女が泣いていた。伏して泣いているその後ろに幼子が悲しそうな顔で立ちつくしている。
子供は彼女の実の子供ではない。
実の子どもは生まれてすぐ大陸へつれて行かせた。
だから子供は今はいない。
この幼子は自らの剣に宿る精。女の望む幼子としてそこにいた。
女はこの国の大陸の女王だった。
女王は神の花嫁、けっして男と交わってはならぬ存在。
だが、女王には恋人がいた。
そしてその恋人の間に子が産まれた。
神は怒り狂い、災いをなした。だが、子供と男を追放という形で逃し、ふたたび花嫁として使えると災いは消えた。いかりが収まったのだった。だが、事情をよくしらない男は戻ってきた。
女王に捨てられたと思った男は大陸で魔の力を備えて帰ってきた。
男は逆恨みから大陸を滅ぼそうとした。
女王は悲しみを押し隠してその反乱を起こした男と戦った。
すさまじい戦いが起こった。
天を切り裂き、地を揺るがす大きな戦いになった。
一瞬にしてこの大陸は海に沈んだ。
男と共に。
そしてのこったかけらの島で新しい暮らしがはじまるころ女王は行方がわからなくなった。大陸の子供のところに行ったとも海に男に殉じて死んでいったともツタえら得る。その戦いを伝える剣が一本、後世に残されていった。
剣の精の孤独と共に・・・。

起きた沙羅の瞼から涙がこぼれた。
隣の部屋にいる侍女たちに聞こえないようにこぼれる嗚咽をこらえる。
沙羅の自分の恋ではないのに、失った恋が悲しかった。心に痛かった。
好きな男を殺して守らなければならない国とはなんだったのか。
膨大な記憶の渦に巻き込まれ、沙羅は逃げたいと本気で思った。
どこでもいい。自分が自分でいられるところに行きたいと。
沙羅という人間でなくてもいい。自分でいられでいられるところに・・・。
他人の自我に壊されるのはもう嫌だ。
沙羅は飛び起きると当夜の元に飛んでいった。
当夜はすでに起きて部屋をでるところだった。
扉を開けると沙羅が飛び込んでくる。
そのまま泣きじゃくる。
「どうした? 沙羅? 何かあったのか?」
当夜に警戒の色が浮かぶ。
沙羅はただ首を横に振る。
「逃げたい・・・、もういや。私は沙羅なのに・・・」
沙羅は泣きじゃくる。逃げたいと繰り返す。
「逃げるなよ。自分と向きあうためにここに来たんだろう? この間もがんばると言ったじゃないか。もう撤回するのか?
自分を見つめるというのは嘘だったのか?」
当夜の厳しい声が飛ぶ。
当夜は泣きじゃくる沙羅の肩に手を置いて少しはなして顔を見る。
「嘘でここに来たのか?」
ちがう、と沙羅が答える。
「でも、もういや。もうこれ以上の人の記憶いらない」
「だったらそれと向き合おう。向き合って越えていこう。俺も手伝うから」
「越えていけるの? 記憶が中にあっても私って言えるようになれるの?」
ああ、と当夜は答える。
「俺だってかつての俺がこの中にいる。だけど、お前の前では当夜でいられる。天空の鎧を持っていてもただの当夜なんだ。お前もいつか越えられる。だから逃げるな。一緒に乗り越えるんだ」
当夜の必死の説得に沙羅は涙を拭く。
「私は沙羅。女王なんかじゃないのね・・・」
沙羅が言ったそのとき後ろで声が聞こえた。
「うそつき! 母上のうそつき!」
剣の精の子供が話を聞いていたらしい。
沙羅は追うべきか悩む。
当夜がとんと背中を押す。
「行って来い。沙羅として接すればいい」
沙羅はこくんとうなずいて後を追った。

そのころ。日本で異変が起こった。
当の本当の王女が目が覚めたのだ。
なだめて沙羅が剣の子供を連れて戻ってきた頃、王宮は緊急会議がひらかれていた。
今いる沙羅と王女の存在をどうすり替えるか。
その会議の中王弟婦人は最後の機会だと思っていた。
今、沙羅を殺せばいい。そうして王女死亡説をながせば日本の王女は来ない。
来ることはできない。
なぜなら王女は死んだのだから。
大した理由ではない。死んだ沙羅を王女ではなかったと発表すればよい。だが、王弟婦人にはそこまで考えている余裕がなかった。
とにかく王位継承者が死ねばつぎの王位継承者に自分の息子が指名されるのだ。
それが息子にしてやれる最高のことだと思いこんでいた。
王弟婦人はそっと沙羅の部屋に忍び込み、剣を握りしめた。
もうすぐ外出している王女が帰ってくる。そこをねらえば。
後も先も考えていなかった。ただ殺してしまわないと逝けないと言う強迫観念に支配されていた。
ドアが開く。
王弟婦人はナイフを手にして飛び出した。
かちん!
堅い物に当たった音がしてナイフが跳ね上がった。
かたり、と大きな剣が床に落ちた。
「パオ!」
とっさに思い出した名前が沙羅のくちからでる。
剣の子につけた名前だ。今も昔も変わらいパオという名前。大陸へ逃がした子供の名だった。
王弟婦人はまたナイフを手にして向かってくる。その手に矢がかすった。
後から追いかけてきた当夜にはばまれたのだ。
当夜たちに王弟婦人は囲まれて逮捕された。
「パオ! パオ! 死んじゃったの?」
沙羅は剣へと戻った子供に名を呼びながら泣く。沙羅はパニックに襲われていた。動かぬ剣に泣き叫ぶ沙羅。
ところが、ふわっと空気が動いたかと思うと、子供がそこにいた。
「母上」
あどけない声で嬉しそうに話すと沙羅に抱きついた。
沙羅はこみあげてくる母性にしたがって子供をきつく抱いた。
自分は沙羅。でもこの子は私の子供。
大事な子供。二度と失うわけには行かないのだ。
その様子を当夜がほほえましく見ていると王が入ってきて宣言する。
「女王の剣を所持する者こそ、我が王家の継承者なり。よって沙羅・伊達を王位継承者にする!」
その宣言に王弟婦人は首をがっくりとおとし、沙羅は驚愕の顔で王の顔をじっと見つめるだけだった。
自分を見つめるための旅が自分を変える旅になるとは。
「王様、うそでしょう? 私、日本人です。王家の人間じゃありません」
「今はこれしか言えない。また時間ができれば話そう」
王はそういって大勢の大臣とたちと捕まった王弟婦人をつれて部屋を出ていった。
「どうしたらいいの? 私王様のことおじいさまとして慕ってきたけれど、おかあちゃまはおとうちゃまの事を忘れた訳じゃないわ。私の帰るところは日本なのに・・・。」
その言葉に子供が声をかける。
「母上。ここにいないの?」
たよりなげな声に沙羅は言葉がでない。
「母上の本当の家は、遠い国にあるんだよ、母上はそこの家族の元に帰らないとないといけないんだ・・・」
「いやだ!。うそだ! 母上は僕をまた捨てるの!?」
剣の子が叫び、部屋に風が渦巻く。
猛烈な風の中泣き叫ぶ剣の子を沙羅は抱きしめる。
「母上はもう母上じゃないの。違う女の子なの。あなたには僧院の家族がいるでしょう? 大僧正様をおいていくの? 悲しませるの? お願い。傷つかないで」
最後の方は涙声になりつつ沙羅は声をかけて抱きしめた。
離れたくはない。沙羅であっても我が子同然のこの子を放っておけはしない。だが、だれがこの不思議な子供を受け入れるのか。何千年と姿形を変えずいつまでも子供のこの子がいれられるのは僧院なのだ。
それに僧院には子孫がいる。女王の逃がした子供は大陸で子をなし、その子供は血をつなぎ、先だってまで続いていたのだ。今いる子孫は両親を亡くし、僧院に偶然に入った子供だった。それは沙羅を僧院へと案内したあの子供であった。女王の記憶がよみがえった今はそんなこともわかっていた。
だから剣の子供にとっては双子のような少年がいる僧院が家族の元なのだ。
自分は普通の女の子で王位継承権などいらない。
普通に生きていくと決めたのだから。
当夜、と声をかける。
沙羅が考え込む間、じっと待っていた当夜が動く。
「眠りから覚めた王女を呼び寄せましょう。そして私たちは帰るのよ。家族の元に。正しい家族の形をつくらないといけないわ」
毅然とした声に当夜がうなずく。
まるで女王が乗り移ったかのような気高い魂の輝きに当夜は目を奪われる。
「ああ、手配しよう。王には宣言される前に呼び寄せて会わせればいい。俺に任せておけ。そしてお前は沙羅に戻って自分を取り戻せばいい。パオのことはあとでちゃんと考えよう。捨てずにすむ方法を・・・。」
うん、と嬉しそうに沙羅がうなずいたそのとき、地が揺れた。
激しい揺れに沙羅はパオを抱きしめて守る。
「あの人・・・だわ」
沙羅の口から大人びた声が漏れた。
女王カリナの人格だった。
「あの人が目覚めた。この地はまた血に染まる・・・」
「沙羅? 沙羅?!」
ぶつぶつと言葉をこぼす沙羅を当夜がゆさぶる。
「沙羅。しっかりしろ。沙羅は沙羅だろう?! 女王になんてなるな?!」
当夜の必死の呼びかけに沙羅ははっと自分を取り戻した。
「当夜。私、いかなきゃ。女王の恋人が目覚めたの。眠りにつかさないとこの地は・・・」
また大きな揺れがおそってきた。
わかった、と当夜が抱きしめる。
「絶対に帰って来いよ。俺は王女の方を手配して置くから。お前を信じているからな!」
うん、と沙羅は大きくうなずいた。
頼りない沙羅であればついてきたであろうが、当夜は信頼していた。長年連れそった亜由美の転生。自分の不始末は自分で片を付けるのは転生してからも同じだった。いつもそんな風に生きてきた沙羅を認めないわけにはいかなかった。いや、認めることが沙羅の人格を認めることになるのだ。
「行って来い。待っているから」
沙羅はもう一度大きくうなずき、立ち上がると子供をつれて走り去った。
当夜も大きな揺れの中、王を説得するために王の執務室へと向かった。



後書き、コメントなど。

[XX年 XX月 XX日]