当麻の戯言1 幸せってなんだっけ考

沸騰するなべにパスタを放りこみ、その間に切っておいた野菜とひき肉をいため、

ケチャップをいれて、煮こみ、最後にチーズを入れる。

茹で上がったパスタを出来上がったソースの中に入れて絡ませる。

幾度となく見た料理の風景。

また手際がよくなった気がする。

当麻はその様子を見ながら思う。

もっとも相変わらず、野菜の皮むきは苦手で皮むき器を使っているが、

それは当麻にとって愛嬌のようなもので逆に微笑ましい。

できたパスタを二人で食べる。

唐突に亜由美が顔をしかめる。

「おいしくない・・・」

なんで?、と当麻がもごもごさせて問う。

口の中の物を飲み込んで言う。

「私的感情を抜きにしても普通に美味いけど?」

「おかーさんの味じゃない」

不機嫌そうに呟く。

その台詞にまたいつもと同じ台詞をかける。

「前から言ってるけどな。俺はお前のお母さんと結婚するわけじゃない。

お前のお母さんの味でなくていいんだ。お前の味だったら問題ないから」

「やだ」

「やだってお前ねー」

やだ、は亜由美の必殺技の一つだ。他には瞳でおねだり攻撃などが多数ある。

「だったら、教えてもらったらいいだろうに」

「それもやだ」

当麻はため息をつく。

当麻がこっちに戻ってきてからと言うもの亜由美は足しげく家に通う。

それでよく当麻の世話を焼く。

料理はなかなか手が出せなかったようで最初は十回に一回の割合で料理していた。

それが五回に一回になり、三回に一回なって正式に婚約した今では毎回作っている。

そのたびに手際も味も上達していて当麻には問題なかったのだが、当人にとっては大問題らしかった。

かといって家の方ではまったく何もしないらしい。

せめて自分の部屋ぐらいきちんとしてほしい、と迦遊羅に何度となく仲介を頼み込まれたぐらいだ。

一度、なんで何もしないのかと聞けば、上手にできないのが嫌だと言った。

ただ、そのまま何もできないのを良しとしているわけではなく、こうして当麻の家でせっせと腕を磨いているのだ。

だが、その事実も家族には知られていない。亜由美が口止めしているからだ。

言えば、家でもやらされるからと言う。

別にどこでやろうともかまわないと当麻は思うのだが、彼女にとって家でするということは母親や迦遊羅と比較されてしまうわけで非常に嫌らしい。

まぁ、わからないこともない。比較されるのをかなり嫌がっているから。

「だいだい、お母さんと言い、かゆといい、目分量で作るから嫌なのよ」

とぶつぶつ文句を言う。

その言葉に当麻は苦笑いを禁じえない。

亜由美はインスタントラーメンでさえ、水の量をきっちり計量カップで測るのだ。

おまけに湯で時間を秒針を使って数えるほどだ。

本人にとってはポリシーがあるようだったが、何もそこまできっちりしなくともいいと思うのだ。

「まぁ。そんな事言わずに次回もがんばれ」

一旦言い出したら頑固な亜由美のこと、もう説得するのはあきらめていた。

かわりにはげます。

うん、と亜由美は苦々しくパスタを口に運んだ。

「それ食ったら帰れよ」

ええー、と亜由美が文句を言う。

当麻とて離れたいわけではないが、このまま一緒にいたらどうも家に帰せなくなる気がしていたからだ。

数日前まで二人は一緒に生活していた。

来年、留学するに際し、語学力をアップするための徹底特訓を施していたのだ。

亜由美の父親に特別に許可をもらって亜由美の夏休みをまるまるそれに当てたのだ。

家の中では一切日本語禁止、という過酷な状態だった。

だが、それも亜由美がうー、とかあー、とかしか言えないで一日を終わってしまうためにさすがにフラストレーションがたまるだろうと言うことで

食事時と就寝前の数時間は日本語を許可した。

少なくともヒアリング能力はあるようだったが、自分で話すとなるとどうもできないらしい。

結局、ほとんどジェスチャーで終わってしまう。

その特訓は遼の誕生日に小田原へ行っても変わらなかった。

その厳しさには回りのものが言葉を失ったほどである。

基本的に秀以外の大学に行っているものにはあくまでも英語で接するように頼んだのだ。

そんなこんなでようやく中学生程度には話せるようになっていたが、まだまだレベルは届かない。

そんなハードな夏休みであっても二人が共にいられるということに当麻は満足していた。

夏休み終了と共に亜由美は実家に帰ったのだが、そうなると今度は当麻がやたら寂しく感じていた。

別れてからまだ一週間もたたないのに会うともう離せない気がしていた。

昔、両思いになったとき、二人の仲は新婚ほやほやだとからかわれたが、そんなのはもう比ではない。

あんなままごと気分ではもういられないぐらいなのだ。

俺も相当気が早い。

当麻は内心、笑うしかなかった。

「もうちょっといいじゃない。十時まで時間あるよ?」

今までは朝帰りもおろか夕方六時には家に帰していた。

だが、正式に申し込み、許可を得た今は亜由美が自家談判して夜の十時まで許可されていた。

が、今日はそんな時間までいられたらきっと帰せなくなると当麻は思っていた。

だめ、と強く言う。

「お前、明日も講義あるだろうに。しかも一講目からだろう?」

「たまにはさぼってもいいじゃない」

その言葉も却下する。

大学に入った当初、当麻の家に入り浸ってさぼりがちなのに頭を悩ませた当麻は絶対に講義に遅刻しない、休まないを約束させていた。

当麻ぐらいなら多少、サボろうがなにしようが講義の内容を自分でフォローできるし、ついていくのに問題はない。

だが、大学の勉強と言うのは自分から勉強するのが基本だ。

それには興味を持たねば始まらない。

サボると必然的に講義の脈絡を理解し損なってついていけなくなる。

結果、興味を失い、勉強が嫌いになる。

で、サボり、また同じ結果を生む。

それでは何が楽しくて大学へ入ったのかわからなくなる。

そういう意味のない事をさせるつもりはなかった。

考えていたとおり、休まずに講義に出るようになった亜由美は大学生活を楽しんでいるようだった。

万年赤点の英語で優をとったときはとてつもなくはしゃいだぐらいだ。

語学力皆無のような亜由美だが、読解力は長けているのだ。

ただ、それが会話となるとまったく能力が発揮できない。

「土曜日にでも来たらいいから」

彼女の学部は土曜日はまったく講義がない。

教えるほうが皆、教会関係者で土日は教会の仕事に忙しいからだ、と亜由美は言っていた。

「まだ、三日もあるー」

「講義さえ終わったら明日も来ていいから」

「そしたらまた夕食たべるだけになっちゃうー」

「お前の気持ちもわからないこともないが、まずはしっかり学べ。でないと必死に教えて入れた俺の努力が報われない」

と言いつつも、その言葉は今はいいわけにしかならない。

とにかく、離れることになれないと、な。

自分に言い聞かす。

返事は?と聞くとしぶしぶはーいと答えが返ってきた。

 

土曜日の早朝。

夢うつつに当麻は亜由美を抱きしめていた。

抱きしめ、思いの丈をこめてキスをする。

それからやおら手を体に這わせた当麻はぎくりとした。

やけに感触が生々しい。

はっと我に返ると腕の中に亜由美本人がいた。

今、何時だ?

思わず、時計を見る。

まだ朝の七時過ぎだ。

「お前、昨日帰ったよな?」

半ば、寝ぼけながら問う。

うん、と亜由美が答える。

「なんでここにいるんだ?」

「そりゃぁ。朝一で来たから。ベッドにもぐりこんだ途端、いきなり抱きしめるんだもの、びっくりしちゃった」

驚くのはこっちのほうである。

いきなりもぐりこまないでほしい。

「で、そんなに私が欲しい?」

面白そうに亜由美が言う。

「そういう台詞をぽんぽん言うな。そういうお前はどうなんだ?」

聞き返されて亜由美はこともなげに答える。

「今ので火がついた」

その大胆な発言に当麻の押さえていた自制心やらなにもかもがなくなった。

もともと寝起き時には理性などないのだ。寝ぼけた自分がどれほど恐ろしいか皆に知れ渡っている。

こいつは魔女か何かか・・・?

思いつつ、当麻は亜由美に覆い被さっていた。

 

当麻はベットの中でいたく不機嫌だった。というよりも激しく自己嫌悪に陥っていた。

今朝の抱き方と言ったら史上最低最悪だった。

まず、亜由美に対して優しさも思いやりもいたわりもなかった。

いくら寝とぼけていたからと言って自分の思いのままに暴走するなど言語道断だ。

おかげで傍らの亜由美はぐったりしている。

それはそうだろう。

自分はサムライ・トルーパーとして基礎体力が通常の人間と遥かに違うのである。

いくら、亜由美が亜遊羅として身体能力に優れていてもそこは男女の差が歴然とある。

思いっきり自分をぶつけられて平気でいる亜由美の方がすごい。

「当麻、朝から来たこと怒ってるの?」

ぐったりとして目を閉じていた亜由美が目を開けて問う。

事のほか、怒気があふれているようだ。

いや、と答える。

そうではなくて、と今考えていたことを伝える。

亜由美はそれを聞いて安心したように言う。

「優しい当麻もいいけど、今朝みたいな当麻もいい、と思うけど?」

いい加減その口を慎め、と注意を促す。

この無邪気な婚約者は自分の言葉にどれほどの威力があるか自覚がないらしい。

そんな事言われたらまたおかしくなってしまう。

「お前、俺に抱き殺されるところだったんだぞ」

むすっとして言うと亜由美は言う。

「当麻の腕の中で死ねるなら本望だもん」

眠そうにところどころ言葉を途切らせて言う。

まったく、この許婚は言葉だけで自分を殺してしまう。

「眠いなら少し眠ればいい。どうせ、早起きしてきたんだろうから」

ぽんぽんと頭を軽く叩く。

うん、と短く答えて亜由美は眠りに落ちていった。

眠る亜由美を見て思わず微笑みが浮かぶ。

七時近くにいるということはもう六時近くには家を出ていることになる。

亜由美は当麻ほど朝が弱いわけではないが、得意なわけでもない。

迦遊羅から聞くと毎朝、遅刻すると大騒ぎしているらしいから。

その亜由美が自分会いたさに必死でくる様子を思い浮かべるともういとおしくてたまらない。

ここまで惚れるとは自分でも思っても見なかった。

亜由美と許婚になるまで自分にそういう感情があるとは思いもしていなかったのだから。

まさしく、青天の霹靂である。

だが、そういう自分もなかなかいいかもしれないと思うことがある。

愛すると言う感情は自分に色々もたらしてくれた。

悲しみも喜びもなにもかも。

当麻にとってそれを身をもって知らしめてくれた亜由美こそ世界でたった一つの宝物だ。

と、そこでまた最初の考えに戻る。

その亜由美を乱暴に扱った自分が許せない。

はぁ、とため息をついて天井を見上げる。

こういうときは煙草の一本でも吸いたいところだが、持っていない。

五人の中で吸っていないのは秀と自分だけ。

秀は味覚が劣るからといって吸わない。

自分はそのような必要性がないから吸っていたが、それを見た亜由美によって禁煙に持ち込まれたのである。

「煙たいっ。肺がんになるっ。早死にするっ。私を置いて先に死ぬつもりっ?」

余りにも大げさに騒ぐから驚いた。

良く聞くと亜由美の家系はガンで死亡する人間が多いらしい。それで敏感になっているようだった。

それでも吸っていると喫煙の害が吸っている本人より回りの被害が大きいことや肺がんの発生率やら

死亡率を調べたペーパーを見せ付け、はては肺の解剖写真まで見せてくれた。

それで極めつけは「吸ったら結婚しないからねっ」。

さすがにこの言葉には逆らえなかった。

ので、あっけなく当麻は煙草から足を洗う羽目になった。

結構、自分の行動にいろいろ文句を言うがあれほど激しく抵抗した亜由美は初めてだった。

それほど、自分を想ってくれていたと思うとうれしくなる。

想われている、それだけで幸せな気持ちになれる。

だが、一方で自分は本当に亜由美を幸せにできるだろうかと思うことがある。

今朝みたいな日は特に。

だが、それは取り越し苦労なのだろう。

以前、抱きしめてくれるだけで幸せだといっていたぐらいだから。

ただ、自分は事のほか欲張りらしい。

今以上に一緒にいたいし、幸せにしたいと思う。悲しい涙は一粒たりとも流させたくない。

そこまでつらつら考えていると口からあくびがでた。

気持ちが落ち着いてきたようだ。

まだ午前中。少しぐらい眠っても時間はあるだろう。

目覚めたら、どこか遊びにでもつれていってやろう。

そう思って当麻は眠りに身を任せた。

 

が、爆睡の二人が起きたのはもう午後三時を回っていた。

結局、この日もいつもとかわらないあわただしい時間が過ぎていったのだった。