クリスマスケーキ2

「ほれ、ご要望の品だ」

当麻が低い門ごしにケーキの箱を亜由美に渡す。

「今年は何?」

「開けたらわかる」

鼻歌まじりに亜由美が家へ戻る。と、動かない当麻を振り向く。

「あがらないの? みんな待ってるよ?」

その言葉に当麻は苦笑いする。普通、誰が来年には妻になる女性の実家へしかも家族団欒の間に気軽に行けるだろうか。しかもそこには父親が待っているのだ。気軽に恋人同士だった去年までとは一味違う。今年は正式に親に申し込んだのだから。亜由美が行き遅れてもらってくれと言われたならまだいい。だが、少なくとも亜由美は21でまだ学生だ。父親としてはさすがに嫌だろうし、申し込んだ当麻だってやはり心苦しい。進んで顔を合わせたいと思うほうがおかしい。それなのにこの亜由美の気安さには参ってしまう。門を開けると近寄って亜由美を羽交い締めにする。きゃっ、と小さく亜由美が声を上げる。

「お前、いくら相手が俺でもほいほい男を家に上げるな」

なんで?と亜由美が問う。

「当麻しかあげないけれど?」

およそ、男の心理などとはかけ離れた亜由美の思考に、恐らく苦労しているであろう亜由美の父親に当麻はこの時ほど同情を禁じえなかった。

「おかーさん。ケーキ切って」

その亜由美の言葉に当麻が釘をさす。

「毎年言うが、自分のケーキぐらい自分で切り分けろ」

「だって。私が切ったら均等にならないし、六等分なんてできないもん」

「俺は数にいれなくていい」

「だったらなおさら悪いじゃない。五等分なんてできないもん」

「だったら、八等分すればいいと言っているだろうが」

亜由美と迦遊羅が当麻ともに帰郷してから、毎年クリスマス・イブに繰り広げられる口論にさすがに皆、笑いを禁じえない。

「笑わないでよ。切ればいいんでしょう? 切れば」

予想外の展開に皆、驚く。毎年、この口論で折れるのは当麻だったのだ

亜由美が包丁を持ち、ケーキの前で身構える。

が、そのまま動かない。

はぁ、と当麻がため息をつく。

やはり、当麻が折れてしまうのだ。

「貸せ。俺が切るから。来年は切れよ」

が、言ったところでやはり自分が切り分けることになるであろうと当麻は確信していた。難なく切り分ける当麻の横から亜由美が茶々を入れる。

「ねぇ。九等分とか十三等分とかできるの?」

「できないことはないが、意味のない等分はしない。見たかったらまず数学の勉強しろ」

きっぱり当麻が言う

「おもしろくないー」

亜由美がぶつぶつ言う。

「ほら、どこがいいんだ」

当麻が切り分けたどの部分を食べるのか尋ねる。

ここ、と亜由美が言い、皿に当麻がのせてやる。それから他の者が食べるかどうかを尋ね、皿にのせて渡す。クリスマス恒例の仕事を終えると当麻は元いた席に戻る。

「相変わらず、わがままな娘で申し訳ない」

傍らに座る亜由美の父親が謝る。

「いえ、甘やかす俺も悪いんです」

苦笑して当麻が答える。そうして二人の男の間に暗黙の了解が流れる。わがままな娘を持つ父親の思いとその娘を妻にする男の思いが交錯する。

「ちょっとぉ。何、仲良くしてるの? 当麻は私のだから、ね」

亜由美が不服そうに言う。当麻がため息をつく。

「お前ねー。俺やかゆに向ける気持ちの十分の一でも他の家族に向けろよ」

「十分、努力してます」

ふん、とそっぽを向く。あれで、照れているんですよ、と苦笑いして父親に当麻が説明する。その様子に父親も苦笑いする。わがままだろうがなんだろうが、家事炊事ができればまだましだが、この長女は何もできないと来ている。東京で多少料理を覚えたらしいが、戻ってくるとすぐにそんな事は忘れてしまったらしい。上手にできないのが嫌だと言ってほとんど、家事炊事には手を出さない。時折、料理の本を見たり、東京で作ったというレシピ集を眺めているのが小さな救いだ。父親は娘を本当にこの頭脳明晰、眉目秀麗、将来有望株の青年の妻にしていいのだろうかと思わず考えこんでしまう。ろくに何もできない娘を嫁に出すのは詐欺のような気もするからだ。

「本当に君は亜由美でいいのか?」

「ええ、あゆでなければいけないんですよ」

当麻がにこやかに答える。何度となく繰り返された問いと答え。その答えに突然、父親がいずまいをただす。

「ふつつかな娘だが、よろしく頼む」

そう言って深深と頭を下げる。

「俺のほうこそ、大事なお嬢さんを奪っていくようなまねをして申し訳ないです」

当麻も深深と頭を下げる。

「さっきから黙って聞いてれば、わがままやらふつつかやら、言いたいこといってくれるわね。お父さんの奥さんになるんじゃないから、いいでしょう?それに何だって当麻がへこへこ頭を下げなきゃいけないのよ」

とげとげしい言葉に当麻と父親の鋭い声がかかる。

「亜由美!」

「あゆ!」

明らかにむっとした亜由美が食べかけのケーキを残して立ちあがる。

「ごちそうさまっ」

言うだけ言うと戸を開け、ぴしゃりと閉める。その後、二階へ駆け上がる音が聞こえ、迦遊羅が後を追おうとする。

が、当麻が制する。

「俺、あゆと話してきます」

そう許可を得ると当麻は二階の亜由美の部屋に向かった。

 

あゆ、と当麻が声をかける。

返事はない。

そっとふすまを開ける。

亜由美は部屋の電気もつけず、ふすまに背を向け、ひざを抱えて座っている。

当麻はカチリ、と電気をつけると、亜由美の背後に座る。

それからあぐらをかくとその上に亜由美を抱き上げる。

言いたいことはわかっている、と亜由美がぽつりと言う。

「わかってるけれど。日がたつにつれて段々素直になれなくなってきて・・・。それでも決心して真剣にお父さんと話をしようとしたらやたらはぐらかされるし」

うん、と当麻が言って後を促す。

「今まで育ててくれてありがとう、って言いたいのに言えない」

悔しそうに亜由美がつぶやく。

「お父さんの気持ちだってわからないわけじゃない。

まだ若い娘がしかも四年も東京でほっつきあるいてきた娘がやっと帰ってきたかと思うと、何年も経たないうちに、突然、嫁に行きたいと言い出すし。やっぱ、嫌なんだろうな、って思う。うぬぼれているわけじゃないけれど、やっぱ私がお父さんの立場だったら嫌だと思う。こんなに早く家族と別れるなら、もっと一緒にいたら良かった。当麻の言った通り。たまに帰ってあげたら良かった。四年も東京に居座らずにもっと早く帰ってきてあげれば良かった。どんなに思ってもあの時はそんな精神状態じゃなかったから無理だったろうけれど」

でも、と声を上げる。

「当麻と結婚したくないわけじゃない。逆に、結婚できてうれしい。ずっと待っていたから。子供だろうとなんでも、あの夏、気持ちを告白したときからずっと待っていた。自分の気持ちと人の気持ちがかみ合わないのがこんなにつらいなんて忘れてた・・・。そんな事を思い出さないほど、私、この四年間、本当にみんなに大切にされてきたんだなぁ・・・って思う・・・」

ぽつり、ぽつり亜由美は語った。

「お前がちゃんとお父さんの気持ちをわかっていたのを聞いて安心した。だが、やはり、さっきのは言い過ぎだ。ちゃんとお父さんに謝れ。俺よりもまず、お父さんにな。俺がついててやるから」

亜由美はうん、と頷いて、二人は家族団欒の間に戻った。

 

あの、と亜由美が泣きそうな声で言う。隣にいる当麻の手をぎゅっと握る。

「さっきは、ごめんなさい。言いすぎました。本当はそんな事全然思っていないのに。お父さんの気持ち踏みにじるような事言って本当にごめんなさいっ」

父親が頷く。

「お父さんはもう怒っていないから。それよりも当麻君に謝ったか?」

「当麻がまず、お父さんに謝れって」

そう言って亜由美は傍らの当麻を見上げる。

「当麻。ごめん。本当にごめん」

「別に俺は怒っていない。実際、わがままを通してお前と結婚するんだから、誰であろうと非難されてもしょうがない。

それにお前はきっと気持ちを上手く言えなくていらだっていただけなんだろう? 気にするな」

当麻が握っていた手を離すと、肩に手を回して引き寄せる。亜由美がふぇ、と情けない声を上げる。

「お前。最近、涙もろいぞ」

そう言ってもう片方の手で亜由美の鼻をつまむ。

「俺もケーキ食う。どれが余ってるんだ?」

亜由美が当麻とともにケーキに近づく。

その様子を微笑ましく父親が見る。

やはり、この二人にはお互いしかいないのだ。

少し、早いかもしれないがこの二人なら待ちうける困難を乗り越えるだろう。

やはり、娘を嫁に出すのは寂しいが。

「お父さんもケーキを食べるよ」

父親が幸せそうな二人に近づく。

 

今年のクリスマスケーキは甘くて、どこか苦い味がした。

 

FIN