Vivid boys and girls 魂鎮めの舞

「かゆー。遼。がんばってね〜〜〜〜〜〜。」

亜由美が明るく手を振る。

何を頑張るのだろうか?と迦遊羅と遼は一瞬顔を見合わせるが、しかたなくふたりしてこくりとうなずくと雑踏の中に消えていった。

「ほれ、手」

当麻がその手をすっととろうとする。

うん、と言って亜由美も手を重ねる。

いつもならぎゃぁぎゃぁわめくところでも今日は少し不安があるのだろう。

亜由美は殊勝な面もちで当麻の手を握った。

「朝からいちゃつかないでよねー」

舞子がちゃかしていうと亜由美の手を取って走り去ろうとする。

おいっ、と後を追おうとして当麻がその動きを止める。

「扇こそ、猫かわいがりしていないか?」

傍らの翔子に尋ねる。

舞子はいたく亜由美を気に入ったのかそれは派手なぐらい騒いでいる。どういうわけか近江も一緒になって騒いでいる。天変地異か?と当麻は呟く。

「舞ちゃんって人なつっこいから」

翔子も微笑む。

亜由美の顔から緊張が抜けているのを見抜いてま、いっかと当麻は呟いて後をついていく。

 

二人は舞子達の屋敷に行くのだった。

朝、出し抜けに当麻に亜由美が行きたいと言いだし、舞子もそれはいたくお気に召してほっとくと連れ去られそうだったのであわててついてきたのだ。

別段暴れるわけではないとは言っていたが、心配になってやはりついてきたのだった。

「たっただいまー」

舞子が底抜けの明るさで帰宅を告げる。

「おじゃまします」

亜由美は珍しい都内の屋敷にほけっとみとれながら入っていく。

また顔が一瞬険しくなったのを見て当麻は眉を寄せる。

「何もなければいいが・・・」

当麻と翔子も近江も後へ続く。

舞子と翔子は亜由美と当麻を一室へ連れていくと今度は普段から持ち歩いている巻物を手にとって畳に広げた。

巻物には膨大な情報が記されている。が、その文字は古代の文字であり、なかなか読みづらい。

「どっちを読めばいいんですか?」

半ば戸惑いながら亜由美が尋ねる。

「好きな方からでいいんじゃないかしら? 私は天之書を持っていて舞ちゃんは地之書を持っているわ。私は主に見る方。舞ちゃんは倒す方かしら?」

「倒す方法じゃないから・・・こっちかな?」

亜由美は天之書を手に取る。

さすがに読みづらい。

亜由美は巻物を一旦畳に広げると手をその文字の上にすっと置く。

それから目を閉じる。

手っ取り早く情報を得るのにはこちらの方法が良さそうだったからだ。

亜由美は手のひらからわずかに力を出してその文字の言霊を読み出した。

ゆっくり情報を探すように手を動かしていく。

奇妙な亜由美の動きに舞子も翔子もただ呆然と見るばかりだった。

わずかながら力の発現が二人にも分かった。

当麻はすでになにをしているのかわかっているようだった。

長い時間をかけて亜由美が読んでいるとふっと体が傾いだ気がした。

その体を当麻が抱き留め、頬を軽くたたく。

「それ以上は体を痛める。やめておいたほうがいいぞ」

ほへ?と亜由美は目をぼんやりとあけて当麻を見上げた。

「またトリップしていたぞ。何がしたいんだ? 手っ取り早く聞く方が早いぞ?」

姉様、と亜由美は小さく呟く。当麻がえ?と聞き直す。

「魂を救う方法を知りたいの。私には封印するか砕く方法しかわからないから。魂を解放する方法を知りたいの」

はっきりと強い意思を表して亜由美が言う。

「私たちもそれはその時々で方法が変わるから。おばあちゃんに聞いてみましょう」

翔子が立ち上がり、舞子が亜由美に手を貸す。ふらりと亜由美が舞子と当麻の手を借りて立ち上がる。また一室へ亜由美は案内された。

「おばぁちゃん」

翔子が声をかける。

「なんじゃ?」

年のいった声がふすまの向こうから聞こえ来たかと思うと翔子はふすまをさっとあけた。

奥の床の間には「迦楼羅神教」と書かれた掛け軸がある。

その前に一人の老婆が座っていた。舞子達の祖母である。

「おばぁちゃん。私たちの先代の教主よ」

翔子が説明する。

どうも、と当麻があいさつをする。

「いつぞやの坊主か。元気にしておったか?」

祖母、千景は相好を崩すと当麻に問いかけた。

「はい。おかげさまで。今日はこいつがお世話になります」

当麻が亜由美を示す。

「嬢ちゃんや。何のようかはわからぬが、いい守護をもっておるな」

にこにこと笑いかけられて亜由美はぽかんと当麻を指し示す。

「当麻の事ですか?」

いや、と千景は答える。

「お前さんの後ろについて守ってくれる人々じゃ。一人は修行僧のような恰好をしており、もう一人は十二単を着ておる。そのほかにも幾人かいるようじゃ」

その答えに亜由美はジジ様、と呟いてへたりこんでしまった。

思いもかけない自分を守ってくれている人間を知らされて腰が抜けてしまった。

「ジジ様が、ジジ様が私についているんですか?」

たった一度の再会であっというまに消えてしまった先代の自分の長を亜由美は瞳を涙ぐませて問う。

「そう言う人物に心当たりがあるならそうじゃろう」

千景は緊張の糸が切れたような亜由美にそこへ座れと指し示す。あわてて亜由美が居住まいを正して座り直す。

「何を聞きに来たか知らないが。わしよりその者達に聞く方が早いと思うぞ?」

意表をつかれて亜由美も当麻も顔を見合わす。

「ジジ様と話が出きるの? まさか・・・」

彼は確かに消えてしまったのだ。魂のかけらすら分からぬほどに。だが、彼はいま自分の後ろについているという。思わず自分の後ろを当麻と共に見てしまったが見えるわけはない。

だが、千景は見えるという。心の中にある先代の長の姿、前世の姉沙羅耶の姿を思い出す。

さぁっと里の風景を思い出す。綺麗な姉の踊る姿。それを眺めている長。

あっ、と亜由美が口を押さえる。

ヒントはここにあった。

「魂鎮めの舞。きっとそれがヒントなんだ」

亜由美はぶつぶつ呟く。

「なんなんだ?」

千景とのやりとり数秒で亜由美は答えに達したようだった。当麻が不思議そうに聞き返す。が、亜由美の耳には届いていないようだった。

あの苦労はなんだったのだろうと思うほどに答えがすらすら出てきてしまった。

「でも、私にできるかな?」

不安そうに亜由美が言葉を紡ぐ。

「失敗したらまた挑戦すればいいから」

何のことか分かっていない当麻だが、亜由美を元気つけようと優しく声をかける。

亜由美が小さくうなずく。

あのぅ、と亜由美が不安そうに千景に問う。

「このお家には小さな道場があるときいたのですが? 使ってよろしいですか?」

千景は快くうなずいた。

 

小さな道場に亜由美と当麻はいた。背後に舞子と翔子もいる。近江もいる。

失敗したときにもしかして力になってもらえるかも知れないと立ち会いを願い出たのだ。

亜由美は髪をくくっているゴムをとりはずすと長い黒髪を肩に流した。

それから人前で始めて錫杖を手にする。

その錫杖が光ったかと思うと亜由美は十二単を纏っていた。

その光景に舞子達があっと驚く。

「祭りの旋律でいいか?」

出し抜けに当麻が言い出し、亜由美は驚いて背後を振り返った。

当麻の手には笛が現れていた。

「青龍の力目覚めたの?」

思わぬ出来事に亜由美が問う。

「自動解除されたらしい」

当麻が頼もしそうにうなずく。

亜由美の顔がうれしそうにほころぶ。

それから前を向くと錫杖をシャランと鳴らして語りかける。

「ジジ様、姉様、緋影、白影、冬幻・・・出てきてちょうだい」

優しい声で語りかけ祈る。

シャランと錫杖が独りでに鳴ってゆらり、と人影が現れる。

ああ、と呟いて亜由美は愛おしげに喉をふるわす。

見る力のない舞子は翔子の力を借りて見る。

「魂鎮めの舞を踊ります。今から姉様達を解放するから・・・」

“亜遊羅・・・。無理せずともよいのじゃ。妾達はそなたを見守ると約束したであろう?”

亜由美より一つ頭分背の高い姉の沙羅耶が驚いたように語る。

いいの、と亜由美は微笑む。

「もう十分守ってくれたから。だから、今度は私が姉様達を助ける番なの」

亜由美は力強く言う。しばしその顔を眺めていた緋影達が顔を見合わす。

うなずくと三人は手に楽器を持っていた。

“四神ひさしぶりにそろったのじゃ、俺様達も手伝おう”

緋影が言い、冬幻が面白くなさそうにうなずく。白影は兄が了承すれば文句ないようだった。

当麻は座ると笛を手にした。

先導の旋律が鳴る。

それに合わせて祭りの旋律が始まる。

“姉妹ようやくそろったのじゃ。妾も踊ろうぞ。一族の舞をしかと覚えるのじゃ”

沙羅耶が嬉しそうに言って手をさしのべる。亜由美は嬉しそうに微笑むとその手を取り二人で舞を踊り出した。

不安はあった。だが、前世の姉の導きでしっかりと魂鎮めの舞が伝承されていく。

同じ形をなぞっていく。

蝶のように優雅な舞いがそこに繰り広げられる。

手にした錫杖がシャンシャンと鳴り音楽をもり立てる。

優雅な美しい、それでいて優しい舞が延々と続けられる。

天女の舞。まるで天空に舞っている天女が二人そこにいるかのようだった。

そして、長い長い祭りの旋律が終わった。

シャラン、と最後の音と立てて錫杖の音が止まった。

舞が終わったのだ。

床に座る形で舞は終わる。

ほうぅ、と人知れず感嘆の声が静かに響く。

“見事な舞じゃ。さすがは最後の長。しかと見届けた。あとを頼んじゃぞ”

沙羅耶が満足そうに言う。

その体の縁がすうっと薄くなる。

いつのまにか緋影達も立ち上がり体の縁が消えかかっていた。

「姉様!」

亜由美は思わず手をさしのべる。

“時が来たようじゃ。いつかまたあいまみえおうぞ”

沙羅耶がささやく。

うん、と亜由美は涙をこぼしながらうなずく。

「今までありがとう。亜遊羅は私はいつまでも姉様のこと大好きだから。慕っております。いつまでも!」

半ば叫ぶようにして幼き時告げることの出来なかった想いを告げる。

沙羅耶は満面の笑顔をしてうなずく。

“妾もじゃ。妾や里の者。一族のもの全てがそなたのことを愛しておるぞ”

名残惜しげに語る沙羅耶の言葉に一言一言涙をこぼしながら亜由美はうなずく。

最後の言葉を聞いたかと思うと沙羅耶達は虹色の光に包まれながら静かに消えていった。最後に残ったのは先代の長ただ一人。

すぐさま亜由美はジジ様と語りかける。

「ジジ様の事も恨んではおりません。もう一人ではないから。私には当麻達がいるから。だから安心して下さい。亜遊羅は見事、真の覚醒をはたして一族の悲願を果たして見せます」

その力強い言葉に長はうなずく。

“そなたの真の目覚めを心待ちにしておるよ”

長は涙を流している亜由美の涙を拭うそぶりを見せた後すっと消えてなくなった。四百年の時を超えてあった絆が今消えた。亜由美は押し寄せる寂しさとようやく楽に出来たという安心感から座り込むとぼろぼろ涙をこぼす。

纏っていた十二単もなくなり錫杖も消え失せ、一介の少女となった亜由美はただ泣き続ける。

そっと当麻が後ろからやってきて抱き寄せる。

久しぶりに亜由美は思いっきり当麻の腕の中で泣きじゃくった。

舞子達はそっと道場を出ていった。

ずっと心にあった重石がようやく解き放たれて亜由美は開放感に包まれる。

ようやく姉たちを救うことが出来た。少しだけだが魂を救う方法を見いだせた。

真の覚醒までもう少し。

ようやくここまでこれた。

安堵した亜由美は当麻の腕の中でとろとろと眠りに引き込まれていった。

 

はっと目を覚ました亜由美は優しい当麻の瞳がのぞき込んでいるのをみてほっと一安心する。握られた手があたたかい。

「起きたか。まだ少ししばらく横になっていた方がいい。想い存分泣いたからな。疲れているだろう?」

うん、と亜由美は答えてここがどこだかわからなくなった。

何か夢でも見ていた気持ちだ。

「安心しろ。夢じゃないから。ここは扇の部屋だと。寝かせてくれたんだ。ゆっくりしてろ。でないと俺がお前をおぶって帰ることになるからな?」

えっ、と亜由美は大きく叫んだ。

「だめ。この近辺でそんな姿見られたら親衛隊に殺されるーーーーっ」

今にも泣きそうな亜由美の頭を当麻はぐりぐりなでてやる。

「だったら扇のご厚意に甘えとけ。目が覚めたら呼んでくれと言われたから呼んでくるからな」

当麻はそういうとすたすたと部屋から出ていく。

ばたばたと舞子が嬉しそうに部屋に入ってくる。

よくがんばったねーとほめてもらい気恥ずかしい気がする。

「あれが私の仕事ですから」

気恥ずかしさから普通の後輩に戻った亜由美に舞子がぶーたれる。

「敬語はなし。いまさらそんな事言わないでよね」

亜由美がほへっと不思議なまなざしで舞子を見る。一体どうしたのだろう?

「舞ちゃんったら妹がいないからあゆちゃんを妹のように思っているのよ」

翔子が言うと舞子はばらさないでよーと翔子にくってかかる。

「よかったな。また姉が出来て」

当麻も顔をほころばせて言う。

えーっと亜由美が盛大な声を上げる。

「これ以上お姉ちゃんお兄ちゃんが増えたら困るっ。末っ子の立場にもなってみてよね」

言うと舞子が涙目でうりゅっと亜由美に訴える。

「あーっ。分かりました。わかりましたっ。学校の外ではいつまでも舞子お姉ちゃんの妹ですからっ。泣かないで下さいてっばーっ」

半ばやけくそのように困って亜由美が叫ぶと舞子はやりーっっとガッツボーズをする。

負けた、と亜由美ががくりと肩を落とす。

「まぁ。今日はせいぜい新しいお姉ちゃん達にかわいがってもらえ」

当麻が面白そうに言って近江と出ていく。

「ちょっと当麻の意地悪っ」

叫ぶ亜由美を余所に舞子達はうずうずと亜由美に近寄る。

「な、なにかなぁ? お姉ちゃん達」

本来の末っ子、純の仕草をまねながらおそるおそる尋ねる。

「ねねっ。あゆちゃんと当麻君ってどういう関係なの?」

知られたくはなかった秘密がまた暴かれようとする。

亜由美の顔は引きつった。

わーんっ。当麻の意地悪っ。

来るべき質問攻撃に亜由美はたじたじとなり、当麻の高笑いがどこからか聞こえてくるようだった。