バレンタインでキス

コンコン、と亜由美は当麻と征士の部屋をノックした。

「はい」

と律儀な征士の返事が聞こえる。

亜由美はドアから顔を覗かせて当麻を探す。

「当麻、ちょっとお散歩付き合ってくれる?」

いつものようにベッドの上で読書にふけっていた当麻は顔を上げた。

コートをとって羽織ると部屋を出る。

 

亜由美が向かった先は公園だった。

とことこ一人で先に歩いていた亜由美は振り返ると当麻に小箱を差し出した。

当麻はすぐにそれが何かわかった。

バレンタインのチョコレートだ。

礼を言いながら受け取る。

「今年は「本命」チョコだろうな?」

受け取った箱をまじまじながめながら当麻が尋ねる。

亜由美と知り合ってかなりの年数が経つが戦いの最中だったり、亜由美が行方不明だったりとほとんどそのイベントはなかったも同じだった。

以前もらったときは義理チョコだからねっと叫ばれてもらったのだった。

もっともその義理チョコを受け取ったのは当麻のみで意味を成していなかったが。

今度はいわゆる両思いになってからの初バレンタイン。

「そーいうこと言うならあげないっ」

亜由美が当麻の手から箱を取り上げる。

「あ、おいっ」

焦った当麻が取り戻そうとするが亜由美はたくみに当麻の手を逃れて公園内を逃げ回る。

当麻は一旦、気配を押し殺すと背後から亜由美を捕まえる。

「この・・・じゃじゃ馬が」

吐く息が白く見える。

「折角大枚はたいて買ったんだから義理なわけないでしょっ」

亜由美が不機嫌そうに答える。

「悪かった。だから、そのチョコくれ」

当麻が謝って頼み込む。

情けない声に亜由美は面白そうに笑うと振りかえって小箱を渡す。

「いくら払ったんだ?」

素朴な疑問を口にしながら当麻は亜由美をベンチに誘う。

内緒、と亜由美は言う。

ベンチに座ると当麻は早速箱を開ける。

「ここで食べるの?」

「お前、家で渡せなくてここまで呼んだんだろう? だったら家で食えないじゃないか」

そう言いながら当麻は小さなチョコを一つ摘み上げる。

それを亜由美が物欲しそうに見つめる。

当麻の頭に面白いことが浮かぶ。

「キスしてくれたらやる」

亜由美は嫌がりもせず、わかったというと当麻の指につままれているチョコにかぶりつく。

おいっ、とまた当麻が声を上げる。

「おいち」

亜由美はうれしそうにチョコを堪能する。

「もらった本人より先に食べるなよ」

その様子に苦笑いしながら当麻が言う。

「だって、このチョコ、超おいしそうだったんだもん。だから買ったんだもん」

悪びれもせず亜由美は答える。

その口に当麻はすばやくキスをする。

それから箱の中のチョコを数える。

「ひい、ふぅ、み、・・・とお前の食ったのを併せて十個か。半分こしてやるからキス全部前払いだぞ」

なんでーと亜由美が抗議する。

「そうでもなければお前とっとと食っちまうだろうが。そういうわけで・・・」

と言ってちゃっかり当麻は亜由美の唇を奪う。

「・・・あー。キス一個多いー」

五回キスされて亜由美が文句を言う。

「先に食べたペナルティー」

飄々と当麻は答えると抗議の声を張り上げ様としている亜由美の口にチョコを放りこむ。

「うーん。おいちい」

放りこまれたチョコレートに亜由美は顔をほころばせる。

「男の子だけチョコレートもらうだなんてずるいよね・・・」

チョコをまた口に放りこみながら亜由美は言う。

「私が欲しいぐらいなのにな・・・」

言うとまた食べる。

「お前、チョコ本当に好きなんだな」

あっけに取られながら当麻が言う。

うん、と力いっぱいうれしそうに亜由美が答える。

当麻はその顔を見ながらゆっくりチョコレートを食べる。

二人で半分ずつのチョコレートを食べる。

あっという間にチョコがなくなる。

「あーあ、もうなくなっちゃった」

残念そうに亜由美が呟く。

「来年、またくれたら半分やるから」

その様子を面白げに見ながら当麻が答える。

「来年は御徳用パックにしようかな・・・」

そうすれば半分ずつでも数が増える。

その安直な考えに当麻が笑う。

「それじゃ、いつ買っても同じだろうが。どうせなら手作りがいいぞ」

「うーん。それはお料理がもう少し上手になってからね・・・」

亜由美が情けない声を上げる。

わかった、と当麻が了承する。

「せめて結婚する前にはくれよ」

うん、と亜由美は頼りなげに答える。

この調子では一生もらえないかもしれないな、と当麻は思う。

「帰るぞ」

当麻が立ち上がる。それから空箱をコートのポケットにつっこむ。

へっ?と亜由美が声を上げる。

「捨てないの? 箱」

「唯一の本命チョコだからな。これは記念においておく」

当麻が微笑みながら答える。

「いっぱい学校でもらったんじゃないの?」

立ちあがった亜由美が当麻と歩きながら尋ねる。

「多数の申し込みはあったが丁重にお断りした」

「でも、靴箱とか机の中とか入ってなかったの?」

「お前、靴箱に鍵ついてるの知ってるだろうが。机の中もなかったし、あっても本人に返すから」

「じゃぁ、郵便で来たら?」

「それも同じ、御礼のメッセージと共に返却する」

「あて先不明のは?」

言われて当麻も少し考える。

「それはいたしかたないからお前が食え」

亜由美が複雑な顔をする。

「なにか文句があるのか?」

「だって、一応気持ちを伝えたくて渡すわけでしょう? まったく受け取ってもらえないのって女の子にとっては悲しいんじゃないの?」

「だったら、お前、俺が他の女にもらったのをばかばか食ってたらいいのか?」

しばし沈黙が降りる。

「・・・それはかなり嫌かも・・・」

「だから俺はお前からもらう以外は食べないし、もらわないことにしているんだ。それしか双方を立てる方法はないだろう?」

まぁ、そうだけど、と亜由美が答える。

「明日、学校でいじめられそう・・・」

亜由美が不安そうに呟く。

去年入学した亜由美は当麻と征士、迦遊羅と同じ高校に入った。入ってみたらやはり当麻と征士の人気はすごかった。普段はなかなか近づけない状態だ。四人そろって昼食の弁当を一緒に食べる習慣がついていたが結構つらいものがある。

しかも、去年の夏から部活動が終了した当麻達と帰宅部の亜由美はよく帰路を共にしていた。

その時のまわりのすさまじい視線と来たらたまらない。

三人一緒なので当麻と亜由美が付き合っていると言う事実は知られていないが、それとなく噂が立ち始めていた。

今年も当麻がそういう状態では何をされるかわかったもんではない。

「休み時間、ボディーガードしてやろうか?」

当麻が物騒なことを言い出す。

「いいっ。自分の身は自分で守るからっ」

休み時間のたびに顔を出されれば噂どころではなくなる。

「何かあったら呼べよ」

「って、どーやって呼ぶのよ?」

うーん、と当麻が考え込む。

「携帯、は見つかったら没収だからなぁ・・・。大声で呼べば?」

「んなことできるわけないでしょーっ」

信じられない、と亜由美が言う。

「他に方法がないだろう?」

「・・・当麻、明日からしばらく学校の行き帰り離れよう」

その言葉に当麻がいやだ、と抵抗する。

「もうすぐお前と登下校できなくなるんだぞ。一日たりとも離れるつもりはないね」

うわーと亜由美は頭を抱える。

「何か言われたら指輪でも見せて文句あるかと言え」

恐ろしいことを当麻が言う。

亜由美は頭がずきずきしてくる。

思わずこめかみを押さえる。

「ほら、寒いのにほっつき歩くから風邪ひいたんだろう? 入れ」

その様子を見た当麻がコートを広げて亜由美を包み込む。

違うんだけど、と亜由美は呟くが、めったにない状況に嬉々としてコートの中に入る。

困ったり、うれしかったり・・・恋する乙女って大変、などと亜由美は心の中で苦笑する。

明日以降のことは後で考えよう、と亜由美は思いなおしてせっかくの夜の散歩デートを楽しむことにした。

「とうまー。もうちょっと遠回りしよ」

甘えた声でねだる。

「風邪ひきかけてるのに、か?」

「だから、違うって。この通りぴんぴんしてるよ?」

じっと当麻を見つめる。甘えてじっと見つめれば当麻は大抵のとき折れてくれる。

折角のチャンスを見逃す手はない。

思ったとおりに当麻が降参する。

「ちょっとだけだぞ」

言ってもう少しで家だと言うところでわき道にそれる。

歩きながら亜由美は歌を口ずさみ出すが、途中で途切れてしまう。

ねぇ、と亜由美が当麻に言う。

「昔、バレンタインでキスとかいう歌あったよね? どんな歌だっけ?」

言われて当麻が記憶を掘り起こす。

「あったな。確かこうじゃないか?」

亜由美が途切れさせた歌の続きを歌う。

普段、当麻は歌を歌わない。選択の音楽もあえて取ってはいない。

自分が恐ろしく音痴なのを知っているからだ。歌えばからかいの対象にしかならない。

だが、亜由美は違う。当麻はなんでもできるからひとつぐらい苦手なことがあったほうが安心すると言って当麻が歌うことに対して何も言わない。一緒に歌って一緒に音をはずして楽しげな顔をするぐらいだ。

だからこそ当麻はこの少女の前では素直な自分でいられるのだと思っている。

亜由美は当麻の言動に一々ぎゃぁぎゃぁ文句をつけるが、それは枝葉末節のことで根本的な部分では何も言わず

素直に受けいれる。決して自分を特別扱いもしないし、拒否もしない。

当麻の特異といわれる才能に対しても驚くことは驚くが、それだけだ。普通に接して普通に笑いかけてくれる。

だからこそ、逆に思う。この少女にふさわしい人間になりたいと。

他の男なんか目に入らないぐらいいい男になってやるからな、と当麻思った。

「待ってろよ」

といきなり呟く。

え、何?と亜由美が当麻を見上げて聞きかえす。

「なんでもない、こっちの事」

当麻が言うと亜由美が不満げな声を出す。

「なんでも話すって約束じゃない」

「人間、秘密の一つや二つあるだろうが。山のようなお前の隠し事に比べたら対したことじゃないと思うが?」

「もう隠してないもーん」

そうだったな、と亜由美が言う言葉をうれしげに受け取る。

もう二人の間に秘密はない。

「お前が他の男に目をやれないほどいい男になってやるって言ったんだ」

「って、十分いい男じゃない」

「まだ足りない」

当麻が答える。

やめてよ、と亜由美が言う。

「これ以上当麻がすごくなったら追いつけないじゃない」

お前はいいの、と当麻は言う。

「お前はそのまんまで十分だから」

当麻は足を止めると亜由美を抱きしめる。自分にとって亜由美はそのままでいい。もう自分はその存在に十分救われているから。欠点も長所もいとおしいから。

やだ、と亜由美が答える。

「私もいい女になるもん」

だから、と当麻が念を押す。

「できた女はいらない。欠点だらけのお前でいい」

その言葉に亜由美が言葉を失う。

「台詞で殺さないでよー。もう当麻しか見えなくなっちゃう」

俺だけ見ていればいい、と当麻は言う。

うん、と亜由美はうれしげに答えて当麻の頬にキスをする。

「バレンタインでキス、ね」

亜由美が言う。

ああ、と当麻が答える。

「毎年の習慣にしようか」

そういう当麻の台詞に亜由美が突っ込む。

「しょっちゅうキスしてるじゃない」

人が見ていない二人きりになると必ず一回はキスをする当麻の事を思い出させる。

「愛情を確認するてっとりばやい方法だからな」

一向に行動を改める気がない当麻は言う。

「キスしなくても、私の心はずーーーーーーーーーーっっと当麻のものだよ」

「俺も」

二人で人気のない路地で抱き合う。

「私達ってお馬鹿カップル?」

抱き合いながら亜由美が呟く。

「だろうな」

当麻も呟く。

別にいいんじゃないのか、とさらに当麻は言う。

うん、と亜由美も答える。

「あ、雪」

熱い抱擁を交わす二人の上に初雪が降りかかる。

「寒いわけだ。さぁ、風邪ひく前に帰るぞ」

「うん」

今度こそ二人は皆の家に帰った。