隣国との戦いを終え、さらに調停で永久終止符を打った春。
この頃から沙羅は身の危険を覚えるようになった。
隣国の戦争などたんなる序曲に過ぎなかった。
上から物が落ちてくるのはあたりまえ、菓子にさえ毒が入ってくる。
いまでは毒味係がいるほどだ。自分の危険を他人に任せるのは嫌だと反対したが、周りの者に説得されて今に至る。
そしてその日はやってきた。
その日、何気なくいつも通りに王の部屋に行った。
このころ、王はもう健康を取り戻し、元気な姿で政務に取り組んでいたが沙羅が通うのを楽しみにしていた。セルウィンが護衛に着いてくるがそれももうなれてしまった。
だが、王はその日、厳しい顔つきで沙羅の前にいた。
「おじいさま。もしかしてまた戦争が・・・?」
いや、と王は首を振る。
サラ、と名前を突然呼ばれて沙羅は驚いた。
「実は知っていた。お前がヨウコでないことを。はじめはしらなかったがいつの日かおかしいと思うようになった。親族の感かもしれない・・・。そして調べた。お前はサラという少女でそっくりなだけなのだと。だが、私のもう一人の孫だ。それは間違いない。私に生きる気力を与えてくれた愛しい孫だ。その孫が危ない目にあっているのを見過ごすわけには行かない。日本にお帰り。家族の元で幸せになっておくれ・・・」
沙羅はあっけにとられていた。自分の正体がばれていたなんて・・・。
そしてさらに驚愕したことに当夜がカーテンの後ろから出てきた。
「トウヤが君と親戚なのも調べた。彼と日本に帰りなさい。これ以上王族のおもちゃになることはない」
王は厳しい顔で悲しそうに言う。
いや、と沙羅は小さく答えた。
私、まだ本当の目的果たしていない。
本当の自分を見つけていない。
それなのに帰れない。
「私はこれぐらいのこと乗り切れます。だからもう少し時間ください。事件も解決してそして私を取り戻すまでここにいさせてください。私自分が誰かわからなくてそれでここに来ました。
自分を見つけるためにはここで自分と向き合わないといけないんです。だからお願い。王様。私を帰さないで」
沙羅は必死で願う。無茶だ、と当夜がつぶやく。沙羅は今までの腹立たしい気持ちをぶつけた。ずっと無視していたくせに・・・、と。いまさら口出ししないで、と沙羅は思う。
「当夜には関係ないじゃない。当夜は私の問題だからっていったじゃない。今更親戚面しないで」
「お前の問題は俺の問題なんだ。お前と俺は一心同体なんだから違うと言われても困る。
俺はお前をほかの誰かに任せるのは嫌だ。だからこそ留学までしてここに来たんだ」
「でも当夜は普通の人間じゃない。特別な力とかないじゃない。今は。無茶なのは当夜の方なのに」
沙羅の言葉に当夜は手のひらをひろげてみせた。
「俺にはこれがある」
「これは・・・」
沙羅は絶句する。彼の手のひらの上には軽く発光した鎧珠があった。
「俺は天空の当夜だ。これでお前を守る権利を得た。そんなこの国ににいたければ反対はしない。そのかわり。
 お前がここで自分を見つけるのにつきあうから俺のわがままも聞いてくれ。文句はないだろう? 今まで無視してすまなかった。お前が無事ならずっと見守るつもりでいたんだ」
当夜に謝られ、説得され、沙羅はうなずかざるを得なかった。
必死に言葉をたぐってそばにいたいという当夜を放っておける気持ちにはなれなかった。それに自分も当夜と共にいたかった。
離れて自分と見つめるのもよかったが、当夜がそばにいるともっと気持ちが楽になる気がした。
当夜と2人でこの誰も知らない国にいることがとても自分を自分らしくさせてくれるような気がしていた。
それからというものの、当夜を交えての三人で過ごす時間が増えた。
当夜を護衛にという名目で当夜が沙羅のそばにいることを許されたのだった。もっともセルウィンはすぐそばで控えていたから四人が正確なのかもしれない。当夜が王のそばにいるのに不審がる者もいたがその優秀さからそばに取り上げたのだろうと言われいつしか容認されていた。
当夜にセルウィンにその他大勢の護衛につねに守られて沙羅には付け入る好きがなくなった。王自身も気を引き締めたおかげで付け入る隙がこちらにほとんどなくなった。
そんな中、暗殺計画は進んでいたらしいが、結局功を奏しなかった。
危ない日々の中で沙羅の中から本当の笑みがこぼれるようになった。
身の危険は感じるが、それよりも素の自分でいられたのが一番だった。
ただの沙羅という自分が愛おしかった。
当夜とのデートも楽しめた。
自分はかつての亜由美で妻であったという前世の記憶がよみがえって困ることはなかった。
むしろ今の伊達沙羅という人間になれてようやく開放感にあふれていた。
ヨウコでもない。亜由美でもない。沙羅という自分でいられた。
そんなある日、情報が手に入った。
沙羅の暗殺を依頼されたグループがわかったのだ。おとりをつかっての捜査が行われた。
一味は捕まったものの主犯格の人物は特定できなかった。
宮廷では王弟婦人の名が密かにささやかれていたが大事にもできずそのまま日が過ぎていった。
そしてその当の王弟婦人は何を思ったのか沙羅を自宅へと招いた。
自分の息子の王位継承権を危うくする沙羅の存在を忌まわしく思っているはずなのに今度は仲良くしようと近づいてくる。当夜は反対したが、表だって拒否する必要性がない。当夜をつれての訪問となった。
王弟婦人は踊りの名手だ。沙羅は伝統的な舞曲の手ほどきを受けた。そのときの感じはまるで踊りに命を懸けている厳しい人だった。だが、踊りを一歩はずれるとそこは息子に甘い母親の姿があった。弱い人なのかもしれない。沙羅は心の中でそう思った。
そこへ僧院から使いがやってきた。少年がやってきたのだが、沙羅は懐かしい気がした。既視感とでも言うのだろうか。だが、沙羅は無理矢理その思いを振り払って言われるままに今度は僧院へと向かった。
古いたたずまいの僧院へ当夜とたどり着く。
懐かしい気がする栗毛の少年に案内されるままに一室へ案内される。
やがて紫の衣を身につけた老人が入ってきた。
この国では紫色が高い身分を表すことを沙羅も当夜も知っていた。
ぺこりと頭を下げる。
ところが、逆にその老人が沙羅の足下にひれ伏したのだった。
絶句して言葉がでない。
「ああ、あのっ。頭を上げてください。私そんなに偉い人ではありません。だたの王女です」
いいえ、と老人は答える。
「あなたさまはこれより我が僧院の大僧正におなりになるのです」
沙羅と当夜はあまりの言葉に衝撃を受けてたじろいでしまった。
「そんな嘘言わないでください。この国の宗教は男性のもの。大僧正は男性しかならないはずです・・・」
展開にとまどいながら沙羅が答える。
いいえ、とまた老人が首を振る。
「ご神託がおりました。王家の子女を大僧正としてお迎えするよう神託がありました。王家の子女は現在あなた様しかいません」
「それなら・・・」
ほっとして沙羅が自分はヨウコではないと言おうとして口を止める。どう説明すればいいのだろうか。ところが、もっと驚くような発言が聞こえてきた。
「沙羅様をお迎えするようにとのことでした」
「ど・・・どうしてそれを・・・っ」
沙羅も当夜もどぎまぎして尋ねる。
「王に確認をとりました。現在いるヨウコ様は沙羅様かと。王はその通りだ、とお答えになりました。ですから私どもは危険ある王弟婦人の元からあなたさまを守るために大僧正にお迎えするのです」
「守るためにって・・・・そんな必要もないです。私は沙羅だけど。何もできない子供でもないんです。私の中には・・・」
亜由美がいるんです。悔しそうに言おうとしたそのとき子供が乱入してきた。
「母上!」
甲高い子供の声とその言葉に誰もが動きを止めた。
子供は迷わず沙羅の元へと飛び込む。
その瞬間、子供が剣へと早変わりした。
沙羅は大きな古びた剣を手にしていた。
それを見た老人がさらにひれ伏す。
「沙羅様は・・・女王であらせられましたか・・・。我が国のいにしえの伝説の女王様でしたか・・・」
私は・・・。
なんのためにこの国に来たのか、一瞬で沙羅は理解した。
自分はかつての女王。今は隣国である国をも伴った大国の女王として君臨していた。
今なすべき事があって運命に呼ばれたのだ。亜由美としての能力で沙羅は理解した。
だが、せっかく沙羅として生きようとしている自分にはいらない記憶だった。
使命などいらなかった。
再びよみがえってくる記憶を封じようと両耳をふさぐ。
まるでなにもかも拒絶するかのように。
剣がかたんと落ちた。瞬時に子供の姿に変わる。その顔は悲しげだった。どこか怒ったようなそれでいて悲しんだ顔だった。沙羅の心を読んだかのように・・・。
「私は沙羅! いいかげんにして!」
誰でもない。私は沙羅なのに!
沙羅の叫びがこだました。
泣きじゃくる沙羅を庭へと連れだし当夜がゆさぶる。
「落ち着け。沙羅。沙羅!」
当夜が抱きしめて沙羅は我に返る。
それでも顔は涙でぐしゃぐしゃになった。
「お前は沙羅、だ。だれでもない。だが、何かあるんだな。そのためにここに着たのだら逃げるな。俺の沙羅はそんな弱い子じゃない。もっと強かったはずだ。一人で誰も知らないところへ来るぐらいの。俺がそばについているから安心してすべきことをなせ」
「当夜にはわからないのよっ。知らない人の記憶がたくさん入り込んでくるのがどんなに不快か!」
「わからない俺だと思うか?」
当夜が苦々しい顔つきになって沙羅ははっとした。
「今回は俺も記憶つきなんだ。時折混乱もする。だが俺は当夜だ。そしてお前は沙羅」
その言葉に沙羅は顔を上げた。
さわやかな空の下に当夜の顔がある。当麻ではない当夜という少年の顔。そして自分は・・・。
沙羅。
それだけが心に残った。
当夜の言葉が耳に残っていた。
なすべきことをなせ。
私はもう特殊な使命を持った亜由美ではない。だが、沙羅としてできることがあるから呼ばれたのかも知れない。
沙羅としてできることをしたらいいのかもしれない・・・。
沙羅はぼんやりと思う。
「当夜・・・私がんばる。そして自分を取り戻してみせる」
沙羅の言葉に当夜は笑顔で応えた。
新緑のまぶしさが目にしみる春の出来事だった。


三回目の人生も第二部終わり第三部のいちゃいちゃをどうしようかと考え中。こちらはほったらかしでした。 はてさていちゃいちゃもん書くかオリジナルに向かうか謎の私です。ショートショートのサイトまで作ったしなぁ。でそのついでに更新。 本家は止まってますがいちゃいちゃもん書くのが好きな私です。