迦遊羅はどきどきしていた。
 はじめてナスティに教わって作ったクッキー。遼の誕生日にあわせて作った。
 彼はいつも皆に囲まれ祝ってもらえるからそんなものは特別なものはいらないと言うけれど。
 でも自分なりに何か気持ちを伝えたい、迦遊羅はそう思っていた。そしてナスティに相談して無難なところで簡単なクッキーを焼いた。
 それをもって遼の家までやってきた。
 山奥の簡素な家が彼の実家だ。初めて行ったとき、都会との差に驚きを隠せなかった。
家を案内した遼はどこか寂しげであった。
 元気いっぱいだが、純情な遼が悲しげな顔をしているのは見ていて悲しかった。
 なにが彼に悲しみを教えたのだろうか。
 迦遊羅は遼に問いただしたくなったがやめた。
 悲しみを掘り下げてもなにも生まれない。
 それよりも明日を今日を見つめて生きていきたい。
 四百年の時を縛られて生きてきた迦遊羅は現実がいかに大切か思い知っていた。
 そこにどんなことが待っていようと今を生きることほど大切なことはないのだ。
 意を決してドアをノックしようとしたとき、いきなり扉が開いた。
 迦遊羅はつんのめって思わず箱を落としてしまった。
「迦遊羅?」
 遼が意外そうな声を出した。
 あと数日で皆がナスティの家に集まる。そのときに会うことになっていた。まさか迦遊羅一人でくるとは遼は思いもしなかった。
 迦遊羅はいまにも泣きそうな顔で遼を見ていた。
「どうしたんだ?」
 歩をすすめた遼は足下に何かがあるのに気づいた。
 女の子らしいラッピングされた箱。
「あ、俺、壊しちゃったのかな?」
 迦遊羅のあまりにも悲しげな顔を見て遼はとまどいながら箱を拾った。耳元で箱を降ってみる。かさかさ音が鳴る。
「もう、いいんですの」
 そういって迦遊羅は箱を奪い取った。
「だめだ。人の好意は大事にしないといけない。それも迦遊羅が持ってきたものをおろそかにはできないよ」
 遼がいうと迦遊羅の瞳から大粒の涙がぽろり、と落ちた。それを見た遼はそっと拭う。
「ご・・・めん・・・なさい」
「どうして迦遊羅が謝るんだ? 悪いのは俺だろう?」
 迦遊羅の本心が見えなくて遼は声を荒立てて言う。
「私がよけいなことを考えたからこうなってしまったのです。私・・・遼にふさわしくないのかもしれません」
 そんな発言を聞いて遼は頭に血が上った。
「どうしてそんな考えが出くるんだ?! 俺はかゆをこんなに大事にしているのに。それじゃだめなのか?!」
「ごめん・・・なさい!」
 迦遊羅はそういって山の中に走り出してしまった。

 自分の吐く息の音だけが聞こえる。遼はあちこちを探し回った。だが、迦遊羅は見つからない。もう家に帰ったのだろうか、とも思う。だが、携帯にもでない。直感だが。まだいるような気がして探し回った。
「迦遊羅! いたら返事してくれ。お願いだから」
 必死に遼は探す。そのうち空模様が怪しくなってきた。ごろごろ雷鳴が聞こえてくる。夕立だ。遼はずぶぬれになりながら迦遊羅を探した。もしかしてどこかで雨宿りしてるかもしれない。ふっと近くにある洞窟を思い出した。
 遼はそこに迦遊羅がいることを祈って駆けだした。

 迦遊羅はただひたすら走っていた。気づけばどこにいるのかさっぱりわからなくなっていた。持っていた携帯が音を出すが、迦遊羅はでる気にはなれなかった。このままどこかで消えてしまえばいい。姉のあゆの気持ちが少し分かるような気がする。好意が裏目に出てしまう。せっかくの気持ちがすれちがってしまう。やはり遠くにいる遼とはわかり得あえないのだろうか? 走りながら涙でくもった景色を見て走る。前ばかり見て走っていた迦遊羅はいきなり石につまずいた。いつもなら運動神経抜群の迦遊羅がこのような石に躓くことはない。だが、今回だけは別だった。気持ちはどこかに飛んでしまい。気をつけるということは頭から消え去っていた。
 再び立ち上がったが痛みが走った。くじいてしまったのかもしれない。そのとき、光が走った。雷だ。そうかと思うと雷鳴が聞こえ、雨が降り出してきた。どこかで雨宿りしよう。迦遊羅は痛む足を引きずって雨宿りする場所を探し始めた。

雷鳴がとどろく。やっとのことで雨宿り先を見つけた迦遊羅であるがやはりずぶぬれになってしまった。せっかく雨宿り場所を見つけても意味がない。寒さに体が凍える。夏なのに寒い。洞窟の奥から冷気が漂ってくるからだろう。それともくじいた足が炎症をおこしているのか? いろんな可能性がぐるぐる頭をよぎる。だが、その間も遼の荒立てた声を思い出していた。涙がまたこぼれる。
 必死に嗚咽をこらえる。手でふさいでいても声が漏れる。
「迦遊羅?」
 洞窟の奥から遼の声が聞こえた。遼のことを考えていたからきっと空耳でも聞こえたのだろう。振り向かずにただ泣いているとそっと顔に手が触れた。迦遊羅は意外に思いながら顔を上げた。
「遼!」
 迦遊羅は遼に抱きついた。あたたかさが伝わってくる。遼もずぶぬれだった。
「よかった。ここにかゆがくると思って来たんだけど。いなくて困っていた」
「ごめんなさい」
「いいよ。今日のかゆは謝ってばかりだ。そんなの似合わない」
 遼はそういって歯を見せて笑顔を作る。その笑顔にすいこまれるように迦遊羅は見てしまう。
「ん? 俺の顔に何かついているのか?」
 迦遊羅の仕草に遼は自分の顔にふれて探し出す。その滑稽なしぐさに迦遊羅はくすくす笑う。
「笑っているかゆの方がいいよ。たまには怒ったり泣いたりするのはいいけど」
 そう言ってまた遼は笑う。その笑顔がとても好きなのだと迦遊羅は実感する。この笑顔がすべてを導いたのだ。すべてを慈しむ仁の戦士。
 遼、と迦遊羅は名を呼ぶ。
「やはり私には遼しかいません。どんなことになっても手を離さないでくださいね。私も手を離すつもり毛頭ありませんけれど」
 そういって迦遊羅は勝ち気な瞳の色を見せてにっこり笑う。
「大丈夫。俺はかゆを絶対に離さない。これだけはみんなになにを言われても貫き通すよ」
 力強い言葉に迦遊羅はほほえむ。が、その拍子に足に痛みが走り迦遊羅は顔をしかめた。
「どうしたんだ? あ、足をくじいたのか」
 遼が迦遊羅の足をさわる。
「発熱しだしてる。夕立が終わったらとりあえず家に戻ろう。鎮痛剤があるはずだから」
 やはり山にひたすらすんでいたせいなのかてきぱきと遼が仕切る。新たな面を見つけて迦遊羅は満足する。
「かゆ。足が痛いのになんで笑うんだ? おかしいぞ」
「おかしくてもいいんですの。遼が大好きだって思ったのですから」
 迦遊羅の言葉に遼は恥ずかしそうな表情をする。そして雨音がやんだのを聞いてわざと様子を見に行く。
「やんだようだ。家に戻ろう」
 遼はそういって迦遊羅の前でしゃがみ込んだ。
「おぶっていくから背中に乗って」
 しごく当たり前のように言われて迦遊羅はとまどう。
「ほら。恥ずかしがっている場合じゃないだろう」
 そういう遼が先ほど照れていたと指摘したかったがあきらめて背中に乗る。
 広い背中に少年が青年へと成長しているのを確信する。
 頼もしい背中。迦遊羅はただひたすら負ぶわれていた。
 やはり迦遊羅は寝込んでしまった。鎮痛剤は効いているはずだが足の痛みは引かない。とりあえず病院には明日行くことにしてその日は遼の家に泊まることになった。遼の服を借りて寝る。そのそばに遼は座り、迦遊羅を優しく見下ろしていた。
 うとうとと迦遊羅は眠りに引き込まれていく。
 
 光が走る。雷鳴がとどろく。どこかで迦遊羅の名を呼ぶ。地の底から呼び出す声。阿羅醐の声。
“迦遊羅。迦遊羅。さっさと小わっぱどもを倒すのだ”
 その声に迦遊羅は反発する。
“いやです。私は遼を好きになったのです。あなたの思い通りには行かない!”
 心は思いっきり抵抗するが、手には剣を持っていた。そこへ遼の姿が映し出される。手が上がっていく。
“いや。いやです。私は・・・!”
「かゆ! かゆ!」
 思いっきり肩を揺さぶられて迦遊羅は目を覚ます。
「大丈夫か? ずいぶんうなされて・・・」
 遼がすべてを言い終わらないうちに迦遊羅は遼にしがみついていた。
「阿羅醐が・・・っ」
 恐怖が一気に押し寄せる。
「阿羅醐が? どうしたんだ? かゆ。もう阿羅醐はいいない。大丈夫だから」
 遼がひたすら背中をなでて落ち付かせる。それでも迦遊羅はおびえる心を落ち着かせることはできなかった。必死に遼にしがみつく。
「大丈夫。万が一阿羅醐がでてきても俺がかゆを守る。絶対に守る」
「本当ですか?」
 迦遊羅が涙でうるんだ瞳を向ける。
「本当だ。だから今日はもうゆっくり休んだらいい。俺はここで手をつないでいるから」
 そういって遼は迦遊羅を安心させる。迦遊羅は力強く暖かな手のぬくもりに心を預ける。
 再びまた迦遊羅は眠りに落ちていった。
 翌朝、痛みはひどくなってはいなかったが、遼は病院に行くべきだと主張した。当麻といいところをはる保護者ぶりだ。いじでも負ぶっていきそうな遼を押しとどめて山から下りるところまで背負ってもらうことにした。下界で若い女の子が背負われているところを人に見られるのはかなり恥ずかしい。
 診察室へは一人ではいる。さすがに一緒には入らなかった。そして迦遊羅がでてくると衝撃的な光景を見た。なんと遼が迦遊羅の作ったクッキーのかけらをぽりぽり食べていたのだ。
 迦遊羅の頭が一瞬凍る。
「りょ、遼。そんなかけらを食べないでください。よほどひもじいと思われてしまいますわ」
「いいよ。せっかく迦遊羅がつくったんだから食べなきゃ天罰が下る」
 ひょうひょうと言って遼はまたぽりぽり食べる。どうやら恋愛すると皆、当麻菌にやられて過保護になったり恥を捨ててしまうらしい。
「わかりましたから。せめて家でたべてください」
 迦遊羅が泣きそうになって頼む。その様子にさすがの遼も手を止める。また喧嘩になっては後が怖い。かゆに嫌われるはもとより、あゆやら当麻にさんざんいじめられそうだ。わかった、と言って箱をバッグにいれる。
「しばらくかゆと一緒だな。足が治るまでは家にいたらいいから」
 舞い上がっている遼は鼻歌でも出しそうだ。頼むから当麻菌を退治してほしいと願う迦遊羅であった。






本編サンダーナイトと対の話になります。洞窟へなんかいたら当麻はあゆを押し倒していたかも。まさに野生とジェントルの差ですね(・_・;) 遼の優しさには頭が下がります。こんな旦那ほしい。