「あの・・・」
 と遼は遠慮がちに切り出した。迦遊羅はどきりとする。なんだろう?と思いながら聞く。
「海に行かないか?」
「うみ?」
 あのとてつもなくひろい湖のことを言っているのだろうか?
 迦遊羅はとまどう。海のことをしってはいるが実際に見に行ったことはない。そしてふっと思い出す。
「姉様が15日すぎたらくらげがでておよげない、と言っていましたが・・・」
 その事でぶつぶつ文句を言っていた亜由美を思い出す。
 その言葉に思わず頬を赤く染めた遼だが、すぐに否定した。
「泳ぐんじゃなくて見るんだよ」
「見るために行くのですか?」
 そう、と遼はうなずく
「かゆは海をみたことがないんだろう? 俺もあんまり見たことがない。秀は横浜育ちだからいやというほどしっているだろうけれど・・・。俺はこんな山奥だからあんまり見ないんだ」
 で、とまた切り出す。
「二人で見に行ったら面白いか、なーって思って」
「それはいいですわね」
 迦遊羅に微笑がうかぶ。その微笑に安心して遼は立ち上がった。迦遊羅も自分の荷物を持って遼の家を出て行く。はたして今日中に海が見れるかはわからないが、とりあえず保護者の当麻に連絡を入れておくとどんどん行ってくれと逆にすすめられた。一体、俺をどういうやつだと当麻は認識しているんだろう? ふと気になる疑問だ。
 二人で仲良く山を降りる。この辺では住んでいる人もまばらだが、その分近所付き合いは深い。よく二人を見る老婆も拍車をかけるように勇気付けてくれた。
 不思議な気分でバスに乗り、電車に乗り海へと向かう。
 海に着いたのはもう夕刻まじかだった。山奥から出てくるのがこれほど大変とは思わなかった。道に迷い、電車に乗り違い、ようやくついたらもう薄明かりで太陽は沈むところだった。
「ごめん」
 と申し訳なさそうに遼が謝る。
「どうしたのですか?」
 迦遊羅はきょとんと遼を見る。
「もっとはやくについたらもっと綺麗な海が見えると思ったから」
 しょげかえっている遼を迦遊羅がはげます。
「わたくし、これでも満足ですわ。夕陽の美しさに目を奪われましたもの。それにこの波の音。とても心地よく聞こえます。伸が海を愛する気持ちが分かるような気がします」
 ふわりとまた微笑がひろがって遼の顔にもようやく笑みが残る。
「かゆはいつだって俺をはげましてくれるんだな。俺ももうちょっといい男にならないとな」
 そうでもないですわよ、と迦遊羅は言う。
「当麻がよく言ってますもの。自分は姉様の欠点も長点も好きになったのだと。だから余計なことは考えない、と」
「当麻の言いそうなことだな」
 遼が笑う。
「ですから、わたくしも遼の欠点も長点も好きですわ。悩みやすいところも明るくひっぱっていく力も。すべてわたくしが占領しますの」
 ちゃめっけたっぷりに迦遊羅が言って遼は笑い出した。
「それじゃ、当麻と同じだよ。うれしいけれど。当麻とあゆのいちゃいちゃ菌には毒されないでほしいよ」
 あら、いけませんの? と迦遊羅は残念そうな顔をする。
「いや、かゆがそのつもりでいるなら。俺もかゆを俺一人だけのものにするよ」
 やや勇気のいる言葉ではあったが、迦遊羅が素直に言ってくれたので素直に返事が返せた。この素直な迦遊羅の性格が遼の悩みやすいところを補ってくれている。時としてそれは逆にもなるがそれこそ理想的だろう。お互いがお互いを導く。まるで二人で笑って過ごせるように道を共に歩いていくのだ。
「あ、かゆ。もう夕陽が沈むよ」
 遼の言葉に迦遊羅は反射的に海の向こうを見た。ゆっくりの様で早い夕陽の落ち方に迦遊羅はかつての生活を思い出していた。こんな光景を見ていた記憶がある。不意に父と母の顔が思い浮かんだ。ずっと忘れていた大事な人たちのことを思い出した。
 夕陽をみながら迦遊羅は静かに泣いていた。もう会えない人たちを思って。
 遼はふっと横を見て涙を流している迦遊羅に大慌てした。だが、その顔は穏やかで悲壮感にはあふれていなかった。そっと遼は見守った。何かきっと思うことがあるのだろうと。当麻なら強引にでも聞き出すところだが遼はそうしなかった。涙を流すことが時として必要なこともあるからだ。そうして心の傷を癒していく。迦遊羅はまだ覚醒して何年もたっていない。傷は深い。四百年もの間とらわれていたのだから。自分に出来ることは迦遊羅が立ち直るのをそっと見守っていくだけ。時としてそっと手を差し伸べてもこれは迦遊羅自身が乗り越えていかないといけないのだ。
 遼はしばらくしてハンカチを迦遊羅に手渡した。
 ありがとう、と迦遊羅は礼を言って涙を拭く。
「見守っていてくれたのですね。遼」
 うれしそうな微笑が迦遊羅の顔に復活して遼は安堵しながら頷く。
「ああ。きっとかゆの中で何かが起こっていると思ったから・・・」
「母様と父様を思い出したのです」
 ふっとまたさびしげな声に遼は手を差し伸べた。
「今、その人たちはいないけれどもあゆのご両親がきっとかゆのちゃんとした両親になってくれるよ」
 亜由美のうまい記憶操作で関係者一同双子であるという事実になっている。真実を知っているのはトルーパー達とナスティ、純だけだ。
「そうですね。わたくしもお母様やお父様を大事にしたいですわ。せっかく手に入れた家族ですから。もちろん姉様も」
 にっこりと迦遊羅は笑う。悲しいだろうがそれを吹っ切るのも早いのだ。流石は勝気な性格というところであろうか。
 遼の差し伸べた手に迦遊羅はそっと重ねる。
「いつまでもそばにいてくださいね」
 少し不安げなでも期待のこもった声で迦遊羅がねだる。
 ああ、と遼は答える。
「俺はいつだってかゆのそばにいるよ。これからずっと」
 ありがとう、と迦遊羅は礼を言う。それを遼は否定した。
「かゆがそばにいてくれというからいるんじゃないんだ。俺が、かゆのそばにいたい。ずっと何があってもそばにいたいんだ」
 力強い声に迦遊羅は笑顔を見せる。
「わたくしもそうですわ。わたくしがそばにいたいんですの。ずっと遼のそばで笑っていたい。どんな苦しいことも悲しいことも乗り越えられるから。だからずっとそばに・・・」
「わかっているよ。かゆの気持ちは。だからいつまでも俺達は一緒だ」
 その言葉がプロポーズと大して変わりないのにきづいていない純情な二人である。
「ちょっと砂浜歩いてみようか」
 手をつないだまま二人は海岸を散歩する。
 二つの影が仲良く砂浜にうつる。その影はいつまでも砂浜にただよっていた。
 晩夏の日差しがまだあつく残る日の二人であった。


 










		

	    

ついにプロポーズ。相変わらずかゆちゃんは誤解ばかり。そしてそれをかき消すがうまい遼ちゃん。 こんなに早く結婚してどうするの?学生だぞ〜。相変わらず姉と一緒でやることはしっかりしてる二人でした。