「今日の仙台の七夕すごかったよー。飾りがいっぱいあってほんとに人がいっぱいでつっかれたー」
沙羅は電話越しに母、綺羅に今日の七夕祭りのことを報告していた。
両親に休養と言って祖父、伊達征士のいる仙台に来て半年が経つ。
学校も生活にも慣れ、なによりも気心の知れている祖父と当夜との生活は楽しみに満ちていた。
『それで、沙羅・・・』
綺羅の言いかけたことを察して沙羅は謝る。
「ごめん。おかあちゃま。もう少しこっちにいたい。自分で考える時間が欲しいの。心配かけてごめん」
わがままでいるのはわかっている。だが、実家に帰るとなると怖いのだ。再び家族になじめるかどうか。かつての自分はなじめなかった。自分の家族を持って始めて家族になじめた。その間つらかったことをまだ覚えている。どうしても足がすくむのだ。
『わかったわ。沙羅の気が済むようにしなさい。征士おじいちゃまに代わって』
「わかった。でも今、おじいちゃまの所に来客があって・・・」
沙羅の言葉は最後まで言葉にならなかった。滅多に怒鳴らない祖父の怒鳴り声が聞こえたのだ。
「おかあぁちゃまっ。ちょっと待っててっ」
沙羅はそれだけ言うと真っ先に征士の元へ走り出した。同時に当夜も怒鳴り声を聞きつけたらしく部屋から出てくる。
「何事だ? あの征士が怒鳴るなど?」
「わかんない。なにか変なことが起きたんじゃ・・・」
二人して話している間に祖父のいる居間につく。
「おじいちゃまっ。今の怒鳴り声は?!」
「いや。なんでもない。沙羅も当夜も部屋に戻っていなさい」
礼儀正しい彼が怒鳴ると言うことは滅多にない。それは尋常でないことを示す。だが、彼はなんでもないという。
沙羅と当夜は客の方をちらりと見る。
外国人風の男と日本人。スーツ姿の客が来たときに征士は昔なじみの来客だと言っていた。征士は元々警察官だった。そして珍しい事件を解決するためのゼロ課という警視庁の極秘課に所属していた。第一線を退いて東京から仙台に越してきたのは中年にもなってからだった。警察がらみの客。怒鳴る声。何もないというのは嘘に違いない。
「二人とも部屋に戻っていなさい」
眼光鋭く征士が言う。有無を言わさぬ調子にしぶしぶ二人は二階に戻った。別々の部屋に戻る直前、どうしたものかと二人で顔を見合わせるがあの調子の征士に事の顛末を聞くのは難しい。二人とも肩をすくめて部屋に戻った。
「ごめん。ごめん。おかあちゃま。電話つながってる?」
沙羅はさっきとりおとした受話器を取って話しかける。
『何があったの?』
不安そうな母の声に沙羅はなんでもないと笑う。
「おじいちゃまが癇癪を起こしたみたい。風邪でも引いたのかな?」
『あの健康第一のおじいちゃまに限ってそんなことはないでしょう?』
綺羅も笑う。
「おじいちゃまの事はなんでもないみたいだから安心してね。それよりも長距離電話しすぎるとまた雷落ちるから今日は切るね。おやすみなさい」
『おやすみ。いい子にしているのよ』
綺羅の愛情のにじむ声を聞いて受話器をおろした。
綺羅のこの声を聞くとき思い切って腕の中に飛び込めたらと思う。
甘えて何もかも話して自由になりたいと思う。
だが、それをするにはあまりにも重すぎる記憶の数々。それは当夜としか共有していない記憶の数々。自分の前世のそのまた前世の数数え切れない前世の因縁と記憶は永遠のパートナーである当夜にしか話せない。自分がどれほどの事をしてきたかなど話せば自分の、亜由美の血を濃く引き継いでしまった綺羅の双子の妹の千夏、すなわち当夜の母でさえも絶句するであろう。そしてこの記憶を伴って覚醒した時は何かの使命を帯びているはずなのだ。それが何なのか分からぬ内に家族を巻き添えにもしたくなかった。
かつての戦いの仲間である征士の所に身を置いたのはその理由もあってのことだった。彼ならば自分たちが負ってきた戦いの数々を共有している。理解も多少となりともあるのだ。
翌朝からの征士は不機嫌きわまりなかった。
朝の五時から屋敷に隣接する道場で素振りをしたかと思うと次には朝刊を読み、朝の早くから起きだしているのはいつもだが、それに当夜が珍しくつきあわされた。当夜は相変わらず超低血圧だ。朝っぱらから起こされるのには慣れていない。普段でさえぎりぎりまで寝ているのだ。だが、その当夜でも抵抗できなかったらしい。素振りの時の征士は殺気立っていたとまで当夜はこっそり沙羅に告げたほどだった。
不機嫌な征士は一週間も続いた。怒鳴りはしない。八つ当たりもしない。が、むすっとしてろくに話しもしない。だが、その顔は怒りを収めているというのがありありと分かる始末だ。
沙羅と当夜はあの怒鳴り声が聞こえてきた夜の来客が原因だとにらんでいた。
二人して決心すると征士の部屋へ行く。
「おじいちゃま。お菓子食べない?」
沙羅がさりげなくお茶とお菓子を持ってふすまを開ける。
いつもなら声がかかるまでふすまは閉まったままだが、今日は強行突破をねらってすぐに開けた。
いらない、とすぐに声が返ってくる。
「おじいちゃま。何か私たちに隠し事してない? 私たちの間にそれはないでしょう? 何があったかぐらいは話してくれても・・・」
「沙羅! 用はそれだけか?」
頑として征士は答えるつもりはないらしい。
征士はすぐに部屋へ戻れと言わんばかりだが沙羅は食いついた。
「征士がそんなに難しい顔をしているのは警察、あるいは内調関係じゃないの?」
沙羅が彼らの仲間としてのあゆとして対等に話しかける。
「一人で抱えるなよ」
当夜が当麻として語りかける。
「何もないと言ったらないのだ! 二人ともあゆと当麻としているつもりならこの屋敷から出てもらう」
征士が言い切って立ち上がった拍子に着物のたもとからはらりと写真が二枚ひらりと落ちた。
すばやく当夜が拾う。
「沙羅の写真?」
「当夜!」
征士が取り返す前に当夜はさっと沙羅に写真を見せる。
「これ、私?」
いくぶんか幼いが自分の写真がそこにあった。
「おじいちゃまっ。私のこんな写真隠し持って何を隠しているの? 沙羅の事なら私にも関係在るはずよ」
強い口調で説明を求める。
「おじいちゃまが話さないならこの間のお客様の身元をすぐに探して話を聞くけど?」
あゆだった時代にはそんな事は簡単なことだった。
あゆの内調時代の知り合いもまだ存命している。隠し事をするにはあゆは裏の世界に精通しすぎている。
観念した征士が口を開く。
「それは沙羅の写真ではない。さる王家の孫娘の写真だ。当夜の持っているもう一枚の方が現在の彼女だ。現在彼女は交通事故にあって昏睡状態だそうだ」
「それと沙羅が何の関係が?」
当夜が写真と沙羅を見比べて不思議そうに問う。
半年前の沙羅はショートカットでボーイッシュな感じだったが仙台に来てから髪を伸ばすようになって女の子らしくなっている。その沙羅と写真の少女はうり二つだった。ただ眠っているという点は違ったが。
「その祖父に当たる王が現在病にふせっておられる。存命している内に日本で結婚した姫君とその家族を会わせようと調査が行われた。だが、当の姫君と夫は数年前の交通事故で亡くなられ、その一人娘が昏睡状態で残されてしまった。孫娘を会わそうと最新の医療で努力したそうだが無理だったらしい。そこで沙羅が関わってくる話になる」
「身代わりか・・・」
話を途中まで聞いた当夜が察しよく呟く。
「その通りだ。どこで見つけたのか知らないが、沙羅がその孫娘にそっくりなのだ。そこで私がかつてゼロ課に所属していたことも話を持って行きやすくしたのだろう。先日来たのはその国の大使とゼロ課の者だ。警視総監と内閣総理大臣の一筆を持ってやって来た。いまいましい。いまさら沙羅にこれ以上の危険を冒させるなど私がさせるものか」
珍しく感情を爆発させて征士が一気に言葉を吐く。
「このお姫様、何て言う名前なの?」
気の抜けるような沙羅の問いかけに征士の眉がつりあがった。
「その話は断った。二度とこの家の敷居をまたがせないから安心しなさい」
「別に名前を聞いたぐらいで何ともないでしょう?」
「興味持った以上関わるなと言う方が難しいのはお前が一番よく知っているんじゃないのか?」
当夜も知り尽くした沙羅の性格を指摘する。
「そうね。当夜の言うとおりだけど。その王様はもしかしたら娘さんに死なれたあげく孫娘にも会えないまま死んでしまうのよね。私が顔を見せるぐらいなら何も問題ないじゃない。おじいちゃまだってもし他に孫娘がいたら顔を死ぬ前に見たいと思うじゃない。そんな一老人の望みさえ叶えるのは行けないというの? その王様が一体何を悪いことしたの? 生きる望みぐらい持たせて上げたらいいじゃないの」
それはそうだが、と征士が口ごもる。が、代わりに当夜が鋭い声を浴びせる。
「お前はもうあゆじゃないんだ。余計なことに首を突っ込むな。お前には何の力もないんだぞ。普通の人間がそんな王家のややこしい話しに関わる方が無謀だ!」
沙羅も負けじと声を張り上げる。
「あゆじゃないのはわかってるっ。自分で何度も言い聞かせてきたんだからっ。でも私はどうやって沙羅として生きていったら良いのかもわからない。思い出はあゆのものやそれよりずっと前のものばかり。綺羅のことさえお母さんとは思えないのよっ。このままだと、私、家族の中に戻れない。私はここへ逃げてきた。ここならあゆでも誰も文句も言わないから。でも私は沙羅。沙羅として生きないと行けない。逃げるのか進むのかを選ぶとしたら私は進む方を選びたい。その子の代わりを演じるのは良い機会だと思うの。もしかしたらそこから私が見つかるかも知れない。自分を捜したいの。おじいちゃまも当夜も家族もいないところでもう一回自分を見つめ直したい。あゆが失敗したように家族の中に溝をつくって後悔するというようなことは二度としたくないの」
強い決意の色を秘めて沙羅が話す。
「だったら一人で留学でも何でもすればいいだろうがっ」
当夜が怒りをあらわにして怒鳴る。
「私は自分を取り戻したい。そしてここに私の助けを求めている人がいる。需要と供給が満たされていればいいじゃない。私この子のおじいさんまで悲しませたくない。私とそっくりな子のおじいちゃまを悲しませたくない」
沙羅の大きな瞳からぽろりと涙がこぼれる。その様子に当夜もうっと言葉を詰まらせる。
だが、反対の意思を強く表している。詭弁には違わないがそれでも行かねばならぬと思わせる何かがあった。
静かな沈黙が降りる。長いような短いような時間を経て征士が深いため息をつく。
「自分を見つめ直したいというのなら仕方がない。私とてあの沙羅が消えてしまったのは辛い。あの子が戻ってくることを望んでいるわけではないが今の沙羅を悲しませるつもりも毛頭ない。自分の生き方を決める道なら私は反対しない。だが、そのつもりなら自分で両親にしっかりといいなさい。私からも口添えはするが自分の意志を強く持つことから始めなさい」
「おじいちゃま。ありがとう・・・」
沙羅は涙を拭きながら小さくうなずく。
征士の決定に反論しかけた当夜だったが黙ってしまう。
沙羅がずっと自分というものを探して悩んでいたのは知っていたから。
あゆでもない沙羅でもない宙ぶらりんな自分をもてあましている沙羅を見続けているのはいやだった。
当夜はただ不機嫌そうに苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「ごめんね。当夜。わがまま、許して」
わかってる、と当夜は口を開く。
「これは沙羅の問題だからな・・・」
それきり当夜は口を開かなかった。

征士は早速行動に移した。
大使と連絡を取り、東京に行って沙羅と会わせて説明を受けさせた。
それからよく考えるように時間をとらせた。沙羅は決心すると京都の両親の元に戻り家族の前で全ての説明を自らした。自分があゆであることは母親以外伏せて置いたが。その間、いつまでも一緒だった当夜はそこにはいなかった。
東京に行った日から別れたまま当夜は個別行動をとっていた。
電話をしようにも沙羅の方は孫娘の事を覚えるのに必死で時間がなかった。

空港に見送りの家族はいなかった。そこに家族がいれば身代わりだと言うことが簡単に分かってしまう。ただ一人当夜がそこにいた。
不機嫌そうに当夜だけが立っていた。じっと沙羅を見つめる。
彼は一言も話さなかった。
沙羅はすれ違うふりをしてただ一言謝って別れを告げた。
「ごめんね。私ちゃんとして帰ってくるから」
微かにうなずいたかと思ったが当夜は沙羅に背を向けて歩いていた。
あゆだった時代になかったこと。何百キロも離れた土地に始めて二人は別れ別れになった。
沙羅は自らの運命にたった一人で身を投じた。








ようやく日の目をみた来世編。そんなに激しくないのでご安心を。 甘いけど今回はそんなにいじめたくってないと思います。ので甘さも控えめ。 でも当麻の独占欲は当夜にも引き継がれております。 征士じいじとの共演もお楽しみくださいませ。ナスティは広い空シリーズで大暴走します。 お待ちくださいませ。