「遼、かゆ。がんばってきてねー」

 亜由美がそう激励を送るが、デートに何をがんばるのだろう? 遼も迦遊羅も不思議そうに視線を交わしたが反論するのもあの亜由美相手ではパワーがいるので二人そろって小さく頷いたのであった。

「今日はどこに行こうか」

 遼がやさしくはにかみながらたずねる。少年にはにかみという言葉はふさわしくないとしても迦遊羅にはそういった遼の仕草が好きだった。勝気な自分にないものだ。すべてのものを慈しむ仁の戦士。それは迦遊羅の心も優しく包み込んでいた。

「そうですわね。どこか静かな所でお話したいですわ」

 迦遊羅が微笑みながら答える。彼女は微笑が多い。亜由美のように声を上げて笑うことは少なかった。最初の頃は自分と一緒にいてつまらないのだろうかと悩んだこともがあったが、今ではその笑みが迦遊羅の本当に笑みなのだ。四百年もの長きにわたって阿羅醐の呪縛にあった少女は声を上げて嘲笑した自分を思い出して笑わないのだろう。一瞬、そんな昔を忘れて楽しく笑ってほしいという気持ちがわきあがる。だが、今の微笑みも遼が迦遊羅を好きになった微笑だからそれを失うのもいやだった。自分は案外欲張りだな、と遼は心の中で苦笑する。これでは馬鹿っぷるといわれている当麻とあゆをからかうことなど出来ない。

「そうだな。どこかお寺でも行こうか。ウィンドウショッピングもかねて」

 なぜお寺とウィンドウショッピングが遼の中でつながるかは不明だが、遼にとって静かなところというとこれぐらいの知識しかないのだ。毎度同じパターンで飽きられないかと思うが、いたしかたない。山梨の実家であれば山歩きというもの考えられるが女の子にトレッキングを持ちかけるのもどうかと思う。そんなどうしようもない遼の発言でも迦遊羅は微笑んでうなずく。ふわり、と笑みが広がる瞬間が遼は好きだった。今日もそんな迦遊羅の笑みを見るとついつい舞い上がりそうな遼だった。普段は遠距離恋愛の二人である。電話で話すことは多くても実際に会える時間は少ない。だからこの時間を大切にしたいと二人とも思っていた。そんな見えない気持ちでも以心伝心。伝わっていた。

 都内は休日とあってか人が多かった。ウィンドショッピングしようとするカップルはかなり多い。いつしか、遼と迦遊羅は人ごみに押されて離れ離れになってしまった。遼は焦る。迦遊羅が隣にいないとこれほど怖いこととは思わなかった。必死に頭を動かして探す。

“いた”

 視線が出会った。遼は人ごみを乱暴にかきわけて迦遊羅に手を伸ばした。迦遊羅はその手をしっかりにぎる。

「危なかった、もう少しでかゆを見失うところだった」

 自分のすぐとなりに迦遊羅を確保して安心したかのように遼がつぶやく。

 本当ですわ、と迦遊羅も不安そうに頷いた。

「大丈夫。もう見失わないから」

 不安げな迦遊羅に遼が言う。そこでやっとほっとした表情を迦遊羅は見せた。

「と馬の気持ちがわかったような気がするよ」

 認めたくはないが恋をするといろいろ不都合が出てくるらしい。当麻とあゆの恋愛模様を見ているとそう感じざるを得ない。

「ですわね」

 迦遊羅も認めたくはないがという感じでうなずく。

「ここは人が多すぎる。お寺にでも行こうか」

 力強い声で遼が言う。なぜだか分からないが急に迦遊羅を守らないといけない、そんな感情がわきあがったからだ。そして他の男に迦遊羅を見せたくはないという独占欲のようなものも湧き上がっていた。

 浅草に出向く。ここは中年夫婦や修学旅行生でいっぱいだったがさきほどよりかはましだった。二人はおみやげやを見てはお互いに視線を交わす。ときどきその仲睦まじいさを店の人にからかわれて赤面することも多々あったが。優しい表情でハトにえさをやっている迦遊羅の笑みをみて遼はふと思う。

“俺、迦遊羅と結婚するのかなー?”

 そんな妙な確信が湧き上がる。が、すぐに首まで真っ赤になってしまった。まだそんな事を考えるのは早すぎるのだ。当麻と亜由美が異様に早いスピードで結婚ロードを進んでいるからそう思ってしまうのだ。

気取られないようハトえさをやるがえさを与えすぎて迦遊羅が声を上げて笑う。

「そんなにまいてはハトも食べられませんわ」

「あ、そうか」

 指摘されて何とか冷静になろうと遼は努力する。冷静になったつもりで言葉をつむぎだす。

「迦遊羅ってやっぱり声を出して笑うことはすくないな。今みたいに笑ってくれるとちょっと安心する」

「安心・・・ですか?」

 なぜ、といった表情を迦遊羅は浮かべる。

「うん。迦遊羅はいつもがんばっているからたまにはリラックスしてほしい・・・な、って考えていたから。それに時々俺と一緒で楽しいのかな、って思ってた」

 遼はできるだけ穏便に言った見たのだが、迦遊羅はその言葉を聞いて固まってしまった。

「ごめん。怒らせたかな?」

 自信なさげに遼がいう。

「ええ、心外でしたわ」

 少し怒気の入った硬い声に遼はどきりとする。が、その先から迦遊羅は微笑む。遼は驚いて迦遊羅を見つめる。

「心外でしたけれども、そこまで想ってくれてうれしくて。遼以外の人に言われると怒ってしまうようなことでも遼であればいいのです。私は遼を信じていますから」

 その表情は安らかで明るかった。

「そっか、それならよかった」

 自分に言い聞かせるように遼はつぶやく。

「喫茶店にでも行きませんこと?」

 遼が胸をなでおろしていると迦遊羅が提案する。遼と一緒のときはその勝気さを納めているが、時折遼を差し置いてリーダーシップを発揮する。当麻たちには尻に引かれているとからかわれることたびたびだ。だが、そんな勝気さも迦遊羅の魅力のひとつだ。遼はそんな迦遊羅が可愛くて仕方がなかった。本人に可愛いなどとうかつに言うと失礼極まりないといわれそうで言わなかったが。

「ああ。じゃ、行こう」

 短く遼は答えて歩き出す。

「待ってくださいな」

 迦遊羅の明るい声が聞こえてきて振り向くと王女様のように迦遊羅は手を差し出していた。

「?」

 遼は一瞬何のことだか分からなかったがすぐに理解すると真っ赤になった。女の子と手をつないだことのない遼だ。さらに女の子のほうからつないでといわれることほど恥ずかしいことはない。

「遼」

 迦遊羅が優しく名前を呼ぶ。遼は促されるままに迦遊羅の手をやさしくとって手をつないで歩き出した。

「手をつなぐってどこで覚えたんだ?」

 不思議に思って遼は迦遊羅に尋ねる。恋愛については二人とも初級者だ。迦遊羅からいきなり手をつなごうといわれるのは不思議であった。

「そうですわね。姉様と当麻を見ていますし、いろいろドラマなどでも見てますわ」

「なるほど」

 迦遊羅の答えに単純に遼は納得してしまう。この純粋なあるいは単純さが彼を仁の戦士に仕立て上げたのだろう。納得した表情の遼を迦遊羅は愛おしく見つめる。

“この人だから好きになれた。好きになってくれてうれしい。”

 当麻を好きだったときもある。でも今の遼と一緒のほうが自分はよかった。

「遼」

 迦遊羅は名を呼ぶ。二人はいつのまにか歩き出していたが迦遊羅は話を始めた。

「な、何?」

 さきほどから極度の緊張と戦っている遼はふわふわと浮いている感じがしている。

「いつまでもこうしていられたらいいですわね」

「ああ。そうだな」

 迦遊羅のやわらかい声とそこにこめられた想いに遼も迦遊羅への想いが湧き上がる。

「ずっと大切にするよ」

 ふいに沸いた言葉を知らず知らずのうちに口にしていた。

「お願いしますわ」

 今までにない一番輝いた表情で迦遊羅はぺこりと頭を下げる。

「あゆじゃないんだから、そんなに殊勝になることはないよ」

 律儀な面を持つ亜由美を二人とも思い出してくすり、と笑いあう。

「ですわね。私には似合いませんもの」

 本人が聞いたらなにやら言いがかりをつけられそうだ。

「今の会話、隠しておこう」

 亜由美の性格を迦遊羅を通して知っている遼は迦遊羅に提案する。迦遊羅もこればかりは力強くうなずく。

「絶対に知られてはなりませんわ。何をされるかわからないですから」

 迦遊羅と遼はあのとんでもないあゆと当麻のカップルを思い出して一緒にため息をする。あの二人が家族になる日が来たらそれは大騒動になりそうだ。

 遼は姉亜由美が結婚してからのことを想定して同情してしまった。

「かゆ。俺に出来ることがあればなんでもするから」

「ええ。おねがいします。あのとんでもないカップルの力をあなどってはいけませんから」

「だな」

 遼は迦遊羅の手をほんの少し強くにぎる。迦遊羅もにぎり返す。

二人に大仰なことはまだ必要ない。いつか来る未来に向かって進めばいい。こんな風に手をとりながら。

 

笑顔の道をたどっていこう。遼は隣の迦遊羅をそっと見ながら心に誓ったのだった。