あゆの戯言5 幸せってなんだっけ?考

玄関のドアをそっと開ける。

でも、数センチしか動かない。

チェーンがかかっていた。

あきらめてドアを閉める。

階段を降りて郵便受けにチョコを放りこむ。

はじめての手作りチョコ。

独身最後のバレンタインだったから、手作りしたかった。

もっともその当麻がお嫁にもらってくれるという前提があってだけど。

それも無理かもしれない。

帰り道、ため息ばっかりだった。

一月も半ば、当麻のインフルエンザ騒ぎの後、大喧嘩した。

何が悪かったのかほとんど覚えていない。きっと反射的に記憶を封じてしまったんだと思う。

私利私欲で力使うなんて最低だけど。

当麻の怒り方は尋常でなかった。

あんなに怒り狂った当麻は見たことなかった。

覚えているのは家へ来るなって言われたこと。

その剣幕はすさまじかった。

だから、あれからずっと当麻の家には来ていない。

ただ、この日は特別な日だったから。

 

寒風吹きすさぶキャンパスで、私は恥も外聞もなく鼻をすすった。

大丈夫かとさぁやに聞かれる。

うん、と言葉少なく答える。

落ち込んでて風邪をひいてしまった。その経緯はあまりにも情けない。

お風呂上り、携帯ラジオで英会話講座を聞きながら、ベランダでほけっと夜空を眺めていたせい。

あんまり長くベランダにいるからかゆに引き戻されたけど、あとの祭りだった。

家族に散々、寝てるように言われたけど、折角ここまでがんばった単位を落としたくはなかった。

当麻との約束でがんばった講義の単位を風邪ごときで落とすのは絶対いやだったし、寝込んでいたら

立ち直れそうになかったから。だから、試験をめいいっぱいがんばった。

でも、それも今日で終わり。

明日からくらーい日々が待っている。いっそバイト探そうか・・・。

「ねぇ、あそこにいるのあゆのダーリンじゃない?」

言われて顔を上げると当麻が正門で待っていた。

立ちすくんでしまう。

「仲直りしておいで」

言われて背中を押される。

さぁや達は大喧嘩したことを知っている。それはもう激しく落ち込んでいたから。

私に気付いた当麻が近づく。

難しい顔をしてる。

逃げ出そうにも体が動かない。

当麻が何も言わずに手をひく。

ひかれるままに歩く。

だけど、始終無言だった。

お山を下って駅について電車に乗って当麻の家に行く。

この二年間のお決まりのデートコースのひとつ。

だけど、今日みたいにまったく黙ったままと言うのはなかった。

 

家に着いて当麻が玄関を開ける。

当麻が家に入る。でも、私は動かなかった。

「とって食うわけじゃないから、中へ入れ」

言われても動けない。

「そのままだと風邪をこじらせる」

「話・・・なら・・・ここで聞くから」

ぽつりと言う。覚悟を決めないといけない。

ため息が聞こえたかと思うと抱き上げられて台所へ連行される。

私が前に風邪ひき対策用に買っておいたあったかドリンクが支給される。

私はただ黙ってそれを口にする。

当麻は席を離れたかと思うと戻ってきてなにやら紙を折り始める。

指を動かしながら当麻が問う。

「なんで携帯、電源切ってる?」

「・・・」

別れ話が怖いから。

「また、だんまり復活か・・・」

まぁ、いい、と当麻が言う。

「チョコ、美味かった。火傷、とかしなかったか?」

ただ、黙って頷く。

手作りってわかってくれた。それだけでうれしかった。

こつん、と頭に何かがぶつかってテーブルの上に落ちた。

紙飛行機。さっき当麻がいじっていたもの。

目に飛び込んできたのは婚姻届の三文字。

思わず手にして広げる。

「かゆからお前の精神状態が過去歴代ワーストワンをぶっちぎってると聞いた。精神安定剤だ。受け取れ。

籍入れるのはもうちょっとあとだがかまわないだろう?」

「離婚、の間違いじゃ・・・」

「結婚してないのにどうやって離婚するんだ?」

当麻があきれた声を出す。

涙がぽたぽた紙の上に落ちる。

当麻が慌てて紙を引っ手繰る。

「その紙、結構脆いんだぞ」

言って、椅子を引っ張りながらテーブルを回り込んで来る。

そのまま抱き寄せられる。

「・・・別れ話聞かされるかと・・・思った・・・」

「それで携帯切ってたのか?」

うん、と頷く。

「馬鹿だな。お前は。なんで別れなきゃ行けないんだ。俺はお前なしで生きてけない体になってるんだぞ。

責任はとってもらう」

「だって・・・当麻、玄関にチェーンつけてた・・・」

「あれはお前が無理してここに通うからつけてただけ。

いくら俺が顔が見たいと言って色ボケしててもだな、ぶっ倒れるまで通う馬鹿がいるか」

思い出した。私、当麻の目の前で目を回しちゃったんだ。

それでかゆからかゆが言うところではハードな私のスケジュールを聞いた当麻が怒り狂ったんだった。

「それも意味なかったみたいだが・・・」

そう言って深深とため息をつく。

「通うのを止めさせたら今度は風邪ひいてなおかつ、学校へ行くんだからな。始末におえん」

「知って・・・たの?」

「かゆから聞いた。お前のことはかゆから毎日聞いていたし、お前の友人にも連絡を受けていた。

飛んでいって休ませようと思ったが、試験が終わるまでは絶対に無理だと言われたから今日まで待っていた。

携帯かけても出ないし、家に電話かけても絶対に出ない。 俺はもう気が気でならなかったぞ」

「だって、単位落とすの嫌だもん。・・・怖かったんだもん」

何が、とは問われなかった。

そのままきゅっと抱きしめられる。

「馬鹿」

一言当麻が呟く。

もう涙しかなかった。

何時間も泣いてようやく涙が止まった私は当麻の腕の中でくたっとしていた。

なんだか体が熱い。

その様子に気付いた当麻が慌てておでこに手をやる。

「お前っ。熱、でてるぞ」

「・・・うん。気が高ぶって・・・ぶり返したんだと思う・・・」

当麻が慌てて抱き上げてベッドに放りこむ。

それからかゆに連絡している声が聞こえた。

「俺だ。あゆが発熱した。熱が下がるまでこっちで保護しておく。お父さんによろしく伝えておいてくれ」

その言葉に思わず笑みが浮かぶ。

その顔を見た当麻が信じられんと言った声を出す。

「お前、熱で頭おかしくなったんじゃないのか?」

「わかんない・・・。でも、当麻と一緒にいられてうれしー」

ふにゃぁと笑う。

「そう言う言葉は元気なときに言え。冷やすもの持ってくるから」

そう言ってあわただしく当麻が出て行く。

戻ってきた当麻が頭の上にアイスノンを乗せ、体温計をはさませる。

「気持ちいいー」

体温計を見た当麻がまた出ていって熱さましと水を持ってくる。

「残りもんだが、大丈夫だろう。飲め」

言われるままに飲む。

もう顔がにやついてにやついてしかたがない。

「寒くないか?」

「当麻がいてくれるから寒くないー」

「俺が言いたいのは気持ちの上でなく、身体面の話だ」

だったら、と言ってベッドの上掛けをめくる。

体をずらして、ベッドを叩く。

「当麻があっためて」

これ以上はないと言うぐらい甘えた声だったと思う。

その声にまったく、と言いながら当麻がベッドに入りこむ。

私はその当麻の胸にこてっと体を預けた。

「いくらなんでも俺に迫るなよ」

うん、と答えてまぶたを閉じる。

当麻、大好き。

声にならない声で呟く。

そうして私は久しぶりに安堵して眠りに落ちた。

 

翌日、熱が下がらない私を当麻が強引に病院に連れていった。

そこでまた当麻が怒り狂ってしまった。

なんでももうすこしで肺炎だったそうな。

部屋に帰ってやっぱりベッドに放りこまれて、当麻が仁王立ちになった。

怒鳴れるっ。

怒られるっ。

愛想つかされたっ。

思って思わず目を閉じて身を硬くした。

だけど、怒声が降りてくる代わりに抱きしめれた。

「今日ので少なくとも五年は寿命が縮まったぞ」

「ごめん・・・」

「俺が早死にしたら間違いなくお前の責任だからな。覚悟して置けよ」

その優しい声に私はあっけにとられた。

「怒ってないの?」

「怒ってる」

じゃぁ、なんで・・・?

「この間みたいに怒り狂っても意味がないから。お前を追い詰めるのは嫌だ」

「・・・愛想尽かしてない?」

「ない」

「・・・お嫁さんにしてくれる?」

「昨日、婚姻届け渡したばかりだろうが・・・」

あきれた声が聞こえる。そうだけど、今回のことで自信は木っ端微塵に砕け散っている。

「ほんとーに。こんな私でいいの? 自分勝手で迷惑ばっかりかけて、頭悪いし、美人でもなければかわいくもないし、

家事炊事まったくだめだし、だめだめ人間の究極体だし・・・」

ストップ、と言って唇に指が押し付けられる。

「それが昨日まで愛想つかされたと激しく落ち込んでいた人間の言葉か? 

それによくもまぁ、それだけ自分を貶められるな。

自分勝手で迷惑かけるのは長年、人を優先させてきたお前が自分を優先させたときに起こるアクシデントみたいなもの。慣れたらじきに収まる。

頭の良し悪しはもとより関係ない。それに美人とは言えないが、十分かわいい。家事炊事に至ってはオール5だぞ」

「うそ」

だって、お母さんやかゆみたいにてきぱきできないもん。ナスティや伸のレベルに至っては全然到達してないもん。

「うそじゃない。お前、こっちに戻ってきてからずっと俺の世話焼いていただろう?

苦手な料理だってここのところ毎回作っていたじゃないか。味も手際も格段に上達している。それのどこが不満なんだ?」

私はただ首を振る。当麻が言い聞かせるように言葉を継ぐ。

「それにどこがだめだめ人間の究極体だと?

学校は俺との約束を守ってほとんど無遅刻無欠席。成績は苦手分野以外は85点以上をキープ。平均点は80点以上。

その上、この夏からは英会話毎晩、遅くまでやっていたんだろう? 

俺が来るなと言わなかったらほとんど毎日、顔出すし、休日に至っては朝一で来る。

亜遊羅として動くのは年に一回あるかないかだが、それも休日出勤即日解決。

亜遊羅の事はともかく全部ばらしてみんなに評価を聞いてやろうか? 

お前が黙っていろというから黙ってきたが・・・。本当のお前を知っているのが俺だけと言うのは結構寂しいぞ」

「でも・・・でも・・・。やっぱり、まだ足りない」

なにもかもが上手にこなせない。それは嫌だ。

「いい加減、満足しろって。俺が満足してるのに、お前が満足しないのはおかしい。がんばりすぎだぞ?」

言ってきゅっと当麻が鼻をつまむ。

「がんばりすぎじゃないもん・・・。当麻のお嫁さんになるにはもっともっとがんばらないとだめだもん」

まったく、と当麻がため息をつく。

「こっちに戻ってきてからというもの命削るようなまねをして無理しなくなったから好きなようにさせてきた。

だが、倒れるまでになったら黙っているわけには行かない。まるで俺がお前をいじめたおしてるみたいだろうが。

このまま無理を重ねたら日本においていくぞ」

「やだっ」

「なら、たまには気を緩めておけ。お前がぶっ倒れてから気付いたが、この十年近くまともにゆっくりしたことないんじゃないか?」

「そんなの、たいしたことないもん」

「そう思うのはお前だけ。ここ最近を考えても学生に恋人、花嫁修行に亜遊羅の役目、さらに家族サービスまでこなす。

普通はどれか一つを優先させるのにお前と来たら全部一番。全力投球。

優先順位をつけることを覚えておけよ。このまま過労死して俺を置いていく気か?」

「当麻を置いてなんか死なないもん」

「ああ言えば、こう言う・・・。いいかげん、自分を酷使するのはやめろ。お前の悪い癖だ。

でないと本当に置いていくからな」

「やだっ」

私は当麻にぎゅっとしがみつく。

「だったら、もう少しゆっくりして俺を安心させてくれ。

俺はお前をいじめたおすために一緒にいるんじゃないんだから。

だいたい、この調子だといつ破談になるかわからないぞ」

それは困る・・・。ものすごく困る。この四年間、そのためだけにがんばってきたのに。

返事は?

と当麻が聞く。

「わかった。もう無理しない」

よし、と言って当麻がぐりぐり頭を撫でまわす。

「手始めにその風邪、ゆっくりして治せよ」

「うん。がんばるっ」

だから・・・と当麻が頭を抱える。

「がんばらなくていいから。ゆっくり休め」

「ゆっくり休めるようにがんばるっ」

ああ、と言って私を離した当麻がベッドの上に突っ伏す。

「何か変な事言った?」

いや、と当麻が力なく答える。でもって呟く。

「お前って、遼より性質悪い・・・」

なんで、なにが性質悪いのーっ?!

聞いても答えてくれなかった。くすん。

 

結局、風邪治していたらずるずる当麻に家に居座ってしまって、そのまま当初の予定より新婚生活が早まってしまった。

本来は式挙げてからだったんだけど。

一応、風邪が治って一旦家に帰った。

この数ヶ月、度々に当麻に保護してもらっていたからかどうかは知らない。

お父さんが当麻の卒業を目前にしたある日、とっとと嫁に行けって言って私は家から放り出されてしまった。

世話かけてばっかりかけていないでちゃんと世話しろと言われた。

これってよかったのか悪かったのか・・・。

でも、思いっきり幸せだからよかったんだよねっ?

言うと当麻は本当に幸せそうな顔してああ、と短く答えてくれた。

もう、絶対絶対に幸せにしてあげるっ。

叫ぶと当麻は十分幸せだからいい、とまで言ってくれた。

ああ、私って世界で一番幸せ者っ。