あゆの戯言2 結婚考2

「かーわせさんっ」

来たぁ。

「な、何かなぁ?」

びくびくとその声に振りかえる。

「今日、時間あるよねぇ? まるまる三講目が空いていたよね?」

「う、うん」

ない、と言いたいところだけど、彼女は同じ講義をとっているからスケジュールは筒抜け状態。

「じゃぁ、お昼、生協の食堂で待ってるから」

特大のハートマークを飛ばして彼女は去っていく。

ああ・・・。

恐れていたことが、現実に。

当麻のばかーっ。

私は諸悪の元凶を思いっきり罵倒した。

 

はぁ、とため息をつくももう時間。

しかたなく、指定された食堂に行く。

お昼の食堂は戦争状態だ。

それでもしっかり席が確保されていた。

いっそ、席がなかったらいいのに。

そこには学部の女の子がずらり。女の子の四分の一はいるかも。

うちの学部はめちゃくちゃ小さい。特に私の学年は小学校一クラス並。

よって四分の一となると両手で事が足りる。

「河瀬さんはいつもお弁当だっけ?」

「うん」

「自分で作っているの?」

「ううん」

とりとめない会話で事情聴取が始まる。

「なーんだ。彼氏といっしょのお弁当かと思ったのに」

そこで残念がらないでっ。

「ねぇ。ねぇ。その彼氏ってすっごくかっこいいって聞いたよ」

いつ? どこで? 誰に聞いたのっ?

と叫びそうなのをあえてこらえて、何気ない様子でお弁当をつつく。

「どんな人なの?」

しかたなく、私は定期券入れを出した。

でもって開けて見せる。

そこには当麻のベストショットが入っているのだ。

当麻が二十歳の正月に参加した三十三間堂で行われた弓の行事の時の写真。

女の子ばっかりの行事だと思っていたら男の子も出れると聞いて、当麻に絶対出てっ、と頼み込んだのだ。

それでもって東京で写真を勉強している遼を呼び寄せて、撮ってもらった。

どう考えても自分のインスタントカメラでは撮れないと思ったから。

撮ってもらったのは流鏑馬。馬で走り抜ける当麻なんかどうやって素人が撮れる?

もちろん、その時も百発百中。的のど真ん中を射抜いた。那須与一なんて目じゃないっ。

遼はお父さんがカメラマンだから、高いカメラを山ほど持っている。

でもって遼自身技術もあるし。

コマ送りでパシャパシャ撮ってもらった。

家には山ほど写真があるけれど、その一枚をずっと持ち歩いていた。

だってっ。弓を放つ瞬間の当麻って激カッコいいんだもんっ。

でもいくらかっこいいと思っても弓道場って関係者以外立ち入り禁止で、めったに弓をひく当麻なんてみれない。

しかも、この平和な時だと弓道場以外では絶対に見れない。いや、非常時だともっと見とれている場合じゃないし。

ので、いつもこの写真を眺めて満足していたのだった。

写真がまわされていく。

でもってそのたびに声が上がる。

そうだろう。そうだろう。カッコ良かろう。

その時、一人の女の子から当麻の名が出た。

「この人、羽柴当麻って言う人じゃない?」

ほえ?

「なんで知っているの?」

「私、京大に結構友達いるんだ。でも、それでなくても結構有名だよ?」

何人かの女の子が頷く。

「有名ってどんな風に?」

「頭脳明晰、スポーツ万能、眉目秀麗、将来有望株の赤丸急上昇中って」

変わり者っていうのはないのかしら?

「ねぇ、とっつきにくいとか変わり者っていう話はない?」

「そんな話は聞いたことないけど?」

そっか。当麻、大学じゃ、うまくやってるんだ。

なんとなくほっとする。

昔は孤立気味だったから、ちょっと心配していた。

あ、でも、と一人の女の子が声を上げた。

「どんなに迫っても落ちない、っていう噂を聞いたことがある。

難攻不落の城って言われてるよ。どうやって河瀬さんが落としたの?」

いや、それに関して言うとたぶん、私がいたから落ちなかったということだと思う。

うぬぼれじゃなく。だって、大学行く前からしってるんだもん。

「落としたわけじゃないけど・・・」

非常にこの辺は説明しにくい。

「合コンとかで出会ったんじゃないの?」

素朴な質問が出る。

「ううん。大学入る前から知っていたから」

「いつから?」

何と答えたら?

「うーん。一番最初に会ったときはうんと小さいときだった」

「何歳?」

「・・・・・四つか五つのとき」

すっごく答えにくい。

ええーと声が上がる。

そりゃぁ、そうでしょう。そんなちっこいときから付き合ってるとなったら普通驚くよね。

「私と当麻、遠縁だから。それにそのときは一回しか会ってないし。次に会ったの、中一のときだったし」

「それでっ、どうやって結婚に至るの?」

ああ、勢いがついてしまった。

女の子達が身を乗りだす。

きっとすごーくロマンティックな展開を期待してるんだろうなぁ。

苦笑いする。実際はめちゃくちゃハードなのに。おまけに暗いし。

「だから、親の提案で許婚になってそれで今に至るの」

詳しい説明は思いっきりはしょる。

「親が決めた結婚なの?!」

皆が驚く。

「あ、最初はそうだったけれど、今は違うから。両思いになったときに本人同士でもう一回、婚約しなおしたから」

というか許婚になったときからすでに私は好きだったけどさ。

「いつ、両思いになったの?」

「高一の時」

そこでまた声が上がる。

はい。言いたい事はわかっています。

普通、高校一年で婚約しないよね・・・。

でも、当人達にとってはとっても長い回り道してたから、遅いぐらいなのよね・・・。

「その時にもう結婚する年決めてたの?」

「ううん。ただいつか結婚しようね、って約束しただけ。正式に申し込まれたのは今年の春」

「プロポーズの言葉は?」

やっぱり、聞かれたっ。プロポーズの言葉ねだっておいてよかったっ。

「結婚しようって」

「それだけ?」

「うん」

女の子達が拍子抜けする。

「場所は?」

気をとりなおした子に聞かれる。

「当麻の家」

「そのときのシチュエーションは?」

ベッドの中、とは言いたくない。あえて情報を改ざんする。

「普通に部屋にいたときに偶然留学の話が出て、ついてくるかって聞かれたの。その流れで自然にそうなった」

「そーいや。彼、ずいぶん前から留学すすめられていたらしいよ」

え? それ初耳。

「いつから?!」

思わず、身を乗り出してしまう。

「確か、大学二年の時にもうすすめらてたって。でも学部じゃなくて院に行きたいからって断ったらしいよ。それにまだ日本を離れたくないって」

うわっ。その理由って私が日本にいるから?!

でも、それってうぬぼれかも。

そっかぁ、と一人の女の子が納得する。

「河瀬さんがいたから誰も落とせなかったんだぁ。しかも日本を離れたくないって河瀬さんがいたからなんだ」

そうあからさまに言わないでっ。恥ずかしいってば。

「彼ってどんな人なの?」

興味を持ったらしい女の子が聞く。

当麻は私のっ、と言いたいのをこらえる。

「さっき、言われたとおりだと思うけど? 文武両道でカッコ良くて、将来有望株」

「そんなのじゃなくて性格とか」

性格ねぇ・・・。

「やたらめったら冷静で、とっつきにくくて、いけすかないところがたまにあって、それから自信過剰。弱みを見せるのが大嫌いで不器用な人」

「それっていいところないじゃん」

「あ、でもすっごく優しい。私が困っていたら必ず助けてくれる。

どんなに自分がつらくてもしょうがないなぁっていう顔して助けてくれるし、いっつも・・・」

「いつも?」

ああ、軽い口が恨めしい。

「いつも抱きしめてくれるから」

うわーっ。言ってしまった。赤面もんだー。

「ただ抱きしめてもらうだけ?」

え?

とその真意を量り兼ねる。

「キスとかしないの?」

何で話がそうなるのー?!

「す、するけど・・・」

「やっぱり最後まで行ってるよね?」

うわっ。そんなあけすけな事いわないでっ。

「・・・うん」

「ねぇ、さっきの話し聞いてたら二人ともお互いが初めてなんだよね?」

「そうだと思う」

でなければ当麻が浮気したとしか思えないっ。浮気してたらどうしてくれよう? ひそかに嫉妬の炎が燃え上がる。

「いつ?」

「いつって」

うろたえてしまう。

「もう、ここまで話したんだから全部話しなさいって」

呼び出した子が言う。

あー。もうやけだっ。話すからなんでも聞いてっ。

「20になる年の夏に東京で二人きりになったときっ」

ぜいぜい。言った。

「やることは結構、遅かったんだ」

ずるっ。遅いって・・・。

「じゃぁ、キスもそのときがはじめて?」

「どのキス?」

もう、何でも聞きなさいっ。私はもう開き直ったぞっ。

「一番最初にほっぺにキスしたのは一番最初に会ったとき、それから次はあんまり覚えていない。

おでことかほっぺとかは結構早かったと思う」

そこまで言ってふっと思い出す。

そうだった。中二で当麻の唇奪っちゃったんだよね・・・。

あの時はもう死ぬ気だったし、最後だと思ったから。

でも、それってあくまでも眠っている当麻に私がしたから数には入らないよね?

「たぶん、口にしてもらったのは割と後だと思う。それからディープになったのはやっぱ高一の夏」

「なんだか、キスと次がずいぶん間あくのね」

「うん。子供って言って相手してくれなかったから。今も子供、子供ってうるさいぐらい」

へぇ、と面白そうに言われてしまった。

「河瀬さんってずいぶん大人っぽいと思うけど?」

「落ち着いてるし」

その言葉、当麻に言ってやってよっ。

「でも、今も子供扱いでどうやってそうなるの?」

素朴な質問ですね。はい。

「私が襲ったの」

「やるじゃん。河瀬さんって」

お褒めに預かり光栄です。

「人は見かけによらないんだねぇ」

どんな見かけだっ?

「河瀬さんって大人っぽいけど、まじめ一本に見えるから、まさか自分から迫るなんて想像できないなぁ」

そう言わず、がんばって想像してください。私だっていつまでもキスだけじゃいやだもん。

で、ここまで話したらもう聞くことないよね?

尋ねると思いっきり否定された。

「まだまだ、これからが本番なのに」

これ以上何を聞き出すのーっ?

神様助けてーっ。

 

「当麻」

改札口を出てすぐに当麻を発見して私はその腕にひっついた。

いろいろ話しているうちに会いたくなったから、会いにいっていい?ってメッセージ入れたの。

そしたら京都駅まで迎えに来てくれた。

お前、と当麻のあきれた声が聞こえる。

「大学での態度とえらく違わないか?」

「いいのっ。ここには大学の人いないし、つまらない恥を捨ててしまえって言ったの当麻だもん」

「ようやく、捨てたか」

満足そうに当麻が言う。

「捨てたくなかったけど、捨てざるを得なかった・・・」

げんなりして言う。

「やはり聞かれたか?」

「そりゃぁ、根掘り葉掘り、丸々一時間半聞かれた。あーんな事や、こーんな事まで」

話好きの女の子の集団ほど恐ろしいものはない、と実感した一時間半。

「あんな事やこんな事?」

私を腕にひっつけたまま、当麻がバス停に向かう。

地下鉄でも行けないことないけど、遠回りになるから。

「ここじゃ、とっても言えないことまで」

その言葉にさすがの当麻も顔が赤くなる。

私が困った分、困ってもらいましょう。

「恥を捨てろとは言ったが、全部話せとは言っていないぞ」

「だったら、あの事情聴取を体験したら?」

どれほどたくみな事情聴取か体験してみればわかるはずっ。

当麻の誘導尋問なんて目じゃない。

「でね、一番困った質問があるの」

というのはうそだけど。ただ、答えているうちに湧き上がった質問が一つ。

「当麻っていつから私の事好きなの?」

「それは・・・」

と言って当麻が絶句する。

「いつなの?」

逃げようたって許しませんからね。

「いつからって・・・お前、それは・・・」

めずらしく当麻が答えに詰まっている。

「それは?」

「わからん」

おいっ。今の答えはなにっ?!

「わからないってそんな答えあるの?」

「だったら、お前はいつから俺の事好きなんだ?」

「はじめてあったときから」

これ以上明快な答えはないです。だってどんなに考えてもあの時から好きだったんだもん。

愛してる、という感情ではないにしろ。

「お前、最初に会ったの何歳かわかってるのか?」

「四つか五つの時」

「俺が五才だったから、お前は四才」

「私、確か当麻のこと好きって言ってほっぺにキスしたよね?」

「ああ。それはそうだ」

「だったら、その時から好きなんだと思う」

「お前って本当に単純だな」

なんとも言えないといった感じで当麻が言う。

「単純ってなによー」

「好きにもいろいろ種類があるだろうに。まさか、その時から結婚しようとは思っていないだろう?」

「そりゃぁ、そうだけど。四才の時、好きだったし、中一で再会したときも好きになったし、

記憶失っても好きになったもん。いつから結婚しようとか思ったのかは覚えていないけど」

待っていたバスが来て乗り込む。

二人して空いていた席に座り込む。

「当麻が結婚結婚っていうからいつのまにか意識していた。だいたい、当麻だってあの戦いのときに

愛してる、って言ったんだよ」

その言葉に当麻が顔をしかめる。

「悪い。やっぱ、その時の事覚えていない」

「別にいいけど。その後、ちゃんと言ってくれたし。でもいつから愛してるって思ったの?」

「それが判明すれば苦労はない」

苦々しく当麻が言う。

へ?

その様子にびっくりしてしまう。

そんなに悩むことだろうか?

「気がついてたら愛してた。少なくともあの戦いの後にはもう思っていた」

ねぇ、と思わず当麻の眉間をなでる。

そんなに眉を寄せて考え込まなくってもいいのに。

意地悪が過ぎちゃったかな?

「別にそんなに悩まなくていいよ。ちょっと聞きたかっただけだから」

「正直、お前には悪いと思っている。やっぱ、いつ好きになったとかキスしたとか覚えていて欲しいんだろう?」

そりゃぁ。やっぱり、記念日みたいなものだから。

「覚えていて欲しいけど、そんなの意味ないから。当麻も私もお互いに愛してたら問題ないんじゃない?」

私と当麻のいきさつってかなり複雑だけど、結果的にはハッピーエンドなんだからいいんじゃない?

そう言うと当麻はとてつもない笑顔を披露してくれた。

ああ、今の笑顔。フリーズドライしておきたいっ。

「やはり、お前にはかなわないな」

当麻がそう言ってこつんと私の肩に頭をのせる。

うわっ。これってまじに当麻が甘えてるってこと?

なんだか涙出ちゃいそう。

手持ち無沙汰な手でぎこちなく当麻の頭を撫でる。

「結婚するのがお前で良かった」

しみじみと当麻が言う。

もう一回、もう一回言ってっ。

ねだると当麻は恥ずかしそうに言ってくれた。

「お前と結婚できてうれしい」

私も。当麻が旦那様でよかったっ。

一生ついていきますっ。

そう言うとさらに当麻はくらくらするような台詞をくれた。

「お前が嫌がっても絶対に離さない。地の果てまででも追いかけてやるから」

やっぱ、当麻をくれた神様ってありがたいかもっ。