺羅はきーちゃんと言う。

「ごめんちゃい」

千夏が素直に謝る。

基本的に両親の寝室には子供達は入ってはいけないことになっている。朝、当麻をたたき起こす以外は。

それは両親のプライベート空間だから。

羽柴家はどこへでも民族大移動をするほど家族の絆は深いが、一方で個々人を尊重している。

だが、入っては行けないと言われれば入ってみたくなるのも真実である。

両親の寝室はどこか秘密の香りがしてわくわくするのだ。

千夏は今日も双子の姉、綺羅とこっそり秘密探検をしていた。

そこでこの指輪を見つけたのだ。

亜由美はあまりアクセサリーを持っていなし、あまり大切にしない。

しょっちゅう、どこかへやっては大騒ぎする。

それなのにこの指輪は他のアクセサリーとは別の箱に保管され、それは大切そうに眠っていた。

千夏はその様子にとてもひかれたのだ。

これはね、と亜由美は大切そうに瞳を細めて言う。

「おとうちゃまがおかぁちゃまにプレゼントしてくれた大切な指輪なの」

千夏はその指輪を指にはめてみた。だが、幼児の指には大きすぎる。

千夏は残念そうにはずすと母親の手に戻した。

その様子に亜由美が微笑む。

「千夏。この指輪ほしい?」

うん、と千夏が頷く。

「それじゃぁ、千夏の指にあわせて作り変えてあげる。もうすぐお誕生日だものね」

その言葉に千夏はぱっと顔を輝かせる。

だが、すぐにそれは不安そうな顔に変わる。

「ちーちゃんだけもらっていいの?」

「大丈夫。おとうちゃまからの大切なプレゼントはもうひとつあるから。それを綺羅へのプレゼントにしましょう」

その言葉に千夏はほっとして笑った。

 

その夜、大学院から帰ってきた当麻に亜由美は詳細を話した。

「好きにしたらいい。それはお前のだから」

言ってから懐かしげに二つのアクセサリーを見る。

「いろいろあったよな。この二つには」

だが、今も亜由美が大切そうにはめている婚約指輪のほうがやっかいだったかもしれない。

「俺達の人生に静かと言うのはないんだろなぁ」

しみじみと言う当麻に亜由美は楽しげに笑い声を上げた。

 

「綺羅ー。千夏ー。いらっしゃい」

亜由美はもうすぐ四才になる双子の愛娘の名を呼んだ。

「少し早いけれど、おかぁちゃまから二人への誕生日プレゼントよ」

そう言われて愛娘達は瞳をきらめかせる。

亜由美は小さな箱を一つ、一つ渡す。

箱の中身を見た千夏がまず歓声を上げ、亜由美に抱きつく。

千夏の箱の中は小さな指輪。

一方、綺羅の箱の中身は小さなペンダント。

亜由美が千夏と約束して子供用に作り変えたものだ。

おしゃまな千夏はアクセサリーが大好きだ。

だが、綺羅はそうではない。

彼女の趣味ではないからだ。

だからこのプレゼントをもらっても綺羅はあまり面白そうでない。

その様子に亜由美は気づき、説明する。

「綺羅はあまりアクセサリーが好きではないのは分かっているけれど、

この二つはおとうちゃまがおかぁちゃまに贈ってくれた大切な贈り物なの。

こんな大事なものを千夏にだけプレゼントして綺羅にプレゼントしないのは不公平でしょう? 

よかったら受け取ってくれるかな?」

それを聞いて物分りが良い綺羅は即座に納得する。

普段元気良くかけまわっている綺羅だが、丁寧に説明さえしてやればすぐに物事を飲み込む。

どちらかというと大人しい千夏のほうが最終的にはわがままだ。

「ありがとう」

そう言って亜由美は一笑破顔する。

綺羅は母親のこの笑顔が大好きだ。

きらきら輝く太陽のような笑顔。

おとうちゃまはおかぁちゃまのこの笑顔に惚れたんだ、といつか父親が言っていたことを思い出す。

これはね、といって亜由美は綺羅の箱からペンダントを取り出して言う。

「おとうちゃまがおかぁちゃまにはじめてプレゼントしてくれたものなの」

そう言って綺羅の首にかける。

それから千夏の小指に指輪をはめる。

「これはおとうちゃまがはじめて結婚しようとお約束してくれたときにくれたプレゼントなの」

綺羅はその言葉を聞いておとうちゃま、と言って後ろで見守っている当麻を見上げる。

大切そうに語る母親を見てそれがどれほど大切にされていたものか綺羅は即座に見抜いたのだ。

そんな大事なものをもらっていいのだろうか、と綺羅は不安に思ったのだ。

「大丈夫。おかぁちゃまはもうふたつおとうちゃまからの大切なプレゼントを持っているから」

そう言って当麻はショートカットの綺羅の頭に手を置く。髪形を見れば当麻のミニチュア版だ。

千夏は亜由美のまねをして今日は後ろで三つ網をしている。

おかぁちゃまの両手を見てごらん、当麻は二人を促す。

二人が亜由美の両手を見る。

「指輪がふたつ」

千夏が言う。

亜由美の両手にはシンプルな指輪が二つはめられていた。違いがあるとすれば一方には黄色い石がついていることぐらいだ。

「こっちはおとうちゃまが結婚しようとお約束してくれてプレゼントしてくれた指輪で、こっちが本当に結婚したときにもらった指輪よ」

亜由美が説明をする。

その説明に千夏が驚く。

「おとうちゃま、二回もお約束したの?」

「正確には三回ね」

亜由美が訂正する。

「三回!」

千夏が声をあげ、綺羅が不審そうな目を両親へ向ける。

「おかぁちゃま、本当におとうちゃまの事好きなの?」

当麻は苦笑した。

当麻に似て頭の良い綺羅はどうやら何度も結婚を申し込まないといけないほど亜由美が自分を嫌っていたと思ったらしい。

「もちろんだよ。おとうちゃまもおかぁちゃまも愛しあって結婚したんだから」

「どうして三回も同じお約束しなくちゃいけないの?」

千夏も問う。約束は一度でいいと普段言ってるのに。

「綺羅も千夏もおとうちゃまとおかぁちゃまの長い長いお話を聞くか?」

二人は同時に頷く。

「どこから説明したらいいかな」

そう言って当麻は二人の物語を話し始めた。

 

長い話に聞き疲れた二人を子供部屋で寝かしつけると二人は部屋を出た。

そして亜由美が言う。

「いつか、あの子達も大切な人に出会って、恋をして、愛し合うようになるのかしらね」

「そうだろうが、正直それはもう少し後にしてもらいたい」

当麻が苦笑して言う。

自分がこの最愛の妻への思いを自覚したのは14の時。

だが、その起点はなんと当麻が5歳のときにさかのぼる。

苦難をのりこえて得た愛娘達はもうすぐ四歳。

奇しくも亜由美が当麻と初めてであった年齢と同じである。

いくらなんでも他の男に奪われるのは早過ぎる。

「しかたないわ。愛に年齢なんて関係ないんだから」

当麻の心中を察した亜由美が言う。

それはそうなんだが、と当麻が苦々しく言う。

「愛があるからなんだって乗り越えられるのよ」

 

愛ある限り・・・。

それは二人が得たいくつもの真実の中でもっとも尊い真実。

 

それにね、と亜由美は言う。

「おとうちゃまへの愛はきっと永遠に不滅よ」

ああ、と答えて当麻は幸せそうに笑った。

 

FIN

 

愛ある限り〜あゆと当麻〜完