あゆの戯言3 結婚相手考

暖かい、さしずめ五月の暖かな日ざしに私は包まれていた。

ここは?

あたりをみわたすけれど、どこなのかさっぱり。

その私に近づいてくる人がひとり。

「あゆみ」

やわらかい、声。

「探したぞ」

そう言ってふわり、と抱きしめられる。

うわーっ。

でも、ちょっと待て。

この声は?              

げっ。征士。

きゃー。やめて。そんなところ見られたら・・・に殺されるっ。

??

・・・?

・・・って誰?

でも。でも、私、あゆみじゃない。

征士だって、そう呼ばない。

そう、私の呼び名は「あゆ」

変だ。

絶対、変。

征士だろうが、・・・だろうが呼ばれるときは「あゆ」だもん。

それに征士はナスティのでしょう?

「あゆ」って誰が最初に呼んだんだっけ?

ふと行き当たる疑問。

・・・だ。

ふいに思い出す声。

優しい、それでいて自信過剰なあの人。

・・・。

やだ、なんで思い出せないの?

私がいる場所はここじゃない。

あの人の腕の中だけ。

私は思わず、征士の胸をとんと押しやっていた。

「あゆみ?」

わずかに眉が寄せられ、ちょっと悲しい瞳。

ごめん。征士。

謝って、まぶたを閉じる。

思いっきり、気合を空間にぶつける。

透明な空間がはじけ飛んだ。

 

はぁ・・・。

私はため息をついた。

遊ばれた。

絶対に、水の精のせいだ。

私は足元の水溜りをぎっっと睨んだ。

こんな日にかぎって人で遊ばないでよねっ。

そりゃ、ちったぁ。考えたさ。今日の人生大岐路に際してね。

もし、当麻に出会わなくて他のサムライトルーパーに出会っていたら、なんて。

面食いの私だからきっと征士を好きになったんだろうなぁ、とは思ったけれど。

でも、それを逆さにとっていぢめなくてもいいじゃないっ。

きっと征士はナスティとくっつくから、そうなると私はスピンアウトした駒。

おまけにきっと今みたいに普通の生活なんてできていないだろうし。

やっぱ。「当麻」が相手だから今の生活維持できるんだものねぇ。

当麻でなきゃ、私をここまで更正させられなかったと思う。

 

「お前、なに水溜りと遊んでるんだ?」

その声にはっと振り向く。

いや・・・それは不可抗力で。

と言いたいけれど、何があったかなんて言えるわけないっ。

乾いた笑いが飛び出るばかり。

いくら白昼夢でも征士に抱き寄せられていたなんて言ったら当麻の怒りが地球を滅ぼすっ。

まったく。なんでよりによって当麻の事を忘れなきゃなんないのよっ。

まぁ、いい。

と当麻の声が聞こえたかと思うとひょい、と水溜りの中から救出された。

「出直すぞ」

えっ。えっ。

「ここまで来て出直すの?」

「その靴で役所に行くのか?」

当麻が私の手をひく。

うっ。確かに靴がかぽかぽして気持ち悪い。

折角の市役所を通りすぎてアーケードの中に入る。

そのまま当麻に引き連れられて靴屋さんへGO

当麻はほんの少し、店を見渡すとさっさと動いていってしまう。

「ちょっと、待って」

「どの色にする?」

「茶色」

出されたのは茶色と黒のローファー。ほんの少しヒールが高い。

ちょっと、待て。

そのローファー、革靴じゃぁ。

「と、当麻。革靴でなくていい。高いから」

顔が引きつる。せめて合成皮にして欲しい。

「一足ぐらい持っていても不都合はなかろう? それともお前、あっちの安いのにするか?」

指差す方向にはレディース靴コーナー。

うっ。

言葉が詰まる。

確かに安いけれど、私に高いヒールは無縁です。歩けません・・・。

「サイズはいくつだ?」

「23」

それだけ聞くとそのままレジに行く。ためし履きもせずいいのだろうか・・・?

「当麻ー。せめてもう少し安いのにしてー」

「いいから。お前、まともな靴ないだろう? 向こうに行ったらそういうわけにはいかないんだぞ」

はい。言われるとおりです。まともな靴。ここ数年持っていません。

買ってもらった靴をはく。

高いだけあって、履き心地はGOOD

「じゃぁ。次は服、な」

そう言ってまた連行される。

「服、ってどこに」

「デパート」

いやぁー。やめてっ。デパートは物価が高いのよっ。服なんてそんなところで買ったことないっ。

私は大手スーパー一筋なのよっ。

「お前、市内でまともに買おうとしたらデパートしかないだろう?」

当麻があきれたように言う。

「それでも、だめっ」

わかった、と当麻は軽くため息をつくと京極通りに入る。

「靴は分かるけれど、なんで服まで?」

歩きながら問う。

あのなぁ、と当麻が額を押さえる。

「今日ぐらい、もうちょっと綺麗な格好してくれ。靴変えたから、後もついでだ」

言われて、自分の体を見下ろす。

ブラウスに薄いカーディガンを羽織って、ジーンズに買ってもらったローファー。

確かに綺麗とは言いがたい。

普通、好きな人の前って綺麗にするんだろうけれど、なんでかなぁ、当麻の前だとめかしこむ気力がなくなる。

というか、おしゃれしても意味がないような気がして。

いや、当麻をいいかげんにあつかっているんじゃなくて、素の自分でいたいから自然にこうなっただけ。

「別に姿形にこだわるわけじゃないがな、俺だってたまには綺麗なあゆを連れて自慢したいぞ。

せめて、籍入れに行く日ぐらいらしい格好してほしい」

そう、なのだ。

私の新学期の手続きなど考えて、当麻が卒業して翌日の今日、籍を入れに行くのだ。

式は六月。結婚するならジューンブライドがいいと言って決まった。

どうせ当麻卒業して留学までの間暇だもん。

でも、六月に式挙げて、籍入れたら、学校の手続きがややこしい。

途中で変更しなくちゃ行けないから。

で、新学期までの間に切り替えてもらおうということでこうなった。

それに当麻が卒業を間近にひかえたある日、とっとと嫁に行けと家から放り出された。

だから今は同居している。

留学に際して、学校は一旦、退学するけれど、また復学する予定だからそれなら少しでも学校にいる時間を増やしたい。

退学して五年以内なら復学できる。その期間を先送りにするなら学校を早々退学できない。

ので、春学期だけでも通うことにした。

それに折角、市内にキャンパスが移ったのにそれを逃す手はない。

受けたい抗議が山のように待っているのだ。

かつての勉強嫌いの私を知ってたらきっと誰もが驚くに違いない。

でも。大学の勉強って面白いんだもん。偏差値みたいな評価の仕方じゃないし。

高校まで万年赤点の英語が大学のレポートで特Aもらったし。そのどんでん返しで思いっきりはまってしまった。

ふふ。待っていてね。仏教学に宗教人類学にその他もろもろの講義ちゃんたちよ。

「何、にやけてるんだ」

「あ・・別に。やっぱ、お化粧とかがんばった方がいい?」

やや、不安げに聞く。

「がんばる必要はないが、たまにらしい格好をして欲しいと思うのはだめか?」

逆に問われて困る。

「当麻がそう言うならがんばる」

「だから、がんばんなくていいって」

当麻が苦笑いする。

「だって、私にはおしゃれセンス皆無だもん。がんばらなきゃ無理」

「たまに女らしい格好を見れたら俺はいいから。お前、大学入ってからめっきり男に変わったからな」

「だって。山の上まで行かなきゃ行けないし、スカートで自転車こぐの嫌だし、それに走りにくい。遅刻しかけたとき走らないと行けないもん」

はいはい、と当麻が軽くかわす。

散々言った言葉だから耳にたこができているかも。酢の物すらこしらえられるかもしれない・・・。

「この店ぐらいでいいか?」

一軒の店の前で止まる。

いいか、と言われても私には判断できません。

「別にどこでも。高くなかったら」

その答えを聞いて当麻が入って私も着いていく。

「どれがいい?」

聞かれるも答えようがない。

くるり、と服を見渡す。

「あ。あれがいい」

私はつかつかと歩み寄ってマネキンにかけられているワンピースを指した。

色は淡いブルーで小さな花柄模様がついている。その上にやや紫がかった上着。

当麻のイメージカラーからいってこういうのだといいんじゃないかなぁ?

当麻のイメージカラーはあくまでも宇宙のブルーだもん。

でも、ローファーに似合わないかな?

考えつつ当麻の顔を見る。

当麻はあきれたような、それでいて面白そうな顔をしている。

「な、何?」

「お前、普段の格好から離れるととたんに少女趣味だよな。もうちょっと新妻らしいのは考えれないか?」

そう言ってくつくつ笑う。

新妻らしいって、一体どんなのだろう?

うーみゅ、とうなる。

ひとしきり、笑うと当麻は店員さんに声をかける。

「とりあえず、試着して来い」

はーい、と言って試着する。

うん。結構かわいい。

試着室を飛び出て、どう?と尋ねる。

「うん。かわいい、かわいい」

そう言ってまたおかしそうに当麻が笑う。

「何笑ってるのよぅ」

抗議すると悪い、と言って口を押さえる。が、肩が震えている。

「お前に色気と言うのを期待した俺が悪かった」

い、色気ぇ? そんなもん、この私のどっから出てくるのよっ。

むっとした私を見て、当麻が慌てて笑いを止める。

「悪い、悪かった。怒るなってば」

私はふん、とそっぽを向く。

「機嫌直せって。後でいいもんやるから」

やるって? これ以上何かもらうのは気がひける。

驚いて顔を見上げる。

「後のお楽しみ」

それだけ言うと当麻は店員さんに向き合った。

そう言えば、これって結構値段張るんじゃぁ・・・。

直感で選んじゃったから。

タックを見る。

ひゃー。高い。やっぱやめよう。

「どうした?」

おろおろしている私に当麻が気付く。

「これ高いようぅ。どうしよう?」

「俺の財布から出てるから心配しなくていい」

だから困るんでしょうがっ。

高いもんばかばか買ってもらうほど神経太くないやいっ。

「服の一着や二着買えないほど俺は貧乏じゃないから」

そりゃぁ、そうかも知れないけどぉ。

結婚資金やら留学費用やらたくさんお金は必要なのよっ。

上目遣いで当麻を見る。

それにな、と当麻が言って耳打ちする。

「男が服を買ってやるのは脱がすために買うんだ」

きゃっ。当麻ってば。大胆発言。

顔が赤くなる。

「ほら。役所行くぞ」

その言葉に我に帰った私は慌てて後を追った。

 

その言葉どおり、届け出が終わって当麻の部屋に帰ったら早速脱がされてしまった。

結婚していきなりそれって・・・。

だけど、その当麻の楽しそうな顔と言ったら。

あんまり楽しそうだから、文句の一つも言えなかった。

当麻にメロメロな自分が結構恥ずかしい。

「男の人って変よね」

ベッドの中でぽつりと言うと何が、と当麻が尋ねる。

「なんで。服脱がすのがそんなに楽しいの?」

「それじゃぁ、聞くが、お前はなんですぐにケーキに走るんだ?」

そりゃぁ。ケーキがおいしいから。好きなものは好きだもん。

「そういうこと」

??

「男と女の個性みたいなもんだろう」

個性で服脱がされちゃぁ困る気が・・・。

考え込んでいると当麻がいきなり起き上がった。

そのまま、ベッドを抜け出す。

「当麻?」

「こっちに来い」

そう言って部屋を出て行く。

ちょっと、いくら二人きりでもその格好で動かないでっ。

慌てて後を追おうとして自分も何もつけていないのに気付く。

一旦、躊躇するとシーツをべりっとはがして体に巻きつける。

長くて歩きにくいけれど、まぁ、いっか。

シーツをずるずる引きずって隣の部屋に行く。

そこには荷造りした荷物でいっぱいだった。

もうすぐ、当麻はこの学生マンションを出て行かなきゃ行けないから。

「せめて、これはいてよ」

当麻にジーンズを渡す。

「わかった」

そう言って当麻がジーンズを身につける。

その間、部屋を見渡す。

と、見なれた箱一つ発見。

林檎ちゃんマークが、燦然と輝いている。

でも、こんな箱いつからあるの?

お嫁に来たときはなかったはずだけど・・・?

「当麻ってマックユーザーだった?」

当麻はわけわからんUNIXを使っているはず。ハードはどこメーカかは知らない。自作パソかも。

いや、と当麻が答える。

「じゃぁ、どうしたの?」

「結婚祝だと」

へっ、誰から? 特別な祝い品はいらないと言ってあるはずなのに? 

いろいろもらったらお返しが大変だから。ただでさえ貧乏(表向き)な私たちだから余計な出費はしたくない。結婚式だってこじんまりしたコースにした程。でも、使うところは使ってしまうのが結構悲しい、今日この頃。しっかりウェディングドレス作っちゃうから。だって、当麻が買ってやる、って言ってくれたんだもん。と言い訳しておこう。

「遼とかゆ。というか俺の身を案じてくれた」

「当麻を心配してなんでマックちゃんがあるの?」

「お前、ここ数ヶ月、夜な夜なマックに語り掛けていたんだろう? かゆが不気味がっていたぞ」

言われてみると確かに。

だって、実家のパワーマックはかゆと共同だから、お嫁入りに際して連れて行けないんだもん。

愛するマックちゃんと別れを惜しんでも別にいいじゃない。

持ってきたのはウィンのノート。でもウィンってビジネスライクだから今一、なのよね。

それでもってやたらウィルス感染するし、どんなに手塩にかけて世話してもビジネスライクで、面白くない。

「あんまり別れを惜しんでるから、きっとその調子だとマックを求めて夜な夜な徘徊しかねないと

思われているらしいぞ」

「いくら私がマックファンでもそれはないって」

私は苦笑する。

「だと、いいが。少なくとも二人は新妻がマック禁断症状に襲われるのを心配してくれたんだ。

俺もその可能性は大だろうと思ったから、受け取っておいた。

俺だってマック禁断症状のお前をなんとかできる方法など知らないからな」

うーん。その可能性はなきにしもあらず。

「で、中身見ないのか?」

「あ、うん。見る」

ひざまずいて箱を開ける。

四苦八苦して引きずり出す。

ああ、やっぱ林檎ちゃんマークがいい。

ついでに型式を見る。

うわっ。これハイスペック品だっ。

いいのか。こんな高いのもらって。

「当麻、これかなり高いよ? ほんとにもらっていいの?」

「いまさら、返品できないだろう? お前の実家に二台も置けないだろうし」

「そりゃぁ、そうだけど、これ本体だけで軽く30万するよ? それにディスプレイもついたら・・・」

ああ、考えただけでくらくらする。

「まぁ。この際だ。もらっておけ。二人が結婚したときに返せばいいだろうから」

ああ、かゆ、遼、あなたたちって本当にいい妹と弟よっ。

いつかお姉さんがきっと恩返ししてあげるっ。

いらんといわれそうだけど・・・。

「セットアップ自分でしろよ。俺はマックは知らんから」

これはうそだ。当麻ほどの頭があったらマニュアル見なくても簡単にできる。

きっと私の事考えて今日まで隠しておいてくれたんだ。

わーん。当麻。愛してるよー。

私は当麻に抱きつく。

「お前、抱きつく相手間違えていないか?」

当麻があきれたように言う。

「間違えてないっ。一番に抱きつく相手は当麻しかいないもん」

そうか、と言って当麻の顔が一笑破顔する。

ああ、もうっ。

当麻もかゆも遼もみーんな、愛してるっ。

やっぱり、結婚相手、当麻で良かった。

一生懸命、がんばるからねっ。