四月しょっぱないきなり喧嘩して当麻が禁欲生活に入った。
ごちゃごちゃもめて仲直りして三度目のプロポーズを受けた。
今度は具体的な正式なプロポーズ。
もちろん、私は承諾した。
そこでもまた一出来事があってようやく一段楽した四月の終り、私は睡魔に襲われる日々を送った。
春眠暁を覚えずという言葉があるけどそんなの比じゃない。
ぐーすか眠って当麻の家に行くことも忘れていた。
ある日曜日、いつものように眠っていたらピンポンが鳴って当麻の声が聞こえた。
ばたばたと階段を上がってくる足音が聞こえる。
「あゆっ」
ふすまが開いた音が聞こえて当麻が一声叫ぶ。
ほえぇ〜〜〜〜?
私は眠い目をこすって目を開ける。
「とーま。おはようー。どーしたのぉ?」
私の間の抜けた声に当麻が口をぽかんとあけて立ち尽くす。
「ふぃぃ〜〜〜〜〜。眠いぃ〜〜〜〜〜」
また布団にもぐりこむ。
とろとろとまた眠りにひきこまれる。
お前、と言う声が聞こえてくる。
「ただ眠いだけなら連絡入れてくれよ」
どさっっと近くに座りこむ音がして私は布団から顔を出した。
「連絡ぅ? あー。忘れてたぁ。ごめん」
相変わらず私の口からは間の抜けた声しか出ない。
「かゆもびっくりしていたぞ。ひたすらぐーすか眠ってるって。どこか具合でも悪いんじゃないかって」
その言葉に流石に私も思考がクリアになっていく。
「どこも悪くないよ。ごめん。心配かけて。めっちゃ眠くてたまんないの」
まさか・・・、と当麻が顔色を青くする。
「生理とまってないだろうな?」
いきなり恥ずかしいことを言われて真っ赤になる。
「ちゃんとこの間あったわよっ」
恥ずかしくて叫んでしまう。
ほうぅ、と当麻が安堵のため息を漏らす。
「ちょっとぉ。できちゃった結婚は私だってお断りよ」
私は不機嫌そうに話す。
「麗しくない結婚はやだからね」
そりゃぁ、子供は欲しいけど、出来たからしょうがなく結婚というパターンは嫌だ。
そうじゃないできちゃった婚のカップもいるだろうけど、それはそれでいいとは思う。
「それじゃぁ、一体どうしたんだ?」
「わかんない。ただいきなり気が抜けたっていうか脱力したって言うか。
正式に結婚が決まって張り詰めた糸が緩んでしまったって気がする。
それにずっとここ数ヶ月喧嘩ばっかりして倦怠期の真っ最中だったでしょう?
ようやく終って気が抜けたと思う」
「お前、これからが大変なんだぞ」
当麻が忠告する。
「いいじゃないのよー。ようやく手にした幸せ堪能しても」
「って眠りながらか?」
「当麻は知らないけどね。夢の中に当麻が出てくるの。なんの夢だかすぐ忘れちゃうけど、
めっちゃ幸せな夢で今や子供だっているんだからねぇー」
「夢の中で結婚するなよ・・・」
当麻があきれてものも言えんと言った顔をする。
「子供は何人いるんだ?」
「えーっとねー。たぶん二人かな? でもお腹の中にもう一人いた気がする・・・。性別は覚えていない」
「三人もか・・・。大変だろうな」
当麻が苦笑いする。
「当麻は欲しくないの?」
「そいうのはまだ頭の中にないからな。お前と結婚する事だってまだ信じられないぐらいだから」
「その答えはちょっと寂しいぞ」
「悪いってちゃんと家族計画立てるから」
「なんかさー。当麻って子供嫌い?」
「さぁ? かもしれんがそうでないかもしれん」
当麻が考え込む。
「子供のお前と結婚するわけだし、純とだって今は仲がいいしなぁ。どうなんだか・・・」
当麻がまじめに考え込む。
くすり、と笑ってしまう。
なんだよ?と当麻が顔を見る。
笑いがこみ上げてきて声を上げて笑ってしまう。
「絶対、とーまって親馬鹿になる。そういう普通なんでもない人が子供にめろめろになるのよー」
けたけた笑ってしまう。
でもそういう当麻もいい。
「学業を終えたらしっかりお前に似たかわいい子を産んでくれ。そしたら喜んで親馬鹿になるぞ」
当麻の顔に幸せそうな笑みが浮かぶ。
視線が絡まる。
「しあわせーっ」
言って上布団を開けて体をずらす。
「とーまもいっしょにおねむしよっ」
だめ、と当麻が布団を降ろさせる。
「こんなところでお前と寝たら信用なくすだろう?」
婚約者殿は相変わらず信用にこだわる。
じぃぃぃっとねだるように見つめる。
しょうがないなぁ、と当麻は呟いて上布団の上からごろんと横になる。
それから肘を立てて体を半分起こして私の顔をうれしそうに眺める。
「これでいいだろう?」
不機嫌当麻はプロポーズの後からまた甘甘当麻に戻っていた。
うん、と私は頷く。
えへへーと私は笑ってしまう。
「幸せーっ」
私は手を伸ばすと指で当麻の顔をなぞる。
「とうまのほっぺたぷにぷにしてる」
つんつんとつつく。
「お前のほうが柔らかいって」
当麻の手が伸びてきて頬をつつく。
二人で甘い世界に浸ってしまう。
いくらか甘い時間に浸っていると唐突にインターホンの音がして私と当麻は我に返った。
「もうぅぅー。せっかく幸せに浸ってたのにぃ」
不機嫌そうな声を出す。
「なんなんだ?」
当麻が尋ねる。
「たぶん時間的にお昼ご飯食べに降りて来いって事だと思う」
「それじゃ、俺は帰るから」
「ええーっ。帰っちゃうの?」
言うと当麻は申し訳なさそうな顔をする。
「いてやりたいが流石に、な」
なんでと言う顔をすると深いため息をつかれた。
「ちょっとは親の心情を考えろよ」
言われて流石に黙って起きあがる。
二人で階下に降りる。
すぐにかゆと会う。
「かわいそうですけれどお昼ですわよ」
かゆがひやかす。
「ほんっっとうにっ。邪魔してくれたわねっ」
不機嫌そうにかゆを睨みつける。
「また後でお楽しみくださいな」
私の視線を受け止めてかゆが答える。
はぁ?、と二人で顔を見合わせる。
「お寿司とりましたの。皆でいただきましょう。向こうの部屋に用意してありますから」
かゆが部屋を指差す。
「俺の分もか?」
当麻が複雑そうな顔をする。
ええ、とかゆが頷く。
その顔に笑いを禁じえない。
キャンパスデートのときは必ずお寿司で不興を買っていたのだ。
「姉様は着替えてきてくださいな」
言われて頷くとまた二階へ上がる。
降りて部屋に入るとお父さんの横に当麻が座ってビールを飲んでいた。
「昼からお酒?」
嫌そうに呟く。
お父さんは答えず当麻とばかり話しこむ。
もうっ。
ぶーたれて席につく。
最近、お父さんったら私を思いっきり無視するんだもん。
「私もビール頂戴っ」
空のコップを持つとお酒を要求する。
当麻が驚いて顔を見る。
「お前、ビール超嫌いなんじゃなかったのか?」
私の言葉を引用しながら当麻が尋ねる。
「私だけ仲間はずれは嫌だもんっ」
じとっとかゆとお母さんを睨みつけるとビール頂戴と言う。
かゆがしかたなさそうにビールをついでくれる。
コップに口をつけると一気に飲もうとする。
が、突然コップを奪われる。
「アルコールに弱い奴が一気に飲んでどーするんだ。それもすきっぱらだぞっ。飲むならゆっくり飲めっ」
「一気に飲まなきゃ苦いんだもん・・・」
「だったら飲むな。ジュースで我慢しろっ」
「頭ごなしに怒らなくてもいいじゃないのよぉー」
恨めしげに当麻を見上げる。
「危ない飲みかたする以上、お前はアルコール禁止。いいなっ?!」
鬼気迫る顔で言われてしかたなくこくりと頷く。
「相変わらずですわね」
かゆが笑いながら言う。
「いっつもこーなのよぉ。あれはだめ、これはだめって、お母さんより口うるさいんだから」
「だったらいい加減、まともに生活してくれ」
「ひどっ」
私は頬を膨らます。
笑いが巻き起こり私はますます不機嫌になる。
当麻にまで笑われてしまった。
笑いが復活したのはいいけどそこまで笑わなくてもいいじゃないのよっ。
仏頂面でお箸を掴むとお寿司を皿にとる。
一番最初に好物を口に入れたのを見て当麻が不審げな顔をする。
「別にたまには好きなものから食べたっていいでしょう?」
「お前、顔赤いぞ。熱でも出たんじゃないだろうな?」
言って当麻が額に手をやる。
当麻が血相を変える。
「かゆっ。体温計っ。こいつ熱あるぞっ」
当麻に叫ばれてかゆが部屋を飛び出る。
「ってビール飲んだからでしょう?」
お前、と当麻が信じられないと言った声を出す。
「ずっと熱あったんじゃないのか? それで自覚ないんだろう?」
はぁ?と当麻の顔を見る。
「ああ、もうとにかくこれで計れ」
差し出された体温計で計る。
体温計が鳴って取り出してみる。
えへ、と笑って体温計を隠す。
「あゆ」
どすの利いた声で名を呼ばれる。
「何度あるんだ?」
「内緒」
にっこり笑ってごまかす。
唐突に当麻がかゆの名を呼ぶ。
後ろに隠していた体温計を奪われる。
「あっ。渡しちゃやっ」
取り戻そうとして失敗する。
「7度十分超えてるぞ」
当麻が寒い声で読み上げる。
「お前はっ。どーしていっつもこーなんだっ。ぶっ倒れるまで気がつかんのかっ」
ものすごい剣幕で怒鳴られる。
「ごめんちゃいー。自覚ないんだもんー。しょうがないでしょー」
実際私はそういう感覚が恐ろしく鈍い。のでいきなり倒れることが多い。
「俺ももうちょっとさっき注意すればよかったな・・・」
当麻が不機嫌そうに呟く。
「ほっぺたつついたぐらいでわからないって」
フォローしてあげたのにすごい目で睨まれてしまった。
「ハウス」
当麻が告げる。
未練がましくお寿司を見ていると当麻が立ちあがって抱き上げられる。
二階へ連れていかれて部屋に入って降ろされる。布団を当麻がしいてくれる。
「パジャマ着て寝る」
「お腹すいたー」
さっきのお寿司一個が呼び水となってしまった。おなかがぐるぐる言う。
「とってきてやるからまずは着替えて布団に入る」
しかたなく返事すると当麻はまた下へ降りていく。
パジャマに着替えて布団に入る。
しばらくして当麻が戻ってくる。手にはお盆がある。
「一通りもらってきたから」
「当麻は食べないの?」
「俺はいい。正直寿司は欲しくない。新手の嫌がらせかと思ったぞ。流石に」
その言葉に私は笑ってしまう。
「別に当麻がお寿司に飽きてるって誰にも言ってないからたぶん高級なものとしてとってくれたんだと思うよ」
傍らにお盆が置かれて私はお寿司をつまんで口の中に入れる。
「ほんとうにお前って自分の事に無頓着だな」
嫌な奴とでも言わんばかりに言われてしまう。
「本当にしんどくないんだもん。これぐらい微熱だもん」
「その微熱がずっと続いてたらただ事じゃないだろうが」
当麻がこめかみにてをやる。
「そんなに心配することじゃないと思うんだけど?」
言うとまたぎろり、と睨まれる。
「お前はー。そういうことばっかり言うな。お前に何かあったら俺の寿命が一年縮むと思え」
「えーっ。それはやだ」
「だったらもうちょっと自分に構え」
わかった、としぶしぶ頷く。
話している間にお寿司が全部消える。
お茶を手にしてちびちび飲む。
その様子を見ていた当麻がまた湯のみを奪う。
「寝ろ」
強く命令する。
「お茶飲んでるの」
「ちびちび飲んでどこが飲んでるんだ? 夕方までいてやるから。寝ろ。目をつぶらなくてもいいから、とにかく横になれ」
その言葉にしかたなく布団にもぐりこむ。
あったかい布団に入っていると睡魔が襲う。
まぶたがとろんとしてはっと目を見開く。
「眠かった眠る。素直にしろ」
「やだ。折角当麻と一緒にいるのにやだ」
だだをこねる。
「元気になったらゴールデンウィークにどこかつれていってやるから。大人しくしてくれ」
「海がいい」
私は眠気と戦いながらリクエストする。
なんでまた、そんなところが?と当麻は言いたげな顔をするけどわかった、と答える。
「行き先考えてるから寝ろ」
「当麻もここに寝てくれたら寝る」
はいはい、と当麻は返事しながらさっきみたいに横になる。
当麻の手が伸びて布団の上からぽん、ぽんと叩く。
あやされて私はいつのまにかまた眠りに落ちていった。

はっと目がさめる。
当麻の顔が飛びこんできてほっとする。
幸せな夢の続きのような気がしてうれしくなる。
にこっと笑うと当麻も笑ってくれる。
「とうまー、すきっ」
えへへ、とだらしなく笑ってしまう。
「俺も」
当麻も答える。
しばし、幸せに浸る。
その幸せを破る様に当麻が口を開いた。
「悪いけど、もう夕方なんだ。帰るな」
がばっと私は体を起こして当麻にしがみつく。
「かえっちゃやー」
「って無理言うなよ」
やだやだ、と首を振ってしがみつく。
当麻はポケットから携帯を取り出すとかゆを呼び出す。
「悪い。あゆが離してくれないんだ」
困った様に当麻が私を抱きしめているとかゆが顔を出す。
「どうしたのです?」
「かゆ、当麻帰しちゃやー」
絶対離さないとでも言わんばかりに当麻の背中に手を回す。
「当麻帰っちゃうなら家に押しかけるもんっ」
その言葉に当麻は降り返り、かゆも当麻の顔を見る。
「お父さん呼んできますわ」
かゆがばたばた駆け下りていく。
「絶対に押しかけるもんー」
またふすまが開いてお父さんが顔を出す。
「今日だけでも当麻に側にいて欲しいのっ。帰さないでっ」
お父さんに頼み込む。
「あゆ」
と当麻が名を呼ぶ。
「この家はお前だけのものじゃないんだぞ。おとうさんやおかぁさん、かゆやなみちゃんの家でもあるんだ。
俺がそれを邪魔するわけにはいかないんだ。わかるな?」
こくんと頷いて体を離す。
が、手がどうしても離れない。
「あゆ」
と当麻の声が怖くなる。
「手は理性の範疇じゃないもん。わかってるけど離してくれないんだもんっ」
当麻の顔が本当に困ったという表情が浮かぶ。
それを見て流石に自分のわがまま度が度を越してるのがはっきりわかって情けなくなる。
手を離そうとするのに手は言うことを聞かない。
ぼろぼろ涙がこぼれる。
「とーまが手を離すのを手伝ってくれたらたぶん離れる、と思う」
泣きながら言う。
当麻の手が優しく私の手を離す。
思ったとおり、ぱたり、と両手がひざの上に落ちる。
「ごめんな」
切なそうな声で当麻が謝る。
ただもう涙しか出なくて頭を振りつづける。
ふぅ、とため息が聞こえるとお父さんの声が降ってきた。
「悪いが、当麻君、今夜一晩ついていてくれないか? それで明日病院に連れていって欲しい。
この調子だと行きそうにないし、君の家に押しかけてくるだろうから」
当麻が複雑な顔で後ろを振り向く。
「その方が君も安心できるだろう?」
当麻が頷く。
「それじゃぁ、申し訳ないがこの子を頼むよ」
お父さんが言って出て行く。
お父さんの声にどんな感情がこめられてるのかはわからなかった。
でもきっとわがまま言って怒ってるに違いない。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「ふぇ・・・」
口から泣き声がもれる。
途端に抱きしめられる。
「ごめんー。迷惑かけてごめんー」
謝りながら泣く。
当麻がただ優しく背中を撫でてくれる。
私は思いっきり声を上げて泣いた。

「もう病気しない。でないと当麻の側にいられないもん・・・」
ようやく涙が止まって当麻の手で寝かされながら言う。
「病人は余計なことを考えない」
当麻が優しく言い聞かす。
あのね、と私は呟く。
「いっつも病気のとき、怪我したときとーまがいてくれた。それにきっと慣れちゃったんだ。
だからこういうとききっとものすごく寂しいんだと思う。
それに・・・」
言って私は口篭もる。
「それに?」
当麻に促されて言葉にする。
「どこか家族になじめないの。家は安心するし、大好きだよ。家族皆大好きだよ。
でもね、いつもどこか浮いてる気がする。それなのに今はお父さんと仲悪くて、この部屋しか安心できないの・・・」
ずっと抱えていた不安を口にする。
抱えている秘密が多すぎてかゆと当麻の前以外では素直な自分でいられない。
それがまた溝を生んでいることに気付いてもどうしようもなかった。
「正直、この家にいるの怖い・・・」
「あゆはあゆ。お父さんのお母さんの大事な娘だ。それ以上でも以下でもない。
普通にしていればいいんだ。無理に何かしようとするからつらいんだ」
「隠すの疲れちゃったよ・・・もう。全部話してしまいたいけど、話したらきっとみんな悲しむし、
信じてもらえないよ」
うん、と当麻が答える。
「来年結婚したらずっと側にいられるから。だから、もうしばらくの辛抱だ」
私のつらい胸のうちを察して当麻が慰めてくれる。
うん、と頷いて私はまた目を閉じた。
翌日、朝一で病院に連れていかれた。
診察室には流石に一人で入る。
出てきた当麻の顔を申し訳なさそうに見つめる。
「医者はなんだって? 怒らないから正直に答えろ」
「・・・少し疲れてるって」
過労気味と言う言葉をあえてソフトに言いなおす。
「二週間ほど大人しくしてたら治るって。今日はとりあえず、処置室で点滴打ってくれるって・・・」
「つまりは過労ということか・・・」
その声色に怒りが混じっているのに気付く。
「ごめんなさい・・・」
しゅんとうなだれると当麻が頭を撫でまわす。
「反省はいいから。とりあえず点滴打ってもらえ」
「だって、当麻怒ってる・・・」
「多少はな。だが、今回は大目に見てやる。無自覚と言えど休もうとした努力は認めるから」
うん、と頷いて点滴を打ちに行った。

「どうしよう?」
点滴を終って私は待合室にいた当麻の隣に座りながら呟く。
何が?と当麻が尋ねる。
「風邪気味って事にできるかな?」
「これ以上下手に隠し事はしないほうがいい。それに病状が続いたらすぐにばれるぞ」
「でも、このままじゃゴールデンウィーク重なっちゃう。って当麻とお出かけできないこと行ってるんじゃないのよ?
そりゃぁ残念だけど、それよりもかゆが心配なの」
「かゆが?」
うん、と私は頷く。
「かゆ、ゴールデンウィークに東京に行くの。でも私が過労気味って事知ったら取りやめると思う。
かゆ、心配するだろうから。でも折角久々に遼に会いに行くの邪魔したくない」
「って他の家族がいるだろう?」
私は力なく首を振る。
「お母さんは一日休みがあればいいほうだし、お父さんも半分休みあればいいほう。
なみにいたっては生意気盛りの高校生だし私の面倒見る気はないと思う。そしたらかゆしかいなくなっちゃう・・・。
一人でいいって言ってもきっと心配するよ。久々に病気したわけだから」
どうしよう、と私は考え込む。
お父さん、とぽつりと当麻が言う。
「今、昼休みだったよな? 連絡とって相談するしかないだろう」
意外な言葉に顔を見上げる。
「お前の保護者は現在お父さんなんだからな。勝手な行動はできん」
そう言って当麻が歩き出す。
慌てて当麻の後を追った。
公衆電話で当麻はお父さんと話して状況を説明する。
なんだかいたたまれなくてその様子を遠巻きに見ていると当麻が手招きする。
しかたなく近づくと受話器を押しつけられる。
「話したいって」
泣きそうな顔で受話器を耳に当てる。
「もしもし・・・? お父さん、心配かけてごめん。それでどうしたらいい?」
”・・・しばらく当麻君のところに行くか?”
私は耳を疑った。
当麻の家で朝帰りおろか夕方暗くなるとすぐに家に戻されていたから、びっくりして言葉を失う。
「いいの?」
不安げに問う。ため息が聞こえる。
”そうでないと迦遊羅が困るんだろう? お父さんもお母さんも仕事を休めないから。
当麻君なら安心してお前を任せられるから。嫌ならいいけど?”
「い、嫌じゃないですっ。行かせて下さいっ。行きたいですっ」
慌てて否定する。
”それじゃ、家で用意して連れていってもらいなさい。お母さん達には連絡しておくから”
「お父さん、ありがとうっ。大好きっ」
”そういう言葉は当麻君に言いなさい。くれぐれも迷惑をかけないように”
うんっ、と思いっきり頷く。
「お父さんっ。本当に大好きっ」
”当麻君に代わって”
照れたような声が聞こえる。
「ほんとーにありがとねっ」
言って当麻に受話器を渡す。
「代わってって」
再び当麻に受話器が渡り何か言葉を交わして当麻が電話を切った。
「家に戻るぞ」
うんっ、とうれしくなって頷くと当麻の腕にぶら下がった。
もしかしたら家族の中に戻るのってほんのちょっとの気持ちでうまく行くかもしれない。
気持ちを口に出して言うことから始まるのかもしれない。

家へ戻って用意してそのまま当麻の家に向かう。
電車に乗ってバスに乗って当麻のお家に近づく。
えへへ、とにやけた笑いが浮かぶ。
「って今回だけは特別だぞ。そうしょっちゅう病気したからって側にいてやるわけには行かないんだからな」
しょうがなさそうに当麻が言うけど、案外満足げな顔をしている。側にいられて安心してるんだろう。
「大丈夫だよ。たまたま疲れが出ただけだもん」
「その「疲れ」が怖いんだよ」
ひどく気遣わしげな目で見られて困ってしまう。
「お前ってほとほと疲れきるまで突っ走るタイプだからな。一歩手前で気付けて幸いだった・・・」
「性格なんだからしょうがないでしょう?」
これでも大分ましになったんだけど・・・。
「お前の性格ほどやっかいなものはないな」
「それに惚れてプロポーズしたくせに」
当麻がじろっと睨む。
「お前ってやな奴・・・。考え直そうかな」
「やだっ」
叫ぶと当麻がにやりと笑う。
どうしようかなー、と散々答えを保留する。
「とうまー。お願いだからお嫁さんにしてー」
情けない声で嘆願する。
当麻はさらにすっとぼける。
段々怒りが込み上げてくる。
「嫌ならいいもんっ。こっちにだって考えがあるもんっ。この体で思いっきり仕事してやるっ」
叫んで駆け出してやる。
「おいっ」
当麻が腕を掴もうとしたのをかわして振り向く。
「逃げちゃうぞ?」
言って笑いかけると突然抱きしめられる。
「当麻っ。公衆の面前だって」
あせって離れようとするとさらにぎゅっと抱きしめられる。
「誰もいない。それよりも嫌なことを冗談にするな。・・・怖いだろうが」
当麻の手がわずかに震えていて流石に申し訳なくなる。
「ごめん。逃げちゃうなんて嘘だよ。ずーっと当麻のお側にいるよ?」
「逃げるなんて言うなよ」
うん、と答える。
当麻が離れる。
私と当麻は手を握ってまた歩き出した。