トゥルトゥルトゥル・・・。
携帯の呼び出し音が鳴り続ける。
しばらくして留守番電話に変わる。
「馬鹿当麻!」
私はそう言って携帯を切った。
今夜に限って何度かけてもつながらない。
学生マンションの電話すらつながらない。
こう言うときに限って当麻はいつもいないんだからっ。
怒り心頭の私を迦遊羅が不思議そうに眺める。
「どうかしましたの? わからない問題があるなら私がお教えしますけれど?」
だーっ。そんな問題じゃないやいっ。
かれてもくれても受験一色。いい加減にしてよねっ。
「かゆや皆は頭がいいから受験なんて楽々でしょうけれどねっ。どうせ私は頭が悪いわよっ」
「そう言うことを言っているわけでは・・・」
珍しく怒った私にかゆがしゅんとする。
「ごめん。八つ当たりだった。だって当麻出てくれないんだもんー」
すんすんと鼻をすする。
「今日は素敵な七夕なのよ。たまにはかゆと遼みたいにラブラブ電話しようと思っただけなのにあの馬鹿っ当麻は電話にも出ないんだからっ」
業務連絡のような電話にはきっちり出るくせにこう言うときに限って出てくれない。はかりごとをされている気分。
いい加減腹に据えかねて携帯メールに怒りをぶつける。
“馬鹿当麻っ。電話ぐらいでなさいよっ。婚約破棄してやるっ”
我ながら過激と思う文章を送る。
するとびびった声で当麻が電話をかけてきた。
今更遅いつーのっ。
『あ、あゆ。悪かった。今は飲み会で気づかなかったんだ。ほんとだってば。電話なら明日してやるからすねるな。怒るな』
「知らない。当麻なんてもう知らないもんー」
半分泣きかけながら答える。
「それに飲み屋の音なんてしてないじゃないの。飲み会なんて嘘でしょう?」
『本当だっ。今は便所からかけてるんだ。お前、人前でこんな電話かけていたら怒るだろうが・・・』
そりゃそうだけど・・・。
当麻に婚約者がいると言うことは関係者以外は知らない。当然当麻の大学のご学友にも秘密。だってなんだか恥ずかしいんだもの。
「今日はせっかくの七夕なんだよ。たまにはかゆと遼みたいな電話したかったんだもん」
やばい。なんだか涙が出てきた。こみ上げてきた嗚咽を堪える。
関西に帰ってきてから私立の受験校に放り込まれた私は一日に七限もある授業を受けて帰りは四時半以降。当然当麻の家なんかに行けるわけがなくて・・・。
行っても門限の六時にすぐなっちゃって当麻の家から放り出される。当麻は私を何が在ろうと六時には部屋から出して家まできっちりと送る。婚約してるんだからちょっとぐらい遅くなってもいいと思うのに信用がなくなるの一点張り。せっかくの土日も行けば受験勉強一色。
折角楽しい女子高校生ライフを送ってらぶらぶな生活が送れると思ったのに全然まるで灰色の学生生活。一年休学しなかったら今頃生活は一変していたかも知れないと思う今日この頃。
『泣くな。泣くなよー。こんなときになかれても対処できないだろう?』
いち早く私の無言が泣きそうになって我慢していることを察知した当麻がなだめる。
「当麻の馬鹿—。浮気してやるー。もう知らないー」
堪えていた涙をこぼしながらぐちる。
「せっかくの七夕なのにー。当麻はどうしてロマンティックじゃないのよー」
えぐえぐと私は泣きながら当麻に言う。当麻はひたすらごめんを連発する。
「いいよ。もう。当麻なんてやろーとつるんでなさいよ。いつまでもトイレにいたら変に思われるでしょう? 私のことなんか放って置いたらいいじゃないの」
どうせ、私なんか・・・。
去年なんて当麻はどっかの外国に行ってるし、今年こそはと思ったのにこのありさま。ものすごく悲しくなって涙がぼろぼろこぼれる。
「当麻には当麻の生活があることぐらいわかってるもんっ。もうお邪魔しないからっ。バイバイっ」
半ば泣き叫ぶようにして携帯を切る。おまけに電源も切ってしまう。
馬鹿当麻はやろーでも美女でも遊んでなさいよっ。
そしたら今度は家の電話が鳴った。
階下から母の声がする。
「亜由美—。当麻君からよー」
「知らないっ。もう寝たって言って置いてっ」
二階から一階へと叫ぶ。
母が何事かを言って電話が終わった。
涙があとからあとからこぼれる。
当麻なんて大嫌い。
何度もそう言いながらかゆの腕の中でなきじゃくった。

「おはよう」
不機嫌な声を出して起きる。
今日は土曜日。学校が早く終わる。でも今日は当麻の家に行かない予定。
この際、しばらく会わないでおこうと決めたのだ。
当麻だって四六時中私につきまとわれていたらいやだろうし、私だって昨日の今日、顔を会わせたくない。会ったらきっと私のこと嫌いなの?とか色々言ってケンカになるから。当麻のこと大嫌いとは言ったけれど本当に嫌いになるわけがないし、でも昨日の怒りはまだくすぶっているわけで八つ当たりするのは目に見えていたから。
ぼけーっといつもより上の空で授業を受けて終わる。
掃除も終えて帰路につく。
一人でとぼとぼ歩いて駅に着く。
なんだか関東の暮らしが恋しくなる。
友だちはいなかったけれどいつも帰るときは当麻や征士がいて舞子先輩や翔子先輩達がいた。家に帰ったらどんなにケンカしてもすぐに仲直りできたし、すれちがいとはおさらばできていたから。それなのに関西に戻ってきたら思いっきり擦れ違い生活。家族との溝はあんまり埋まっていないし、家も学校も窮屈な場所だった。
上の空でホームに行くと当麻が立っていた。
「なにかご用?」
冷たいと思いつつも冷たい声しか出ない。
「昨日は悪かった」
別に、と私は答える。
「当麻はもう大学生なんだからお友達だっているでしょうし、飲み会だってあるでしょうよ。楽しい学生ライフを邪魔する権利なんて私にはないもん」
事実私は当麻の邪魔にはなりたくないと思っていた。
関東での当麻はいつだって私を守ってくれたしかばってくれていた。それは逆に彼の生活を縛っていたとも言える。関西に戻って普通の生活を送り始めた当麻を縛る気はさらさらなかった。
「この際、彼女でもつくったら?」
口が滑って思わず出てしまった言葉に当麻が黙りこくる。
「お前がそれでいいならそうする」
当麻の声に怒りがにじみでているのに気づく。
「ごめん。本気で言ったわけじゃないけど・・・私」
いけない。また泣いちゃう。
「当麻は好きに生きていく権利があってそれを止める権利は私にはないから・・・」
私はそう言って当麻に背を向けてホームのベンチに腰掛けた。
涙がじわりと出てきて景色がぼやける。
ひたすら黙って電車を待つ。
私の家と当麻の家とはホームが別。
怒った当麻はもうもう一つのホームに行くと思っていた。
ところが。
当の本人は私のとなりに腰を落ち着けた。
「お前、本気じゃないこと言うなよ」
「・・・」
何も言えなかった。言ったら涙声になりそうで。
「前にも言っただろう? 俺は別に嫌々お前につきあってるわけじゃないって。好んで首を突っ込んでるって。俺はありがたく好きなように生かせてもらっている。お前の方こそ素直になって好きなように生きろよ」
「それができたらこんなに悲しくないもん」
消え入るような声で私は呟く。
「当麻や皆を巻き込むのは好きじゃないんだもん。別に私一人で生きていったって別に構わないもん」
勢いよく当麻は立ち上がったかと思うと私の手を引っ張って当麻の家の方面のホームに強引に連れていく。あらがったけれど抱き上げるぞ、と言われてしかたなくついていく。
「とにかく。その犠牲精神をなんとかしろ。言いたいことが在れば言えばいいだろう? 文句もなんでも部屋で聞いてやるから」
そう言って当麻は手を離す。この駅にはまだ同じ学校の生徒がいるから一緒に手をつないでいるのを見られたら嫌がるのを知っていて離してくれた。当麻はいつだって優しい。
「当麻なんて嫌いだもん。大嫌いだもん」
小さな声で呪文を呟くように言い続ける。
「俺は好きだ。お前がなんと言おうと好きだ」
当麻が言い聞かせるように言う。真摯な声に当麻の想いが伝わる。
「お前に憎まれたって好きだ。愛している」
とどめの一発を言われて私の中で出来上がっていた壁がもろくも崩れ去る。
「ずるい。そんなカード使うなんて・・・」
またにじんだ涙を当麻がハンカチで拭いてくれる。
私は当麻からそのハンカチを奪うとひたすら目に押し当てた。
涙がひっきりなしに出てくる。
「今日は受験勉強はなしにしよう。お前の好きなことさせてやるよ」
優しさを帯びた声が降ってくる。
「馬鹿当麻」
私にはそれしか言えなかった。

部屋につくなり、堪えていた涙が一気にあふれ出した。
玄関でえぐえぐと泣き続ける私を当麻が抱きしめる。
「昨日は本当に悪かった。今度から出られないときは事前に言うから」
うん、とだけ私は答える。
「今度から七夕の日は空けておく。お前もつきあって欲しい日があったら事前に言ってくれ。俺は人一倍鈍感だから言われないとわからないんだ」
当麻がぎゅっと抱きしめながら呟く。
「とりあえず、お誕生日とクリスマスとバレンタインデーは空けて置いて・・・」
「わかった。他には?」
「今すぐ思いつかないもん。でもデートとかいっぱいしたいよ。ずっと遊んでくれなかったし、お話もろくにできてない。寂しかった。ずっと寂しかった・・・」
泣きながら話す私に当麻はうん、うんと聞いてくれている。
「寂しい思いをさせて悪かった。お前がとんでもなく寂しがり屋なのを忘れていたようだな。学校や家はうまくいっていないのか?」
「うん。あんまり話す友だちもいないし、家族ともあんまり上手くいってない。かゆだけ。一緒にいてくれるの」
当麻は私を抱き上げて部屋に連れていくと膝の上にのせる。
「俺はもういらない?」
ほんの少し寂しそうな声に私は首を大きく横に振る。
「いるっ。当麻が一番大事なの。側にいてほしいの。いつだってずっと側にいてほしいのは当麻なの。誰よりも愛しているのは当麻だけだもんっ。うそじゃないもんっ。当麻が死んじゃったりしたら後追いするもんっ。それぐらい大好きだもんっ」
「わかった。わかったから」
涙をこぼしながら大声を上げる私を当麻がなだめる。
「あゆはただ寂しかっただけなんだな。もうちょっとで受験も終わって一緒にいられる時間が長くなるから、もう少しのがまんだ。な? 寂しいかもしれないが、出きる限り会えるようにするから」
「うん。当麻愛してる。大好きだよ」
私は当麻のおでこにおでこをくっつける。
「俺も」
言って当麻の顔が近づく。
久しぶりにキスを交わす。
キスは涙の味がしてちょっと塩辛かった。
唇を話して当麻が微笑む。
私もつられて微笑む。
「後追いはしないでくれよ。未来の子供や孫に恨まれる」
当麻が言って私はほへ?と不思議な顔をする。
「俺が死ぬときはお前と結婚して天寿を全うしてからだからな。そのころには子供や孫がいるだろう?」
「当麻・・・」
その言葉を聞いて切なくなるやら嬉しくなるやら・・・。
「それから。俺に彼女を作れとか言うのもだめ。俺の相手はお前しかいないんだからな。お前すぐ自分を貶めるからなぁ。俺は気が気でならない。いつお前に愛想を尽かされて放り出されるかと」
「なわけないでしょーっ」
「誓えるか?」
「誓える。この命に代えても誓えるっ。私はいつだって当麻の事大好きだもん。嫌なことがあって嫌いって言っても嘘だもんっ。昨日言ったことも嘘だもんっ」
そうか、と言って当麻が微笑う。
私は当麻にぎゅっとしがみつく。
「でもね。当麻の生活を守るためならなんでもするよ? 大好きな人が不幸になるのは一番嫌だから」
「俺は十分幸せだから余計なことを考えるな」
「うん」
力強い当麻の言葉にうなずく。
「でも、いつか七夕一緒に過ごしたいね。そんで流れ星見つけて一緒にお願いするの。幸せになれますよーにって。ずっと一緒にいられますようにって」
甘えた声でおねだりする。
「流れ星も七夕の願い事もなくてもちゃんと幸せにしてやるから、心配するな」
確信に満ちた声を聞いて私は安堵する。
この人となら一生幸せになれる。
きっと幸せな未来が訪れる。
そのためにならいっぱい努力しよう。
「きっと当麻となら誰もがうらやむ幸せをつかめるような気がする・・・」
「気がするじゃなくて、つかむんだ。絶対に幸せになれる」
「当麻はどうしてそういつも強引なの?」
笑いながら当麻に言う。
「そりゃ、お前が謙虚すぎるほど謙虚だからな。強引にならないとお前を捕まえておく自信がもてない」
「謙虚じゃないよ。ただのわがままだよ。自分勝手な人間なんだから。当麻がいるから少しだけまっとうな人間になれたんだもん。当麻は自信持って良いんだよ。闇の中に消えようとした私をいつだって守って捕まえて置いてくれたんだもん。愛想なんてつかさないもん。当麻ほど出来た人いないもん。私には十分すぎ・・・」
「だから十分すぎるとか言わない。お互いが必要だからいるだけ。それだけなんだ。わかったか?」
またうんと答えて私は吹き出す。
「本当に当麻って屁理屈が大好きだよね? 当麻と話していたら悲しいことも切ないことも全部吹っ飛んじゃう」
そう言って私は声を出して笑う。
その様子を当麻がじっと愛おしげに見つめていて私は真っ赤になる。
「そんな目でみないでよ。はずかしいでしょーっ」
「最近お前の顔ときたら笑顔と無縁だったからな。今回は思いっきり堪能させてもらう」
そう言って当麻は私の足下に手を伸ばす。
「きゃっ。当麻。何するのーっ。くすぐったいやめてよーっ」
当麻は素知らぬふりをして足をくすぐり続ける。
私はお腹がよじれるほど笑い続けた。

「当麻、何で笹持ってるの?」
地獄の補修を終えて強引に遼の誕生日パーティにいち早く来た私。もちろんかゆも当麻もすでに到着ずみ。
「今日は旧暦で七夕に当たるんだ。お前願いごとしたいって言っていただろう? ここは空が綺麗だから流れ星も見れるかもしれん」
私はもう感動して言葉が出ない。
「黙っていないでお前はかゆと七夕の飾りでも作れよ。俺は作り方知らないからな」
「当麻、大好きっ」
「おいっ。笹が落ちるだろうがっ」
思いっきり抱きついた私を持て余して当麻がわたわたする。
「抱きついてる暇があったら飾りと短冊作れーっ」
わかったと私が離れると当麻はやれやれと独り言を呟いていた。
私は早速飾り付けにかゆとナスティを捕まえに行く。
山のようにつくった飾りを鼻歌混じりで笹にかざる。
「遼の誕生日に皆が来るまで置いて置いてね。皆の願い事も飾るんだから」
私がいうとセッティングしていた当麻がはいはいと答える。
「と・・・。お前の短冊ないみたいだが?」
あるよ、と私は答える。
「私の短冊は心の綺麗な人にしか見えないのですー」
何も描かなかった短冊に願ったのは一つ。当麻と幸せになれますようにって。
ちょっと恥ずかしくて書けなかった言葉。
「ふーん。俺には見えるぞ。英語のテストがよくなりますようにっていうのが」
「ブー。不正解。正解が解けるまで当麻のお嫁さんになるのは延期しますー♪」
「おひっ」
当麻があきらかに焦る。
それを見てわたしとかゆとナスティは笑い転げる。
「一生結婚できなかったらどうするんだーっ?」
声を上げる当麻を残して私とかゆとなすてぃは笑いながら部屋に戻った。


夜中近くになってまでうーんといつまでも一人で短冊とにらめっこしている当麻に近づくとそっとささやく。
「きっと当麻と同じお願い事だよ」
私の顔を見た当麻の顔が幸せそうに微笑む。
「俺の短冊もきっと心の綺麗なお前しか読めないだろうな」
星空をバックにした当麻の顔はとっても嬉しそうだった。
「あっ。当麻っ。流れ星っ」
当麻の腕をつかんで叫ぶ。
「叫ぶ前に願い事するんじゃなかったのか?」
「きっと当麻がかなえてくれるからお願い事は当麻にすることにしたの」
そう言って私は思いっきり幸せに包まれて微笑んだ。

シューティングスター、お願い事聞かなくても分かってるよね?
星空がいつもより綺麗に見えた夜だった。




後書き、コメントなど。

[XX年 XX月 XX日]